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第二章③

「ふあああ」

 欠伸をしている間に月曜日の午前中は過ぎ去って、ウタコはお弁当を持って生徒会室の窓際のいつものポジションに座った。机の上にスマホを置く。本日の着信はゼロ。

 まだかぁ……。

ウタコは窓を開けて校庭を見る。心地いい風が入ってくる。外では数グループの女子が校庭の隅の芝生の上にシートを敷いてご飯を食べている。陸上部の佐野イズミと留学生のエルが走っている。

 次の瞬間、視界の隅で画面が変化するのを確認。マナーモードなのでバイブレータが震えた。期待する。ウタコのベビーフェイスが、さらにベイビィになる。両手でスマホを掴んで画面を見る。途端に落胆する。スマホを投げるように再び同じ位置に戻す。

「はああ、」ウタコは息を吐く。自分でも緊張しているのが分かった。胃がキュウと萎んでいる。でも、お腹は空く。ウタコのお弁当箱は上下二段のタイプで、上はおかず、下は白米が敷き詰められている。自分で作ったものだ。小学生の頃からお弁当は自分で作っている。もういい加減、レパートリも増えないし、味付けに変化もない。だから、誰かが愛を込めて作ってくれたお弁当が食べたいなぁと思う。ケーキでもいい。エイコの作ったケーキが食べたいと思う。二口食べてコーラが飲みたくなる。しかし、今、ストックはなかった。お茶でもいい。誰かにお茶を入れてもらいたい。「……ヨシノ、遅いなぁ」

 生徒会長代理の彼女も普段はここで一緒にお昼を食べるのだ。別に何かを話し合うわけでもないが、錦景女子生徒会の女子は古の時代からお昼は生徒会室で食べると決まっている。多分、その行為が特別だからだと思う。スペシャルだからだと思う。

 そんなことを考えていて、完全に油断した。

 いきなり生徒会室の扉が横にスライド。乱暴な音が響く。

「電話してこいよ!」

 ウタコは面食らう。椅子から落ちそうになる。面食らうってこういうことなんだと実感。二秒くらい、無防備に可愛い顔で突然の来訪者を見ていた。彼女はスマホを握っていた。反対の手には購買のビニル袋。サンドウィッチとかが入っているようだ。手首にはパープルを基調にした数珠がジャラジャラと蛇みたいに巻き付いている。悪趣味もいいところだ。本当に。とにかく、彼女が先ほどの着信の相手だ。三年生で占い師の斗浪アイナだ。「電話してこいよ! 着信履歴、くっきりはっきり残ってるっしょ!」

「もぉ、いっつもいっつも、」ウタコは顔を露骨に不機嫌にして立ち上がる。「唐突なんだよ、チミはぁ、無駄に驚かせるんじゃないんだよぉ、余計なドキドキはいらないんだよぉ」

「それは、つまり恋愛感情だね」斗浪は扉を後ろ手で閉めて生徒会室に入ってくる。ウタコの方から右手、机の横を通って近づいてくる。

「違うよ、チミは壮大な勘違いをしているよ、チミは」ウタコは言いながら左手の方に移動する。冷蔵庫の方へ移動。その上の黒いタンバリンを手にする。

「違わない、あたい、まだクロちゃんのこと諦めてへんからっ!」斗浪の声はでかい。

「クロちゃんって言うな!」ウタコは黒いタンバリンを投げつける。「忘れもんだよ」

「おおう!」斗浪は両手でキャッチ。音が鳴る。「私の大事な黒いタンバリン、ここにあったんだね」

「さ、帰ってちょうだいな、私は忙しいの、邪魔しないでくれる?」

 斗浪は黒いタンバリンを首輪みたいにした。それくらいの直径がある大きさだ。「朱澄エイコちゃんのこと?」

 さりげなく言われ、遅れてドキっとする。「……な、なんで知ってんの!?」

「占い師だもん、」斗浪は柔らかいほっぺを自分の人差し指で突いて片目を閉じるという、全く訳の分からないポーズをした。きっとウタコを誘惑しようとしているのだが、そのポーズに心臓が揺れたことは一度もない。「恋の占い師」

「可愛くないよ、それ」

「ああん、もぉ、いけずぅ」斗浪はウタコの真似をしてツインテールだ。そのツインテールの先を斗浪は触っている。それも訳の分からないポーズの一種。

「可愛くねぇつってんだよ!」ウタコは汚い言葉遣いで怒鳴りながら、椅子に戻る。「イカサマ占い師めっ!」

「酷いっ、」そう言いながらも斗浪は全然動じていない、というか、むしろ喜んでいる。何も企んでいない澄んだ目をしてウタコの横の椅子を引いて座って机の上にビニル袋を置く。その中からコーラを取り出してウタコに差し出す。「ほい、プレゼント」

