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双子の妹と間違えられたまま結婚してしまったことに気付きました。私は静かに身を引こうと思います。

作者: 音芽心
掲載日:2026/05/31

 プリムローズ伯爵家には、それはそれは可愛らしいご令嬢がいる。


 名前はモニカ・プリムローズ。きらきらと輝く大きな瞳に、艶々と潤っている唇。花弁みたいに可愛らしい爪、影を落とすほど長いまつ毛、ふわふわの髪……。

 そして何より、太陽のように眩しい笑顔。


 誰からも愛される、絵に描いたような伯爵令嬢。


 ____それが、私の双子の妹。





 私はシルヴィア・プリムローズ。


 両親ですら間違えるくらいモニカとそっくりな顔立ちで、違うところは少しツリ目な眼くらい。


 なのに、中身は全然違う。

 明るくて優しくて、笑顔でみんなを癒しているモニカ。

 一方で、モニカより内気で暗くて、目立たない性格をしている可愛げのない私。


 社交界でも私たち双子の存在は有名だけれど……それはあくまで、モニカが人気者だからに過ぎない。


 モニカが太陽なら、私は欠けた月だ。

 モニカという太陽がいないと輝くことすらできない存在。



 両親は一見私たち双子を平等に愛そうとしてくれているように見えるけれど……本当は、モニカの方を愛していることくらいわかっている。


 何をするにもモニカの意見が優先されて、私は「お姉ちゃんだから」で我慢してばかり。お姉ちゃんなんて言われても、数時間私の方が先に産まれただけなのにね。



 十七歳の私達には、縁談の話も舞い込んでくる。

 でも、そのどれもがモニカを求めていた。


 当たり前よね。私は社交界でも人と上手く話せなくて壁の花だけれど、モニカは花そのものだもの。


 まぁ肝心のモニカは「私は好きになった人と結婚したいもの!」なんて言って、一向に縁談を受ける気はないようだけれど……。






 ____けれどそんなある日、私にも転機が訪れた。


 ***


「……求婚? 私にですか?」

「あぁ、書状にもハッキリと『シルヴィア』と書かれている。それも、ルディントン侯爵家の嫡男から、だ」


 父がニコニコと微笑みながら書状を渡してきた。確かにそこには、モニカではなく私の名前が書いてあった。


 ____けれど、理由がわからない。

 だって、ルディントン侯爵家の方とお話した記憶なんて、私にはないもの。


「……何かの間違いではないでしょうか。こんな身分の方がモニカではなく、私に求婚だなんて……」


 私が困惑しながらもそう告げると、モニカが少し拗ねたような表情で私に話しかけてきた。


「もう、姉さんは自信が無さすぎよ! でもすごいわ、侯爵家の跡継ぎの方から求婚だなんて!」

「モニカはこの方を知らないの?」

「私? えーと、名前は……セオドア様というのね。私の記憶ではお話ししたことはないわ」


 モニカと間違えているのでは、と思ったけれど……。人の顔と名前をすぐに覚える彼女がそういうのなら、本当なのだろう。


 それでもまだ信じられない私に、母がほっとしたような表情で告げた。


「よかったわねぇ、シルヴィア。モニカではなくあなたにこんな縁談が来るなんて、びっくりだわ。もちろん、受けるわよね?」

「え……」


 ……母に悪気はないのだろう。けれど、その言葉からは確かな安堵と圧が伝わってきて……。


「……はい、私、この方と結婚いたします」


 ____私は、大人しく頷くことしか出来なかった。





 それに、ほんの少しだけ期待していたのだ。

 だって、初めてだったから。


 モニカではなく、わざわざ私の方を選んでくれた人なんて、今までいなかった。



 だから、これからはモニカと比較されることなく幸せになれるんじゃないかって……。


 私もモニカのように愛されることを、一人静かに祈っていたのである。


 ***


 そして、その日____私がルディントン侯爵令息に嫁ぐ日は、あっという間に訪れた。


 本来なら先に顔合わせをしたり、段階を踏むものなのかもしれないけれど……。


 どうやら向こうは私のことを相当気に入ってくれたらしく、すぐにでも妻になってほしいとのことだった。


 そして、伯爵家である我が家にとっても断る理由なんてあるはずもなく……すぐに私が嫁ぐことになったのだ。




 ……正直、どうしてセオドア様が私をそこまで気に入ってくださったのか、全く分からない。


 だって私は社交界でも目立たない、壁の花なんだもの。


 外見を褒められることはあったけれど……それなら、性格も可愛らしいモニカの方が良いに決まっている。


 それでも……私を選んでくれたのなら、そんなに嬉しいことはない。


 私は侯爵家に持参する荷物を握りしめて、馬車に乗り込もうとした。


 その瞬間、背中にドン、と衝撃が走る。

 どうやら、誰かに背後から思いきり抱き着かれたみたいだ。


「うぅ……シルヴィア……元気でね。セオドア様にたくさん愛してもらうのよ!」

「モニカ…………」


 ……私はモニカに何度も嫉妬してしまっていたというのに、モニカは純粋に私を祝ってくれている。


 それがとても嬉しくて……酷く心苦しかった。



「行ってくるね、モニカ。どうかお元気で」

「たまには会いに来て頂戴ね。絶対よ!」

「えぇ、約束するわ」







 ____そうして馬車に乗り込んだのが、少し前の話。


 そして今私は、侯爵邸の目の前で呆然と立ち尽くしていた。


「私、本当にこんな立派な家に嫁ぐの……?」


 伯爵邸とは比べ物にならないほど、立派な邸宅。

 その存在感に、私は圧倒されていた。


 私、今日からこの家にお世話になるの? 本当に?


 なんだか、引け目を感じてしまう。

 モニカじゃなくて私がこんな素敵なお家に嫁ぐなんて、許されることなのかしら……。


 けれど、立ち尽くしているだけじゃいけないわ。ちゃんと門番の方に話をして、通していただかないと。



 ……それにしても、本当に立派なお屋敷ね。


 そんなことを思いながら、そばに居る門番に恐る恐る声をかける。


「あの、私本日からこちらにお世話になります……プリムローズ伯爵令嬢、シルヴィアと申します」

「……どうぞ」


 …………随分、無愛想な門番さんなのね……。


 私、もしかして歓迎されていないの?

 いえ、でも手紙には、セオドア様は私に一目惚れしてくれたと書いてあった。

 信じて……いいのよね?


