⑫
いつものようにさくら堂で仕事をしていた時
この世で一番会いたくない人に出会った。
「ねぇ、菊池さん、この本いいと思わない?」
奈々美さんが甘えたように言った。
「どれ?」
一番聞きたくて、一番聞きたくない声。
胸の奥が、焼けただれたように痛む。
「あ・・・」
一瞬合った視線。
菊池さんが口を開く前に
あたしは事務所の奥にと逃げ込んだ。
事務所の隅にうずくまって
必死で嗚咽を抑える。
こんなとこ見られたらみんなびっくりする。
お願い、早く胸の痛みよ消えて!
エプロンをぎゅ―――っと握りしめ
必死でこらえようとしたけど
耳の奥に菊池さんの声が何度も何度も聞こえて
胸が張り裂けそうだった。
「どうしたんだ?何かあったか?」
たまたま事務所にやってきた雄輔さんが
びっくりしてあたしに声をかけた。
「おい!どっか痛いのか?」
大きく横に頭を振る。
一瞬間が空いて、次の瞬間
ギュっと抱きしめられる感触がした。
え?っとパニックになる前に
「泣いていいから。」
と、声がした。
「っつーーーか、泣け!」
ギュッと頭を抱えられ、胸に押し付けられた。
あたしは、一瞬びっくりしたものの
我慢しきれず、堰を切ったように
涙が止められなくなった。
「そろそろラブシーンは終わりにして
仕事に戻ってもらおうかね。」
あたしの涙が収まったころ
突如店長の声がした。
慌ててあたしたちはぱっと離れた。
ポリー叔母さん、もとい
店長の目がほんのちょっと優しかった。
それが逆に恥ずかしくて
「顔洗ってきます!」
と、あたしはトイレに駆けだした。
あたしの去った事務所では
「ありがとよ。あんたもたまには
いい仕事すんね。」
と、店長が雄輔さんに言った。
「何があったか全然分かんないんですけどね・・・
大丈夫かな・・・」
心配そうな顔した雄輔さんに
店長は一枚の封筒を差し出した。
「これは?」
不思議そうな顔した雄輔さんに
「必要経費。」
店長はそう言って、ニコッと笑った。