「ああ、ありがと、」ウタコはコーラを受け取る。蓋を開け、飲む。きつい炭酸が喉を通過する。「ちょうど、飲みたかったの、珍しく気が利くじゃん」

「知ってたからね、クロっちがコーラを飲みたがっているの、恋の占い師だから、知ってたよ、」斗浪はサンドウィッチの封を開けいる。「うん、朝から知ってた」

「ああ、面倒くせ、」そう言いながらもウタコはコーラを手に入れて上機嫌だ。「あ、カラーゲ、食べる?」

「え、いいの?」斗浪はサンドウィッチをかじりながら目を輝かせる。拳を握る。「カラーゲ食いたかったぜ!」

「いいよ」

「あーん」斗浪は五指を組んでバカみたいに口を開けた。

 ウタコは無視する。

 斗浪はゆっくりと口を閉じて「いただきます」とウタコのお弁当に参拝して、カラーゲを食べた。「おいしい、めっちゃおいしい」

「当たり前でしょ」

「でも、なんだか、しょっぱい」

 その折り、ヨシノがどことなく優雅に疲れた顔で登場。「ちーす、お疲れぇ、あれ、アイナも、珍しいね、あ、せっかくだし、おっぱい触らせろ」

「構わないナリよ、」斗浪の胸はきっと錦景女子で一番大きい。だから様々な女子に触られていて抵抗がないのだ。「その代わり、後で肩揉んでね」

「うん、」ヨシノはどことなく優雅に斗浪のおっぱいをセーラ服の上から揉み始める。「あれ、また大きくなった?」

「そうなの、また、ブラジャの一斉交換の時期が来たのだよ、困ったもんだね」

 ウタコはヨシノの顔を見ていた。「どうしたの、浮かない顔して、っていうか、眼鏡?」

 ヨシノは眼鏡をかけていた。黒縁の一周回ってオシャレなのかもしれないダサい眼鏡だ。

「コンタクト、流れちゃってねぇ、」ヨシノは斗浪のおっぱいをどことなく優雅に揉みながら目を細めている。「まだ二日しか使ってないのに、災難だよぉ」

「ああ、だから浮かない顔してるんだ」

「あれ、そういえば、エイコちゃん、いないんだ、」ヨシノはおっぱいを揉むのを止めた。そしてどことなく優雅に斗浪のおっぱいに顔を埋める。こういった行為にも斗浪は慣れている。「てっきり来ているもんだと思った」

「うん、私もぉ、」斗浪はヨシノの頭を抱きしめる。「朱澄エイコちゃんに挨拶しに来たのになぁ」

「だから何で君はエイコちゃんのこと知ってるの?」

「そりゃあ、占い師だから」

「私が教えたからね」

「どうしてよ?」

「え、駄目だった?」ヨシノはどことなく優雅に斗浪の胸から顔を離して伸びをする。マッサージチェアから立ち上がったように爽快な顔をしている。「ウタコがてっきり手紙でエイコちゃんを呼び出すものだとばかり、あ、それは放課後の話?」

「いや、違う、ただ、あの手紙にはね」

「ねぇ、手紙ってなんの話?」斗浪はウタコとヨシノを交互に見る。

「てめぇ、占い師だろ、」ウタコはいたずらな目をして言う。「あ、手紙にはね、私の電話番号を書いて、電話してこいって書いて」

「携帯番号交換してなかったの? 土曜日、デートしに行ったくせに」

ヨシノの声がグッと心臓に突き刺さる。「いや、緊張してて、……その、そこまで頭が回らなかったって言うか、……それに、エイコちゃん、急に帰っちゃったし」

「情けない、」ヨシノはどことなく優雅に目を伏せて首を横に振る。「生徒会長殿がそんな体たらく、ああ、情けないねぇ、占い師もそう思うでしょ?」

「情けないねぇ」斗浪はヨシノと同じように首を振る。

「情けない、」斗浪のおしゃべりオウムがいつの間にか窓から入ってきていていた。おしゃべりオウムは斗浪の肩に止まり首を傾げて繰り返す。「情けない、情けない、情けない、情けない」

