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第一章⑧

ウタコとエイコは錦景女子行きのバスに乗り込んだ。

「ドレスを買うのにどうして学校に行くの?」

「素敵なドレスを着たいでしょ?」

「私、セーラ服が好き」

「セーラ服じゃ踊れないでしょ?」

「ねぇ、だから踊るってなぁに?」

「ダンスのテストをするの、」ウタコは舌を出していたずらな顔をする。「最後のテスト」

「え、マジ?」エイコは悲壮な顔をした。

 車内は混雑していた。二人は吊革を掴んで立っている。バスの揺れは自然に二人を密着させる。ウタコはエイコの方へ重心を移し、常に密着出来るように工夫した。エイコも嫌がる素振りを見せない。きっとウタコに慣れてきているのだと思う。肝心なのはこの距離間を三日以内にぐっと縮めることだ。急がないと、エイコも、ウタコ自身もその気になれなくなる。そういう関係もいいけれど、もっとロマンチックな関係がいい。

 錦景女子の校門のバス停に近づく頃には車内の人は減り、二人は座席に座ることが出来ていたエイコはつまらない町並みを見ながら難しい顔で何かを考えている様子だった。ウタコはエイコが拒まないから肩に頭を乗せて目を瞑って何色がいいか考えている。

 エイコには何色のドレスがいいだろう。

 バスは錦景女子に到着。ウタコとエイコだけを降ろして再び駅に戻っていく。

 ウタコは「うーん」と伸びをしながら校門を通りエイコを誘う。「エイコちゃん、こっちだよぉ」

 ウタコが向かったのは西側にある、横に細長い二階建ての部室塔。靴を脱いで床に散乱しているスリッパを履き、入り口から近いところにある階段を昇って、幅の狭い廊下を歩く。被服部の部室は一番奥へ行ったところにある。

 扉の目線の高さにはブロンズのライオンが輪をくわえている。ウタコは輪を触り、扉を一度叩く。すぐに扉が開かれる。狭い隙間からツインテールの女子が顔を覗かせる。被服部の二年生、斑潟リエはウタコを睨んでいた。すぐに目が半月状へ変化する。「なんだ、会長殿でしゅか、なんの用でしゅ?」

「もっちぃ、いる?」

 部室からはミシンが動く音がする。

「変なしゃべり方」ウタコの後ろでエイコが言う。

 斑潟はエイコをむっと睨む。「なんでしゅか、そいつ、生意気でしゅ」

 ウタコが振り返って無駄口を叱ろうとすると、エイコはそっぽを向いている。

「ごめんね、リエしょん、」ウタコはエイコの腕を引っ張って振り向かせる。「新入生なの、この娘、だから大目に見てあげて、ほら、エイコちゃん、謝って」

「……ごめんなさい」

「ふふん、」斑潟の機嫌はすぐに戻る。「仕方がないでしゅね、許してあげましゅ」

「……やっぱり変だ、」エイコはウタコの耳の近くで小さく言う。「舌が短いのかな」

 ウタコは盛大に咳払い。「それで、リエしょん、もっちぃは?」

「はいはい、もちろん、いましゅよぉ、」斑潟は扉を大きく開けた。「もっちぃ、会長殿でしゅよぉ」

 ウタコは部室に体を入れた。エイコはウタコの肩を触って後ろにピッタリとくっついている。

「ちょっと静かにしてて!」被服部部長で、二年生の上七軒モチコトは奥で真剣な表情でミシンに向かっていた。「それと、私のことはモチと呼べと言っただろ、バカ!」

「あらら、もっちぃってば、会長殿でしゅよ、」斑潟は口の前で手の平を広げて左右に動かしている。「会長殿、お気を悪くしないでくだしゃいね、今ちょうどハッピィ・チェリィ・フェスタに向けて新作に取りかかっているんでししゅ」

「気にしないで、リエしょん、もっちぃがヒステリックなことは承知しているから、」ウタコは壁際の鮮やかなグリーンの柔らかいソファに座る。エイコを隣に座らせる。ウタコは足を組んでエイコの肩を抱いた。エイコは別に拒絶しない。ウタコは上七軒の手元を見て色を確かめる。「新作は、赤かぁ」

「アレ、バニーガール?」エイコは扉横のマネキンを見ていた。マネキンはどことなく前衛的なバニーガールの衣装。この前来た時は確か、どことなく前衛的な探偵服だった。

「相変わらず、異形なものを作るねぇ」ウタコは呟く。

「異形、」エイコは反芻する。「異形、……素敵だわ」

「え、」ウタコはエイコの芸術的センスに、驚く。「ああいうのがいいの?」

「ああ、もうっ!!」上七軒は叫んだ。ヨーロッパの芸術家もきっと、息詰まるとこんな風に奇声をあげるのだろう。上七軒はミシンを停止させた。そして上七軒は険しい表情のまま対面のブルーのソファに深く座る。天井を見て大きく息を吐く。被服部の二人はいつも同じ格好をしている。ピンク色のポロシャツに、チェック柄のミニスカート。「……リエしょん、ハーブティを淹れて」

