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ラストバトル

 過食者たちはまさに急遽召喚されていた。

 召喚は召喚でも、裁判所からの召喚である。


 更地となっていた超上級者向けの危険地帯に立つ二人と、それを守るように立つ四柱の神。


 巷で噂になっていた勇者とその相棒である。


 過食者たちは破滅を前にして、しかし逃げようとしなかった。

 メジャールールが布令された以上、今の自分たちは逃げることができない。

 逃げても再召喚されるだけだし、よしんば逃げきれても体の内側から発されるアラートを止めるすべがない。


 唯一の生存ルートは、目の前の少女を殺すことだけだ。


 過去何度か成功例があった。

 その例外になるべく、彼らは奮起している。


 幸か不幸か必然か、彼らは全員すでに武装していた。

 丸裸で最悪の戦場に来ているものは一人としていない。


「意外だな。過食者ってのはリスクやコストがお嫌いな、明日しか見てないようなクズぞろい。命乞いを始めるやつが出ると思ってたんだが……全員戦う気ってのは、意外だな」


 挑発しつつも称賛するのは勇者の相棒。メイスだけで地獄の戦場に立つソロヒーラーである。


「真正のクズは、過食者にもなれねえよ」

「それもそうか」


 過食者たちの中で特に階級が高い者たち……つまり古代神たちから利益を得た者たちが前に出た。


 他の者たちも無力であると知りながら抗戦の構えである。


 しかしそれはすぐに戦うものではなかった。

 過食者の一部が古代神に向かって話しかけた。


「……勇者様と相棒殿に話すことはない。だがそちらの古代神様とは話をしたい」

『なんだ』

「あなた方は盗品と知ったうえで、勇者の装備を奉納品として受け取ってくださった。そのうえ我らに勇者へ対抗する力を与えてくれた」

『当然のことをしたまでだ』


 感情を感じさせない超然とした言葉遣いである。

 ヒロシはやや不愉快になり、チエは少し苦笑いをしている。


「勝手な話かもしれませんが、私たちは貴方が味方になってくれたと思いました。ですが貴方たちは私たちの前にいる……敵になったという認識で構いませんか?」

『無論だ。一応言っておくが、お前たちが我らを倒しても、与えた枝葉は消えん。もっと言えば、そこのスキルツリーの王と違って、我らに信徒への特効効果はない』


 勇者であるチエは、スキルツリーの信徒であるスキルビルダーにはほぼ無敵を誇る。

 これはスキルツリーにとって己の代理人に、警察としての機能だけを求めた結果だ。


 アメノミハシラの代理人であるヒロシに、アメノミハシラの信徒への特効効果はない。

 素の数値だけで戦うことになる。


『他意なく伝えよう。お前たちが我らや我らの王を殺すことは可能であるし、敵対的な行動を咎める気もない』

「……つらいものですね、貴方たちと戦わなければならないというのは」


 過食者というものは、普通の犯罪者と変わらない。

 将来破滅が訪れると知っても足を踏み入れてしまい、いざ裁きの時がくれば取り乱し絶望する。


 だが今の彼らには具体的な希望があった。

 過食者が過食者だからこそ得られないはずだった、他の神の力。

 勇者にも有効な古代神の枝葉が百弱も用意できている。


 勝ち目がある。

 彼らはそれを知っていた。


 先日、チエへ接触を計った過食者たちのそばには、一般的なスキルビルダー(裏世界の住人)がいた。

 スカウト系後衛職に就いていた彼は、何が起きていたのかをすべて報告している。


(六人だから、未完成の相手にも負けた。だが今はどうだ? 相手が完全な勇者であっても、全員でかかれば勝てる……!)