「うるさい!」ウタコはがなる。「丸焼きにして食べちゃうぞ!!」

「きっとおいしくないよ」斗浪が真面目な目をして言う。

「おいしくない、おいしくない」オウムが言う。

「ぐぬぬ」ウタコは唸る。

「そいでさ、」ヨシノはどことなく優雅に頬杖ついて聞く。「ウタコは律儀にエイコちゃんからの電話を待っているわけ?」

「そうなるね、」ウタコは足を組んでコーラを飲む。旨い。「律儀よ、悪い?」

「でも、来ないの?」

「そうなるね、」ウタコは「ケプ」とげっぷをした。「まだ来ない」

「なんで掛かってこないの?」ヨシノは鋭く聞く。

 ウタコは無理に笑った。「きっと恥ずかしがっているんじゃないかなぁ、エイコちゃん、ああ見えて恥ずかしがり屋さんだから」

「生徒会に入りたくなくなったという可能性は?」

「ない、」ヨシノは随分と嫌なこと言うなぁとウタコは思った。「それは絶対にない、だって、エイコちゃん、生徒会にとても入りたがっていたし、生徒会をとても素晴らしいものだと思っているもの」

「勘違いしていたのかもね」

「え?」

「土曜日のウタコとのデートで愛想を尽かした可能性は?」

「ヨシノ、」ウタコはヨシノを睨む。「何が言いたいの?」

「生徒会長の黒須ウタコがあれやこれやと無理難題を言って困らせるから、もういいや、止めよう、軽音楽部にでも入ってキーボードでも演奏しよう、なんて思ったんじゃない?」

「バカなこと言わないでくれる、」ウタコはヨシノから目を逸らす。少しヒステリックになる。「エイコちゃんと私は確実に近づいていた、だから!」

「ちょ、落ち着いてよ、ウタコ、」ヨシノはどことなく優雅にウタコを宥める。「ただ私は可能性を話しているだけ、ヒステリックは止めて、ごめん、私が悪かったから、ごめん」

 その時だった。

 スマホの画面が変わった。

 僅かに遅れてバイブレーション

 着信だ。

 090から始まる、未登録の携帯番号だ。

 慌てて手にして、ヨシノと斗浪にドヤ顔をしてから。

 応答する。

「はーい、もしもし?」ウタコは高い声を出す。

「……もしもし?」

 ウタコの表情はすぐに変化した。どちらかというと悪い方へ。だって、聞いたことのない、女子の声だったから。可愛いが、変な声だった。とても特徴的で、少しハスキィ。「……えっと、どなた?」

 ヨシノと斗浪は顔を見合わせていた。

「……久納と申します、そちらは?」

 やっぱりエイコじゃないようだ。とても落胆する。瞬間的に再度ヒステリックが沸騰。高い声でがなった。「期待させんじゃないよ!」

「ひっ!」

 向こうの悲鳴が聞こえた。ウタコは電話を切った。すぐに着信拒否に設定。溜息をつく。「ああ、もぉ、最低、最低、最低!」

「荒れてるね」ヨシノは斗浪の肩を揉んでいた。

「荒れてるね、」斗浪は頬を上気させてヨシノに肩を揉まれている。「ああ、そこそこ、いい、いいよぉ、ああんっ、クリティカルぅ」

 ウタコは二人を横目に見ながら椅子に座り直す。コーラを酒のように煽る。そして、センチメンタルになる。「……二人とも、何も言わないで、何も言わないでよ、お願いだから、一生のお願い」

「あ、ウタコ、一生のお願いのところ悪いけど、そうはいかないんだよ」ヨシノはどことなく優雅に口を挟む。

「何よ?」やさぐれた声をウタコはプレゼントしてやった。

「さっき電話があってね、そうなんだよ、その電話のせいでコンタクトが流れちゃって」

「誰?」

「ミヤビから」

「……マジかよ、」ウタコは口を斜めにする。「来るの?」

「うん」

「マジかよ」

「ねぇ、前から気になってたんだけど、ウタコはミヤビのこと嫌いなの? いっつもそういう顔するよね」

「別に、」ウタコは溜息を吐いた。「……ただ、他の学校の人としゃべるのが苦手なの、気を使わなきゃいけないでしょ?」

「気を使うって、いつもなんだかんだで逃げてるじゃないの、今日は逃げないでよ、先代の生徒会長みたいにフォロしてくれる人はいないよ」

「はいはい」ウタコは頷きながら、ヨシノから目を逸らした。

ヨシノはどことなく優雅に溜息を付く。「いい娘じゃないの、真面目だし、協力的だし」

「うん、いい娘だよ」それはよく知っている、公明正大の、事実。

「今日の放課後に来るって、丈旗君と一緒に」

「……何しに?」

「フェスタの打ち合わせだよ、」ヨシノはどことなく優雅に人差し指を立てる。「ほら、いつも男手を貸してくれるでしょ」

「ああ、頭痛が痛い、」ウタコは額を押さえた。「早退しよっかなぁ、ごめんねぇ、ヨシノとアイナで何とかしといてぇ」

「駄目」ヨシノとアイナは声をユニゾンさせた。

「ダメぇ!」おしゃべりオウムが騒ぐ。

 そんな月曜日の昼休み。



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