蝋燭
蝋燭
______私は来栖 梓。人間の人生の大半は、生まれた瞬間に決定していると断言しましょう。
私、梓は古くから続く富豪な家庭に生まれて、一生贅沢な生活が約束されています。その私がいい例だと言っていいでしょう。
父は大手薬品開発メーカーの社長で、兄は将来、副社長の座が約束されている。
私は女だから、好きな事をしていればいい。小さい頃から蝶よ花よと育てられた私は、十代に入ると女の魅力を更に開花させていった。
その私は、天使のように可愛らしく美しかった。
十八歳になった私は狙ったかのように、平均的な男の身長より少しだけ低い。
私から見ると、男の目を見上げる位置になる。この私の見上げる角度と視線が、全ての男を魅了すると言うわけだ。
身長は一六〇センチ、黒く腰まで流した髪は、先端でウェーブがかかって、歩く度に揺れる演出も計算に入れている。
薄化粧でアクセサリーは少ない。これも私の魅力を最大限に表現する為だ。勿論、すらりと長い美脚も、惜しみなく披露する事も忘れてはいない。
多くの金持ち連中は、じゃらじゃらと派手な宝石を身に着けたり、定番だろう高級ミンクのコートを羽織る。これでは嫌味な女だと思われてしまいます。
私は極力シンプル、清楚を維持しながら、優しそうないい女を演出しているのです。
「ふふ、これで私の虜にならない男はいない。もっとも男など相手にしないけれどね」
私が望むものは何でも手に入った。
容姿端麗な私が道を歩けば、男共どころか女までが、羨望の眼差しを向けながら、私を褒めたたえてくれるのだ。
そこで私は愛想笑いで頭を下げて、天使のようないい子を装っている。
十分程度の距離なら、私は運転手付きの高級な車に乗るより、徒歩を選んでいます。毎回「お嬢様ぁ!」と制止されるのだが、そんな事などお構いなしに知らん顔。振り切ってやるのも快感です。
「ふ、今日もいい気分」
私にはそれが当たり前の日常だった。
結婚など全く考えてもいない美しい私は、男なんぞに一生傅くなど、絶対にないからだ。
私は三十歳になった。そんな私に、突然有り得ない転機が訪れた。
鏡に映る己の目尻に小皺を発見してしまったのだ。白髪も数本あった。
これが意味する事は、今まで気にもしなかった老だ。
白髪は抜くか毛染めで誤魔化せる。しかし皺だけは隠せない。
美容整形など、金がいくらあろうと考えてもいない。何故なら私は世界最高の美人なのだから、注射で形を保つ事など、眼中にないのです。
私はそれからというもの、美容に良いと言う食品や漢方、運動など、いろいろな事を試した。AIにも訊いた。兄にも訊いた。
「そんな都合のいい薬があったら、会社は大儲け間違いない。ないから闇で妙な偽薬が出回るんだ。本当に困ったものさ」
そうですか。
一年、それらを試したけれど、皺を減らす事は出来なかった。
「効果が一向にないわ」
ある朝、落胆しながらも、いつもの営業スマイルで散歩をしていた時だった。
「あれは?」
すれ違う人たちの後頭部に、私は思わずじっと見入ってしまった。
「どうして頭に火を灯した蝋燭を? 流行っているのかしら」
その蝋燭は、風に揺れる事もなく灯っていた。太さの違いはあっても、長い蝋燭は子供が多く、短いのは大人だった。
「カチューシャに蝋燭を付けて八墓村ごっこ? 私はしたくもないけど。熱くないのかしら?」
朝から奇妙な物を見た思いがした。
次の日曜日、近所の若夫婦が生まれたと言って、生後一週間の双子の赤ん坊を抱いて、両親の元へ挨拶に訪れた。
私もその新生児を見ると、奇妙な事に長い蝋燭がやはり灯っていた。
「太いわ? でもどうして蝋燭なんかを?」
「梓、何を馬鹿な事を言っている。お祝いをしてあげなさい」
と私が訊いても、誰もが妙な顔をして私を見るのだ。
「な、何でもありません。おめでとうございます」
『えっ、蝋燭は私にしか見えていないの?』
