普通の超一流ガチパーティー
勇者の兜に続き勇者の盾も取り戻したチエ。
オオカグツチに加えてオオワダツミをも調伏したヒロシ。
二人は霊錨角のある山から下り、大きな街に入った。
当然ながら霊錨角に向かう前に滞在していた街であったため、戻ったということである。
装備がズタボロ、持ち込んだ薬もほぼ使い切った。
そのような状況でもそろって生還したことで、街の神官たちは大いに沸いていた。
流石にお祭りを開くのは無理だが、神殿内でお祝いをしようという流れになっている。
チエもヒロシも悪い気はしなかったので受けることにした。
今回は装備がほぼ破壊されていたため、二人とも神殿で新しい服を都合してもらい、神殿内の食堂でゆったりと休憩している。
二人は小さなテーブルで向き合い、椅子に座ってお茶とクッキーを食べていた。
「ヒロシさん。一応言っておきますが、クッキーが美味しいとしても食べ過ぎちゃいけませんよ? これからパーティーなんですから、たくさんのごちそうが来るんです。クッキーを食べ過ぎてお腹いっぱいになるのは失礼でしょう。私は昔、ガイアさんに叱られたんです」
「ん、そうか」
「かといってまったく食べないのも駄目ですよ。パーティーでは私たちが主役なんですから、たくさんの人が挨拶してくれるんです。しばらく食べる時間はないと思ってください。夜のパーティーに向けて朝ごはんも昼ごはんも食べなかった私はそれで失敗したことがあるんです。ティアさんに笑われて泣いちゃいました」
「そうか……」
二人の目の前にあるのはクッキーだが、山もりというわけではない。
二人が普段から運動していることもあって、一人で全部食べたとしても満福にはならないだろう。
それでも口にしたのは、それだけ彼女がリラックスしているということだ。
「ずいぶん上機嫌だな、相棒」
「それはもう……いえ、私ももうお姉さんですから、そんなに上機嫌じゃありません」
「いやいや~~、そんなことねえだろ」
「もし仮に上機嫌なのだとしたら、兜と盾を手にしたことでしょうねっ!」
むふう、と誇らしげなチエ。
彼女は現在椅子に座っているのだが、その足が床についている。
もちろんただの椅子であり、彼女の足が床についていることは何ということのない話だ。
彼女が順当に成長し、手足が伸びているというだけのこと。
彼女はそれが誇らしかった。
「残るは護符と鎧。勇者として一人前になりつつあるということですよ! 一人前の勇者! それは一人前の大人と言っていいんじゃないでしょうか!?」
「食い気味だな。だが俺からすれば相棒はずっと立派な勇者様で大人様だぜ。体以外はな」
「体は体で大事じゃないですか!」
「体なんて飯食って寝てりゃ一人前になるんだよ。それよりほかのことが大事だと思うがねえ」
「む、むぅ~~……!」
ヒロシが何を褒めているのかはわかっている。一生懸命頑張っていることを褒めてくれているのだろう。それはそれで嬉しいが……。
「か、体だって……」
「あ、あの……失礼ですが、よろしいでしょうか!?」
神殿内の食堂で食事をしていたからだろう。
スキルビルダーらしき女性が声をかけて来た。
若いと言っても二十代後半ぐらいの年齢である。
成熟した雰囲気を持っていた。
彼女はとても興奮した様子でチエへ話しかけてくる。
「もしや貴女様は勇者チエ様ですか!?」
「なぜ判ったのですか!?」
(こんだけでっかい声で話していりゃバレるだろ)
チエが勇者だとわかると、彼女は大いに詰め寄ってくる。
「私、キャラクターメイクを完成させた治癒師なんです! ぜひ仲間に入れてください!」
「仲間に入れる……?」
仲間という言葉にあまりいい印象を持っていないチエではあるが、それは自分個人の感想であるとわかっている。
それでもあんまり愉快になる言葉ではない。
またいきなり仲間に入れてくれと言われても困る。
勇者の仲間に入りたいというのは一般的な感性からすれば普通だし、キャラクターメイクを完成させているのなら一人前ではあるだろう。
しかし初対面の相手に向かって仲間に入れてくれというのはいかがなものか。
しかし自分もスモモ・ヒロシへ一緒に冒険をしてくれと誘ったわけで、その点を突っ込むのは変な気がする。
というか治癒師はもういるわけで、もういらないのだけども……。
そのような考えが彼女の脳を高速で駆け巡っていた。
(なんか既視感があるような、ないような……)
一方で広は、この後の展開を想像しようとして……なぜか漠然と嫌な予感を覚えていた。
「狂気のソロヒーラー、スモモ・ヒロシは、治癒師なのにヒールが使えないと聞きます! その点私は……普通のヒーラーです!」
ここで彼女は自分の努力を誇示した。