 門を通り抜けて、侯爵邸の庭をゆっくり歩く。


 ____ガチャ!


 その瞬間、勢いよく玄関の扉が開いて……私と同い年くらいであろう青年が、こちらに駆け寄ってきた。


 突然のことに驚いて固まっている私に、青年は息を切らしながらも、笑顔で私に話しかける。


「失礼、貴女はシルヴィア嬢で間違いないだろうか?」

「は、はい。プリムローズ伯爵家のシルヴィアと申します」

「あぁ、やっと会えた……! 私はルディントン侯爵家のセオドアです。この度は、私の求婚を受け入れてくださり、感謝申し上げます」



 ____この人が、セオドア様……。


 なんだか、王子様みたいな好青年だわ。こんなに爽やかで素敵な人が、私みたいにくらい人と一緒になりたいと思ってくれたなんて……。


 私はまだセオドア様のことを何も知らないけれど、なんだかもう……夢を見ているみたい。


「プリムローズ伯爵家からここに来るのは遠かったでしょう? まずは自室でゆっくりおやすみになってください」

「あ、ありがとうございます……!」


 セオドア様はそう言うと、なんと直々に屋敷の中まで案内してくださった。


 ロビーには侯爵夫妻がいらっしゃって、私は驚きながらも咄嗟にカーテシーの姿勢を取る。


「よく来てくれたね。今日からここが君の家だ。あまり畏まらず、実家のように過ごしてくれ」

「ふふ、セオドアが一目惚れしたと騒ぐからどんなご令嬢かと思ったら……とっても綺麗な子じゃないの。これからよろしくね」

「光栄でございます……!」


 私は緊張のあまり引き攣った笑顔で頭を下げたまま、震えた声で受け答えをする。


 侯爵夫妻はそれだけ言うと、「あとは二人でごゆっくり」とだけ残して去っていった。



 ____優しそうな、人達だったな。






 それからはセオドア様に案内されるまま、広い屋敷の中を挙動不審になりながら歩いた。


 使用人の皆様は私の姿を見るなり、笑顔になって頭を下げる。


 ……なんだか、異世界にでも迷い込んだ気分。


「君の部屋はここだよ。疲れているだろうから、まずはゆっくり湯浴みをしてください。侍女達が準備をしてくれているようだから」

「本当に、何から何まで……ありがとうございます」

「いいんだよ。それに……今日は、結婚初夜だから……ね」


 セオドア様が顔を赤く染めながら、照れた様子で頬をかく。

 私は一瞬ぽかんとしてしまったけれど、すぐにその意味に気付いて、顔が熱くなった。


「じゃ、じゃあ私も自室に戻るから……シルヴィア嬢も、ゆっくりしていてくれ」

「は、はい、案内していただきありがとうございました」




 …………そのあとは、すぐ後ろに控えていた侍女に促されるまま部屋に入った。

 とても綺麗で素敵な部屋で、私のためにこんな部屋を用意してくれたのかと思うと……涙が出そうになった。




 薔薇の花びらが浮かべられた美しい湯船に浸かったところで、ようやく実感が湧いてくる。


 ____私、今日からこの家にお世話になるんだわ……。





 セオドア様も、侯爵夫妻も、使用人の皆様も……とても優しそうで、素敵な人だった。


 それに…………今はモニカが隣にいないから、比較されることもない。


 ……やだわ、こんなこと考えるなんて。


 でも、ごめんなさい。私今、とっても幸せなの。

 はじめて、自分だけの人生を歩めそうな気がするの。



 だからモニカ、ごめんね。

 私はこの侯爵邸で、幸せになります。



 ……私は湯船に浮かぶ薔薇の花弁をぼんやりと眺めながら……そんなことを考えていたのだった。


 ***


 侍女に肌や髪をピカピカに磨き上げてもらって、コルセットをキツく絞めあげられる。

 それから、持参したドレスに袖を通した。


 私の家はルディントン家ほどの名門ではないけれど……ドレスもアクセサリーも、昔から良いものを与えられてきた。


 それは伯爵家だからという理由もあるけれど、偏に両親からの愛だった……と思う。


 けれど、私は生まれ育った伯爵家を忘れてこの家で幸せになろうとしている。


 ……とんだ親不孝者ね。




 そんな風に自嘲しながら、侍女が部屋から退出したのを確認した後、私はベッドに思い切り身を委ねた。


「なんだか夢みたいね……」


 ぽつりと呟く。


 思えば今までの人生、私のそばにはいつもモニカがいた。

 そのことに違和感を覚えたことはなかったし、私だってモニカのことが好きだけれど……彼女の隣にいるのは、辛いことが多すぎた。


 けれど双子だから、そう簡単に離れることなんてできなくて……。

 モニカにまだ結婚の意志がない以上、私が結婚して家を出るしか方法がなかった。


 私は、なんて自分勝手なのかしら。

 でも、それでも愛されてみたかったの、生きてみたかったのよ、モニカのいない人生を……。





 ____コン、コン、コン


「失礼します。そろそろ夕食のお時間でございます」


 扉越しに、侍女が話しかけてきた。

 私は慌ててベッドから体を起こして、なんでもないような声色で返事をする。


「ありがとう、すぐに向かうわ。案内してもらえるかしら?」

「もちろんでございます」


 ***


「本当に、シルヴィアちゃんみたいな美しい子が来てくれて嬉しいわ」

「あぁ、この家が一気に華やかになるな」


 夕食の席に着くやいなや、侯爵夫妻が穏やかな笑みで私に語りかけてきた。


「そんな……私こそ、初日からこんなに良くしていただいて、なんてお礼を申し上げたらいいか……」

「あら、いいのよそんなの。第一、無理を言ったのはこちらの方だわ」

「あぁ、本来ならもう二週間くらい時間を空けて、結婚式と同時に迎え入れる予定だったのに……セオドアが『すぐにでも結婚したい』と騒ぐものだからなぁ」

「父上!? な、なにもそんなこと、シルヴィア嬢の前で言わなくても……!」


 お義父様の言葉に、セオドア様が顔を真っ赤に染め上げる。

 ……そんなに、私のことを気に入ってくれたんだ……。


 なんだか私まで恥ずかしくなって、慌てて話題を逸らした。


「お、畏れ多いです……。それに、二週間後の結婚式もとても楽しみにしております」

「シルヴィア嬢……」


 セオドア様が優しい笑みで私を見る。

 ……眼差しが、熱い。


 話を逸らしたつもりが、結局更に恥ずかしい気持ちになって……侯爵夫妻はそんな私達の様子を嬉しそうに眺めている。



 こうして、侯爵家での初めての夕食は幕を閉じた。




 ***


 夕食も終わり、ドレスも着替えて……いよいよ、夜が訪れた。



 結婚初夜だ。



 当然だけど、私に男性との経験はない。

 だから、もし幻滅されてしまったらどうしよう、なんて不安が頭を過ぎってしまう。

 いいえ、そもそもセオドア様が私の部屋を訪れてこなかったら……?




