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機械仕掛けの世界  作者: 下弦 鴉
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4、光と闇

 皐氣はここまで来る事の経緯を、茜は陽向との出会いについてそれぞれ話し合った。アリィは茜の隣にちょこんと座って、静かに二人の話を聞いていた。今彼らがいる場所は、茜達の家だった。家と言っても木で建てられたような立派なものではなく、麻で作られた簡単なテントのようなものだった。それでも居心地は悪くなく、草の匂いが疲れた体を癒してくれているようだった。

 「アンタの話を聞いてると、アンタは機械と殺りあおうって感じだね」

 「別に損な大それた事はしたくない。ただ、気付いて欲しいだけだ、機械に頼ってばっかじゃなくて、自分で生きてみなくちゃいけねぇって」

 「それは分かった。でも、アタシ達に頼られても困るっちゃあ困るんだわ」

 「どうしてだ?」

 「確かにあたし達は機械を嫌ってここに住んでる。だけど、上に住んでる奴はそうじゃない」

 「上って……俺が住んでることのことか?確か正式名称は―――」

 「神々の世界(ゴットアイランド)。通称は天の国(オーバーグラウンド)

 「お前よく知ってるな、俺より詳しいんじゃねぇの?」

 「だってここでは、敵国みたいなものだからね。表立った戦争はないけれど、アタシ達が上に行ったら絶対に差別されるんだ。機械によってね」

 「なんで軽蔑すんだ?どう思おうが、自分の勝手だろ」

 「そういう考えを持つと、ゼウスやアステレイアがほっとかないんだよ。自分を信じないものには天罰なんでしょ?だからアンタはここに来た」

 「来たくて来たわけじゃねぇよ」

 少しすねたように言う皐氣の横に、いつの間にかアリィが居て何か言いたそうな目をしていた。だが、そんなに付き合いの長くない皐氣に彼の思いが伝わるわけがない。だから、彼の代わりに茜が言った。

 「話し逸らして悪いけど、陽向はどうしてるか気になるってさ」

 「陽向か?」

 隣で食い入るように見つめてくるアリィに聞くと、彼はこくんとうなずいた。フードから解放された、銀色の髪に紛れた瑠璃色の瞳が潤んでいた。それほどまでに彼らは陽向と親しいらしく、特にこのアリィにとっては、とても大切な存在のようだ。

 「俺があいつと別れたのは、もう使われてない廃校の中だった。その後どうなったかなんて、落ちてた俺には分かんねぇよ」

 「……」

 さらに泣きそうになった顔に少し慌てた皐氣は、茜に助けを求めた。

 「何でお前らそんなに陽向の事、気になんだ?」

 「アタシはあんまり関係ないのよ。ただね、アリィって名前付けたのは陽向なんだ。だから陽向が親代わりのアリィには、大切な人なんだ……よね?」

 茜が優しく微笑んでアリィに言うと、彼はさっきと同じようにうなずいた。その拍子に、一筋の涙が流れた。結構泣き虫らしい。堪えてはいるようだが、もう瞳が涙でいっぱいだ。

 「親代わりって事は、こいつには親がいねぇのか?」

 「そう。ついでに言えば、アタシもだけどね」

 「じゃあ、こいつの面倒お前が見てるのか。スゲェな」

 「お前って言われると、何か無性に苛つくから名前で呼んでくんない?呼び捨てでいいから」

 「気がついたら直しとく」

 そっけなく皐気が返すと、茜はむくれっつらでどこかへ消えてしまった。アリィと二人で居る事が気まずくて仕方ない皐氣が、居心地悪く思っていると、不意に軽く何かがぶつかってきた。何事かと思ったら、眠そうに目を擦るアリィだった。すまなそうペコリとお辞儀すると、またうつらつらしてきた。いまだ目を擦り続けるアリィの手を制し、皐氣はそっと言った。

 「目はあんま擦んじゃねぇよ。目、悪くなっから。眠いんなら寝ろ、別に寄りかかってきてもかまわねぇから」

 唇を噛み締めて、アリィはフルフルと首を横に振った。何が何でも起きている気のようだ。その理由はよく分からないが、とりあえず絶対に寝たくないという事は分かった。

 「眠たくなったらすぐに寝ろよ。いいな」

 そういうと、アリィは少し微笑んでうなずいた。言葉が使えない代わりに、表情は豊かのようだ。これを何とか読めるようになれば、便利かもしれない。

 「ちょっと来て皐氣。見て欲しいものがあるから」

 やっと戻ってきた茜はそう告げた。あまり待っていないような気もしたが、今、彼のひざの上ではアリィが健やかな寝息を立てて眠っていた。少しの間、子供嫌いを我慢して、こんなに子供に懐かれる事のなかった皐氣としては、ちょっと驚きだった。

