金から生まれた愛
それはまだ、ベータ・デーメオンがただの金好きなホムンクルスだった頃の話なのです。ベータは保護者であるガンマ・デーメオンに連れられてとある森にある屋敷に行こうとしていた。
とある森、キュクロウスにあるヘルタハ屋敷。第3の四天王、サキュバスのアイ・ヘルタハが住む屋敷に行こうとしただけなのでした。
「さぁ、もう少しで着くよ。ベータ。
今から行こうとしているのはヘルタハ屋敷。君と同じくらいの年頃の四天王が居る屋敷だよ?」
「はぁ……」
「気のない返事だね、ベータ。そんな事じゃあ、愛は生まれないし、愛は育たないよ?」
「愛って……」
昔からベータはガンマの事が苦手でした。なにせガンマは愛、ベータは金がとても好きだったんですから。何とか愛の良さを知って貰おうと思って居るガンマは、こうしてベータに四天王やら魔王やらに合わせていたのです。そうすれば彼もきっと愛の良さに気付くだろうと思って。
今回もそう言う目的の元、ガンマはベータを連れてヘルタハ屋敷へとやって来たのでした。
そうこうしている間に、ヘルタハ屋敷へと辿り着くとそこには1人の女性が立っていました。
黒いショートの髪の、見ている度に変わる虹色の瞳を持つ、スタイル抜群なフェロモンたっぷりな大人な女性。四捨五入すれば裸とほぼ変わらない、そんなスタイルを強調するような服を着た女性である。
「待っていたわ、ガンマ。久しぶり、ね」
「やぁ、アイ君。久しぶりだね、ぼくは君の名前が好きだから出来るだけ、もっと会いたいんだけどね。そう言う訳にもいかなくてね」
そう言って、ガンマ・デーメオンはアイ・ヘルタハと話し合いを始めた。ベータはそんな話し合いをつまらなそうに見ていたが、突如服がひっぱられるのを感じて振り向く。
「……ん?」
振り向くとそこには虹色の瞳を持つ随分と黒い喪服のような服で厚着をした、黒髪の子供が、ベータの服の端を持っていた。その頭の上には豪華そうな銀色の王冠を頭の上に載せた、アイ・ヘルタハの面影が少し感じられる美しい少女だった。
「……あそぼ?」
「君は?」
「ユメ」
「ふむ……」
その名前を聞いてベータは考える。
ガンマからそう言った話は聞いていた。ガンマは沢山の話をベータにしてくれた。
ガンマそっくりのアルファ・デーメオンが居ると言う話。エンシェントが洞窟の奥で自分と同じドラゴンの娘を拾ったと言う話。ワルンド・バイアアルパのくだらない失敗談。とは言っても、ベータが一番興味深かったのはやはり経済の話だが。
そんな中に聞いた事があった。アイ・ヘルタハにはユメと言う娘が居ると言う話を。
どうやらこの少女はその件のアイ・ヘルタハの娘、ユメ・ヘルタハに間違いないみたいである。
(まぁ、将来の同じ四天王候補に恩を売るのも悪くは無いでしょう)
そう思い、ベータはユメと遊ぶことにした。
「良いだろう。僕の使用料金は高いが、存分に楽しませてやろう」
「しよう……りょうきん?」
「分からないならお母さんに聞きなさい。今は遊ぶのに集中しましょう。遊びましょうか」
「うん!」
そしてベータとユメは遊び始めました。
子供のように。鬼ごっこやおままごと、それに双六など。
「かくれんぼをしよう」
「かくれんぼ、ですか?」
かなり遊んでいて少し時間が経つと、そうユメが提案してきた。
「じゃあ、ベータがおに!」
「ちょ……!」
「すたーと!」
ユメがそう言って屋敷の奥に向かって行ってしまった。
「まずいな……。僕、このヘルタハ屋敷の内部は良く知らないんだけど……」
仕方ないと思いつつ、ベータは数を数えようとすると
「きゃ――――――――!」
と、大きな悲鳴が聞こえた。
「今の声は……!」
明らかにユメの声。そこでベータは思い出す。
彼女の姿。そして彼女の頭の上に載っていた、高そうな銀の王冠の事を。
「まさか何かが……。くそう! 無事で居ろよ!」