 そんなことを考えながらベッドの上で縮こまっていると、控えめなノックの音が部屋に響いた。


 私は思わずびくりと肩を震わせてから、「どうぞお入りください」とか細い声で答える。


 ゆっくりとセオドア様が入ってきて、それから……セオドア様は、ベッドではなく近くにある椅子に腰掛けた。


 思わずキョトンとしてしまった私に、セオドア様が頬を掻きながら口を開く。


「その、私達はまだ式もあげていないし……お互いのことを何も知らないだろう? だから今日は、シルヴィア嬢と話が出来たらと思って……」

「……お優しいのですね」

「君が好きだからだよ」


 心臓がドクンと脈打つ。


 優しくて熱のこもった眼差しが、こんなにも嬉しいだなんて知らなかった。

 こんな感情は、いつだって私じゃなくてモニカに向けられていたから。




 ____それから私達は、色々な話をした。

 好きなものだとか、あの料理が美味しかったとか、意外な趣味だとか……。


 本当に楽しくて仕方がなかった。


 だから、私はずっと気になっていたことを聞いた。





 ……いいえ、聞いてしまったのだ。






「あの、セオドア様は……どうして私のことを好きになってくださったのですか?」




 私の問いに、セオドア様は顔を赤く染めながら、幸せそうな笑みを浮かべる。


「君を好きになったのは……先日行われたパーティーなんだ」

「あぁ、ユーレンベック侯爵主催の……確かに、私も参加しておりましたが……」


 そう、参加していた、けれど……。

 あの日も私は壁の花となって、特に殿方とお話ししたような記憶はない。


 なんだか、嫌な予感がした。


「恥ずかしながら、私は酒に弱くてね……。気分が悪くなってしまって、会場を抜け出して庭園で夜風にあたっていたんだ」


 ドクン、と心臓が脈打つ。

 私は、会場の外に出ていない。


 庭園なんて、行っていない。


 だって、あの時会場から抜け出していたのは、私じゃなくて____


 呼吸が浅くなる。心臓が煩い。

 けれどセオドア様はそんな私の様子に気が付くこともなく、照れた様子で話を続けた。


「そんな時に、『大丈夫ですか?』とハンカチを差し出しながら声をかけてくれた美しいご令嬢に……私は一瞬で恋に落ちてしまって」

「…………」

「けれど、名前を聞きそびれてしまったんだ。そして途方に暮れていた時、ハンカチに名前が書いてあるのを見つけて…………」


 違う、違う、違う。


「そこに書いてあった名前が、シルヴィア嬢……あなたの名前だったんだ」








 ____それは、私じゃないわ。


 だって、あの時庭園に散歩をしに行ったのは…………。








 私じゃなくて、私のハンカチを間違えて持っていった____モニカだったんだもの。


 なんだか息が苦しい。呼吸が浅くなっていくのがわかる。


 けれどセオドア様はそんな私の様子に気付く様子もなく、当時のことを懐かしむようにうっとりとした顔で話を続けた。


「暗闇だからハッキリと顔が見えたわけではなかったけれど……ハンカチを渡してくれた時の優しい声色が忘れられなくて……」


 やめて。もうお願い、話をしないで。

 だって、私とモニカは声までそっくりなんだもの。


「だから、ハンカチに名前が書いてあることに気付いた時は……運命だと思ったよ」


 __その運命は、私じゃない。

 私じゃ、ないのよ。


「す、すみませんセオドア様、私少々体調が……。今晩は、もう休ませていただいてもよろしいでしょうか……?」


 私はもう耐えられなくなって、セオドア様に震える声でそう告げた。

 すると、セオドア様は心配そうに私の顔を覗き込みながら、慌てた様子で口を開いた。


「わ、顔が真っ青じゃないか……! すまない、気付かなくて……。そうだな、まだ結婚式まで時間はある。それまでにゆっくり、お互いのことを知っていこう。じゃあ、また明日」


 そう言ってセオドア様は、私の部屋から静かに去っていった。








 私はようやく息ができるようになって、ゆっくりと目を瞑る。



 ……セオドア様が一目惚れしたのは、モニカだった。

 私は、最初から選ばれてなんかいなかったんだ。


「…………また、私じゃなかった……」


 どうしよう、こんなことに今更気付いてしまうなんて。

 私は、セオドア様のことも侯爵夫妻のことも騙していることになるんだわ。


 こんなことなら、しっかり段取りを踏むべきだったのよ。

 浮かれて先に契約上の夫婦になったりしないで、ちゃんと顔合わせをして婚約をして、全てがはっきりしてから結婚するべきだった。


 ……いいえ、そうなったら結婚していたのはモニカだわ。私じゃない。


 それに、求婚の書状が届いた時の違和感をもっとちゃんと大事にするべきだった。そうすれば、こんなことにはなっていなかったのに。


「私、これからどうしたらいいの……」




 わかってる、全て話さなければいけないって、わかってるの。

 でも、今の優しさが幸せで、勘違いでも愛されているのがうれしくて。


 ……手放したくない。


 でも、結婚式は二週間後。その時にモニカに会えば、きっとセオドア様は気付いてしまう。だから、言わなくちゃ。それまでに。すべてを。


 あなたが好きになったのは、私ではなくモニカ・プリムローズだということを……。





「……嫌、だなぁ……」


 そんな言葉と一緒にぽろぽろと涙がこぼれてきたけれど、その涙を拭ってくれる者はどこにもいなかった。


 ***


 チュンチュン、という小鳥の鳴き声で目を覚ます。


 どんなに朝を恨んでも、月日は待ってくれない。

 結婚してから二日目。

 結婚式は、十三日後。


 挙式というリミットが訪れるまでに、私は昨日気付いてしまった秘密を打ち明けなくてはならない。

 ……ゆるして、くれるんだろうか。


 きっと、がっかりされるんでしょうね。当然だわ。私だって、セオドア様の立場ならショックだもの。

 まぁ、ショックなのは私も同じなのだけれど。


 __コンコンコン、とノックの音が響く。

 それからすぐに、昨日出会ったばかりの侍女が話しかけてきた。


「おはようございます。朝のお支度のお時間でございます」

「おはよう。入って大丈夫よ」


 私の問いかけから数秒置いて、扉が開く。

 それから私と目が合った侍女は、「あら」と少し驚いたように口を開いた。


「シルヴィア様、お目元が腫れていらっしゃいますが……このベッドではあまり眠れませんでしたか?」

「いえ、そうではないの。ただ、昨日は結婚初夜だったでしょう? だからセオドア様がいらっしゃって、そのあと……ね」


 恥じらうように含みを持たせてそう告げると、侍女は少しだけ頬を赤く染めて、「仲がよろしいようで何よりでございます」と笑った。


 実際は、侍女が想像しているようなことなんて何一つ起きていなくて……単純に泣いて目が腫れたのと、うまく寝付けなかっただけなのだけれど。



 ……だめね、私ったら……。早く秘密を打ち明けなくてはならないというのに、ただ嘘を重ねている。


 それに、この嘘はセオドア様には通じない。昨日何もなかったことは、セオドア様が一番よく知っているもの。


 だから、どうにかして目の腫れを隠さなければ……。



「……セオドア様に心配をかけたくないの。目の腫れがわからないよう化粧していただけるかしら」

「はい、もちろんでございます」


 私の言葉に、侍女たちは色めきだった様子で返事をする。胸がズキンと痛んだ。罪悪感で、頭も胸も苦しい。


 早く解放されたい。でも、手放したくない。


 私は知っている。プリムローズ伯爵家の使用人の中には、私のことを「モニカ様にそっくりなのに、中身はまるで違う」と笑っている者がいたことを。

 もちろん、私に使える侍女たちはよくしてくれていたけれど……心の中ではどう思っていたかわからない。


 私には、自信がないの。


 だから、戻るのが怖い。それに、モニカだと勘違いされて結婚してしまったから出戻りする、だなんて……。恥ずかしくて、社交界に顔を出せなくなるわ。

 それどころか、二度と結婚だってできないでしょうね。


 もしかすると、セオドア様たちも私を受け入れてくれるかもしれない。けれど……怖い。


 __まずは、今日の朝食を乗り切らなくっちゃ。





 そうして朝の支度を終えた私は、まるで戦地にでも赴くような気持ちでダイニングルームに向かった。



 ダイニングルームには既に私以外がそろっていて、急いで席に向かう。


「おはようシルヴィア嬢。昨日はよく眠れたか?」

「はい、素敵なお部屋にベッドで……とても寝心地がよかったです」

「そうか、それならよかったよ」


 セオドア様が穏やかに微笑みながら私に話しかける。その笑顔が向けられる先は、本当なら私じゃないのに。

 でも、目が腫れていることは気付かれていないようでよかった。


 それから侯爵夫妻にも挨拶をして、何事もなかったかのように初めての朝食会が始まる。




 まずはゆっくりと運ばれてきたコーンスープを、スプーンですくって一口飲んだ。濃厚でおいしいけれど、少しだけ気分が悪い。


 当たり前ね、昨日はあまり眠れなかったんだもの……。

 寝不足のせいで、頭も少し痛いわ。


 けれど、言わなくちゃ。

 本当は言いたくないけれど。伯爵家に戻りたくもないけれど……。


 全員がそろっている場でいきなり本題を暴露するのは怖いから、まずは大切な話があるということを、セオドア様だけに……。


 今日言えば、結婚式には間に合うかもしれない。それに、優しそうなこの一家のことだもの、私のことを受け入れてしまうかもしれない。

 さっきは気持ちが負けそうになったけれど、今なら言えそうな気がする。いいえ、言うのよ。言うんだから!




