2、動き出す運命
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一人ポツンと帰途に着きながら、緋搗は様子のおかしかった皐氣のことを考えていた。彼は知らない。本当に、緋搗は彼の事が好きな事を。だから、小さい頃の言葉が冗談だと言われた時は、本当に悲しかった。けれど負けん気が強い緋搗は本当の事など言えない。だから強気で、嘘をついた。「本気で考えてる訳ないわよ」って……。
昔からそうだった。本当のことは親にも言えなくて、ずっと独りで抱え込んでて……。そんな自分が大嫌いだった。だからこれからも、自分に嘘をついて生き続けようって誓った。翠への想いも、封じ込めて。
そうだ!明日になったら聞いてみればいいんだ。同じクラスだし、席も近いし。なんだったらメールしてみてもいい。そうすれば分かる事なのだから。
「明日、聞いてみるか……」
声に出してそういうと、なんだか気持ちが晴れてきた。
でも明日から、皐氣に会えなくなる事を知らなかった。思いもしなかったのだ。
*
皐氣が家の前辺りまで来ると、そこには見覚えのあるシルエットが家の光に映し出されていた。
「陽向……」
シルエットが動き出し、彼のほうを向いた。やはり彼の親友の栄井に間違いなかった。別れたときの学生服のままの姿で、彼は頼りなく微笑んでいた。
「あの……なんか昔っから翠って嘘つく時、先帰っちゃう事多かっただろ?だから……ホラ、なんて言うのかな……心配……みたいな、そうじゃないような……」
照れくさそうに頭をかきながらそういう栄井が可笑しくて、皐氣はふきだした。
「わ、笑うなよ。心配して来てやったのに……」
「お前に心配されるほど、落ちぶれちゃいねぇよ。別に明日聞いても良かったんだしよ。何で今日来たんだ?」
まだ笑い続ける皐氣を尻目に、栄井は真面目な面持ちで言った。
「明日じゃいけない気がしたから。明日じゃ遅いって、思ったんだ」
あまりにも切羽詰ったように言うので、知らず知らずのうちに皐氣の嘘の笑いは止まりった。彼は気付いていたのだろう、皐氣の嘘の笑いに。だから真面目な顔して話したのだ。
「僕ら友達だろ?何か隠してんなら言ってもいいんだぜ?……何に、悩んでんだ?」
勘の鋭い栄井にこれ以上嘘をついても、余計に心配させるだけだろう。それなら話してしまったほうが楽かもしれない。深いため息をついてから皐氣は、意を決したように話し始めた。
「俺が始めてアステレイアに呼ばれたときの事は覚えてるか?―――そうその時だ―――その時言われたんだ。『お前は、反乱分子だ』って。はじめはぜんぜん気にしてなかったんだがよ、いつまでもそうしていられるわけじゃなくなってきた。『お前は人々の幸せを奪う者になるだろう』、『大切な者を傷つけるだろう』って言われていくうちに、なんか不安になってきちまって……。俺らしくねぇ事はわかってる。でも俺は、俺はお前らを巻き込みたくなかったんだ」
「それがどうした?いつもの翠なら、そんなこと気にしないだろ?」
「無視できんなら俺だってこんなに悩んだりしねぇよ!言われたんだ、アステレイアに『次私の忠告を受けた時、貴方の存在は消去される』ってさ。これが無視できるか?いくら機械でも人は殺せやしねぇだろうが、それに従う人間にはできるだろ?」
「でも、殺されるって決まった訳じゃ―――」
「危ない!!陽向!!」
皐氣が叫ぶと共に、栄井がいた場所に火花が散る。何者かが打ってきた銃声が、暗い影を落とした町に響き渡る。驚きを隠せない栄井と皐氣は、とりあえず近くにあった電柱の陰に隠れる。
「何だあいつら」
「見たこともない、機械だね」
電灯の下にぬっと現れたそれは、巨大なロボットだった。光に当たったボディが、不気味に黒てかりしていた。その腹のあたりから突き出した筒から煙が上がっている。おそらくそこからさっきの玉は打ち出されたのだろう。普段見ている、掃除などを手伝ってくれるロボットとはかけ離れたそれは、楕円型の頭で赤い目を光らせていた。それが、隠れている皐氣達に向けられる。
「ヤバイ、見つかった!」
「翠、こっち!!」
栄井が走り出すと同時に、皐氣もあとに続く。
「ヒョウテキカクニン。ジョキョサギョウニウツリマス」
