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機械仕掛けの世界  作者: 下弦 鴉
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16/17

15、 変わる時代

 彼女は、しゃがみ込んで叫んでいる青年を、冷たく見下していた。人の心とは、こんなにも脆い。だから、彼女は嫌いだった。不必要なものだと思った。心があるから、挫けてしまう。心があるから、崩れてしまう。心があるから、絶望を知る。そんなもの、持たなければ良いのにと、彼女は思っていたが、それはいつの間にかあるもので、造らないようにする事は、難しい。初めから、心のない人間などいないのだ。だから、人は簡単に破滅するのだ。この、青年のように。

 「先に進むのではなかったのですか?ここはまだ、一番上ではありません。先がありますよ、総司令部が」

 冷徹な言葉を青年に浴びせると、彼は静かになって、顔を上げた。涙で汚れた顔が、醜かった。

 「約束を果たすため、貴方は進んできたと聞きましたが。こんなものなのですね、貴方の決意というものは」

 「……」

 「進む気がないのなら、仲間のもとに、お帰りなさい。その代わり、もうここに入る事は禁じます。もし、まだ進む気があるのなら、そこにさらに先へと続くエレベーターがあります。行く気があるのなら、行きなさい」

 彼女が指差した方向には、今までなかった扉が出現し、青年を待つかのようにそこに在った。

 「進むか否か、決めるのは貴方ですよ、皐氣翠」

 そう言い残し、彼女は去って行った。



                      *



 自分がここまで来れたのは、友の存在がいつもあったからだ。隣でそっと、支えていてくれたからだ。倒れそうになる彼を、一生懸命に支えてくれていたからだ。隣でいつも、心配ないと笑っていてくれたからだ。

 だが、今ここに、その存在はない。この世に、ない。だが、進んで欲しいと、彼は言っていた。止まらないで欲しいと、言ったのだ。だが、自分は進む事が出来なくなっていた。友がいないために、支えてもらえず、そのまま倒れてしまった。独りに、なってしまった。それが嫌で、悲しくて。でも、心のどこかで、まだ行けると声がしている気がした。深い闇にささやかに光る、微弱な光だ。でも、それは暖かくて、優しくて。そう、まるで栄井のようで。心の中で、いつも彼に頼っていた気がする。彼の苦しみも、何も知らずに、ただ肩を預けていた気がする。だから、独りになった自分は、こんなにも脆く、弱い。そんな自分が、情けなくなった。

 進むと言ったはずだ、彼に。止まらないと約束したはずだ、友に。諦めないと誓ったはずだ、自分の心に。なのに、自分はここで何をしている。

 進まなくては、真っすぐに。真っすぐに―――。

 「俺は……」

 勇気をくれた人達の為にも、支えてくれた人達の為にも、ここで止まる訳にはいかない。歩き続けると、心に誓ったのだ。あと、一歩でいい。進む為に、もう一度、力を。変える為に、もう一度、勇気を。約束の為に―――。

 「俺は、……止まらない」

 真っすぐ前を見た彼の目に、あの扉が映る。最後の扉。あの扉を超えれば、きっと約束は果たせる。願いを果たせる。最期にした約束を、破らずに進めるのだ。行かなくてはいけない。この塔の、一番上に。アステレイア達の待つ、総司令部へ。

 痛む体を引きずって、扉へ近付くと、それは彼を受け入れるかのように開き、彼が中に入った途端に閉じた。そして、ゆっくりと上昇し始める。もう、恐れるものはないはずだ。絶対に。

 さあ、この機械仕掛けの世界に、終止符を打つ運命(とき)が来た。



                      *



 次に扉が開かれた時、まず目に飛び込んできたものは、大きな柱だった。それは、人の脈のように電気が走り、鼓動していた。紅の光は、まさに血のようだった。ここが、総司令部。神の領域の、一番上。アステレイア達のいる、機械の居場所。

 恐る恐る、一歩踏み出て、エレベーターから出ると、それはゆっくりと閉じられた。もう、戻れない。戻らない。真っすぐ前を向いた彼の瞳に、迷いはなかった。

 一歩一歩進んでいくうちに、数々の思い出がよみがえりは消えていく。強気でも、優しい心を忘れない茜。言葉を取り戻しつつあり、気持ちの真っすぐさには敵わないアリィ。いつも心で、思ってくれていたであろう緋搗。優しく、志の真っすぐな栄井。あの笑顔は、みんなの笑顔が力をくれる。だから、もう止まらないで進めるのだ。