 一瞬だけぎゅっと目を瞑ってから、恐る恐る口を開く。


「あの、セオドア様。このあと、お時間ありますでしょうか」

「? あぁ、今日は余裕があるから、この屋敷の中を案内しようかと……」

「そう……ですか」


 ……駄目だわ。

 目を伏せて、ゆっくりと息を吐く。私って、こんなに臆病者だった?


 様子のおかしい私を心配してか、セオドア様が不思議そうに首を傾げる。


「シルヴィア嬢、顔色が優れないようだが……まだ体調がよくないのか?」

「え、あ、いや……ご、ごめんなさい、少食で!」


 大嘘。本当は、モニカが食べきれない分を内緒で食べたりするくらいには、私はよく食べるのに。

 こんなすぐバレる嘘を吐くなんて、私ってどれだけ卑怯なの。


 あぁ、胃がムカムカする。なんだかさっきよりも本当に気分が悪くなってきた。


「……いえ、やっぱり少し気分が悪いみたいです。大変申し訳ないのですが、お先に失礼いたします」


 そう言って席を立った瞬間、ぐにゃり、と視界が歪んだ。

 頭がぐるぐる渦を巻くような感覚に襲われて、吐き気が込み上げる。







 __あ、倒れる。


 そう思った時にはもう遅くて、次の瞬間に私はふっ……と意識を失ったのだった。


 ***


 立派なルディントン侯爵家の庭園。

 綺麗な花が咲いていて、その上を蝶々が舞っている。


 そのそばにある白いベンチで、若い男女が座っている。

 あれは……セオドア様と、モニカだ。


 肩を寄せ合いながら、楽しそうに笑いあっている。何を話しているのかはわからない。


 私は、その二人の近くへと小走りで近付いた。なんだか足が重く感じて、上手く動かない。走ろうとしているのに、鈍く脚を動かすことしか出来なくてもどかしい。


 それでもなんとか二人の近くへ行くと、セオドア様が私に気が付いた。

 ……と思ったら、迷惑そうに眉をひそめて口を開く。


「何をしに来たんだ? この嘘つき女」


 それから、モニカが嘲笑うように息を漏らす。


「あはは、姉さんったら、何しに来たの?」

「セオドア様……? モニカ……?」


 二人の言葉がショックで、上手く声が出せない。

 辛くて、怖くて、手が震える。口の中が冷たい。


「用がないなら、私たちは失礼する。行こう、モニカ」

「はい、セオドア様」


 二人が立ち上がって、侯爵邸の中へ入っていく。


 待って、行かないで。

 私を一人にしないで、やめて……。


 待って、まって……


 ***


「待ってっ……!!!」


 __自分の必死な叫び声で、目が覚めた。


 そうだわ、私あの時倒れて……。

 ということは、今のは……夢なの……? だとしたら、私、なんて夢を見ているの……。


 去っていく二人を止めようとして、白い天井に伸ばしていた私の手は……汗でびっしょりだ。


「シルヴィア嬢……? 大丈夫か!?」

「セオドア様……」


 どうやらベッドの側で、セオドア様が寝ている私を見守っていてくれたらしい。


 目が覚めた私の名前を呼びながら、セオドア様が私の手を包み込む。

 ……温かい。


「ごめんなさい、私怖い夢をみていたみたいで……」

「そうか……いきなり倒れたから、心配だったんだ。やっぱり侯爵家に突然嫁いだから、疲れてしまったんだろうな」

「いいえ、違うんです……私、その……」


 今は、部屋でセオドア様と二人きり。

 言うなら、今だ。


「っ、セオドア様に言えていないことが、あって……!」

「ん? どうかした?」


 ごくり、と唾液を飲み込む。怖い、でも、口を動かさないと。


「セオドア様は、私に双子の妹がいること……ご存知ですか?」

「あぁ、君たち二人は有名だからね」

「それで、その……私たち、顔がそっくりなんです。でも中身は全然違って……それでよく、昔から比較されていて……」


 空いている片手で、ぎゅっ、とシーツを握りしめる。

 セオドア様はそんな私の様子を見て、何かを感じたのだろう。私の顔を覗き込みながら、穏やかに微笑んだ。


「……確かに、シルヴィア嬢の妹君であるモニカ嬢のことは、よく色んな方が話しているのを聞くよ。でも、私が好きになったのはシルヴィア嬢だから」

「いえ、違うんです、私は……」

「それに、君が求婚を受け入れてくれた時……本当に嬉しかったんだ。両親も、君が来てくれてとても喜んでいる。だから、そんな噂や評判をシルヴィア嬢が気にする必要はない」

「っ……」



『ハンカチを渡したのは、私じゃないんです』


 喉元まで出かかった言葉が、実際に声になることはなかった。


 だって、言えるわけがない。こんなに嬉しそうな笑顔を見て、「あなたが結婚したのはニセモノです」なんて……。



「私も、セオドア様の妻になれて、嬉しいです……」


 これは嘘じゃない、けれど……。


「シルヴィア嬢……! はは、結婚式が今から楽しみだ」

「はい、私もです……」


 そんな風に、私は無理やり作った笑顔でセオドア様に返事をした。





 __そんな私を見て、頭の中のセオドア様が「嘘つき女」と蔑んでいる。


 まるで、さっき見た夢のようだった。


 ***


 私がこの屋敷に来てから、今日で五日目。


 目覚めた後、少ししてから結局熱が出てしまって……。数日ほど伏せっていたけれど、ようやく普通に食べて歩けるくらいには回復した。


 自分が思っていたよりも、ストレスが溜まっていたみたい。

 ……ストレスというか、罪悪感かしら。それとも、天罰?


 気付けば結婚式までもう十日を切っている。刻々と迫り来るタイムリミットに、私は焦っていた。


 今日こそ言わなくちゃ。

 でも、言えるの? 本当に?