一体だけだと思っていたそれは、後ろにもう二体隠れていた。前のロボットと同じ赤い目で皐氣達を睨むと、片言だがはっきりとした電子音声が聞こえた。重そうな太い足を持ち上げて、着実に皐氣達を狙って追いかけてくる。
「オイ、一体どうするんだよ陽向。逃げてもあいつら探査機能あるみたいだから、逃げ切れねぇぞ?」
「いいから黙ってついて来て」
先頭を懸命に走る栄井が、少し苦しそうに言った。彼は昔から、あまり体が強くないのだ。だから体育の時だって、羨ましそうに見ているだけしかできなかった。そのせいで仲間はずれにされる事も多かったし、いじめられていた事もあった。そんな彼を気にかけて、皐氣は声をかけ、今のように仲良くなったのだった。
「あんま無理すんなよ。お前―――」
「大丈夫。それに、ホラ、見えてきた」
栄井の指差す方向には、寂びれてもう使われていなそうな廃墟があった。使われていた時は学校だったのだろうか横に長く、たくさんの窓がある。だがそこに窓はなく、暗い闇がはまっていた。周りで煌々と焚かれている電灯に照らされたその姿は、まさしくお化け屋敷だった。
「陽向、あんな場所に何があるんだ?」
「『翠が求めてる世界』、かな?」
「俺が求めてる世界?」
「翠は、機械に支配されない世界を望んでるんだろ?あそこには、それがある」
「何で俺がそんな世界を望んでるって、分かったんだ?」
「……僕も同じだからさ」
不敵に微笑んだその笑顔を、はじめて見た。いつもの明るい笑みとは、全く別人のように見えた。
朽ち果てた門のようなものをくぐり、建物の中へ入る。埃が舞うと思って、袖で思わず鼻を覆ったが、塵一つ舞う事はなかった。外見とは裏腹に、意外と綺麗な事に驚いていると、栄井に近くにあった教室へ連れ込まれた。電球が一つも原形をとどめていない、薄暗い教室の中で、栄井は囁く。
「腕、ジュスチセしてる方の腕、見せて」
「?なんで?」
「いいから、早く」
急かす栄井に渋々ながら従うと、彼はポケットから何かを取り出して皐気のジュスチセをいじり始めた。暗いので、皐氣には彼が何をしているのかさっぱり分からない。ただ静かな暗闇に響く、鉄と鉄がかする様な、ぶつかり合う様な音しか聞こえないのだ。心配になった皐氣が、栄井に何をしているのかたずねると、
「もうちょい待って。すぐにできるから」
その言葉どおりにしばらく待っていると、軽い何かが外れる音がした。その音と共に、皐氣の左手首は軽くなった。驚いていると、クスクスと笑う栄井が言った。
「ちょっとした隙間をいじってやると、意外と簡単にジュスチセって取れるんだよ」
「おま……お前こんな事できるのか!?」
「できるのかって……できてるし」
本当に皐氣の左腕にはジュスチセはなかった。その代わりに、日焼けした肌の境に薄くジュスチセの跡が残っていた。感心している皐を尻目に、栄井は外の様子を窺っていった。そこで一つの疑問が皐氣の頭の中に浮かんだ。
「たしかにそりゃスゲー事だけどよ、こんな事してなんになるんだ?」
「あのロボットは、多分だけど、ジュスチセに反応して追いかけて来てるんだと思うんだ。」
「ジュスチセに?それだったらそこら中にあるやつに反応して、手当たり次第に襲ってるだろ?」
「そうならないようにインプットされてるんだよ。教えてもらっただろ、昔。ジュスチセには個人の情報が込められていて、コンピューター管理されてるって」
「だからどうなんだよ。俺にも分かるように説明しろ」
「だから、コンピューター管理されてるって事は管理人がいる訳だ。その管理人が、上からの命令で『誰々の情報をよこせ』って言われたとする。そしたら簡単に情報は移動する。今いる場所も一目で分かるってもんだ」
「もしそれが本当だとしたら、あのゴツイのは俺を消すようにインプットされてジュスチセの情報を追ってここに来たって訳か?」
「そう。……仮定だけどね」
「でもよ、なんで俺を消そうとすんだ?」
「それは、翠が危険要素だから」
「危険要素?」
皐氣には難しい言葉の山に、彼の頭はもうショートして煙をあげてしていた。
「『ゼウス様、アステレイア様に逆らうもの、これ即ち反逆者の印を表す』」
「何だ、それ?」
「つまり、神を信じないものは邪魔なだけだって事」
「それが、俺」
自分自身を指差しながら言う皐氣に、こっくりと栄井はうなずいた。
「アステレイアやゼウスを作った人間は恐れてるんだ、自分の支配が行き届かなくなる事を。他人が自分勝手に動く事を」
