パステルグリーン
《ぐぎゃ ぼきっ》
「シャチ。28歳だよ」
「は?」
年齢にびっくりしたわけじゃない。名前にだ。女性の名前にシャチ?いや、凛々しいとかそんなイメージも有るかもしれないけど、ゴブリンとの戦いのせいか獰猛なイメージしか浮かんでこない
《ぎぎっ ぼきっ》
名前には触れて欲しくなさそうなので、そのまま情報交換を続けた。前世は何をしていたか、いつこの異界に放り出されたか、何故放り出されたか。焚き火にあたりながらあれこれ話し合った
火の揺らめきを眺め、半ば雑談のようにぼんや・・・え?火?
「海外ボランティアって火起こしも出来んの!?すげぇ!!」
火器がなければ火がつかないのに、当たり前のように木を集めていたので気づかなかった。いつの間にどうやって火をつけたんだ?木でごりごり?
《ぐいあ ぼきっ》
「あはは、違う違う。これは魔法で燃やしたの」
魔法って。まあゴブリンやエルフがいるなら魔法もあるのか。俺は魔法使えないんだけど。犬だから?
「何となく、使える魔法が頭に浮かんでこない?」
「こない」
《があう ぼきっ》
「そう、やっぱり犬だからかな」
そうか、やっぱり犬だからな。
「しかし入れ食いだね」
「仲間の死骸がそこら中に転がってるのになあ」
《ごうが ぼきっ》
川辺に拓けた場所を見つけたあと、二人して周囲の木切れを集めていたのだが、どうもシャチからフェロモンかなにかが漏れているらしく、さっきから続々とゴブリンがやってくる。 それを見て何か思い付いたらしいシャチの指示に従い、傷をつけないよう注意しながらゴブリンたちの首の骨を折っている。
ゴブリンたちは慎重かつリビドーに忠実に奇襲を仕掛けているようだが、鼻の利く俺にはバレバレだ。そして俺がゴブリンを仕留めるたび、シャチの匂いが強くなるのもバレバレだ。暴力的な光景にとっても興奮してらっしゃるらしい。
「ええと、何をしていらっしゃるのですかね」
「ゴブリンの皮を剥いでなめしているんだよ」
「それも魔法ですかぁ」
「魔法ですねぇ」
とてもそうは見えない。何てグロい魔法なんだ。しかし針も糸もなく革製の大きなリュックサックが成型されていく光景を見るからに、やっぱり魔法なんだろう。あっという間にパステルグリーンのおしゃれなリュックが完成した。・・・材料さえ知らなければ。
「これは君のぶん。荷物持ち期待してるよ。ベルトで固定するからちょっとしゃがんで」
「おお、すげぇ。ベルトの金具も魔法で?食いっぱぐれなさそう」
「売る相手がいればね」
その通りだ。シャチはついさっき、しかも木の又から生まれたらしい。妖精としては正しい生まれかたかもしれないが、つまり何処に他の人間がいるのかわからないのだ。人間なんて存在すらしていないかもしれない。
「君は今まで見かけてないんだよね」
「匂いの痕跡すらない・・・はず。まあ頭の中まで犬だったし、自信ないけど。化け物熊と化け物蜂蜜を奪いあった記憶は鮮烈に覚えているんだけど」
「あはは、なにそれ」
あの時は死にかけたから、ずっと頭に焼きついているのだろう。
「この辺りはもうゴブリンはいないみたいだわ。お召し物をどうぞ。風邪は召されませんよう」
麻のような繊維のエルフっぽい服を鼻ですくってシャチにわたす。どういう理屈かわからないが、この服を着るとシャチから溢れでるフェロモンのようなものがかなり誤魔化せるようなのだ。乾いたあとはゴブリン釣りのために脱ぎ着を繰り返していたが、目のやり場に困るので再び着てもらおう。
「そういえばそのフェロモンは君には効果ないの?」
「いや、頭が蕩けそうになる」
む、俺の返答を聞いて匂いが強くなった。
「君は紳士なんだね。愛嬌もあるし。前世ではモテたんじゃない?」
「たぶん発情期来てないからだわ。興奮はしても暴走してないのは。あと紳士なんてとんでもない。前世は性欲のせいで度々問題おこしたし。今のほうがかなり人間が出来てる。まあ、愛嬌はあったらしいけど」
「あはは、こっちとしては好都合だね。襲われる心配もないし」
「俺もこの体には感謝だわ。すごい自分勝手な話しだけど、性欲に負けても、罪悪感や良心が消えるわけじゃないからね」
前世ではケダモノのようだったから現世でまさしく獣になってしまったんじゃないだろうか。冗談で言ったつもりだったが、本当に畜生道に生まれおちたのかも。でも、くだらない事で苦悩することもないし、俺には性に合っているのかも。
快活に笑うシャチにあわせて俺も笑ってみた。今回は人間臭い笑いかたに成功したみたいだ。




