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タイトル回収

 チエとヒロシは旅の途中で大きな街に立ち寄った。

 勇者であるチエは身分を隠して入ったため大騒ぎになることは無かったが、それでも街の中央にあるスキルツリーの神殿では歓迎をされた。


 田舎の神殿のように『テント』のような粗末な作りではない。

 多くの神官が生活する、立派な宗教施設であった。


 神殿の長は比較的若い女性であり、部下たちを引き連れて、神殿の奥、スキルツリーの前で『勇者』へ礼をとる。


「勇者チエ様。ようこそお越しくださいました。古代神から兜を取り戻すという難行、成し遂げたと聞いております」

「私一人の力ではありません。共に戦ってくださった、このヒロシさんのおかげでもあります」

「なに、俺は大したことはしてねえよ。お前さん方が想像するように、このチエサマが頑張ったおかげだ」


 神殿にとって特別な存在である勇者を相手に不遜な態度をとる、女嫌いで有名な男。

 しかし神官の誰もが、彼に反論や反感を覚えていなかった。


「……旅が順調なようで何よりです。それでは装備の修理、ということでよろしいですか?」

「はい。戦いが続くので、修理をお願いしたいのです」

「承知しました。それではご休憩のための宿を特別に用意しております。どうぞそちらでおくつろぎください」

「ありがとうございます」


 勇者の兜や勇者の剣は、特別であるため壊れることは無い。

 ヒロシのメイスは特別な神を宿しているため、うかつに他人へ預けられない。

 だが他の装備は修理を必要としている。

 チエは装備を外すべく、いったん別室へ向かって行った。


 ヒロシも別室へ向かい、装備を外そうとした。

 しかしそこで、神殿の長である女性が引き留める。


「ソロヒーラー、スモモ・ヒロシ様。改めて、お礼を申し上げさせていただきます」

「……ん?」

「勇者チエ様の辛い旅を貴方が支えてくださっていること、心より感謝しているのです」


 未だに女性に対しては思うところがあるのだが、下手に出られれば悪い気はしない。

 ヒロシはおとなしく彼女の話を聞いていた。


「彼女の気持ちは理解しています。大神官様も四天王も、彼女が『神託』を(かた)ったことは察しているのです。しかし彼女が(かた)ってしまえば、私たちは何もできません」

