⑭
菊池課長は、あたしの直属の上司だった。
厳しかったけど、もっともなことしか言わない。
それについて行けるかどうかは
その人次第だけど。
あたしは、菊池課長のおかげで
仕事の基本をしっかり叩きこまれ
英会話どころかフランス語、中国語も
実は会話に困らない。
大学時代にフランス語をかじっていたとはいえ
ほぼ0の状態からのフランス語は
マスターするのに丸2年かかった。
しかし、出張先で
フランス語での会話が出来るのを見た菊池課長は
「いつの間に?オレの予想以上だな。」
と、手放しでほめてくれた。
どんな苦労もその一言で報われた。
そして、解放感も手伝ったパリでの夕食時、
ちょっとドレスアップして
取り引き先の主催するパーティーで
あたしはちょっと口をすべらせてしまった。
「課長のために頑張りました。」
「そうか。」
お酒の入っているせいもあり、
素敵なスーツ姿の菊池さんのせいもあり
あたしは、いつもなら言わないような
課長への思いこぼしてしまった。
あたしをじっと見つめる目に胸がドキドキする。
それがあたしたちの恋の始まりだった。
想いが通じた後は
一段と仕事にも張り合いが出た。
目の前で、キャリアを積み上げていくことの誇らしさ。
同期よりもいい成績を収めることで
課長からの褒め言葉をもらうことに
何より幸せを感じていた。
語学もどんどん習得して、
海外にはどこに言っても困らないようになった。
そのうち、一人でも海外出張をこなすようになった。
課長に認められたい。
その一心での頑張りは
仕事のおもしろさも教えてくれた。
あたしと課長がペアであたると
仕事はどんどんはかどった。
いつしか最強ペアと呼ばれるほどに。
仕事のための残業は厭わず
自分磨きにも時間を惜しまなかった。
それが、菊池さんに喜んでもらえていると
その時は信じて疑わなかった。