それから私は長い時間をかけて、人の頭で燃える蝋燭を調べて回った。
分かった事と言えば、年齢が幼いほど蝋燭は長く大人は短い。
「きっと寿命に関係があるんだわ」
ある時、両親と一緒に病院に入院している、親族の見舞いに私も同行した。
ベッドに横たわる九十を過ぎた老人の蝋燭は、思った通りに短かった。と言うより消滅寸前だった。
「やはり......思った通りこれは」
私は他の病室も見て回った。私が大部屋を覗く度に、はぁっと息を飲むような静かな声が上がった。
中には、両手を合わせて祈り出す患者もいた。私が白衣の天使にでも見えたのだろうか。失礼のないように、わざわざ白いブラウスを着て来たとしても、看護師と見間違えたとは思えない。看護師を見て祈る患者はいないのだから。
分かった事は、蝋燭の長さが寿命に関係している事だ。私はその時、確信に至った。
______それから私の内面が、静かに黒く変貌していった。
自分が若く、美しく有り続ける為に何を成すべきか。
「あの蝋燭を、自分の蝋燭に足せばいい。しかし、どうすれば?でも私の蝋燭は、どのくらいの長さなのだろうか」
私は犬や猫を観察をした。やはり子猫、子犬の蝋燭は長かった。他の動物も同じだった。
「もし、生き血を飲んだら......蝋燭が長くなるのでは?」
それはバンパイアが、生き血で若さと寿命を保っているという小説や、アニメからの単純な発想から来ている。
ところで鏡に映る自分の頭には、蝋燭がなかった。
「自分の蝋燭は何故か見えない。それでは効果が分からない。でも、実行する価値はあるわ」
動物の血で怪しまれないのは、ニワトリでしょう。逆さに吊るして血抜きして、肉は料理に使えばいい。
「お嬢様、ニワトリをどうするんです? 料理なら私たちがしますから」
専属のメイドさんたちがそう言うけれど、私が内緒で料理をするからと言い包めた。
「でも調理場は絶対に覗かない事」
「あっ、旦那様たちを驚かす為ですね! 分かりました」
ふっ、ちょろいわね。
私は手に入れたニワトリの生き血を飲んだあとは、フライドチキンにして家族に振舞った。
「梓、お前が料理するなんて。三十過ぎて、やっと花嫁修業に目覚めたのか? 実に喜ばしい事だよ」 両親と兄に凄く喜ばれた。
さてニワトリばかりを殺してフライドチキンばかりでは、怪しまれる。
「何が一番効果的なのか。人間には人間の生き血が最適なのでは?」
私は狂い始めていた。
「そう言えば、あの双子。試すには絶好じゃないかな。双子の片割れが死んでも一人は残る」
自分に都合のいい解釈だった。それが大罪である事すら自覚がなくなっていたのだ。
私は、裏社会の人間に連絡を取った。勿論、新生児を一人浚って生き血を飲む為だ。
リスクは当然ある。その裏社会の人間に弱みを握られ、金を一生強請られるのは分かっていた。
幸い、毒物なら会社から調達出来る。ネズミが出るとか言って、社員に色目を使うだけでいい。脅されたら密かに毒殺すればいいだけだ。
「それはまぁいいわ。私の美貌の方が何より大事だから」
______三十一歳の夏。窓を開けて寝る人は少なからずいる。
「お嬢、こんな事をして何の為だ? 泣かないように、軽く一発腹を殴っておいたが、このままじゃ死ぬかもしれないぜ」
雇った何でも屋の男は、少しは良心があったのだろう。
私はその場で赤ん坊を殺した。そして目的を果たした。
「げぇ、お前は悪魔か!」
何でも屋の男は、腰を抜かさんばかりに青ざめていた。
「はいこれは約束のお金。それと死体はちゃんと処分しておいて」
「バ、バケモノ」
男は金を受け取ると、袋に詰めた物を持ち、すぐに消えていった。
「さて、効果が楽しみだわ」
鏡には、相変わらず私の蝋燭は映っていない。口を真っ赤に染めた、悍ましい何かが映っていただけだ。それでも私には美しいとしか見えなかった。
翌日、警察が失踪誘拐事件の訊き込みに我が家にも来たが、日頃、天使のようなお嬢様と言われる私に、疑いの目を向ける者など皆無だ。
