⑮
菊池さんと付き合い始めたころは
休みの日には無理をして時間を作った。
語学教室の時間を削り
持ち帰って対策を練っていた仕事の時間を削った。
本来ならそれがほんとの仕事の時間なんだけど
数時間の残業だけで
休日をお互いのために使うと
いろんなところにひずみが出始めた。
まず家事の時間が取りにくくなった。
菊池さんの信条だった整理整頓。
さすがに職場では片付いていたものの
家の中は次第に荒れ始めた。
それでも、一緒にいる時間が嬉しくて
出来るだけ側にいたいと思った。
でも、時間って、みんな同じだけしかないわけで
食事がいい加減になり
部屋も乱雑になり
何だか生活がすさんできた。
「無理しなくていいぞ。」
そう言ってくれる彼の言葉を信じて
毎日会える職場での彼に満足して
いつしか、昼食が唯一の二人の時間になったことに
あたしは気付かなかった。
部屋をきちんとし、自炊もし、
彼のお弁当も作った。
スキルアップの勉強も頑張った。
それを彼も喜んでくれていた。
はずだった・・・・
ある日、課長は社長に呼ばれた。
「個人的な用事なんだが・・・」
と、いつもは彼と二人で過ごす昼食時間に
社長室へと連れて行かれた。
「昇進かもね。」
同僚のそんな声に、それもありかもと
あたしも同感した。
その日から、課長の態度に迷いが混じった。
何だろう・・・?
よく分かんないけど、何か悩んでるのかな?
「どうかしたんですか?」
会社なので一応部下モードで聞くと
「いや・・・何でもない。」
としか答えなかった。
この時ならまだ間に合ったかもしれなかったのに
あたしはそんな危機的状況とはつゆ知らず
仕事に明け暮れる毎日だった。