 「アリィは置いて行くと泣くだろうから、アンタが背負って連れて来て」

 「何で俺が―――」

 「男でしょ、アンタ。子供をおぶるんだったら、男に決まってるでしょ?そんな力もないの?笑っちゃうわね」

 どこか性格が緋搗に似ている、この少女が無性にムカついた。挑発に乗ったつもりはないが、一応は高校生という事で軽々とアリィを担いで皐氣は茜に続いて外へ出た。

 「アンタって単純だから扱いやすいわ」

 「単純じゃねぇよ。ただ、筋トレになるから背負ってるだけだ」

 「フフフ……」

 「何笑ってんだよ、この性悪娘が」

 「失礼ね。……でも陽向が言ってた事がよく分かるなって思った」

 「何が?」

 「ちょっと馬鹿だけど、頼りになるってところと、優しいところ」

 「気持ち悪いこと言うなや」

 また笑い出した茜を無視して、空を見上げた。今まで見ることのできなかった数々の星達が、眩く光っている。その空に、急に聞きたくなった。陽向はどうしてる?、と。でも、言葉を知らない夜空は、ただ瞬くだけだった。



                     *



 突然の訪問者は、緋搗が髪を乾かしている時にやって来た。いつもなら、この後友達と最近気になる人についてのことで盛り上がって、一通り気が済むと眠って一日は終わりだ。親は居ない。なぜなら仕事へ行っているからだ。帰りはいつも夜中だし、早く帰ってくることなんて滅多になかった。不思議に思いながらも、チャイムが鳴り終わらないので、鍵をはずして扉を開けると、そこには見慣れた姿があった。

 「栄井!こんな時間にどうしたの?っていうか、その格好、どうかしたの?」

 彼女の目の前に現れた栄井は、服がボロボロで汚れていた。戦争の中の兵士のような状態だった。

 「ちょっと中に入れてくれると、嬉しいかも」

 蒼い顔でそう言われて、中に入れない者があるだろうか。急いでチェーンを外して、彼を招き入れた。靴を脱ぐのも辛そうだったので、土足で上がってもらい、リビングに通した。ふらついて危ない足取りの栄え井を気遣い、手を貸してイスに座らせる。

 「ありがとう……。わがままで悪いんだけど、水を一杯貰える?」

 「いいよ、気にしないで」

 父がいつも使っているコーヒーカップに、たっぷりと水を入れて栄井に渡した。彼はそれをゆっくりと美味しそうに飲むと、深く息を吐いた。

 「どうしてこんな風になっちゃったの?もしかして、またいじめ?」

 「いや、そうじゃないんだ。覚悟して聞いてもらえると嬉しいな」

 「覚悟って、もしかして―――」

 「多分ご想像の通りだよ」

 「皐氣に何かあったの?」

 こっくりとうなずいた栄井は、そのまま倒れてしまいそうだった。元々体が弱いのに、かなり無理をしてここまで来たようだ。そっと支えてやると、弱々しく礼を言われた。

 「聞いて、くれるね」

 苦しそうに言ったが、まだ意識ははっきりしていた。それを確認してからうなずくと、彼はつっかえつっかえ話し始めた。皐氣が隠してきた秘密の事。それは自分達に被害がないようにと、思ったからの行動の事。突然現れたロボットの事。このジュスチセは外せると言う事。彼が行った場所の事を。

 その全てを、静かに緋搗は聞いた。知らない事だらけだったが、皐氣がこの世界を、この機械に支配された世界を嫌っていた事は昔から知っていた。昔から彼は世話用のロボットを毛嫌いして、逃げ回っていたから。