 「やっと来ましたね、翠」

 久しぶりに聞くアステレイアの声は、何処か母に似ていると気付いたのは、この瞬間だった。母が創ったのだ。似ていて問題ないだろう。ゼウスの声は聞い事がないが、きっと父そっくりなのだろう。そう、勝手に思っていた。

 「もう、全システムに通達してあります。機械の時代は終わると。これからは、人による人の為の、世の中になっていく事でしょうと」

 「……そうか」

 嫌にあっさりと機械の時代が終わる事を認められて、少し皐氣は驚いた。映像として現れたアステレイアは、悲しそうな顔をしていた。

 「私を止めたいのなら、止めればいいでしょう。ですが、本当に私を止めたら、この世界は混沌の中へ落とされてしまいますよ。それでも、いいのですか?」

 「それでも、構わないさ。人は、人の生きる道を見つけるから」

 「私達が生きる為の糧と待っている方達は、どうなります?生きる希望を、見失ってしまうのですよ?」

 「そしたら、他の生きる希望をくれてやるさ。俺が絶対、失望なんかさせねぇよ」

 「貴方が、私達の代わりになると?」

 「代わりになんかならない。自分で、自分らしい道を決める。人の造った道なんかいかねぇよ」

 「そうですか……。そこまで決意が固いのでしたら、機械の私達に貴方の考えを覆す事は、出来ないでしょう。大人しく、プログラムの終了を、待つとしましょう」

 アステレイアの映像はかすれるように消え、声も聞こえなくなった。もう、目の前には、あの柱がそそり立っていた。それにそっと触れてみると、キーボードがでてきた。始めて見るはずなのに、何だか懐かしい気がしたのは何故だろう。昔、見た事があったような気がした。

 それが記憶の箱の鍵になったかのように、一気に一つの映像が走馬燈の様に駆け巡った。

 それは、まだ皐氣の幼い頃。やっと立って歩けるようになった頃の記憶だ。彼は、両親の働く姿を見ていた。その場所は、ここだった。一寸のブレもない。この柱を前にして、父は、何かを操作していた。そして、隣に立っている母は、こう皐氣に言ったのだ。

 「いつか、貴方がここに来る時があったら、お父さんみたいに立ってこう言うのよ」

 優しい母の横顔は、その時何故だか悲しそうな顔をしていた気がする。

 「『我、汝の敵となりし時に、破滅を呼ばん。一つは、人の世の為に。一つは、この世界の為に』」

 「なあに、それ?」

 「覚えられなくてもいいの。今は、ね。大切な時にきっと、思い出せるから」

 優しく笑いかけた母は、小さい頃の皐氣ではなく、今ここに居る皐氣を見ていた気がした。

 もしかしたら、両親は知っていたのかもしれない。この世界が、進化しすぎる事を。そしてそれを止める為に、皐氣がここに来る事も。全て、彼らの手の内で決められた事だったのかもしれない。そしたら、これは決められた運命だったのだろうか。皐氣が、自分で選んだ道ではなかったのだろうか。

 そう考えたら、急に笑いたくなってきた。決められた道を歩かないと言ったはずなのに、もう自分は人に敷いてもらった道を歩んでいた事になるのだ。両親の掌で、皐氣は踊っていただけなのだ。結局は、誰かに頼らないと、皐氣は歩いていけないのだ。

 「ばかだなぁ……俺って」

 もう、何が何だか分からなくなってしまったが、まず、この機械を止めなくてはならない。両親の残した、この機械を。

 「我、汝の敵となりし時に、破滅を呼ばん。一つは、人の世の為に。一つは、この世界の為に」

 初めて言ったはずの言葉が、すんなりとスラスラ言えて、皐氣は不思議に思った。もしかしたら、気付かぬうちに覚え、どこかで言っていたのかもしれない。自然と出た言葉に従うように、柱の脈動が小さくなっていく。死んでいく人のように、次第に弱くなっていく。止まりそうなほどに、弱くなった、その刹那。