「皺が消えている! 肌もつやつやしているじゃない!」
外出をすれば、すれ違う人の全てが祈るように頭を下げてくれた。
「まぁ梓お嬢様! 今日は一段と神々しい。まるで女神様ですね」
「私はそんなんじゃありませんよ」
『効果が出ているじゃない!』
私の欲は最高に満たされ、暫く上機嫌で過ごしたが、効果は一か月程度で、また皺が復活したのだ。
「どうして!」
私は焦った。そう何人も人間を殺す事は出来ない。
私は考えに考え抜いた。
「赤ちゃんポスト! 捨てられた子なら......産んだ母親が殺して遺棄する話は良く訊く。それなら私が有効利用すれば」
それには、赤ちゃんポストのある病院を、夜中から早朝にかけて張り込む必要があった。
実は、私は自分の評判を高める為に、慈善活動をしていたけれど、新生児の里親になってしまっては、私の目的が果たせない。
「これは無理か。何でも屋の男は、あれから私を脅迫をして来ないし。現れたら、また依頼をすればいい」
ところが何でも屋の男は、いつまで経っても脅迫に現れなかった。
私は次第に化粧が濃くなっていった。若返りの反動副作用なのか、老化する速度が早くなったような気がしたのだ。
医学上、早老症という難病がある。年齢よりも早く老化が進む治療法のない病気だ。
「まさかね。関係はない筈」
私はまた考え抜いた。
「そうだ、輸血パック! 保存血液があるじゃない。父の製薬会社にある筈。ほとんどが成人の血だろうけど、背に腹は代えられないわ」
私は会社に忍び込んでは、輸血パックを盗み出して飲んだ。
万が一バレても、娘の私を窃盗で警察に突き出す事はないのだ。
暫くは効果が戻った。
しかしバレた。
父は私を部屋に監禁したのだ。私は適当な嘘を並べたけれど、父が納得する事は叶わなかった。
部屋に籠った私は白魔法、インターネットで黒魔法を読み漁った。しかしそれらは小説のような物で、全く妄想の羅列に過ぎなかった。
私は三十二歳になった。監禁されて三か月が過ぎていた時、暗がりで鏡を見て驚いた。
「見える! 私の蝋燭が」
その蝋燭は長さは十分にあったけれど、糸のように細くて切れそうだった。
「これは?」
思い返すと、子供の蝋燭は人生八十年は生きれる長さと、違うのは太さだった。
大人になるほど、蝋燭は細くなっているが、中には太いままの人もいた。
テレビでウクライナ兵やロシア兵の姿を見た。私は何かを悟ったような気がした。兵士の殆どの蝋燭が細かったのだ。
北朝鮮のあの人物も、切れそうなほど細かった。
「そう言えば、何でも屋のあの男。切れそうになっていたわ」
何でも屋のあの男は、あの後、私の知らない所で悪事を更に行っていた。私の前に現れなかったのは、寿命ではなく他の要因だったのだが、私にはそれを知る事はなかった。
メイドの一人が私の部屋に現れた。最近、雇った若いメイドだ。私は狂ったようにメイドの首筋に歯を立てた。
上がる悲鳴。もうお構いなしだ。
「お嬢様ぁ、なにを」
プツン
その時、私の糸が切れたのだろう。寿命はまだ残っているにも関わらず。
私は暗闇の世界にいた。ドクンドクンと血が流れる音が訊こえた。
「ここはどこ?」
やがてドスンと私は地面に落ちた。
歓声が訊こえた。
「なに?」
「生まれましたね、良かった良かった」
「立派に育てて、高く売れるように育てなくてはな」
私の目の前には、黒くて大きな......。
「うし!」
瞬間、私は全てを理解した。
蝋燭の太さは、善行の太さだったと言う事を。悪行を重ねた者は蝋燭が細くなり、寿命があっても死ぬと言う事を。
「だから、だから純粋無垢な赤ん坊は太かった! あの何でも屋の男は、罪を重ねて死んだんだ」
私がまともな思考が出来たのはそこまでだった。
あぁっ
私は人間だった事をすっかり忘れ去った。生んだ雌牛が、ぺろぺろと私を舐めていた。




