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物の怪之宴(もののけのうたげ)  作者: 柊喜一
第一章 邂逅編
3/38

二日目 一目散に逃げた先 (3)

 

 ――二日目。

 陽が昇り始めるころ、僕は大地を強く蹴り、樹々の隙間を駆けぬける。それらの隙間から、覗く光は眩しいが、僕を導いてくれる様でもあった。

 あまり勢いよく駆けるものだから、僕の目の前に現れた鹿・馬・猪・兎なんどが、一斉に明後日の方角へ逃げていく。それは、愉快な気持ちになったものである。

 僕と手形を結ぶ白糸は、胸から出でて樹々の奥深く、ずっと真っ直ぐ伸びていた。

 現し世で、僕の器を果たす義躯ぎくは、魂と馴染みはじめており、すでにその成果を挙げていた。

 自然に鼻歌もでてくるというものである。気分はすこぶる良かったが、それは長くは続かない。


 突如のこと、殺気さっき怒気どき、それら含む多くの負をはらんだ念が僕を撫でた。

 咄嗟に宙返りをして、やぶの中にひそみ、辺りの気配を伺うと、そいつは目と鼻の先に立つ。

 かたかたと身体が震えた。

 一刻も早く逃げ出したかったが、情けないことに、身体が動かぬ。

 僕は冷や汗を垂らしながら、藪の隙間から、そいつをみた。

 そいつは、頭は狼、角は鹿、胴体は獅子という容貌である。

 眼が合うと、そいつの眼は弧を描き、口元は歪んだ。

 ――笑った。

 笑っていたのだ。

 そいつは喋る。

「コノ地カラ去レ。小サキ者ヨ。消エロ」

 昨日とは比べ物にならない程の速さ、全力疾走でその場を去ることに成功した。火事場のなんとやらであろうか、我ながら感心する所である。


 兎に角あいつは不味いなと、心と身体が警報を鳴らしていたのだろう。

 義躯の内なる所にある核が、激しく脈打っているのが感じ取れ、気が付けば、遥か下方に河が流れる。当方不覚にも、崖から飛び降りてしまったという訳だ。

 飛ぶことも、忘れて河に落ちてしまう。それから意識を失った。



 ――どれくらい意識を失い過ごしただろうか。

 身体が重い。水を吸ってしまった所為であろうか。

 そんな事を考えながら、瞼を開けると、天上の梁が視得た。

 ふぅと深いため息がでた。

 視界に女の顔が入ってくる。初めて見る顔だ。

 容貌優れたる人に相違ない。

「起きましたでしょうかや」

 女は話しかけてくる。

 ――方言かな? 

 独特の喋り方だなと、思ったけれど、その通り。

 あとで知ったが、この人特有の喋り方であるらしい。

「はぁ」

 力が入らなく、自力では起き上がれない。踏ん張った挙句、女に背を押され、ようやく起き上がることができた。

「あの。此処は」

「川淵に倒れておいでの時は驚きましょうや。御名前は?」

 女は笑みを讃えながら、僕の名前を問うてきた。

「岩人。霜月岩人シモツキイワヒト

「そうでしょうかや。私は、室町紬ムロマチツムギ。紬でよろしいでしょうや」

「はぁ……」

 気の抜けた返事を、ただただ返すばかりなり。

「岩人殿。恐ろしい夢を見たのでしょうねぇ。うなされてましていたや」

「はぁ……。あの、紬殿。此処は」

「外に出てみましょうかや」

 女は此方に掌を伸ばす。何だか悔しかったため、何とか自力で立ち上がる。女が戸を引けみれば、遥か向こうに鮮やかな、緑の山が佇んでいた。

 我ながら、足取りで頼りなく、外にでた。


 そこは、大小様々な形の建物が立ち並ぶ、集落であった。

 ――こんな山奥に?

 辺りの山々と建物を見比べながらそう思った。この集落は、山に囲まれて存在した。

 山奥には不釣合いな程、立派な石造りの建物が建ち並ぶ。

 黄泉にある、都の街の一角を、一部切り取り山の中、持ってこさえたその街は、異質さを覚えるに値した。

 規模はそれなりで、辺りは人で賑わっている。

 屋台を含めた様々な商店が営業しており、そこらを子供達も駆けている。


 僕が呆然としながら佇んでいると、「紬」が話しかけてくる。

「少し……、歩きましょうかや」

「ええ。そうしましょう」

 遠くから子供が此方に向かって駆けて来て、我々の前で立ち止まる。

「お、押忍! こ、こんにちはです! 先生!」

 内気そうな様子の少年が、元気よく言う。

 黒い髪の毛は、ぼさぼさで、眼にかかる程に髪があり、表情は見えづらい。

 口元は笑みを浮かべている。

「こ、これから稽古つけて貰って来ます。し、試験まであと少しなので! 押忍!」

「頑張りなさいや」

 紬は走り去る少年に笑顔で手を振り見送った。

「ここは、神薙の檻。不動の里でしょうや。岩人殿は、黄泉の御国から来なさったのでしょうや。お疲れ様なことです」

 紬は、全てを見透かす様に、こちらを視る。

 咄嗟に身体を、尾の先まで確認してしまう。

「解りますとも。貴方のそれは、現し世のものではないでしょうや」

 ――この女、何者か。出来る奴に違いない。

 そう感じたが言葉でず。

 ――出来る奴なら、立会いたい。

「一つ、立会いましょうかや」

 彼女は、またもや僕の心を見透かの如く。

「良いでしょう。望むところです。手加減は――」

「無用でしょうや」

 彼女は、途切れた言葉を補完する。

「それです」

 僕からすれば願ってもない御話であった。

 現し世の者がどの程度のものか知りたいところ。彼女は、見た所強そうでもないが、先生と云われる程の、剛の者に違いない。

 それなりに腕は立つ黄泉の住人として、負けられない。

 興奮してた所為で、口元の白髭が、ひくひくと動いた。




三月三日改稿

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