 __このことを考える度、頭の中でセオドア様が「嘘つき女」と私を責める。モニカは笑っている。


 二人とも、そんなことをする人じゃないとわかっているのに……。



 侍女たちに朝の支度をしてもらいながら、そんなことを悶々と考える。

 コルセットを絞められるのは好きじゃないけれど、今の私にはその痛みが心地よかった。なんだか、私のことを罰してくれているような、そんな気持ちになれたから。




 そうして朝の支度が終わってから向かった朝食会。

 なんだか気まずい私を気遣ってか、セオドア様が優しい声色で語りかけてきた。


「シルヴィア嬢、体調はもう大丈夫か?」

「えぇ、今度こそ本当に大丈夫ですわ。皆様、ご迷惑をおかけいたしました」


 私が謝ると、侯爵夫人が「あらあら」と手で口を扇いだ。


「そんなのいいのよ! むしろ、ごめんなさいね、気付けなくて……」


 続いて、侯爵様も朗らかな表情で口を開く。


「そうだぞ。君はもう私たちの娘なのだから。……それよりセオドア、お前はいつまで『シルヴィア嬢』と呼ぶつもりだ?」

「あら、そうよ。夫婦なのだから、愛称で呼んだらどう?」


 侯爵夫妻が揶揄うようにそう話すと、セオドア様は顔をほんのり赤く染めて「そ、それもそうですね」と頷いた。


 それから、少しだけ眉を下げて私の顔を見た。


「その、シルヴィア嬢……君のことを、『シル』と呼んでもよろしいだろうか……?」

「え……」


 私は即答できなくて、ぐっと息を詰まらせる。

 だって、この婚姻関係がいつまで続くかわからないのに、愛称で呼んでもらうなんて……。


 そんなの、更に離れがたくなってしまう。

 けれど、子犬のような表情で私を見るセオドア様を断ることはできなくて……。


「はい、ぜひ『シル』と……お呼びください」

「そ、そうか!」


 パァ、と笑顔になるセオドア様を見て、ジクジクと胸が痛くなる。


「私のことも、セオドアと呼んでくれないか?」

「……いいえ、畏れ多いですわ。慣れるまでは、セオドア様と呼ばせてください」

「……そうか」


 セオドア様ががっくりと肩を落とす。

 けれどきっと、私がセオドア様を呼び捨てする日なんて来ない。


「…………セオドア様、今日は天気も良いことですし、少し出かけてみたいです」

「あぁ、ぜひそうしよう。少し馬車で移動したところに、綺麗な花畑があって……君に見せたいと思っていたんだ」


 私が提案すると、セオドア様は気を取り直したように私に微笑みかけた。


「ありがとうございます、とても楽しみです。では、用意が出来たらセオドア様をお呼びいたしますね」

「私も楽しみだ。……は、はじめてのデートだからな」

「そう……ですね」




 これが、最初で最後のデートになるかもしれませんね。


 そんな言葉が頭を過ぎったけれど、声には出せなかった。





 ***


「じゃあ、行こうか。さぁ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 父親以外の男性にエスコートされて馬車に乗るなんて、初めての経験だわ。


 なんだか戸惑ってしまって、ぎこちない動作で馬車に足を踏み入れる。


 御者が扉を閉めてから少しして、馬車が揺れながら前へと進んでいく。


 ふかふかの椅子が気持ち良い。正面にセオドア様が座っているから、少し緊張してしまうけれど……。


「シルは馬車酔いはしない方か?」

「えぇ、私は昔から体が丈夫なんです。だからこそ、先日倒れてしまったのが情けないですが……」

「それだけ疲れていたということだろう。今日はリラックスしてくれ」


 セオドア様が柔らかい笑みでそう告げた。それに対して、私はぎこちない笑みを返す。


 ___言わなきゃ、言うのよ、今度こそ……。


 こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。それこそ結婚式までもう十日を切ってしまった。


 今言わなきゃ、取り返しのつかないことになる。


 私はぐっと震える拳を握りしめてから、ゆっくりと口を動かした。


「あの、セオドア様。私、あなたに言わなきゃいけないことがあるんです」

「え? そ、それって……」


 セオドア様がびくりと肩を揺らして、頬を赤く染める。

 まずい、なんだか誤解されている気がする。早く言わないと。


「実は、私はっ…………」








 ____ガタンッ!!!


「なんだ!?」


 突然馬車が急停車して、大きな衝撃が走る。

 まさかと思いつつ馬車の外へ目を向けると、そこにいたのは____盗賊と思しき男たちの集団だった。


「なんでこんな時に……! シル、君は馬車の中で、」

「いいえ、待機するのはセオドア様の方ですわ」

「っシル!?」


 私はセオドア様の静止を振り切って、馬車の外へ思い切り飛び出した。


 賊がニヤニヤとしながら、一斉に私の方を向く。




 __下卑た視線。不愉快ね。


「その女を捕らえろ!」

「へへ、高く売れそうだぞ!」


 そんな声があちこちからあがって、私は思わずため息を吐いた。


「嫌だわ、私……随分舐められてる」

「シル! 危ない!!!」


 セオドア様の叫び声と同時に、一人の男が私に剣を振りかざしてきた。





 ____私がモニカと比べて「可愛げがない」と言われる理由は、ただ愛嬌がないからという理由だけじゃない。


 私は、昔からなんでも出来てしまった。勉学も、礼儀作法も、芸術も……。


 ____そして、武道も。



「ハァッ!!」

「うっ、ぐぅ……!!」


 剣を避けながら、思い切り鳩尾に拳を入れる。

 その瞬間男が落とした剣を拾って、今度は後ろから襲いかかってきた男に斬りかかった。




 …………そうよ、私が可愛くないと言われるのは、愛想がないからだけじゃない。


 私がその辺の男より、何倍も強かったから。










「す、すごい……」


 …………そんな風にセオドア様がポツリと呟いた頃には、十人近くいた賊は一人残らず倒れ込んでいた。



 ____やってしまった。


 お母様に「はしたないから家の外では絶対にやめなさい」と、あれだけキツく言われていたというのに……!