「ウソだってわかっても何もできないのか?」

「勇者とはそういうものなのです。だからこそ……」


 ここにいる神殿の長も、一度はエデンに赴き彼女に会ったことがあるのだろう。

 彼女が嘘をつくのが下手なことも理解し、その内心すらも察していた。

 今の彼女が、ヒロシを信頼していることも。


「どうか今後も、彼女の力になってあげてください」

「ああ、任せてくれ。今の俺はソロヒーラーじゃない、絶対行動不能にならないアイテム係『勇者の相棒』だからな」


 ヒロシは力強く請け負ったのだった。



 大きな街から少し離れたところにある療養所。

 普段は神殿の関係者が宿泊する施設であり、暮らしに必要なものはすべて揃っている。

 装備の修理や新調を終えるまでの間、ヒロシとチエはここで過ごすことになる。


 都会の喧騒から離れ、なおかつ周囲にモンスターのいない安全な場所。

 結界の中などではない、開放感のある安らかな休日を過ごせる。


 そのような一軒家の中で、チエはメイスや勇者の剣、勇者の兜を祀るように置き、祈りを捧げていた。


「おお、我らが神よ。貴方の忠実なる信徒、チエでございます。私は貴方より課せられた使命を全うするため、最善を尽くしております。そのうえで……」


 祈る彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。


「貴方の名を、言葉を騙る私をお許しください。我儘なのはわかっているのです。でも……私は……その我儘を通したいのです」


 祈っている彼女の元へ、ヒロシが現れる。

 全身甲冑を脱ぎ、緩めの長袖の服を着ている。

 よく観察すれば彼の体の強さもわかるが、普通なら健康な大人にしか見えないだろう。


「お、祈ってるのか。感心だな」

「はい、実は……その、今しがた、神託が下ったのです!」


 チエは食い気味にヒロシへ駆け寄った。

 その顔はとても興奮している。


『おい。お前はあの娘に神託を下したか?』

『いいえ、そんなことはしていません』


 メイスに宿ったオオカグツチと勇者の剣は、人に聞こえない声で話をしている。

 二柱はもうすでに彼女の虚言を見抜いていた。


「休みの日にも神託が下るのかよ。で、どんな神託だ?」

「この休日の間……ヒロシさんは半そで半ズボンで過ごしてください、と!」

「俺相手かよ!」

「ヒロシさんもスキルツリーの信者なんですから、従ってください!」

「ん~~……まあいいぜ、それじゃあ着替えてくる」

「ありがとうございます!」


 物凄く無茶苦茶な要求だったが、ヒロシはすんなり受け入れた。

 着替えに戻ろうと、自室へ歩いていく。


 この時点で彼女はうきうきしている。

 なお、二柱の神は彼女を見守っていた。


『おい。お前の代理人(おう)、とんでもないことを言ってるぞ。神託とか神罰とか下さなくていいのか?』

『私は奉納品さえしっかりしていれば文句はありません』

商業主義者(にんげんかぶれ)め』


 著しく神の名誉が傷つけられているが、それを気にしているのはオオカグツチだけであった。

 彼一人しか気にしていないとしても、修正の神託が必要に思われる。


「これでいいか?」

「はい!」


 半そで半ズボンから漏れる素肌、その下の筋肉に興奮を隠せない勇者チエ。

 彼女の勇気がこの状況を作っているのだとしたら、勇気と我儘は一体なのかもしれない。


「で、神様は他になにかおっしゃっていたか?」

「わ、えっと、えっと……そうだ!」


 神託が下るというか今思いついたと言わんばかりに、彼女は神託を告げた。


「わ、私を、その、だっこ、して、くれませんか?」

「いいぞ」


 ヒロシはぐいっと抱きかかえた。


 スキルツリーから与えられたパッシブスキルにより、彼女の筋力はとても高い。

 しかしそれでも体格は変わらず、体重も見た目相応である。


 ヒロシが普段使っている盾よりも軽いため、あっさりと抱きかかえることができていた。


「わ、わあ……ジュラムさんより固い……」

「それじゃあ下ろすか?」

「い、いえ……その、もっと」


 チエはゆっくりと、しかし戻ることなくヒロシの首へ手をまわした。

 自分からも抱き着く形である。


「お、おお……」


 ヒロシは首も太い。

 彼女は僧帽筋という名前を知らないが、その存在感に圧倒されていた。


 ここに筋肉がある、こんなところにも筋肉がある。

 そのようなことにさえ感動し、顔を赤らめていた。


「あ、あの、あの……だっこからおんぶに移行してもいいですか?」

「もちろんだ」


 ヒロシとチエは協力して体勢を変える。

 床に降りることなく背負われた彼女は、やはり分厚く広い背中に感激していた。


「わあ……」


 思えば、オオカグツチとの戦いでも、ヒロシは自分を抱きかかえてくれていた。

 全身甲冑の内側では、この腕や背中が自分を受け止めてくれていたのだ。


 自分が知らなかっただけで、この大きく太いものが自分と共にあった。

 父性、異性両方への免疫のなさが、彼女に混沌とした感情をもたらす。


「……」


 彼女はヒロシから邪心や邪念を感じられなかった。

 物を知らぬ彼女と言えども女子である。よからぬ振る舞いをされれば感じ取る。

 信頼とは無関係に拒否反応が出たかもしれない。


 しかしそれはそれとして、自分と違ってまったく興奮していない、という不満も感じていた。

 興奮されたら怖いが、興奮されないとイヤである。


 このままでいたい気もするし、自分に魅力がないことを突き付けられている気分にもなっている。

 その衝突の末、彼女は変なことを言った。


「あの、ヒロシさん。ヒロシさんって、女の人が嫌いなんですよね?」

「ん、まあな」

「でもビーチさんとは仲が良かったですよね?」

「相棒ともな」

「で……その、気に入らない女の人に酷いことを言うのも本当なんですよね」

「おう」

「その……大人の人のお店に行くんですか?」

「誰に聞いた話だ!? それも神託か!?」

「いえ……ティアさんがクエスチさんと話しているのを聞きました。私の前で話しているとガイアさんが怒るので、あんまり長く聞いたことは無いんですが……」


 二人の意思疎通はできていた。

 そして彼女の考えは的外れでもない。


 ヒロシという男は女が嫌いと言うより『女が上』という状態が嫌いなのだ。

 夜の街でならそれを気にせず楽しむということもありえるだろう。


「結論から先に言うと、行ってない」

「本当ですか?」

「嘘じゃねえよ。まずこの世界に来て最初は、完全にそれどころじゃなかった」


 チエも幼少期の辛い経験は覚えている。

 世の中は食っていくというだけでも大変なのだと。


 どこかの巨大な『力』に守られていなければ、生きるのに必死なのが普通だ。


「そんでだ。俺がソロヒーラーだったのは知ってるだろう? 友人との付き合いがなかったのもそうだが、とにかくスキルを習得することしか考えてなかった。その後は完全耐性を活かしてモンスターを狩ることしか考えてなかったからな」


