第一章⑦
「ふぁれぇ?」古町はTシャツにハーフパンツというラフな出で立ちで椅子に行儀悪く座り、棒アイスをくわえていた。チョコレートをチョコレートでくるんでチョコレートでコーティングした女子が嫌いなわけがないアイスを咥えていた。「シイちゃん、えっと、そちら、どなたかしら?」
「えっと、その、うーん」
水園が分かりやすい紹介を考えあぐねているうちに、シンディは水園に接触するように間近を通り抜けて部屋に入った。寮の部屋はとても狭い。扉から左手の方にある二つの机、その向かいにある二段ベッドによって部屋にダンスを踊れるスペースはなくなる。キャスタ付きの椅子に座って回転も出来ない。足先をどこかにぶつけてしまう。痛い。それくらい窮屈。天井も低い。奥の窓も小さく、下に半分しか開かない。そんな空間に長い間二人きりだから、そう狭い空間に二人きりだから、期待してしまう。でも、古町は鈍感で、鈍感で、鈍感だから……。とにかく、シンディはその狭い部屋に入り古町の前に立った。なぜ古町に接近したのだろう。水園はこの部屋での近未来が想像できなくて、呼吸の回数が多くなる。
「シンディ・ブルックスです、」シンディは淑女の態度で古町に握手を求めている。「初めまして、あなたは?」
古町は口を開けたままシンディを見上げていたが、慌てて立ち上がって姿勢を正し、アイスを左手に持ち、握手に応じる。「ええっと、古町コウ、です、はじめまして、へへっ、」古町の笑みは困っている。「……あの、留学生の方ですか?」
「はい」シンディは頷いた。
「ユーエスエー?」古町は片言で聞く。
水園は古町が可愛くて和む。
「そんなことより、急にごめんなさい、実は制服を少し貸してもらおうと思ってここに来たんです」
「制服を?」古町は分からないという顔をする。
「制服を?」水園も同様に首を傾げる。「制服を、借りて、どうするの?」
「着替えるんです」シンディは上半身を捻って水園を見る。
「……誰が?」
「私が、です、」シンディは微笑んで古町の方へ体の向きを変更して古町に接近して手を触った。「コウ、お願いです」
「別に、いいけどぉ、」古町は少し困惑気味。「自分のは?」
「持ってません」
「ああ、まだ届いてないんだね」
「届く?」
「え?」
「シンディ、」水園はシンディの肩を掴んだ。「コウが困ってるから」
「困ってないよ、困ってないよ、いいよ、貸してあげる」
「ありがとうございます」シンディは微笑む。
「待って、コウ、」二段ベッドの下の収納スペースを開けた古町を水園は制した。「シンディ、別に、私のでもいいでしょ、二着あるし」
「え、あ、そうですか、」シンディはニコッと微笑んだ。「二着あるんでしたら、先に言ってくれたら」
「シンディが何も説明してくれなかったからでしょ」
「シイカの制服がいいです」
なんとなく愉快になって、水園は収納スペースから制服を取り出した。サイズもほとんど同じだろう。シンディに制服をあてがってみる。時代を感じるデザイン。世界標準のセーラ服。
あれ、意外と、……似合いそう?
「あの、恥ずかしいので、二人ともあっち向いててくれませんか?」
「え、着替えるの?」
「はい、」シンディは水園と古町があっちを向いていないのに白いワンピースを脱いで下着姿になった。それを見て水園は喉が渇く。「これから学校に行くんですから」
なるほど、と水園は合点が行く。だから寮まで来たのかと思った。「今日は土曜日だし、別に制服を着なくても、大丈夫だよ」
「私、真剣に着替えてるんです、少し黙っててくれませんか?」
古町と水園は黙って顔を見合わせた。古町は首を竦めて笑う。その仕草の意味は水園に分からなかった。古町はシンディのことをどう思っているのだろう。少なくとも水園よりはこの状況を、愉快に思っていると思う。水園は、複雑だ。
長い時間を掛けてシンディは慣れないセーラ服を纏った。可愛かった。率直な感想。短いスカートから伸びる長い足が綺麗。シンディは鏡の前で控えめにポーズを取りながら満足げだ。
古町はデジタル一眼レフでシンディを狙っていた。「ねぇ、こっちを向いて、シンディ」
「ん?」完全に油断していたのだろう、シンディの自然な姿がデータに残る。「ああ、待って下さいっ」
シンディは胸元を強調するポーズを取った。胸の大きさは水園と変わらない。まだまだ発展途上である、そう信じたい大きさ。
しばらくシンディは被写体になっていた。「あとでデータ、頂けますか?」
「うん、」古町はデータを確かめながら言う。「それで、二人はこれから学校に行くの?」
「はい、」シンディは水園の袖を引っ張る。「学校に用事があるので」
「ご飯は食べた?」古町は腹ぺこのポーズで聞く。「シイちゃんと食べようと思って待ってたんだけど」
水園はシンディを見る。シンディも腹ぺこのポーズをしている。顔が僅かにピンク色だった。