 「じゃあ、栄井がここに来た理由って皐氣のサポートを手伝ってもらうため?」

 「さすが女子、鋭いね。その通りだよ」

 「でもゼウス様や、アステレイア様からは、逃げられないわよ。どうするつもり?」

 「翠と同じように僕らもジュスチセを外す」

 「だけど、ずっと動かないでいると怪しまれるわ」

 「家事用ロボットに付けておけばいい。あいつらは主人の命令で動く。だから結構いろんな動きをするから、バレないさ」

 「そうね、それはいい考えだわ。でも、もしジュスチセが何らかの方法で外れたりしたらどうするの?」

 「その時はその時だね」

 「……栄井にしては無鉄砲なやり方ね」

 「褒め言葉として、受け取っとくよ。さあ、ジュスチセを見せて。外してあげるから」

 緋搗がジュスチセをしている方の腕を出すと、栄え井は皐の時と同じような動作で、彼女のジュスチセをいとも簡単に外した。

 「これでよし。さあ、行こう」

 「行こうって……今思ったんだけど、ジュスチセを外している事がバレたらやばくない?」

 「大丈夫だよ、ホラ早くロボットにジュスチセを付けて。あまり目立つ所はダメだからな」

 「うん、分かった」

 そして、緋搗は台所で食器洗いをしていた家事用ロボットにジュスチセを付けた。長いスカートのようなものをいつも着ているので、足に付けておいた。

 「親にバレないかな?」

 「こういう時は心配性だな、緋搗って。親は、いつも朝早くから、夜遅くまで働いてるんだろ?だったら、滅多に会わないだろ、もしもと時以外は」

 「それもそうね」

 納得していたら、不意に戸を叩く音が聞こえた。金槌で板を叩いている様な音だった。今日は訪問者が多いと思いながら、玄関へ向かおうとした緋搗の腕を栄井が掴んだ。

 「出ちゃダメだ。裏口はある?」

 「え……あ、あるけど」

 「そこから外に逃げるぞ」

 「逃げる?どうして?」

 「後で歩きながら話すから、今は外に出る事を考えて」

 言葉の意味を今だよく理解できぬままに、緋搗は栄井と共に、台所の裏口から外へ出た。暗く狭い道を抜けて、いつも学校に通っている時と同じ道を歩いていると、彼女の目に驚くべき者達が写った。すれ違った人達一人一人に、必ずマントを羽織った何者かがいるのだ。驚きすぎて緩まる足取りに栄井が言った。

 「彼らは、空民(くうみん)。そう名のってた。後はよろしく、璃里(りり)

 「はい、かしこまりました」

 聞き慣れない名前と、聞き慣れない綺麗な声にびっくりしていると、彼の隣に彼とは歳の離れた女性があわられた。フードで隠された顔は顎しか見えないが、綺麗な曲線を描いていた。

 「はじめまして、緋搗様。(わたくし)は空民の璃里と申します」

 「は、はじめまして璃里さん」

 「璃里でいいですよ」

 「はぁ……」

 「話題がそれてしまいました。本題はですが、私達空民は、ジュスチセを付けている方々には見えないのです。そして外すと見えるようになります。私達空民は、そうしてジュスチセを付けた主人のために働きます。ですが、お金などは一切もらえません。別に不要ですしね」

 「ちょ、ちょっと待って。何で貴方達がいるのかは分かったわ。でもどうして見えないようになってるの?別に見えても困らないでしょ?」

 「そうかもしれませんが、私達はここでは『人間』として認められていないのです。例えていうなら、精密機械のようなものですね。なくてはならないけれども、見えなくてもいいのですから」

 「そうなんだ……」

 「ええ。そして私達は、主人のために死ぬまで働き続けます。一日も休む事はできません。だからといって辛くもありません。ただ、この世界に住む主人の方々に不便が生じない様、サポートするために私達はいるのです。……ここまでは、理解していただけましたか?」

 「うん、大体だけど。大切なトコは分かったわ」

 「では次の説明に移らせてもらいます。何故この世界が私達を除者にするのかは、それは機械を好まないからです。貴女方の記憶からは消されていると思いますが、初めは皆同じ病院で産まれ、一歳を過ぎるまでそこで育てられます。そして機械と共に遊ばされるのです。そして機械に何の躊躇もなく接しられた者は、この世界へ。機械に反対したものは、私達の世界へ飛ばされます」

 「飛ばされるって、どういう事?」

 「つまり、ゼウスとアステレイアに支配されていない国へ行く事です。そこで奴隷のような暮らしを送るのです。素晴らしき機械を信用しないものは、用無しですから」

 「それ、酷くない?だって、子供の好みなんか、いろいろあるでしょ?」

 「そうかもしれませんが、子供達と遊ぶロボットは、アステレイアがモチーフなのです。それを好かぬものは、この世界に暮らすべき人間ではないとみなされるのです。子供の好みは全く関係ありません」

 「そんな……」

 ロボットを許した者だけを人と呼び、そうでない者を空気のようにしか思わない奴隷のように扱うなんて、考えられなかった。そんな社会の中で、自分はのうのうと生きてきた事を、恥ずかしく思った。

