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目覚め

 オオカグツチを倒し、勇者の兜を手に入れて半年が経過した頃。

 二人は上級者向けの危険地帯でモンスターの群れと戦っていた。


 四方八方に、犬ほどの大きさがあるトンボがいた。

 トンボ特有の『空中静止』による飛行を行いながら、セミさながらの騒音を発している。


 このトンボは『アラートンボ』なる種である。

 静音飛行も可能だが、様々な種類の騒音を発することもできる。

 仲間を集めるなどのコミュニケーションにも使用するが、『獲物』にとって脅威なのは精神的状態異常攻撃だろう。


 音波を媒介とした精神攻撃は多種多様であり、相手に会わせて興奮や恐怖などを使い分ける。

 とはいえ質そのものはさほど高くない。精神的状態異常耐性を得ていれば無効化できるほどだ。


 だがそれも一対一の話である。

 現在二人の周囲には百近いアラートンボが飛行している。


 ここまで群れを成していると並の耐性ではぶち抜かれる。

 少量の毒なら意にも介さぬ鯨とて、体重相応にぶち込まれれば死ぬ道理だ。


 そのような中で、チエとヒロシは戦っていた。


「さすがにやかましいな……精神的な状態異常にはならなくても、ストレスで死にそうだ」


 当然ながら、完全耐性を持つヒロシは余裕である。

 しかし今までのチエなら耐えられないはずだった。


「わたしも同じですよ。勇者の兜のおかげで、ただうるさいだけです!」


 勇者の兜は勇者にしか装備できないが、それ一つで『精神的状態異常強耐性(・・・)』を獲得できる。

 完全耐性ほどではないが、強耐性ならばこの波状攻撃にも耐えることができていた。


「オオカグツチ。景気よく全員燃やせないか?」

『今の段階では無理だ』

「スキルツリーみたいに奉納すればいいのか?」

『あいにくだが、我らは奴のように商業主義ではない。使ってもらわねばどうにもならぬ』

「そいじゃあ、今のところは威嚇が精一杯か」


 ヒロシの持つメイスは火を纏っていた。

 先日倒したオオカグツチが宿っていると思うと弱火もいいところだ。

 火に弱いであろうトンボ一匹燃やせていない。

 それでもトンボは火を警戒し、ヒロシに近づくことを嫌がっている。


「今までみたいに、相棒一人で片付きそうだ」


 勇者の兜と勇者の剣を装備したチエは今も獅子奮迅の戦いを演じている。

 ひとたび剣を振るえば直線上のトンボが一掃される。

 それを何度も繰り返すだけで半数以上を地面に落としていた。


「スキルツリー、開放!」


 アラートンボもさるもので、周囲に仲間を呼ぶ音を鳴らし続けて補充を続ける。

 だがそれも無意味。剣を振るい続けるだけで、結局周辺一帯の虫を殲滅制圧していた。


 もはや驚くにも値しない。

 古代神をも調伏した彼女にとって、アラートンボなどただの虫も同然であった。


 だが殺す意味がなかったわけではない。

 彼女はここで厳かに祈った。


「我らが神よ。この供物をお受け取りください」


 彼女がその場で祈りをささげると同時に、周辺に散らばっていた大量のモンスターが浮かび上がった。

 光へと変換され、彼女の被っていた兜へ吸い込まれていく。


 すべてを吸い込み終えると、勇者の兜はより一層の輝きを増していた。


「これでまた勇者の兜が強くなりましたよ!」

「前から思ってたけど、その兜があればスキルツリーへ奉納しに行かなくてもいいんだな。便利だな」

「……え?」

「え?」


 ヒロシは素直な感想を口にしただけだが、なぜかチエは変な声を出した。彼女が変な声を出したので、ヒロシも変な声を出してしまう。


「……」

「……」

「そういえば! そういえば! そういえばと言えばそういえば!」


 猛烈な勢いでごまかそうとするチエは、顔を真っ赤にしながら『前から疑問に思っていたこと』を口にした。


「旅を始めたころ、ヒロシさんがいきなり声をかけてくれたじゃないですか! ほら『勇者ってのも、大変なんだな』って! 歩み寄ってくれたじゃないですか!」

「よく覚えてるな」

「嬉しかったので! でもなんでいきなり優しくなったのかわからなくて、正直びっくりしたんです! 理由を教えてもらえませんか?!」


 ヒロシと言えば女嫌いであり、旅の最初は確かに敵意を向けられていた。

 そこからいきなり打ち解けたので、彼女が不思議に思っても変ではない。


「もしかして、もう忘れちゃいましたか?」

「いや、俺もあの時のことはよく覚えている。それに……今も同じ気持ちをしているからな」


 やましいことがあるわけでもない\ので、ヒロシは素直に返事をしていた。


「俺が歩み寄ったきっかけは、チエのケガを見たからだ。ソロヒーラーなもんで、他人のケガをしっかり見たのは初めてでね。そのうえチエは子供だろう? 小さい子が傷だらけになりながら戦ってるんだって気付いたら、憎むとか嫌うなんてできなくてな」

「そうですか。って……えええ!?」

「な、なんだよ! 驚くようなことあったか!?」

「驚いたのは、『今も同じ気持ちをしているからな』のところですよ! あれから一年ぐらいたって、私も背が伸びて大人になってきているのに、まだ小さい子扱いなんですか!?」