 部屋のモニター全てに、映像が映し出された。それは、皐氣の馴染み深い人であり、育ててくれたものの姿だった。両親は肩を寄せ合って、嬉しそうにこちらに向けて微笑みかけていた。皐氣は、言葉がでなかった。

 「翠、お前がこの映像を見ている頃、俺達はその世界にいないだろう。だけど、これを見ていてくれなければ、意味がない、儚いメッセージだ」

 「翠、貴方とは、もっとお話してみたかったわ。洋服の事とか、学校の事とか……彼女の事とかもね」

 いたずらっぽく笑う母は、最期に見た時の笑顔、そのままだった。逞しい父の腕に抱かれて、少し恥ずかしそうでもあった。

 「これを見ているのが翠じゃないとしても、ここに来てくれた、それだけで感謝する。……もし、翠ならば、謝らせて欲しい。ゴメンな。お前を独り残して、先に逝ってしまって。寂しかっただろう?独りにしてしまって、本当にすまなかった」

 「でも、これだけは忘れないで、翠。私達は貴方の事を、心から愛しています。心から、大切に想っているわ。……周りの人達みんなが、私達を忘れたのは、私達がした事なの。そうしないと、貴方を護る事が出来なかったから。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

 ぶれる画面の中で、母は泣いていた。だが、凛と立ち続け、真っすぐに皐氣の瞳を見続ける。温かな目が、彼を見守っていた。

 「翠、貴方の事は誰にも言っていなかったの。貴方の身に危険が及ばないように。そうしないと、神の領域が、貴方を取り上げに来ていただろうから。ここは、私達の持つ才能を、もっと欲しがっていた。だから、子供が生まれるのを待ち通しにしていたの。

 だけどね、母さん、貴方までこの世界に入ってきて欲しくなかったの。だから、誰にも何も言わないで、貴方を生んで、そのまま逃げてきちゃったの。だから、滅多に家に帰れなかったのよ。寂しい思いをさせた事を、本当に悔やんでいるわ」

 「父さん達は、護りたかったんだ、大切な一人息子を。頭でしか考えられない俺達でも、お前の事になると、必死に考えた。護る為には、必要な事はなんだろうってな。その為に、お前を苦しめたんだよな。親らしい事を、一つもしてやれなくて、本当に悪かった」

 「……そんな事ない、よ。親父。母さん」

 震える手で、目の前のモニターに触れる。歪んだモニターから、暖かさが伝わってきた。ほのかに暖かいそれは、本当に肌に触れているかのようだった。

 「もう、時間がないな。……翠。大きくなったお前と、酒が飲めない事を残念に思うよ。くだらない事を話して、一日中を過ごしてみたかったな」

 「母さんは、傍に貴方が居てくれるだけで嬉しいわ。貴方の可愛らしい笑顔を思い出すだけで、幸せになれるもの」

 母は、父の方に頭を預けながら、本当に幸せそうに言った。耐え切れない涙腺が、次から次へと大粒の涙を流していく。必死に我慢していた嗚咽が、どうしてもでてしまう。悲しいのではない。こんなに想われていた事が、純粋に嬉しかったのだ。

 「親父……母さん……」

 狂おしいほどに、急に彼らを愛しく思った。この手でもう一度、彼らに触れたい。この耳でもう一度、彼らの声を聞きたい。録音された言葉でない、言葉を。

 「最期に一つだけ、言わせてくれないか」

 互いの目を見て、頷き合って言った。

 「私達のところに生まれてきてくれて、有難う」

 ニッコリと笑った彼らを最後に、映像は切れた。まだ、耳に余韻が残っている。彼らの、暖かな声の余韻が。

 有難う。ただそれだけの言葉なのに、こんなに涙が出た事はあっただろうか。たった一言の、飾らない言葉で、こんなに泣けるものなのだろうか。こんなに、嬉しいものなのだろうか。

 皐氣は、心に残る両親の言葉を抱いて、柱に背を向けた。これ以上ここに居ては、絶対にここを離れられなくなる。両親の真心の残る、この場所に。たった数年だけしか一緒にいられなかったが、たくさん愛してくれた両親に、心の中で、別れを言った。