「パッシブスキルはMP最大値上昇やMP回復、回復効果向上、効果範囲拡大、射程距離延長、詠唱時間短縮。アクティブスキルはヒール、セットボーナスの状態異常治癒を習得しています! その上タロットカードも恋人や運命の輪、愚者まで習得しているんです!」
ごく一般的な治癒師のキャラクターメイクであり、完成形にして到達地点。
手を加える必要のない王道構成である。
「私の方がお役に立ちますよ!」
「……む! 失礼ですよ、貴方は!」
勢いよく立ち上がったのはチエであった。
興奮しているヒーラーを押し返すように近付き、猛烈に抗議する。
「この人は私の相棒です! 既に冒険を越えてきました! 貴方もキャラクターメイクを完成させた人なら、冒険を越えることの大変さや一緒に旅をする仲間の大事さもわかっているはずです! それなのに……それなのに! 他の人の相棒を指さして『私の方が役に立ちますよ』とは……本当に失礼ですね!」
「で、ですが……役に立つのは本当ですよ!? 超邪道のスキルビルドに走った人より、普通のスキルビルドを極めた私の方が役に立ちます!」
チエが抗議をするも、彼女もまた引き下がらない。
自分が有用であると自負するからこそ、断固として譲ろうとしない。
大きな騒ぎになり、やがて周囲に人が集まってきて……。
「おい、お前! 何やってるんだ!」
血相を変えた若者たちが彼女をぶん殴った。
一瞬で気絶し倒れそうになる彼女を、一人の若者が抱える。
「勇者様! 仲間の無礼、お許しください!」
「コイツは実力があるんですけど、名前があんまり売れてないんで劣等感を抱えていたんです!」
「勇者様の仲間になりたいなんて言い出して……悪気はなかったんです!」
「不愉快にさせてしまったことは謝ります! 俺たちはこのままこいつを連れて町を離れますので、どうかご容赦を!」
「失礼しました~~!」
若者たちは大慌てで神殿を出ていく。
おそらくこのまま、街の外まで走っていくのだろう。
いろんな意味で美しい姿であった。
「なんだったんでしょうか……?」
「戦略的撤退って奴じゃねえか?」
あまりにも美しかったため、チエも毒気を抜かれていた。
ついさっきまで激怒していたのに沈静化している。
冷静になった彼女は、ヒロシがあんまり怒っていなかったことに気付いた。
「あの……ヒロシさん、怒らないんですか? 初めて会った時なんて『俺にサポート役になれだと!? アイテム係になれだと!?』とか言って怒っていたじゃないですか。今は怒らないんですか?」
「あ~~……ん~……そうだな、昔ならな。でもな~~……今はほら、回復役の大変さもわかってるつもりだ。アイツだって自負する程度にゃ苦労したんだろうよ。そう思ったら怒る気にならなくてな」
以前のヒロシにとって、普通の治癒師など仲間に守られるだけの軟弱者であった。
だが自分が回復役になってみると、これはこれで辛いとわかる。
同じ立場になってみないとわからないことはあるのだ。
「それにな、相棒が怒ってくれたから十分だったよ。正直うれしかったぜ」
ヒロシは大きな手でチエの肩に手を置く。
にっこりと嬉しそうに笑う彼に、チエは照れてしまった。
機嫌も一気に戻っていく。
「相棒ですからね! むふっ」
「おいおい、そんな顔してたら誰も仲間になってくれなくなるぜ」
「相棒がいますし、仲間もいますからもう要りません」
「とんだ勇者サマだ」
これから彼女を讃えるためのお祝いが始まるのだが、もうすでに彼女は上機嫌になっていた。
そんな彼女を見て、ヒロシもまた安心した顔をしていた。
※
一方そのころ。
スキルビルダーのパーティー『フォクス』たちは町を離れて山の中を歩いていた。
治癒師一人が不機嫌そうな顔をしており、他の五人はとても疲れた顔をしている。
「あのさあ、なんでこんなに慌てて街を出ないといけないの!? そんなに悪いことした!?」
「したよ。超したよ。だから黙ってろよ……」
「お前さあ、何にもわかってねえなあ。相手は勇者サマと、その相棒のソロヒーラー様だぞ? もめ事を起こしたらギルドと神殿の両方から詰められるんだぞ?」
「どう考えてもお前が悪いんだし、俺たちが冷遇されるに決まってるじゃねえか」
治癒師の彼女が暴走したことによって、フォクスの六人は夜逃げ同然に町を出ていた。
治癒師は抗議しているが、他の五人は一切迷っていない。それだけ酷い状況なのだが、客観的にそうであるという事実に彼女は苛立つ。
「なんで超邪道ビルドが評価されているのよ……おかしいじゃない」
「その超邪道ビルドとお前に互換性あんの? クラスが一緒って言ったって、スタイルは全然別物じゃねえか」
「勇者サマだってバリアとかが使えるわけじゃないんだぞ。お前ひとりが仲間になっても巻き添えで死ぬだけだよ」
「それはできないけど、アンタたちと一緒ならできると思ったのよ!」
「……待て。お前もしかして、俺たちも『勇者の仲間』に入れるつもりだったのか!?」
