犬の種
赤ん坊の館めざして2日目。すっかり寒い森の中で、ガルバとセガは新しい俺糸製セーターを着て快適にくつろいでいる。やたらピッチリしてタイツみたいになっているが、どういう処理でそういう服ができるのか。どんな理屈でそんな服を着るのか理解できないが。
さすがにセガはその上から腹巻きと赤い革コートを着ている。突き抜けたファッションという点では何も変わらないが。
「昔みた、あー、うーん、なんだっけ?洋画?小説?忘れちゃったけど、その中で覚えてる言葉があるんだ」
それは覚えているといえるのだろうか。
セガは俺に話しかけながら、以前シャチが作った手鏡で髪を整えている。頭頂を確認する目はヤバい位置をむいていて、ヤバいなんて目じゃないくらいにはヤバい。意識が完全につむじに向いたのか、口が半開きだ。もうヤバさ全開だ。
「あー、えーとなんだっけ?あー、違うちがう。何の話しだっけ?ってこと。あー、そう。当時、私はまだ結婚の意味を理解していなかった。誕生日に子犬をプレゼントされるようなものだと思っていた。ってかんじのやつ」
やっぱり覚えていないといえるのではないだろうか。
「素敵なイベントだと思っているけど、そんなに真剣に考えていなかったって感じがいいよね!わたしもそんなこと言えるようになりてー!って思ったもんだよ」
あこがれた大人なセリフか。あるよなそういうの。そうだな。俺もいっぱいある。
「でもさ、最近っていうか生前、思うようになったんだけど、犬を飼うことだって人生左右する一大イベントだよね」
まあ、家族になるもんな。
「言われたら当たり前だけど、犬って買い物でしょ?所有物。財産。だから保健所出身でどこの犬の種ともわからぬうちの弟は、ばいしょーきんちょー安くてさ。予防接種にどんだけ金かけたと思ってんだよってかんじっだったよ」
明るく言ってはいるが、反応に困る。飼っていた犬が交通事故か何かで亡くなる。よくある話しかもしれないが。
「誕生日に突然もらったときラッキー。とか思っただけで想像もつかなかったんだよ。たとえ事故じゃなくてもさ、絶対いつかは死ぬことにさ」
それは、仕方ないだろう。正真正銘の子どもなんだ。
「お兄さんは子犬をもらったら、そういう将来のいろいろ想像して、ふさぎこんじゃいそうだよね。そんなネガティブ子どもだったでしょ?」
「子犬か。そうだったかもな。うん。もったいない子ども時代を過ごしたな。いまは子ボルトだろうが子鬼だろうが何でも来いなんだがな」
「おー!男の顔ってやつ。惚れ直しちゃうなあっ!」
筋肉と内臓のおかげですっかりツヤッツヤの笑顔ができるようになった。ゲーム感覚での行動をやめると宣言してから、普段の顔つきも変わった。芯が通っていて強くて、地に足のついた穏やかな顔。生前の僕とは正反対の、あこがれた大人たちのそれだ。体を得て人間に戻るたび、セガは魅力的になっていく。本当に、僕と真逆だ。
「ありがとうございます」
「え?なに急に敬語!?」
「僕と出会ってくれて、そばにいてくれて、ありがとうございます」
「ガルちゃああああん!!お兄さんデレたあああああああ!!」
うん。いろいろ台無しだ。まあ、可愛いからゆるす。