ベータはそう言って走り出す。
中に入るといかにもと言う感じの、不良なゴブリンがユメを掴んでいた。
「ぐへへ……。お嬢ちゃんもお母さんにて美人だね……」
「いや! はなして!」
「おー。怖い、怖い。けど叫んでも誰も君を助けになんか……」
そんなゴブリンめがけて、ベータはそのゴブリンの顔を思いっきり殴る。
「ぐはぁ! だ、だれだ! てめぇ!」
「王冠には指一本触れさせない!」
「へへへ……。そこの坊やも娘が目当てか。
だけどな、それは俺の物だ!」
そう言ってゴブリンは地面を蹴って跳ぶ。ユメは目を閉じていたが、ベータは何も心配なんてしていなかった。何故ならば、
「―――――あら、ごめんね。あなたみたいな人に娘は渡す訳にはいかないわ」
後ろからそう言うアイが弓矢を構えてゴブリンを打ち抜いていたからだ。ゴブリンは肩を打ち抜かれ、バランスを崩して地面に叩きつけられる。
「ぐへっ! ば、馬鹿な! アイは良い女だが強いから、娘をさらうために高い金をはたいて買った結界装置を使ったのに!」
「説明台詞、感謝するわ」
そう言ってアイはゆっくりとゴブリンの元へ歩いて行く。その後ろからガンマが顔を出す。
「あの結界装置は確かに良い物だ。数分では抜け出せないし、その間に仕事を終わらせる気だったんだろ?
けどね、その結界装置を作った者にとってはこんなの、お茶の子さいさいだよ」
魔界の武器開発を一手に引き受ける彼はそう言いのけた。
「さて、お仕置きね。
私、心の綺麗な者は好きよ。心が澄んでいると見ているこっちも良い気になるからね。でも逆に心の汚い者は大嫌いよ。私はそんな者にはこの身体の一部だって触らせたくないわ。
ゴブリンさん。あなた、私の客ね。けど私達サキュバスはあなたのような心の汚い者には一切身体を明け渡す気は無いの。触らす気も無いの。だから―――――」
彼女はそう言ってゴブリンの身体目がけて弓矢を突き刺す。弓矢を放つのではなく、弓矢自体を持ってその身体へと突き刺す。
「――――悪いけど手も足も触れたくないから弓矢で触れて、お仕置きよ♪」
彼女はそう言ってニコリと笑った。その笑顔はとても不気味に思えた。
数十分に渡るアイ・ヘルタハによるゴブリンの拷問の末、ゴブリンは精神的に矯正されてもう二度としないと言っていた。そして帰る際にアイはベータに向かって「またおいでね、ベータ君♪ うちの娘もあなたの事を気に入っちゃったみたいだから」と言っていた。
ベータはと言うと、ユメから「こ、これ。あ、あげるね?」とお目当てだった銀の王冠を手に入れたから満足していたけれども。
「ハハハ。ベータはそれが目的だったか。まぁ、ユメちゃんを助けたのは良い事だよ」
「……。悪魔は悪い事をするのが仕事じゃないのか?」
「別に常日頃から悪い事をしている訳じゃないよ、悪魔は。
人間から見れば悪い事をしている率の方が多いだけさ。だから悪魔にも良い悪魔は居るよ?」
「そんな者なのか……」
悪魔と言えば悪い事をしていると思って居た、その頃のベータにとってそれは興味深い事だった。まさか皆、常日頃から裏金やら闇商売的な事をして稼いでいたと思っていたが、それは間違いだったみたいである。
「しかし……ユメちゃんを助けたのはある意味、まずかったかも知れないよ?」
「どう言う事?」
と、いきなり変な事を言うガンマにベータが聞く。
「アイ君の受け降りだけど、サキュバス一族にもきれい、ぶさいくといった順位はあってね。きれいなサキュバスはどうやって生まれたかと言う話を聞くとね。どうも幼少期に愛を知った、愛を覚えたサキュバスはとってもきれいに成長するそうだ」
「バカバカしい話です。愛をすればきれいになるなんて根拠が無い」
「そうかい? ぼくは的外れじゃないと思うな。だって言うじゃないか。
『恋する者は美しい』ってさ」
ガンマはそう笑顔で語っていた。