「そっちの方が迷惑だぞ! ふざけるな! せめて相談しろよ!」
普通なら自分一人で勇者の仲間になろうとすることを咎めるだろうが、今回は逆であった。
フォクスの五人は勇者の仲間になることを拒んでいる。
「相談している暇なんてなかったのよ。それより……ねえ、本当にいいの? 私達このままでさ」
この場にいる六人は、全員がキャラクターメイクを完成させている。
自己の限界まで鍛えぬいているということだ。
もちろん最高の武装をしているし、それ以上に報酬を得ている。
これはスキルビルダー全体の中でも一パーセントにも満たない、上澄みの中の上澄みだ。
普通はその前に死ぬか、もっと適当なところで妥協している。
現在の彼らの地位を地球で例えるのなら、メジャースポーツの一部リーグの一軍と言ったところだろうか。
とんでもなく素晴らしいことだが、スター選手ではない。
上位一パーセントということは、百分の一でしかないのだ。
「負けたくないのよ。物珍しいだけが売りのソロヒーラーなんかに」
以前のヒロシからすれば自分以外のヒーラーなど、守られているだけの回復係に過ぎなかった。
自分のように単独で強くなる苦労を経ず、安寧に奉納品を得ていただけのサボり魔だ。
だが他のヒーラーからすれば、ヒロシこそが理不尽な存在だった。
有名になっている、スターとして扱われている。
大きな街で暮らす一般人すら彼の特異性を知っている。
ギルドも彼を重用し、勇者すら彼を仲間に誘うほどだ。
「そりゃね! アイツだって頑張ったんでしょうよ。でも私たちだって、アイツに負けないぐらい頑張ってきたじゃない! それなのに『強いパーティーの一つ』扱いなのよ!? 昔救った村に立ち寄った時も、『昔実力派パーティーが助けてくれたのよ』って……顔も名前も憶えられてないのよ!?」
警察官に助けてもらった市民が、警察官個人の顔を覚えているだろうか。
警察という組織に属する人に救ってもらえた、としか思わないのではないか。
彼女だって出会うすべての人を一々覚えているわけではない。
だがだからこそスターになりたい、傑出した存在になりたいと吼えるのだ。
そのモチベーションがあるからこそ、彼女はここまで上り詰めたのだ。
誰も彼女を笑うまい。
そこらの夢見る小娘が言うのではなく、キャラクターメイクを完成させた超一流のスキルビルダーが言うのなら、その資格はあるのだ。
だがそれでも、彼女の仲間たちはすっかり呆れていた。
「……お前はソロヒーラーが嫌いだから噂を詳しく聞いてないんだな。アイツはマジでおかしいんだぞ?」
「物珍しいってだけで有名になるわけねえだろうが……よく考えろよ」
狂気のソロ殴りヒーラー。縮めてソロヒーラー。
そう呼ぶだけでスモモ・ヒロシだと誰もが分かる。
まさにスター。ネームドと呼ぶに値するこの時代の有名人。
「アイツが有名なのは、相応に実力と実績があるうえで……戦い方がおかしいからだよ」
「そうやって畏怖される存在になりたいって話じゃないの!」
「だから、実体があるから畏怖されてるんだって。俺たちはただのガチパーティーだろ? ぶっちゃけ個性なんてないじゃん。畏怖される要素ないだろ」
「有名無実っていうか、実力に反して有名ってんなら鈴木他称戦士隊のほうが酷いだろ。強さ以上に有名なんだからさ」
「いや、今のアイツらはヤバいらしいぞ。なんでも英雄の試練を受けているとか……」
「マジで!? あれって相応の理由がないと試験を受けること自体できないんだろ!?」
「アイツらの話はいいでしょ! それよりも……なにかこう、デッカイ任務をこなして、名前を上げましょうよ! アイツがやったみたいに、他の超一流パーティーが受けないような危険な仕事をこなしましょうよ!」
「あのな……だから! ソロヒーラーが受ける仕事ってのはなぁ! マジのマジのマジでヤバいんだよ! だからそれを掃除みたいに片付けるソロヒーラーが重用されてるの! 分かれよ!」
道なき道を強行軍で進む六人。
無理に街を出たため、彼らの装備は十分とは言えなかった。
もちろん道もまともに進んでいない。
それでも彼らは超一流パーティー。
道中でどれほど危険なモンスターに遭遇したとしても返り討ちにしてしまうだろう。
よほどの事故でも起こらない限り。
助けて
助けて 助けて
助けて 助けて 助けて
助けて 助けて 助けて 助けて
助けて 助けて 助けて 助けて 助けて
助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて
「ん、なんか霧が出て来たな」
「おい、でっかい洋館があるぞ」
「ちょうどいいな、休ませてもらうか」
「野営の準備もしてこなかったですもんねえ。一泊世話になりますか」
事故は起きるべくして起きる。
助けて! 助けて! 助けて!
彼らがその洋館から出ることは無かった。