 「……有難う」

 エレベーターに乗り、扉が閉まる瞬間に、そう言った。切られた総司令部の部屋が、悲しかった。狭い箱の中で、皐は涙を拭き取った。



                       *



 倒れていた青年を蹴る足がある。頭をこつこつと叩き、次第に強くなっていく。五月蝿い。邪魔だ、寝かせろよ……。

 「起きろぉ、溯羅。死んだか?」

 どこかで聞き覚えのある声。だが、少し声がかすれているようだ。たくさん叫んだ後のようにかすれている。だが、どこか懐かしい声だった。

 「置いてっていいか?お〜い、溯羅。知らねぇぞ、風邪引いたって」

 「……」

 「もう知なねぇぞ、お前はそこでへばってろ」

 「……」

 「……無視か?」

 だんだん鬱陶しくなってきた。矢鱈としつこい。

 「シカトしてんのか?」

 「……うっせぇな」

 痺れを切らせて起き上がってみると、そこには皐氣がいた。少し目が充血しているようだったが、彼だった。それに、怪我をしているようだ。血の臭いがする。

 「やっと起きたか。ほら、行くぞ」

 「……どこに?」

 まだいまいちさえない頭を使って、あれこれ考えてみた。そういえば、機械音がしない。故障だろうか。いや、それはない。だとしたら。

 「どこへって―――」

 「お前、アステレイア達を止めたのか!?」

 一気に覚醒した頭は、それで一杯になった。

 「っつてぇ〜!!」

 皐氣の肩を掴んで揺すぶると、彼は叫んだ。

 「ってぇな、てめぇ。分かってやってたら、容赦しねぇぞ!!」

 「あ……ゴメ」

 パッと離した手に、血が付いていた。自分の血ではない、皐氣の血だ。

 「お前……傷だらけじゃねぇか」

 よく見れば、目の前にいる皐氣はボロボロだった。特に、左腕の傷は酷い。早く処置しなくては、使えなくなるかもしれない。

 「ダイジョブだよ」

 「何所が大丈夫なんだよ!!」

 「今はいいんだ。それより、先に言って奴らを安心させてやらないと、な?」

 溯羅にとっては、とても大丈夫には見えなかったのだが、本人が先に進もうと何度も言うので、仕方なく折れた。だが、血を見て彼らが失神してしまっても困るので、左腕の傷だけは、溯羅が簡単に処置しておいた。



                      *



 階段を下りてくる足音が二つ。それに茜達は身を強張らせた。皐氣達かもしれないが、敵の可能性だってある。だから、油断は出来なかった。じっと階段を見つめていると、会いたかった人物の姿が現れた。

 「皐氣!!」

 茜は思わず叫んで、彼に向かって走っていた。また会えると、正直思っていなかった。だから、余計に嬉しかった。

 「おうっ!」

 抱き疲れた皐氣は皐氣で、それなりに驚いているようだった。

 「お前、足は?」

 「え?……いたた!!」

 足の怪我の事を、すっかり忘れていた。急に走ったせいで、止まっていた血が、再び流れ出してしまった。慌てて押さえるが、痛くても、何だか笑ってしまった。

 「俺はどうでもいいのかよ」

 すねたような口を利く溯羅に、茜と同じように飛び込んだのは、アリィだった。

 「お帰り」

 その一言だけなのに、とても嬉しくなった。

 「……ただいま」

 そっとその頭を撫でてやると、アリィは嬉しそうに目を細めて、溯羅を見上げていた。

 そんな二人を見て、緋搗は彼らが羨ましくなった。自分も、出来れば皐氣に抱きつきたかった。心配したのよと、声を掛けて。だけど、そこまで彼女は強くなかった。気持ちを抑えるので精一杯だった。還ってきてくれた喜びと、謝らなくてはいけない事が混ぜこぜになっていた。

 「緋搗」

 彼女を名を呼ぶ、愛しい声がする。顔を上げると、彼が彼女に向けて、微笑んでいてくれた。どこか切ないが、暖かい笑顔だった。

 「……帰ろうぜ。俺達の町に」

 その一言が嬉しくて、申し訳なくて。本当は、自分に向けられるはずのない、言葉だったはずだ。これを聞くのは、彼女の膝で眠っている、栄井のはずだ。私に向けられた言葉じゃない。そう思うと、切なくなった。

