67
『黙ってついてこい』なんて時代錯誤もいいとこじゃない・・・
そんなことを思いながらも
胸の奥がときめいたことを
あたしはまだ認めたくなかった。
「ついてこい。」
何かにつけ、菊池さんは言っていた。
新しい語学を覚えるとき。
新しい取引先に出向くとき。
新しい商談相手と出会うとき。
新しいプロジェクトを始めるとき。
ついてこいと言えるだけのスキルは当然身についていて
それが、あたしにとってはあこがれで。
何の迷いもなく、きっちりついて行った。
そして・・・・
今のあたしがいる。
もうついてこいといってくれないあの人。
何で最後まで、
「何があってもついてこい」
と、言ってくれなかったのだろう・・・・
いくら思っても仕方のないことだけど。
「こら!何暗いオーラまとってんだ!
営業妨害だぞ!」
すれ違いざま、ポンと肩を叩かれた。
雄輔さんは、いつものように優しくほほ笑んで
あたしの返事なんかは聞くこともなく
次の仕事に移っている。
・・・・・・・・・・
理屈では説明できない懐かしさと後悔と
恋しさと恨みつらみが胸の中で渦巻く。
「ったくーーー!
片桐!ちょっと店頼むぞ!」
ちょっといらっとした顔の雄輔さんが
あたしの腕を掴んで事務所へと引っ張る。
「了解♪」
笑顔の片桐さんはひらひらと手を振って
あたしたちを見送った。
「一体なんですか!」
急に事務所に引っ張ってこられて
あたしは抗議した。
「いつまでも暗い顔してんじゃねーの!
ちょっと、休憩して、気分転換してから来い!」
ポンと、あたしに缶コーヒーを手渡して
雄輔さんはそのまま事務所を出て行こうとしたけど
「あ、そーだ♪」
と、再びあたしに向き直りずんずんと近付いた。
「な・・何ですか・・・」
「ん?ちょっとな。」
そう言うと、ひょいと腰を屈めてあたしの頬に
チュッと口づけた。
「何するんですか!」
真っ赤になって怒るあたしに
「そうそう、そのくらい元気な方がいいって♪」
と、笑いながら店に出て行った。
・・・・・・・・・・・・・・
何なのよ!もう!
何だか熱い頬と、冷たい缶コーヒーが残されて
その衝撃にふくれてみたり照れてみたり
ちょっとほほ笑んだり、
あたしはしばらく一人百面相をすることになった。