 前向きに言えば、ヒロシはストイックなのだ。

 そうでなければキャラメイクを完成させることは無かっただろう。

 彼の説明は真実であり筋も通っていた。


「そういうお店、行かないでくださいね?」

「行かねえよ……なに考えてるんだよ」


 ああ、子ども扱いされている。

 ああ、一番大事に思われている。


 彼女は自分が葛藤していることにも気付けず、ヒロシの背中に顔を押し付けていた。



 それから数日間、チエは神託が降りたと言ってヒロシに近づき接触を続けた。

 筋トレをさせることもあれば背負って走らせることもあったし、短パンエプロンでパンを作らせたりもした。

 彼女はとても楽しかったのだが、罪悪感は募っていく。


 いよいよ最後の夜となったとき、腕枕で寝たいと神託が降りたと言って同じベッドで寝ていた。

 さすがに二人ともパジャマ姿である。


「あの、ヒロシさん」

「なんだ? 腕枕って案外痛くて寝にくいって話か? やめるか?」

「やめません」


 強い意思で腕枕の続行を誇示するチエ。

 それはそれとして謝罪をしていた。


「実はその……ここ数日、神託が降りたと言ったのは嘘なんです」

「……え、これってそういう遊び(プレイ)じゃなかったの!?」

「嘘だとすら思われてなかったんですか!?」


 勇気のある告白だったのだが、神託の内容が中学生の考えた自分ルール過ぎたので嘘だとすら思われていなかった。


「っていうかよ。俺のことをバカにしすぎじゃないか?」


 暗い部屋、距離の近いベッドの上。

 ヒロシが体勢を変えたので、チエは敏感に感じ取っていた。


 さっきまで上を向いていたヒロシがこちらを向いている。


「神託だって言われたらなんでもする奴に思えるか?」

「それは、その……神様よりも、私のことが大事ってことですか?」

「当たり前だろ、相棒なんだから」


 ヒロシは自分のスキルが神から賜ったものだと把握している。

 しかしそれはそれとして『チエの前で半裸で筋トレしろ』とか言い出したらさすがに従えない。

 むしろ『本当に神託ですよ』とか言われたらスキルツリーの実を吐きたくなるだろう。


「そ、そうですか……最初から素直に言えばよかったですね」

「そうかあ? お前がいきなり『私が見たいので半裸になってください!』とか直で言って来たら相棒解消もんだぜ?」

「意地悪しないで下さいよっ! もう!」


 そうか、普通におねだりをすればよかったのか。

 そうしていれば罪悪感なんか抱えずに、もっと休暇を楽しめたのか。


 次はそうしよう。


 チエは安心して、腕枕のまま眠りについた。


「……相棒、寝たんだな」


 ヒロシは彼女が寝たことで安心していた。


 ここ数日年齢相応の我儘を言い出した時はいよいよ限界なのかとも思ったが、そうでもないようだ。


 それが、むしろ痛々しい。


「相棒。お前の精神的状態異常は薬で治る。もうあんまり覚えちゃいないだろう。だが俺は覚えているんだ……」


 狂乱、興奮、激怒、退行、忘却、恐怖、混乱、鎮静。

 多くの精神的状態異常に陥ったチエの姿は見ていられないものだった。

 治してもまた別の精神的状態異常にかかり、無間地獄に落ちたかのようだった。


 それでも治し続けた広の心には精神的な負荷がかかっていた。

 だがそれも、今彼女が安楽に過ごしていることで少しずつ治っている。


「俺には君と一緒に戦うことも、君を守ることもできない。俺にできることは君を癒すことだけだ。だから……いくらでも甘えてくれ。俺は言ってくれないと何もわからないんだ」


 回復役の辛さを学びながら、ヒロシは眠りに落ちていく。



 翌朝のチエが『すぐ寝ちゃいました! もう一泊しましょう!』と言い出した時は、流石にもう行こうぜと言った模様。

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この距離感、6章zeroのリリィとルキウスを思い出す。 最終的に女尊男卑世界まできて絨毯からトォーしそう。
割れ鍋に綴じ蓋とすら言えぬ、何と表現すべきや、コレ・・・?
内心すら見通す神官、嘘が下手な勇者、内心が分からないヒーラー。 筋肉フェチからヒーラーとして癒す話になった。戦うことも守ることもできないが癒すことはできる。コメディしつつも心に届くようなタイトル回収で…
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