 「行こうぜ、緋搗」

 いつの間にか俯いていた彼女に、皐氣は手を差し伸べていた。血で汚れた手が、痛々しかった。その手を緋搗は、取る事が出来なかった。唇を噛んで、下を向き続けた。

 「終わった事は、気にするな。……って言っても、無理か。俺も、悲しいから」

 「皐氣……私―――」

 「もう、何も言わなくていい。いいよ、もう」

 そっと頭に置かれた手が、冷たかった。もう、この溝は、埋められないのだろうか。そしたら、悲しいと思う。

 「行くぞ、皐氣」

 溯羅が、両手を茜とアリィに引っ張られながら言った。

 「ああ、今行く」

 彼にそう叫んで、皐氣は緋搗の肩を掴んで、無理やり立たせた。そして、その両頬をつまんで言った。

 「メソメソ考える質じゃないだろ。くよくよしない質だろ。俺を励ましてくれるのは、お前だっただろ。強気のお前でいろよ。じゃねぇと、気が狂っちまう」

 前よりも、何だか優しくなった気がした。前から優しかったが、もっと、こう、包み込んでくれるような暖かさになっていた。けれど、笑った顔は、変わらなかった。

 「そうだね。……そうだよね」

 「栄井の分まで、俺らは生きなくちゃいけない。この世界を」

 眠っていたはずの栄井の顔が、笑ったように見えたのは、私だけだろうか。



                 ―――数年後―――



 朝陽は今日も彼らを照らし、さんさんと輝いていた。暖かな陽気に包まれて、外では笑う少年達の声が聞こえる。とても楽しそうで、明るかった。テレビニュースで、もう機械関連の事は、報道されなくなった。新聞は、まだ一部で騒ぎ立てているが。『消えたシステム』、『潜む犯罪者の影』。そのような見出しが大きく踊っていた。だが、もう誰も興味を示さなかった。人とは忘れやすい生物で、便利に出来ていた。嫌な事があったら、すぐに忘れる。大切な事でもあり、どこか悲しいものでもあった。

 青年は一人、ブラブラと散歩をしていた。何所にも行くあてはない。ただ、自分の気がすむままに、その道を進んでいた。昔だったら、手首についているものが、警告を告げていただろう。だが、今この時代に、それはない。掃除用のロボットも、子供の遊び相手用のロボットも、全ていつの間にか消えていた。気が付けば、人間だけが、世界には残されていた。

 「こっち、こっちぃ!!」

 「待ってよぉ」

 子供達が、彼の横を通り過ぎる。最後の一人が、彼にぶつかった。

 「あ、ご、ごめんなさい……」

 彼は笑って答えた。すると、そのこは安心したかのように頬の緊張を緩め、先を行く友の背中を追って走っていった。とても微笑ましい、日常の光景だった。

 あてもなく歩いていたはずなのに、彼は墓地を訪れていた。そこに、真新しい墓があった。刻まれた名は、彼の友人の名だ。供えられた花は、もう、枯れかけていた。

 「……おい、見てるか。この世界を。お前が望んだような世界になってるか?お前が俺に託した夢は、これでよかったんだよな。……そうだよな―――」

 枯れた花の変わりに、新しい花を添える。物寂しげに見えた墓標が、一瞬にして華やかになった。線香をたき、去ろうとした彼の背中に、強い風が吹く。思わず後ろを向いてそれを防ぐと、死んだはずの友がいた。彼は笑っていた。手を振って、口を動かしていた。

 「あ、り、が、と、う」

 その口の動きに合わせて言うと、一つの言葉が出来上がった。もう、何度も言われた言葉。その言葉が伝わったのを確認して、大切な友の姿は、風にまぎれて消えていった。

 もう、驚く事もなくなっていた。時々、見る事があるからだ。恐くなんてない。この世界で生きている限り、彼は恐いものはないだろう。ただ一つあるとしたら、チーズと言ったところか。

 「今日も、よく晴れてるな」

 空に向かって、青年は大きく伸びをしながら言った。変わらない、清々しい風は、彼を包み込み、明日へと誘う。例え大切な仲間を失ったとしても、明日を夢見る事は、生きていくという気持ちは変わらない。この流れていく、人の命の時間を刻み込んで。

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