 よりによって、旦那様の前でこんな姿を晒してしまうなんて……。




 戦っている最中はアドレナリンで少し興奮すらしていた。けれど、今は一気に後悔が押し寄せてきて全身から血の気が引いていくのがわかる。


 何も出来ずその場で立ち尽くしていると、ガチャ、と何かが開く音がした。


 ハッとして振り返ると、セオドア様が馬車から出てきてこちらに駆け寄ってくる。



 どうしよう、なんて言えばいいのかしら。


「シルヴィア嬢……いや、シル、君は……」

「っ…………す、すみませ、」

「なんて素晴らしいんだ……!!」

「………………え?」


 予想外の言葉に、私は思わず固まってしまう。そんな私の姿に気付いているのかいないのか、セオドア様は興奮した様子で話を続けた。


「あんな体格の良い男たちを一瞬で倒してしまうなんて……! 君の家は、何か特別な訓練でもしているのか?」

「い、いえ……! これは、個人的に騎士たちから教えていただいただけで……!」

「それだけでこんなに強いのか? シル、君は本当にすごいよ。それに、戦っている君の姿はとても美しかった」

「そんな……」


 こんな、ドレスの裾が土で汚れていて、令嬢らしさの欠片もない姿を美しいだなんて。


 ……令嬢が武術や剣術に長けているなんて、恥ずかしいことだと思って隠してきた。


 だからまさか、こんな風に言ってくれる人がいるなんて、思っていなかった。




 ……嬉しい。




 それからセオドア様は、何かを思い出したような表情をしてから「大事なことを言い忘れていたね」と言葉を紡ぐ。


「助けてくれて、本当にありがとう。君のことが、また更に好きになった。君が話したかったことも、このことだったのだろう?」


 __ドクンと心臓が脈打って、それからズキンと痛んだ。


 こんな私を褒めてくれて、本当に嬉しい。

 でも、私はまだ真実を話せないままでいる。


 きっと、言うなら今が最後のチャンスだと、そう思った。



「…………はい、そうです」





 ____けれど、本当の私を認めてくれる人がいて、好きと言ってくれるのが、私は心の底から嬉しくて。


 結局、伝えたいことは何も伝えられないまま罪悪感と秘密を胸に屋敷へ戻ったのだった。


 ***


 終わってほしくない時間が流れてしまうのは、本当にあっという間で。


 気付けば、結婚式の前日になっていた。





 馬車を襲撃されてからの私とセオドア様は、初対面の時と比べて距離が格段に縮まった……と思う。


 なんというか、セオドア様から向けられる視線に、尊敬や慈愛といった感情が感じられるようになった気がして……。


 もちろん、気のせいかもしれないけれど。


 それに、たくさんの話をしたわ。

 セオドア様は忙しい中毎晩私の部屋に来ては、お互いの昔話や少し恥ずかしい話なんかを打ち明けた。


 まるで、子供同士の内緒話みたいに……。


 それに、使用人の皆さんともたくさんの交流を持つことができた。

 時には庭師の方の仕事を手伝わせていただいたり、侍女と買い物に行ったり……。


 侯爵夫妻にも、とても優しくしていただいたわ。

 まるで、本当の娘みたいに接してくださって……。


 夢のような、そんな日々だった。




 ____けれど、私はこんなに優しい人達のことを、ずっと騙している。


 結局、言えなかったの。

 本当は私じゃなくて、モニカがこの家に嫁ぐはずだったということを。


 皆、明日の結婚式を楽しみにしてくれている。


 そんな中で、花嫁である私だけが、不安を抱えている。

 ……おかしな話よね。


 私はもう、自分のことがわからなくなっていたの。

 秘密にしていることが心苦しくて、早く楽になりたいと思っているのに。


 一方で、この家にずっと居たいと思っている自分がいる。


 矛盾してるのなんて、自分が一番わかってる。


 けれど、こんな私を褒めてくれたセオドア様に惹かれているのも事実で……。


 ……この秘密がバレた時、私はセオドア様になんて言われるんだろう。

 きっと、ガッカリされるんだろうな。

 それとも夢みたいに「嘘つき女」と責められるのだろうか。


 ……考えたく、ないな……。

 いっそ、今日が一生続いてしまえばいいのに。


 私は一体、どうしたいんだろう。



 ____そして、この日の夜も、セオドア様は私の部屋に訪れた。





「……ル、シル。何か不安でもあるのか?」

「……え?」


 いつものようにセオドア様と話をしている最中、不意にセオドア様が真剣な顔で問いかけてきた。


 セオドア様は、鋭いようで鈍くて……でも、やっぱり鋭いのだ。特に、人の心の機微に敏感。


 将来は侯爵家を統べる人だもの、当たり前かもしれないけれど……。

 なんだか私のずるい心まで見透かされているようで、時々怖くなる。


「……私、不安そうに見えました?」

「あぁ、最初は緊張しているのかと思ったけれど……そういう感じではない気がして」

「…………」


 結局私は、何も言えないのだ。

 本当に、卑怯者だと思う。腕っぷしは強いくせ、心は弱い。


「……セオドア様が、私の妹のモニカを見て、心を奪われないか……ちょっと心配になってしまったのです」


 これは……半分は本当、半分は嘘。

 残り半分の本当は、私の嘘がバレませんようにって願い。


 だって私、きっと惹かれはじめている。

 二週間前初めて会った、この人に……。


 だから、失うのが怖いの。




 私の言葉を聞いたセオドア様は、クスッと小さく笑う。


「そんなわけないだろう? 私は君の容姿に惚れたんじゃない。あぁ、いや、もちろん君のことは美しいと思っているけど……」

「……」

「私は、君の中身を好きになったんだから。双子だからって、心変わりすることはないよ」


 ……それなら、セオドア様が好きなのは、結局モニカってことになるじゃない。





 胸がギュッと苦しくなる。


 私は一体、何がしたいんだろう。

 どうするのが正解なのだろう。


 何度も何度も、ずっと同じことを考え続けている。けれど、答えは出ない。




 私が俯いて黙っていると、セオドア様はゆっくりと立ち上がりながら、私に優しく語りかけた。


「明日も早いし、そろそろ眠ろう。じゃあ、おやすみ。……愛しているよ、シル」

「……はい、おやすみなさい」






 やっぱり一生明日が来なければいいのに、なんて、馬鹿な私ね。


 ***


 ____コン、コン、コン……


「おはようございます。朝の支度のお時間でございます。体調はいかがですか?」

「どうかしら……なんだか、緊張して上手く眠れなくて」

「ふふ、今日は大事な日ですものね。私共も大変楽しみにしていたんですよ」

「…………そうね」





 ……とうとう、この日がやってきた。


 いえ、やってきてしまったという方が正しいのかもしれない。


 今日はこの教会で挙式をした後、この侯爵邸で、盛大な披露宴が行われる。主催はもちろん侯爵家。


 本当なら、人生で一番幸せな日。


 でも、私にとっては今までの人生で一番……怖くて、来て欲しくなかった日だわ。




 挙式ではセオドア様とモニカが接触することはないけれど……その後の披露宴では、そうはいかないでしょうね。


「無事に、終わりますように……」


 私がぽつりと呟くと、侍女は笑いながら口を開いた。


「きっと素晴らしいお式になりますよ」



 ***



「……では、誓いのキスを」


 ____広い教会で神父様の声が響いて、セオドア様が私のベールを捲る。


「シル……とても、綺麗だ」


 セオドア様は穏やかな笑みで小さくそう言ってから、私に口付けた。


 ……唇の感触って、こんな感じなのね。


 私は真実を黙ったまま、神に愛を誓っている。

 本当に、酷い話だわ。





 会場に盛大な拍手が響き渡る。


 その心からの祝福が、私の罪悪感をジクジクと刺激した。





 モニカは今、何を想っているのかしら。




 ……その答え合わせの瞬間は、案外すぐに訪れた。


 教会から馬車で侯爵邸の庭園まで移動して、お互いの親族が顔を合わせた瞬間。

 モニカがスッキリしたような顔で、パチンと手を叩いたのだ。



「あぁ! 式の最中からどこかで見たことがあると思っていたのですけれど……セオドア様はもしかして、先日のパーティー中に庭園で出会った方ですよね?」

「………………え?」







 ____その瞬間、積み上げてきた全てが崩れ落ちる音がした。


 さっきまで和やかだった空気が、一気に張り詰めたものに変わる。


 セオドア様がゆっくりと私の顔を見た。その瞳は困惑でいっぱいになっていて、まるで迷子の子供のような表情をしている。


「シル……? 一体、これは、どういう……」

「……きっと、セオドア様が考えていることと相違ないですわ」

「君は、知ってたのか……?」


 淡々と答える私に、セオドア様が苦しそうに眉を顰める。

 私はもう、なんだか笑うことしかできなかった。


「はい。気付いておりました。セオドア様がモニカと私を勘違いして結婚なさったこと」

「……でも、ハンカチにはシルヴィアの刺繍が……!」

「ハンカチは私のものですわ。モニカが間違えて持っていってしまっただけで……」


 私がそう告げると、セオドア様は呆然とした様子で立ち尽くしてしまった。


 そんな中、モニカはこの状況からすべてを察したらしい。口を掌で覆って、「私のせいで」と小さくつぶやいた。


「モニカ、それは違うわ。私が言い出せなかったのが悪いの。あなたのせいじゃない」

「でも、姉さんを傷つけたわ」

「嫌ね、傷ついてなんか、」

「嘘よ! 泣きそうな顔してるもの……」


 モニカにそう訴えかけられて、初めて自分がうまく笑えてないことに気が付いた。






 もう、全部ぐちゃぐちゃだ。私、何がしたかったのかしら。

 だからこうなる前に、真実をセオドア様にお伝えするべきだったのに。


 きっと、天罰ね。これは。


「……どうして黙ってたんだ……!?」


 セオドア様の、悲痛で静かな叫びが鼓膜を揺らす。

 私は無理やり口角を上げて、ゆっくりと頭を下げた。


「申し訳ございません。もう、二度とあなたの前には現れません。……離縁いたしましょう」

「…………え?」

「そして……セオドア様が本当に求婚したかった相手であるモニカと、どうか幸せになってください」

「ちょっと姉さん!? 待って!!」


 震える声でそれだけ告げると、私は逃げるようにその場から走り去った。……逃げるようにというか、逃げた。


 これ以上、惨めな思いをしたくなかった。


 そして何より、ショックだった。セオドア様にあんな瞳で見つめられたのは、初めてだったから。

 人を失望させることの怖さなんて、誰よりもよく知っているはずなのに。


 それからモニカ達が乗ってきた伯爵邸の馬車に強引に乗り込んで、「走って! 伯爵邸まで!」と命じる。御者はわけが分からないといった顔をしていたが、私の迫力に負けたのかすぐに馬車が動き出した。