 彼女は幼少期から勇者として扱われていた。

 だからこそ『こんな小さい子が勇者という思い使命を背負うなんて』と思われるのは慣れている。

 傷を負っても戦う姿に感動した、というのも努力を評価されているので悪い気はしない。


 だが今も小さい子扱いされているのは納得いかなかった。


「私、今! 成長中なんですよ!?」

「そうかあ? 毎日一緒だとわからん」

「街に寄る度に服とかを大きくしてるんですから、本当です!」

「でもなあ……」


 チエはヒロシを見上げながら抗議している。二人の体格差は大きいままだ。

 彼女本人としては今までの服が着れなくなるなどで成長を実感しているが、ヒロシからすれば『年齢相応』かそれより低いようにしか見えない。


 え、お前その年齢でその体格なの!?


 という感想を抱くことがない以上、やはり子供のままだった。


「俺の故郷じゃ18から成人だけど、ここでも15か14で成人で、お前はまだ11とかだろ? こっちの基準でも子供じゃんか」

「そうですけど~~! 日々成長しているのに子ども扱いなのはムカムカするんです!」

 

 どうやら彼女は貧相扱いされている気分らしい。

 このままではいられないと考えているが、やはりヒロシは自分より背が高かった。

 これでは何を言ってもむなしいだけではあるまいか。


 そう思ったところで、彼女の脳裏に『我儘』が浮かんだ。


「あ、そうだ! いつも私ばっかりヒロシさんに体を見られていますけど、私がヒロシさんの体をちゃんと見たことってないですよね?」

「そりゃそうだろ。俺はHPが自動回復するんだから、体を診てもらう必要がない」

「それだと不公平です! 私もヒロシさんの体を診てバカにしたいです!」

「最悪の発想だな」

「それに! 以前にオオカグツチと戦ったときも結構ダメージをもらっていましたよね? 後遺症とか残っているかも!」

「まあ、有りえないとは言えないか」

「ということで鎧を脱いで体を見せてください! そして貧相な体をバカにするんです! 私のことを子ども扱いした分、お返しをするんです!」

「大義名分は最後まで貫いて抜いてくれよ……」


 結界で安全を確保したうえで、ヒロシは真昼間から屋外で服を脱ぐ羽目になった。


 重い全身甲冑を外していくと、当然ながら長袖の服が出てくる。

 ここまでは彼女もよく見たものだ。


 だが素肌を晒すと、チエは驚いていた。


「え、ええええええええ~~!?」

「なんだよ」

「ヒロシさんって、ヒーラーですよね!? なんでそんな、そんな、こう、強そうな体なんですか!?」


 ヒロシの体は筋肉に覆われていた。

 ボディビルダーのように意図的に分厚くした体ではないが、ぜい肉は少なく、そして筋肉が目立っている。

 やはり治癒師らしからぬ屈強な肉体だった。


「逆、逆。俺はヒーラーだから、重い鎧を着て戦ってるとこうなるの。むしろまともな前衛職の奴ならこんな体にならないって」


 スキルツリーから与えられるパッシブスキルの中には、身体能力を向上させる物もある。

 これを獲得すれば筋力が上がるのだが、体格は変わらない。

 そしてこの世界でも筋肉は『栄養』と『適切な負荷』によって肥大化する。


 スキルで肉体を強化していると、『適切な負荷』の基準も上がってしまうため、そうそう筋肉が肥大しないのだ。


「それに自慢にならねえぞ? チエだって手が細いってのに、俺より力あるだろ」

「それはそうですけど……ですけど」


 チエはスキルツリーの大神殿に引き取られてから、多くの大人と接してきた。

 だがここまで筋肉の膨らんだ『雄』の体は見たことがない。


「触っていいですか?」

「ケガとか後遺症があるか確かめるって話だったもんな。いいぜ」

「それでは遠慮なく……」


 この時点でのヒロシは二十代後半である。鍛えていることもあって肉体的には全盛期であろう。


 チエはその肉体に触ってみた。

 肌は粗く、肉は弾力がある。

 それだけ、と言えばそれだけだ。


 だが大人になりつつある、男性に免疫のないチエには刺さった。


「お、おおお……」

「どうだ、なんか痕とかあるか?」

「ないです……ないです」


 パンツ以外は脱いでいるヒロシの周囲をグルグル回り、べたべたと触っていた。

 彼女の血圧が上昇し、顔が上気する。


「すごく、魅力的、だと、思います」

「そうか、ありがとうな」


 確認が終わったと判断したのか、ヒロシは服を着直し、全身甲冑を装着する。


 さっきまで見ていたものが隠れていくことに、チエは不完全燃焼感ともいうべき想いを抱いていた。


「クエスチさんが言っていた、(いや)されるって、こういうことなんだ!」


 一年間ずっと一緒に旅をしてきた相手の意外な一面を見て、彼女の中の新しい扉が開いた。


 すなわちフェチズムの目覚め。

 彼女は今この瞬間大人の階段を上ったのだ。

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― 新着の感想 ―
卑の勇者、覚醒
卑しい階段を登るんじゃないって。 うん、笑った。
相棒呼びで特別扱いされてると思ったら子供扱いだった件について。 筋肉フェチに目覚め大人の階段を登るチエ。卑される、そうかな……そうかも……
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