異世界
もう2ヶ月はたった気がする。未だ迷宮からは出られない。
「大丈夫だパパス。焦ることはない!」
ムチムチが言うには、ダンジョンに潜っている間は外の時間はほとんど止まったままで年単位で過ごしても帰れば一瞬の事だったと。
「正確にはこう、何か違うのだ。何と言えばいいのか、一定時間経過すると巻き戻っているような。うーん、上手く言えないが、かつて年単位で過ごしても問題なかった!安心するのだ」
そうは言われても焦れてくる。何しろ、同行人はガルバから絶対に裏切るとお墨付きをもらったムチムチだ。
本人が底抜けなのも、対応に困る。
「むっ」
怪訝な顔をした。なんだ、心を読まれたのかとビビる。
「表示が変わった!」
急に反復横とびをしだした。なんだ、怖い。なんで元気有り余っているんだ。情緒が小学生だからか?
「どうもダンジョンを上りすぎたらしい。王国のある層とは別の所に出てしまった。初めて見るな。上もあったのか」
何だって?え、じゃああんな、俺が生まれた森だとか地平線までわんさかいた荒野の巨人達だとかがいた大地以外にも、同じような世界が広がってるのか?
でっかい塔の中にでもいるのか俺たちは。国民的RPG?か?超名作だし人気もあるが。あっちの二つを連想しないか普通。
「とら、とらい、何て読むんだこれ」
何やらうんうんと唸っている。普段は血飛沫を浴びようが血反吐を吐こうが朗らかに笑っているので珍しい。
どうにも初見のものには対処に困って深刻に悩むらしい。
敵だと決まったら切る。トラップは痛いだけなので耐える。みたいな単純な対処しかせず、何の応用も利かないのでこの2ヶ月、フォローにすごく困った。
良く今まで生きてたなこいつ。ゲームのコマンド戦闘じゃないんだから。
「英語で書いてある。パパス、読めないか?」
虚空を指されても困る。お前の見ている画面は俺には見えんぞ。世界観押し付けないで。
見えてる形をそのまま地面に描いて貰った。
Trayastrimsa
息を呑む。ありがとう佛語辞典。大正時代の出版だったから言い回しが全然わからなくてじっくり読みこんだ事が却って助けになった。人生どうなるかわからないものだ。
「これは英語じゃないよ。アルファベットを使った発音記号だ。aの上に『-』みたいな線が入ってないかい」
「え、あ!あるっ。あるよ!」
「じゃあこの階層はトラーヤストリンジャ。忉利天。仏教における、なんて言えばいい、天国みたいな場所の一つさ」
「む!階層の名前が『トーリ』に変わったぞ!何をしたんだ!?」
いや、なにもしとらんがな。やめろ。腹の毛を毟るな。
天国。天国か。
「ちなみに、王国のある階層の名前は?」
「いや、そっちも英語、発音表記だったか?それで良く読めなかったんだが、あ!!!」
今度はなんだ。
「カタカナに変わってるぞ!すごいな!偉い偉い!」
いやなにもしとらんがな!何なんだろう?ムチムチに、そういうものがある、と教えた途端に変わったんじゃないか?知覚できる範囲が広がった、というような。
「『サンジーバ』だって!名前!」
なるほど。
「今度は明確に地獄だな」
「あ、『トウカツ』に変わったぞ!どういう手品なんだ
!?教えて!おーしーえーてー!」
興奮して幼児化したらしい。その底抜けな明るさに本当に助けられている。本当に裏切るのかコイツ?いや、ある意味期待を裏切られたが。
単に名前を流用しているだけかもしれないが。
いや、だとしたらステータス画面なんてふざけたものを呼び出せる様な奴に、読めない文字なんて表示するか?
共通普遍の名称だったから意訳もされず読めないまま表示されていたんじゃないか?たとえばセガやシャチが仮に似たような画面を出せたとしても、同じように表示されるのではないか。だとしたら。
地獄みたいな異世界かと思ったら、異世界みたいな地獄なのかもしれない。ここは。僕は。助けてシャチ。