 そうしてようやく一人になれた私は、やっとゆっくり呼吸をすることができた。

 最低なことだってわかってる。花嫁が披露宴から走って逃げるなんて、とんだ醜聞よね。


 それに、モニカと間違えて求婚されたことだって周りにバレてしまったでしょうし、明日からきっと私は笑い者。どこにも居場所なんてないし、社交界に顔を出すことなんてできない、絶対に……。


 両親にも、悪いことをした。伯爵邸に向かってはいるけれど、最悪追い出されてしまってもおかしくない。


 それくらい、馬鹿なことをした。







「あら……?」


 瞳から、私の意志とは関係なく雫がぽたぽたと落ちて、ウエディングドレスを濡らしていく。


 堪えようと思っても涙はどんどん溢れてきて、たぶんメイクもぐしゃぐしゃだろうな、と思った。


「夢みたい……だったなぁ……」


 そうつぶやいた言葉は、馬車が走る音にかき消されてきえてしまった。




 ***


 ____あの悪夢のような披露宴から、どのくらい時間が経ったのだろう。


 私はあの日から、ずっと伯爵邸の自室に閉じこもっている。

 侍女や使用人とも目を合わせるのが怖くて、信頼している必要最低限の侍女しか部屋に入れていない。


 ……あの場は結局、両親が場を収めてくれたのだと聞いた。

 詳しい話は聞きたくなかったから、詳細はよくわからないけれど……。


 両親はこんな私にも案外優しかった。

 絶対に怒られることを覚悟していたのに、「しばらくは社交界に顔を出さなくて良い」と、それだけ。


 呆れられていたのかもしれないし、同情していたのかもしれない。


 そしてモニカは……どうしたらいいのかわからないのだろう、意外にも部屋を訪れることはなかった。

 ……いえ、もしかしたら……私の知らない間に、侯爵邸へ嫁いだのかしらね。



 でも、それでよかったの……セオドア様が好きだったのは、モニカだったんだもの。



「これで、よかったのよ……」


 私がポツリとつぶやいた、次の瞬間。



 バン、と大きな音を立てて、自室の扉が開けられた。


「全然よくないわ!」

「!? モニカ……!?」


 ずっと音沙汰のなかったモニカが、突然部屋に入ってきたのである。


「モニカ、あなた侯爵邸に嫁いだんじゃ……」

「そんなわけないじゃない! 姉さんこそ、ずっと部屋に閉じこもって……ねぇ、このままで本当にいいの?」


 入ってくるなり真剣な眼差しでそう問いかけてきたモニカに、私は何も言えなかった。

 そもそも、モニカは侯爵邸に嫁いで、いなかったの……?


 どうして……。






 モニカが話を続ける。


「……姉さんは、まだ若いわ。人生これからよ。ねぇ、私と一緒に今日のパーティーに顔を出さない?」

「そんなこと……できるわけないわ。噂だって広まっているでしょうし、もしセオドア様がいらっしゃたら……!」

「大丈夫よ」

「何が大丈夫なの!?」

「たとえ誰が何を言ってきても私が守るわ。それに……いえ、とにかく行きましょう。私からの、本気のお願いよ」


 モニカは、本気だ。


 いつもにこにこ笑っているモニカがこんなに必死な表情で何かをお願いしてきたのなんて、初めての経験だった。


「お願いだから、行くって言って……」


 祈るように、モニカが言葉を零す。


 私はその姿に……いえ、モニカに根負けして、つい「わかったわ」と言ってしまった。

 行くつもりなんて、なかったのに。


「っ、本当!? じゃあ、三時間後に姉さんの部屋で集合よ! 絶対だからね!」


 モニカはパッと顔を明るくさせてそう言うと、バタバタと部屋から出て行った。




 覚悟を決めなきゃいけないのね。まぁ、まさかセオドア様がいらっしゃることはないでしょうし……いつも通り、壁の花になってやり過ごすしかないわ。モニカが何を考えているのかはわからないけれど……約束は、守らないと。


 ……何か言われても、手を出さないようにしなくちゃね。






 私はそれだけ心に決めて、支度のために急いで侍女を呼んだのだった。


 ***


 ____久しぶりの舞踏会の空気は、私には重すぎる。


 ここまでくる馬車の中の空気だって随分重かったけれど……会場はやっぱり段違いだわ。

 それに私は聞いていなかった。モニカのいうパーティーが、ルディントン侯爵家主催のものだなんて……!

 知っていたら、絶対に来なかったのに。モニカ、私にわざと黙っていたのね。


 そもそも今日はお父様がいないのに、一体誰がエスコートをしてくれるの?






 ……怖い、怖くて仕方がない。


 言われるがまま、ここまで来てしまったけれど……私に居場所なんて、もうどこにもないのに。

 一体モニカは何が目的だっていうのかしら。それも、セオドア様の家のパーティーだなんて……。



 そんなことを考えている間に、私たちの入場の番が来てしまう。

 どうしようと思っていると、モニカが静かに手をこちらに差し出してから「今日は私がエスコートしてあげる」と笑った。


「エスコートって……あなたも令嬢でしょう」

「いいのよ、そんな形式なんて気にしていたらつまらないじゃない。許可はいただいているから、大丈夫よ」

「許可って……ちょっとモニカってば……!」


 モニカが強引に私の手を取って、会場へ入っていく。仕方なく私はエスコートされながら、一緒に会場へ足を踏み入れた。


 ____視線が突き刺さる。


 それは私たちが常識破りな入場をしているからなのか、私の噂が広まっているせいなのか……いいえ、きっと両方だわ。こんな風に悪目立ちして……。







 案の定、入場してすぐに知らない貴族が私たちのもとへ近づいてくる。

 それから私たちを……いえ、私の顔を見ながら、ニタニタとした笑みで話しかけてきた。


「これはこれは、プリムローズ伯爵令嬢ではありませんか。聞いたところによると、シルヴィア様の方はモニカ様と間違えてご結婚なされたんだとか……。おっと申し訳ない、もう離縁されたのかな?」



 ……バカバカしい男ね。名乗りもせずに、わざわざそんなことを言いに来たの?