「何で?」
「そんなの分からないよ。だけど……場所を移動したほうがよさそうだ」
そっと別の部屋に移動とする時、外に黒い影が見えた。やはりあのジュスチセを追って来たのだろうか?前居た部屋に置いてきた皐氣のジュスチセ向かって歩いていっている。
「ねぇ、翠。これだけはちゃんと聞いて」
栄井が焦ったように言う。皐氣は黙って、彼の次の言葉を待った。
「この先を抜けると、行き止まりがある。その壁は仕掛け扉でね、消火器を引っ張ると開くようになってる。そこを抜けて会うんだ、茜とアリィに」
「アカネとアリィ?」
「そう、その子達は僕の友達なんだ、翠と仲良くなる前からの。僕の知り合いだって言えば、何かと世話してくれると思うから」
「お前も一緒に来ればいいだろ?そしたら、そんな面倒な事しなくても―――」
「僕は行けない。僕までいなくなったら、緋搗が心配するし、もしかしたらアステレイアが緋搗に何かするかもしれない」
真っすぐな瞳が、皐氣を見つめる。少し頼りないが、しっかりと前を見つめる綺麗な瞳だ。揺るぎそうにない、栄井の決意に、皐氣はゆっくりとうなずいた。
「二人に会ったら、きちんと自分の気持ちを言うんだ。そしたら絶対力を貸してくれるからさ」
「俺のことは、それでいいとしてお前はどうする?」
「僕は何とかなる」
言おうとした言葉を制して、栄井はにっこりと笑う。自信に満ちた、希望ある笑みだった。
「僕は信じてる。……翠がこの機械で縛られた世界を開放してくれるって」
「陽向……」
「あ〜あ、恥ずかしい。早く行けよ、あの機械に見つかるぜ」
栄井が顔をほ照らしながら、押し出すように皐氣の背中を押す。振り返ってまた栄井と話そうとしたが、彼は我慢した。そうしないと、ずっとそこに居てしまいそうだったから。そんなに遠くない場所で爆発音が聞こえた。きっとあの機械が、さっきまで皐氣のしていたジュスチセに向かって発砲しているのだろう。栄井に取ってもらえなかったらと思うと、鳥肌が立った。だが彼は進まなくてはならない。視界の悪い暗闇の中で、壁伝いに歩いていく。本当にこの廊下に終わりなどあるのかと心配し始めたら、指先が直角に曲がる壁を捉えた。
「何を引っ張れって言ってたっけ?」
暗闇に慣れていく視界に現れたものは、割れたガラスの破片と、使われる事のなくなった机―――やはり学校として使われていたようだ―――が乱雑に放られている。その机に隠されるように、壁には凹みがあった。その中には、やけに綺麗な消火器が窮屈そうにはまっていた。その斜め上に擦り切れた絵画が飾ってあった。暗闇のせいもあるのだろうが、何が描いてあるかさっぱり分からない。
「引っ張れそうなのは、絵と消火器……しかねぇな」
皐氣は、絵と消火器を交互に見ながら悩んだ結果、『どちらにしようかな』で決めることにした。ほんの少し前の事なのに、思い出せる自信がなかった。そうした結果は、絵だった。
「だけど俺は、反対にする癖があるから―――」
皐氣が机をどかし、勢い良く消火器を引っ張るといとも簡単にそれは動いた。完璧に外れる事のなかったそれは、意味なく力を込めた皐氣をせせら笑っているようだった。
「何も起きねぇぞ?」
不思議に思い数歩下がっていくと、突然さっきまであったはずの床は消えていた。皐氣は懸命にバランスを取ったがその甲斐なく、むなしく落ちていった。
そのあと消火器は元の場所へ戻り、動かしたはずの机も勝手に動き、何事もなかったかのような風景に戻ってた。
「うわぁぁぁーーーー!!」
その頃に皐氣は暗い筒の中を滑っていっていた。時々クルクルと渦を巻いたりしたりして、目が回ってきていた。もう限界に達しそうになった時、下のほうから光が近づいてきて―――
「ってぇーー!」
光に包まれたと思ったら、皐氣は温かな土の上に放り出された。そのせいで不恰好に、しりもちをついた。痛い尻を摩りながら立ち上がり、闇に慣れていた皐氣の目が光に慣れていく。するとそこには今までに見たこともない、美しい自然が映った。
「スッゲェ……」
あまりの美しさに言葉を失う皐氣は、これからすべき事も忘れかけていた。
やっと動き出しましたね……ホントに。さあ、これから新キャラの登場と、いろいろ起こっていくと思うので応援よろしくお願いします!!