 「私達を哀れむ事はありません。なぜなら、そういう決まりですから」

 決まり。皐氣が一番嫌っていた言葉だ。一つの法則に縛られ、操り人形のように動かされるのが嫌だと言っていた。今ならその気持ちが分かる気がした。

 「さあ、着いたよ」

 「着いたって……ここどこ?」

 辺りは暗く何も見えないが、ライトアップされているかのように浮かび上がる建物があった。それは神々しく見えるが、なにか違和感を感じるものだった。天高く聳える塔を囲むように、数本の塔が建っているその建物は、はじめて見た気がする。

 「これは、神の領域という建造物です。私達の世界と、この世界を繋ぐ物の一つです」

 璃里がそう緋搗に説明したが、腑に落ちない事があった。

 「そうな事はどうだっていいわ。何で私達はここに来たの?」

 いつの間にかジュスチセがなくなっている栄井に聞いた。背中を見せていた彼が振り返ると、肩を竦めて言った。

 「皐氣と一緒に世界を変えるためって言うか、皐氣をサポートするためって言うか……どっちだと思う?」

 「どっちって、そんなこと言われても私にはさっぱり分かんないわ」

 「う〜ん……なんて言えばいいんだろう?璃里とはどう思う?」

 「私ですか?……私から言わせてもらいますと、機械を倒すためにこの中に入るのではありませんか?この中には、ゼウスやアステレイアの知能が管理されていると聞きます。それさえ壊してしまえば、機械からの支配はなくなるのですから」

 「だってさ……どうしたの、緋搗?」

 返す言葉さえ見つけられない。でも、一つだけ言える事が緋搗にはあった。

 「なんでそんな事するの?犯罪よ、そんな事!」

 「……確かに犯罪さ、でもこうするしかないんだ」

 「私はそれが嫌なの!分かっててそんな事するなんて、おかしいよ!」

 「そうだね」

 「栄井はそれでいいの?もし失敗したら、一生犯罪者として生きて行かなくちゃならないかもしんないのよ?もっと酷かったら、死刑にされちゃう!」

 「そうかもね」

 「なんでそんなに冷静でいられるの?……もう訳分かんない!私、帰る!」

 自分の思いをありったけぶつけても、微笑を湛えたままでいられる栄井が、今日は怖かった。ここまで来た道のりはよく覚えていなかったが、一人でも何とか帰れるだろうと思い、身を翻すと、その手を止める者がいた。

 「帰ってはなりません。殺されますよ」

 冷えた言葉は、璃里から発せられたものだった。さっきまでの雰囲気と違い、心からの言葉のようだった。

 「どうしてそんな事言うの?脅えさせようたって無駄よ」

 「本当のことなのです。陽向様もそうでした」

 「栄井も?それってどういうこと?」

 「はい、それは陽向様がご自宅に戻ってきたときの事でした。いつもなら明かりの点いているはずなのですが、今日はひっそりとしていて、生きた者の気配がしなかったのでございます。そして家の前には、スパイロボットがいたのです家に居た方々がどうなってしまったのか分かりませんが、彼らは陽向様を狙ってきたのでしょう」

 「どうして?」

 「反逆者には、死を」

 それまで静かだった栄井が口を開いた。あまりに深刻そうに言うので、緋搗の方が焦ってしまった。

 「もう僕らは、犯罪者なんだ。なぜか分からないけど」

 「じゃあ私の家に来たのも、スパイロボットだったの?」

 「多分ね。今から戻っても捕まるだけだよ」

 「そんな……」

 もうあの家には帰れないのかと思うと、悲しくなった。ふと、嫌な予感がした。両親はどうなってしまうのだろう?殺されてしまうのだろうか。

 「そう気を落とさないで、きっと大丈夫さ」

 栄井もそう自分に言い聞かせて、緋搗に及ぶかもしれない危険を知らせに来てくれたのだろうか。大丈夫。きっとだけれども、そう思うと気が楽になった気がした。

 「……。嫌になったらやめるからね」

 緋搗がそういうと、一瞬意外そうな顔をしてから栄井はうなずいた。そして、手を差し伸べて言った。

 「それじゃ、今度こそ行こうか」

 これから先、何が起こるかは、まだ分からない。いい事があるかもしれないし、悪い事が起きるかもしれない。それでも今は、進んでみることしかできないのだ。



                  *



 彼らはまだ気付いていない。光があれば、闇もあるという事を。彼らが光ならば、我らは闇だろう。底のない、闇。今、無数の闇の遣い達がここで蠢いていた。

 「裏切り者には、死の鉄槌を下さん」

 低い声に便乗するように、また闇が蠢き数人の人の輪郭を見せた。

 「反逆者共に、死を」

 呪文のように、その言葉は響いていった。

 闇もまた、確実に動き出していた。

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