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あなたが愛した私はもういません  作者: 御伽噺


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エルミナの英雄 エリアス・シュタイン。

エルミナ王国で彼の名を知らない民はいないだろう。


エルミナ王国騎士団・団長 エリアス・シュタイン。防衛の要であった都市レグナードが隣国に攻め落とされようとしたとき、当時十七歳で傭兵をしていた彼は二百の傭兵を率いて勝利に導いた。レグナード防衛戦での功績で英雄と称えられ平民でありながら伯爵の地位を得た。その後も数々の戦で功績を残し、二十二歳という若さで王国騎士団長となった。これがエリアス・シュタインが英雄と呼ばれる所以である。


そんな彼は暖炉の火がぱちぱちと音を立てる書斎で積み上げられた書類に目を通していた。処理しても処理しても減らない書類に眉間にしわを寄せ、怪訝な顔をしている。


「エリアス」


柔らかな声が聞こえた瞬間、先ほどまでの表情が簡単に崩れる。


「どうした?」


顔をあげると窓辺に座っている妻のリディアがこちらをみていた。長い栗色の髪と優しい緑色の瞳を持つ女性。彼女と最初に出会ったのはエリアスの最初の功績であるレグナードだった。彼女はレグナードでの戦争で家族を失い、帰る場所を失っていたところ教会に身を寄せていた。家族を失い、自分自身も辛い立場であるはずなのに負傷した兵を手当てしてくれていた。そんな優しさに一目惚れし、2年の交際を経て結婚した。


「さっきからずっとお仕事ばかりですね」


「明日から遠征だからね、今日中に片づけてしまわないと」


「だからと言って休まずに私を放置していい理由にはなりませんよ」


そういって頬を膨らませる。その姿がかわいらしく、愛らしくてエリアスは思わず笑みがこぼれた。


「怒っているのか?」


「少しだけ」


「困ったな」


「全然困っていない顔をしていますよ!」


「バレたか」


リディアは呆れたようにため息をつく。だがその口元には笑みが浮かんでいた。こういう何気ない時間が好きだった。夫婦になって三年、恋人だった期間を含めると五年。それでも二人は飽きることなく言葉を交わし、笑いあっていた。それゆえに王都では理想の夫婦だと有名だった。


「本当に三か月で帰ってくるんですか。」


リディアは不安そうな顔で尋ねる。


「帰ってくるよ」


「前はそういって五ヶ月かかりました」


「あれは想定外のことがあったんだ」


「今回も想定外が起きるかもしれませんよ」


「ないね」


即答だった。リディアは思わず吹き出す。


「どうしてそんなに自信満々なんですか」


「帰りたい理由があるからだ」


「理由?」


エリアスは立ち上がり、リディアの左手を取り、薬指に輝く結婚指輪にそっと唇を落とした。


「ここにある」


リディアの頬がみるみる赤くなる。結婚して三年も経つのに、涼しい顔をして甘い言葉を吐くこの男。嬉しいけれど困ってしまう。だけどそんなところがとても愛おしい。


「…ずるいです!」


「なにが?」


「そういうところです!」


エリアスは意味が分からないという顔をした。リディアはさらに顔を赤くする。

こんな可愛い反応をするエリアスを見ているとますます離れるのが嫌になってしまう。

明日から三か月も。エリアスはたった三ヶ月だというが三か月は長すぎる。


「帰ってきたら海を見に行こうか」


「急ですね」


「前に行きたいと言っていただろう?」


リディアは目を見開いた。半年前に何気なく口にしたことだったから。海を見たことがないから一度見に行きたいと。まさか覚えていると思わなかった。


「覚えていたんですか?」


「当然だ。俺がリディアのことを忘れると思うか?」


エリアスは少しだけ眉をひそめた。その言葉にリディアは笑った。この人が私のことを忘れるはずがないと。


「約束ですよ」


「ああ」


「破ったらおこります」


「それは怖いな」


二人は笑いあった。

暖炉の火は揺れて、外には真っ白な雪が降り積もっていた。穏やかな夜だった。


ー同時刻

王都の裏路地にあるとある邸宅で一人の男が笑っていた。

机の上には一枚の写真が置かれている。写っているのはリディアだった。男は写真を手に取り、そっと口づける。執着するように、愛でるように。


「どうしてあいつなんだ」


二人はまだ知らなかった。

運命の歯車が、音を立てずに狂い始めてることを。

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