 でも、これは想定内よ。適当に、いつもみたいに受け流せばいい。


 _____そう思っていたのに。





「私の姉さんを侮辱するつもり!?」

「モ、モニカ……?」


 いつもは社交の場で絶対に声を荒げることなんてしないモニカが、鬼のような形相でそう叫んだ。


 これにはさすがに男も驚いたのか、しどろもどろになって言葉を返してくる。


「い、いや……私はただ事実を言ったまでで……」

「事実? ふざけないで! 知っているのよ、あなた奥様に出ていかれたのですってね! だからこんな風に姉さんで憂さ晴らししようとしているんでしょう! 本当に、器の小さな男!!」

「なっ……! この、小娘がっ……!」


 モニカの怒号と共に、男の顔色が真っ赤になった。

 まずい、怒らせている。このままでは、モニカが危ない。





 そして次の瞬間、男が手に持っていたグラスを思いっきり振りかぶるのと同時に____私は右足を高く上げて、男の顎に思いっきり蹴りを入れてしまっていた。


 ……また、やってしまった。


 高く蹴り上げられた右足に、ゆっくりと後ろに倒れていく男。


 絶対に何を言われても手は出さないと決めていたのに……私ったら何をやっているのかしら。


 頭が真っ白になって、手足が冷えていく。

 やっぱり帰ろうと思って会場出口に目をやる。


 すると、そこには……私が一番会いたくない方が立っていた。



 ____なぜ、こんなところに?

 いえ、彼の家が主催のパーティーなんだもの、いるのが当たり前よね。

 それより、今のを見られてしまった。


 どうしよう、私、またとんでもない姿をお見せしてしまったわ。


 私の混乱を余所に、彼は早足でこちらまで近付いてくる。


 私は動かなきゃと思うのに、体が強張って何もできないでいた。



「久しぶりだね、シルヴィア嬢……いや、シル」

「セ、セオドア、さま……」

「今日は君に言いたいことがあって、モニカ嬢に無理を言って呼んでもらったんだ」

「な、なぜ……! もう会わないとお話ししたではありませんか!」

「私は同意していないよ」


 セオドア様がきっぱりと言い切って、私の手を取った。


「シル……私は、どうしても君に謝りたい」

「……え?」


 一瞬どういう意味かわからなくて、セオドア様の手をぎゅっと握りしめる。

 セオドア様は真剣な顔をして、ゆっくりと口を開いた。


「本当に……すまなかった。君とモニカ嬢を間違えたせいで、私は君のことを深く傷つけた」

「そんな……黙っていた私が悪いのです!」

「いいや、そもそも私が勘違いをしていなければ、あんな事態は起こらなかったんだ。まずはそのことを謝罪させてほしい。モニカ嬢にも、散々叱られてしまったしな」

「モニカが……?」


 セオドア様が恥ずかしそうに頬を掻く。

 モニカがセオドア様に怒る姿なんて、まったく想像がつかない。


「そして、もう一つ君に伝えたいことがあるんだ」

「……なんでしょうか」


 ____今度こそ、モニカとの結婚報告とか、かしら……。

 さっきの話ぶりだと、モニカとセオドア様は二人で会っていたようだし……


「シル、私は、いや私たちは……」


 セオドア様が緊張した面持ちで言葉を紡ぎだした、その瞬間。

 先ほど私が蹴りを入れた男がゆらりと立ち上がったのが見えた。


「危ない!」


 私は咄嗟にセオドア様を抱き寄せてから、殴りかかろうとしてきた男にもう一度蹴りを入れる。今度はさっきのように手加減はせず、本気で。


 男はうぐ、と苦しそうに呻いてから、今度こそ意識を失ったようだった。


「……危なかった……セオドア様、お怪我はありませんでしたか? セオドア様?」

「だ、大丈夫だ……から、まずはその、腕を離してくれると嬉しい」

「も、ももも申し訳ございません!!!」


 私はその時初めて、セオドア様のお顔を自身の胸に押し付けていたことに気付いた。なんてはしたないの、私……!!


 セオドア様も怒っていらっしゃるのか、お顔が耳まで真っ赤に染まっている。


「こほん! その、改めて君に伝えたいことがある」

「はい、なんでしょう……?」

「まず、私と君は離縁していない。私たちは夫婦なんだ」

「え……?」

「伯爵とも、両親とも話し合った。私の今の気持ちを伝えたうえで、私は再び君と暮らしたいと思っている。なぜだかわかるか?」

「わ、わからない……ですわ」


 セオドア様の真剣な眼差しが、私を困惑させる。

 離縁していないってなぜ……。セオドア様は、モニカのことが好きじゃないの?


「簡単だよ。私は、君のことを好きになったんだ」


 手を、ぎゅっと握られる。


 私はわけもわからずに、黙って目を見開いた。


「シル。確かに始まりは、勘違いだったかもしれない。でも、今はその勘違いに感謝している。君を知ることができたから」

「な、なにを……セオドア様も見たでしょう!? 私は、男性を足一本で倒してしまうような、はしたない女なのですよ……?」

「はしたなくなんかない。盗賊から守ってくれたときもそうだ。戦う君は誰よりも美しい。私は、妹や私……いや、人のために勇敢に戦う努力家な君に惹かれている。始まりは浮ついた恋だったとしても、私はいつの間にか君を愛してしまっていたんだ」

「う、嘘です、そんなの……!」

「嘘なんかじゃないよ。モニカ嬢にも両親にも伯爵にも、この想いは認めてもらっているんだから」


 私はもう、口をパクパクと動かしては、あ、だのう、だの情けない声を漏らすことしかできなかった。


「だから、シル、いや、シルヴィア嬢……私と、」


 ____その瞬間、盛大なオーケストラの演奏が始まった。


 あまりの間の悪さに呆気にとられていると、モニカがおかしそうに笑いながら、「セオドア様、姉さんは私がもらいますわ」と私の手を引いてダンスホールに駆け出した。


「モ、モニカ!?」

「ふふ、実は私、男性パートも踊れるの。今日のために練習したんだから!」


 モニカのリードに合わせて、私もステップを踏む。

 二人分のドレスがふわりと舞って、不思議な感覚だった。



「見て、姉さん! 周りの人たちったら、ぽかんとしてるわ!」

「当たり前じゃない! もう、モニカったら……!」

「いいのよ、だって明日から、姉さんのことを悪く言う人は誰もいなくなるわ! だから今はただ、楽しめばいいの!」

「そんなこと言って……それに、セオドア様を叱ったって、いったい何を言ったの?」


 私がそう問いかけると、モニカはふふ、と笑った。


「あら、ちょっと平手打ちしただけよ。姉さんを傷つけたことも、私と姉さんを見分けられていなかったことにも腹が立ったんだもの」

「平手打ち!? あ、あなたが!? というか、なにしてるのよ!」

「それくらい、姉さんのことが大切なの。だって姉さんは雑に扱われていい人じゃない。綺麗で、完璧で、自慢の姉さんなんだから! ほら、周りの貴族たちも……いつの間にか私たちに見惚れてるわ」


 そう言ってモニカは私をくるりとターンさせてから、曲の終わりに合わせて丁寧にお辞儀した。


 ……なんだか、さっきとは違う意味でとんでもないことをしている気がする。







 ダンスホールの中央でぼうっとしていると、今度はセオドア様がカツカツと革靴の音を鳴らしながら、私の前に来た。



 それから、上気した顔で私にこう叫んだのである。


「シル! やはり君は誰よりも美しい!! 私と結婚してくれ!」


 わぁ、と歓声が上がる。私は顔に熱が集まるのを感じて、いっぱいいっぱいになりながらも返事をした。


「も、もう結婚しておりますわ!!」










 次の日の新聞。一面を飾ったのはセオドア様のプロポーズ……ではなく、私とモニカのダンスだった。

 そのせいか、セオドア様が少し拗ねた様子でもう一度プロポーズをしてくれたのだけど……それはまた、別の話ね。

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モニカいい娘だなあ!!!そりゃあ好かれるわ!!
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