メスエルフ
お芝居は技術職。反復の繰り返しがものをいう。10年かければ誰でもそれなりになる・・・らしい。
とにかく反復である。踊って掴んで投げる。ついでに下り道、大物たちをぐったり眠れるよう撫で撫でして、緑色のポップコーンどもを片っ端から摘まんで、2日かけて山を下りた。
「煩悩こそが君の人間性を呼び戻す!さあ堪能しろ。白子いっぱい食べろ」
シャチは告白以来、面白い言動を繰り返している。空元気かと思ったが、匂いから察するに本気の発言だ。それすら可愛い、嬉しい。この2日は全裸か、全裸どころの騒ぎじゃない下着姿かの2パターンしかみていないが、そんな奇行も受け入れてしまった。
「手袋とブーツがあるよ。だから全裸じゃないんだよ」
理屈はわからないが一応うなずいて、石切りを再開する。下流で流れも緩やかになったので、川を利用して訓練だ。前世でも余りやったことがないので、ぜんぜん跳ねない。しかし絶ゆまぬ反復が実を結ぶことになった。
《ぐきゅ ぐくい》
変化は一瞬。身長は縮み、股下が長くなる。肩の稼働範囲が広がる。頭は犬で体も相変わらずモフモフだが、見事な犬獣人である。完全犬形態と比べてかなり体積が減り、身長もいまだ大きいが人間の範疇になった。
試しに石を投げてみる。相変わらずぜんせん跳ねない。
「ふかふかかつ逞しい。君、人間だった時ってこんなに体格良かったのか」
「がっかりさせて悪いけど、人並みだったよ。体型も、いやダンスやってる人は絶対そうなるんだけど、かなり細い。インナーマッスルが鍛えられた結果だから筋肉質だけど」
何の言い訳をしているんだろう。人間に近づいて見栄っぱりになったのか。
「ほう。細身で筋肉質。ほうほう」
匂いが強くなった。マッチョよりそっちのほうが好みか。良かった。
「ところで人間に近づいたなら、何かこう、熱くたぎるものはないのかね。うん?」
「あ、この体も発情期待ちだわ」
「なぜだ。メスの発情期を性刺激に暴走するのが普通だ。オス犬の癖に生意気な」
はあ、すいません。
「ところで絵の続きが描きたいんだけど、犬モード可?」
《ぐくい ぐきゅ》
「うん、犬モード可」
便利だなこれ。使い分けの練習しよう。
「あはは、シャっちゃん偉いぞ。そこそこ頑張ってる」
絵はそれなりの出来栄えらしい。何事も全て順調である。明日には俺の森に着くだろう。
「あからさまに境界線だねー」
森と山の境目なのだろう、線を引いたように植生が変わっている。ただの犬コロのころの俺はこんな異常に対して警戒しなかったのだろうか。向こう側だけ霧が晴れて寒々として、まるで別世界だ。
「シャチ、着込んだほうが良いよ。確かいきなり寒くなるから。山の上よりも」
俺のリュックから衣類を次々取り出して順々に着ていく。普通の下着と肌着もあった。あるなら普段から着てくださいよ。いつもの長手袋や退廃ブーツの上にもモコモコした小動物製のものを重ねて、最後に俺の毛糸でできた犬耳付き耳当てニットとゴーグル付き革メットを被った。いや、あるなら普段から見せてくださいよ。
「やけに素直に従うね」
「さすがにこの不思議境界で全裸は恐いよ。慣れたら脱ぐよ」
その他大量の革をカゴに詰めて自分も入り込む。これなら安心だろう。カゴに乗るシャチを気にしつつ、境界線を越えた。
「これは便利だね。もう一往復しよう」
「いいけど腹へった。肉出して」
境界線を越えたが、すぐ戻ってきた。森に入った途端に俺の体が冬毛に生え変わったのを見たシャチが、冬毛も欲しいから、と引き返すように命じたからだ。今は山側に入って瞬く間に抜け落ちた冬毛をかき集めてモフモフしている。毛刈り魔法と違ってすぐに生えてくるが、その違いはなんだろう。わからない。不自然な変化だからか。この生え代わりも自然だろうか。全部不自然だ。
「この毛があれば、森の方でも薄着でいけそうだよ。このしあわせものー」
え、はい。恐縮です。
シャチがカゴの中でぬくぬくとアパレル魔法を使っている合間に、せっせと森を進んでいく。ここら辺はかつて化け物熊の縄張りだったはず。敗けはしないが、やつのお仲間が出てきたら面倒だ。シャチの電撃キルキル棒なら殲滅できる気がするが。
縄張りからやっと抜ける、というところで動物の芳香に足止めを食らった。
「噂のくまちゃんかな」
「向こうが先に気づいてるはずだ」
「準備だけしとくよ」
一気に駆け近づいていく。完全犬モードは雑念がなくて良い。拙速を尊ぶ、だな。
《がふっ わんっ》
臭いの元で、二種類の咆哮を聞いた。見ると大小様々な化け物熊のお仲間と、子犬の群れが争っていた。興奮してこちらに気づいてない。拙速大正解。そしてこの犬型は知っている。人畜無害な畜生さんたちだ。なら、狩るのはどちらか。わかりきっている。
《わふん わふっ》
「ごめんねー。亡くなった君たちのお友達を調べさせてねー。その後ちゃんとお墓つくるからねー。よしよし」
モフモフに囲まれご満悦である。髪の色も犬色に変えて、とても溶け込んでいる。やっべ可愛い。同じ毛色というのが俺の犬琴線に触れるのか、惚れ直した。
「この子たち、君と同種だね。で、子犬サイズだけど既に成犬だよ。向こうの子熊サイズのやつも成熟してる。多分獣はみんな、生まれた時はもう大人で、生きてる限り年々延々でかくなり続けるんじゃないかな。ゴブリンやデカブツとは違うね」
「熊はピンキリだけど、子犬たちはサイズ一律に見えるが」
「大きくなるとより餌が必要になるし隠れる場所も限られる。成長する余地はあっても下地がないんだね。君みたいに突き抜けてでかく生まれない限り、みんな淘汰されているんだよ」
なるほど。てっきり近縁の別の種類の犬かと思ったが仲間だったか。俺だけでかいのは何故だ。前世の年齢基準にしているのか。そりゃ零歳児と比べればこんなサイズにもなるわな。
「で、そんな隠れるのが上手い犬さんたちが襲われた原因は、多分この子だね」
確かに一匹、二周りほど大きいのがいる。それでも小型犬サイズだが。
「あはは、良かったね。この子メスだよ」
どういう意味だ。群れから連れ出す気なのはわかったが。俺は中身は人間である。シャチに暴走はしなくても興奮はするのだ。
「シャチさん一筋なんで」
「こーんな浮気に寛容なメスエルフ、他にいないよ?いひひひひ」
野獣にかけられたまほうが解けたように、恋のまほうだっていつか解ける。僕が読んだのはそんな話だった。人間に戻るのが怖い。紳士な野獣なんて幻想だ。彼女に幻滅される。それが怖い。
気がつくと、犬の癖に、僕は涙を流していた。僕は、泣けるようになった。




