⑪
片桐さんはその日、
帰りがけに英会話の本を購入して帰った。
本屋なのですぐに手に入るのはありがたい。
「お?片桐さんもがんばんの?
心強いねぇ。楽しみにしてっからよ。」
雄輔さんがそう言って応援する。
「任せてください♪
ペラペラになって見せますから。」
いつもより半音高い声でニッコリ笑みを浮かべる。
あたしには目もくれない。
あたしは別にそれでいいですけどね。
せいぜいがんばってください。
本気でやれば何とかなるもんだろうし。
2ヶ月後。
「おい!ちょっと!」
倉庫で在庫チェックをしていたあたしに
雄輔さんが声をかけてきた。
「はい?何でしょう。」
チェックの手を止めて雄輔さんに向き直る。
「ちょっと店に出てくんねー?
外国人が来てんだわ。」
・・・・・・・・・・・・・
「片桐さんがいると思いますけど。」
「アイツに対応できるわけねーだろ。」
きっぱり言い切る雄輔さん。
「だけど2か月前、
今度は自分がやるって言ってましたよ。
だから片桐さんにお願いしてください。」
あたしはまた自分の仕事に戻る。
「だからぁ・・・!アイツには出来ねぇって
言ってんのが分かんねーの?
困るのはお客さんなんだよ!」
渋々店に出ると、案の定
片桐さんは真っ赤な顔して言葉に詰まっていた。
お客さんも困って、帰ろうとしている。
「申し訳ありません、お伺いします。」
あたしが小走りで近寄って声をかけると
「あ―よかった。コイツ全然意味分かんないんだよね。」
って、ちょっとやんちゃな笑顔をあたしに向けた。
「で、何をお探しですか?」
あたしの問いかけに
「地図探してんの。
世界地図。ある?」
と、大げさなジェスチャーで言った。
「一枚もんのヤツを探してんだ。
日本のは、日本が真ん中にあるんだって聞いたから。」
あたしは、教材の並んでいる棚から
地図を取り出した。
「これでいいでしょうか?
大きさも何種類かありますよ。」
と、紙の地図と下敷きになっているものを見せた。
「ありがとう。君、英語うまいね。助かったよ。」
そういうと、そこに出した全種類を買って行った。
「ありがとな。やっぱり頼りになるわ。」
そう言って、ニコッと笑う雄輔さん。
もう、片桐さんはあたしになにも言わず
珍しくテンションの低いまま
こっちを見ようともしなかった。