「そんなお洒落なものないですよぉ、」斑潟は言いながら壁際の電気ポットへ向かって、その下の引き出しを探している。「あらぁ、玄米茶しかないでしゅねぇ」

「いいよ、なんでも、」上七軒はソファの間のテーブルの上のABCチョコレートの包み紙を開けて口に放り込んだ。上七軒のヒステリックはすでに収束。上七軒は優しい目でウタコを見てゆっくりと膝を正した。「お見苦しいところをお見せしました、申し訳ありません、なんていうか、煮詰まってて、はい、……煮詰まってたんです」

 ウタコは言葉の使い方が違うなと思ったが指摘せずに将来有望なアーティストを見守る。上七軒は胡乱な目をしてテーブルの上の携帯ゲーム機を触る。彼女はエンドレス・ゲーマだ。

「こらっ、もっちぃ、会長殿の前でゲームしちゃいかんでしょ!」玄米茶のティーパックを手に斑潟が言う。どことなく彼女は小型犬みたいだ。

 上七軒ははっとしたように顔を上げた。携帯ゲーム機の電源を入れたのはきっと無意識だったのだろう。「ああ、すいません」

「なんのゲームですか?」今まで黙っていたエイコがしゃべる。

「スペリオル・ワイア、知ってる?」

 エイコは頷いて斑潟の淹れた玄米茶を飲んで二本の指を立てた。「ヘビィ・ユーザかも」

ウタコは意外な彼女の一面をまたしても発見。「エイコちゃん、ゲームなんてするの?」

「悪い?」エイコが睨む。

「いいえ、」ウタコはすぐに首を横に振る。「素敵な趣味だと思います」

 それから十分間、その名前の長いゲームの話題で上七軒とエイコは盛り上がっていた。ウタコは必死に会話に混ざろうとしたが連想のしづらいゲーム用語に着いていけずに早々に離脱。斑潟と噛み合わない会話を楽しむ。

「ああ、会長、そういえば、今日はどうしたんです、土曜日に珍しいですね」

 エイコとゲームの話題で盛り上がったせいだろう、上七軒は笑顔だった。

「うん、この娘の、エイコちゃんのドレスを用意してくれないかなぁ、」ウタコはポケットからチケットを取り出す。生徒会が発行する錦景女子高等学校というとても狭い地域で使用できる紙幣。それはチケットと呼ばれ、流通している。「チケット十枚でどう?」

「十枚も頂けるんですか?」上七軒は目を大きくして微笑む。「はい、もちろん、素敵なドレスを作らせていただきます」

「今日の夜までに頼める? マチソワの宴用に」

「え、」上七軒は斑潟を見て視線をウタコに戻す。「そんな、さすがに、無理です、無理、ねぇ、リエしょんもそう思うでしょ?」

「いやぁ、会長殿ぉ、冗談は止めてくだしゃいよぉ」

「ううん、冗談じゃなくて、」ウタコは首を横に振る。「あれでいいから、あれで」

「あれ?」被服部の二人は声を合わせる。

「うん、新作の赤いドレス、もうほとんど出来上がっているんでしょ、少しサイズを調節して、この娘に合うように」

「いやぁ、会長殿、それは無理な話ってもんでしゅぜ、」斑潟は人差し指を立てて言う。「さっきも言いやしたけれど、あのドレスはもっちぃがハッピィ・チェリィ・フェスタのためにデザインした、」

「いいですよ」上七軒は言って玄米茶をすする。

「うえええええ!?」斑潟は極端な反応をする。「いいいいいいいいのぉ!?」

「うん、いいよ、」上七軒はチョコレートを口に入れながらあっさりと言う。「エイコちゃんに着てもらうならいいよ、フェスタ用にはまたデザインを考えるから、なんとなく、綺麗にまとまり過ぎてしまったと思ってたんです、もう一度最初からやり直そうって思っていたし、そうですよ、このドレスは最初からエイコちゃんのために作ったのかもしれません、そう考えるとやり直しがスムーズに行えそう、」上七軒は静かに微笑む。「真っ赤なドレスはエイコちゃんのために作りました、素敵に着てね、エイコちゃん」

「あ、えっと、ありがとう、」エイコは戸惑いを含めて笑う。「素敵に着れるかもしれないけど、でもぉ、……弱ったなぁ」

「ありがとう、もっちぃ」

「じゃあ、さっそくサイズを測ろうか、エイコちゃん、」上七軒はメジャを手にして立ち上がる。「あ、会長、これからは、もち、と呼んでくださいね」

「うん、もっちぃ」

「もち、ですってば」

「もち」エイコが言う。



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