 

 千対二。

 絶望的に見える戦力差であるが、圧倒的多数である過食者たちに慢心も油断もない。


 事前に取り決めていたように動く、それだけであった。


「行くぞ……勇者! その相棒!」

「かかれぇええええ!」


 彼らもスキルビルダーであることに変わりはない。

 後衛と前衛に別れて戦闘を開始する。


 万能職も基本的には前衛に参加しているが、密度が上がりすぎないように前衛の少し後ろにいた。


 普段と違うのは攻撃的な後衛である射撃師(シューター)が、炎属性の杖を使って遠距離射撃を大量発射していることぐらいだろう。


 効くとは思っていないが、目くらましにはなる。

 なにより彼らは他にできることがない。


「初手から殺しにかかれ! いいか、誰が何人死ぬとしても、勇者を殺せ!」


 心にもないことを叫びながら、枝葉を持つ攻撃士たちが仕掛ける。

 古代神からの利益により、チエに通じる攻撃手段が殺到してきた。


「スキルツリーよ!」


 チエの盾からバリアが展開される。

 百人ほどの攻撃士たちが、火や水、風や土をまとって攻撃してくる。


 本来なら苦も無く受け止められるはずの攻撃が、しかしチエのバリアを揺らしていた。


「ぐ……なんの!」


「こっちこそ、それをさせるとでも思ったか!?」


 チエが斬撃を放てば、やはり百人ほどの防御士が前に出た。

 強大すぎる斬撃の放出を、全員が壁になって受け止める。


 それは完全に成功した。

 古代神の枝葉によって、彼らの肉体も装備も守られ、さらに後方へ余波が及ぶこともなかった。


「撃て撃て撃て撃て!」


 追撃をしようにも枝葉を持つ射撃師(シューター)破壊者(クラッシャー)が魔法攻撃を仕掛ける。

 この威力も攻撃士ほどではないが、それでもチエに防御をさせなければならないだけの威力があった。


「効いている、効いているぞ! このまま押し切れ!」


 過食者たちは心にもないことを叫ぶ。


 相手は勇者、スキルの実を奪うことができる。

 防御士や治癒師以外は、一回でも攻撃を受ければ一気に無力化する。

 もちろん枝葉は残っているが、それでもまともに戦えるとは思えない。


 戦うことはできているが、勝てるとは言い切れない。

 希望も勝算もあるが、勝ちまでのルートを想像できない。


 勝てるとして、半数が死ぬ可能性がある。


 それでは次につながらない。


(そうだ……俺たちには希望がある! 古代神から授かった力があれば、破滅がなくなる!)


 奇跡により過食者が勇者に勝つことがあっても、大勢の犠牲者が出た後であるし、次にまた勇者が選出されてしまう。

 それで新しい戦力を補充できるだろうか。どんな馬鹿でも過食者になりたいとは思うまい。


 だが犠牲なく力で勝てれば、今後につながる。

 安定した暮らしが期待できるのだ。


(そのためにはできるだけ、古代神の利益を持つ者が生き残らなければならない! そのためには……!)


 ヒロシ、という勇者の相棒を殺す。

 古代神が守っているとしても、彼自身は裸に近い。


 そして古代神の言葉を信じるまでもなく……。


(勇者に過食者の攻撃は通じないが、古代神には通じるだろう?)


 古代神に対してなんの思い入れもない、枝葉を持たぬ一般の過食者。およそ九百人。

 彼らは網羅したスキルをフル活用し、四柱の古代神に殺到していく。


「あいつを殺せ! 勇者の相棒を殺せ!」

「所詮小娘だ! 相棒が死ねば動揺するだろうよ!」

「古代神がなんだ! やっつけちまえ!」


 人間の殺意、悪意。

 自分の持つ札をフル活用して、相手を貶めようとしてくる。

 自分の平和や幸福を守ろうと必死な彼らは、全力で向かってくる。


「……これが戦争ってもんなのかね」


 四柱の神は身を呈してヒロシを守っている。だがそれも時間の問題だろう。

 四柱の神は全力を尽くしているが、九百人の過食者には手も足も出ていない。


 削られていくシェルターの中で、ヒロシは冷や汗をかきながら笑っていた。


 わかってはいたことだが、いざ殺到されると怖いものだ。

 この後どうなるかわかっていても、怖いものは怖い。


「なあ、オオカグツチ、オオワダツミ、オオハニヤス、オオミカヅチ」 


 自分を守っている古代神へ、ヒロシはおびえながら笑い、語りかけた。


「俺はお前たちのことをよく知らないんだが、今回の戦いを見て分かったぜ。お前ら……ちゃんと感情あるんだな」

『どういう意味だ』

「どういう意図かわからないが、この立ち回りは性格が悪い」

『なんのことだかわからんな』

「図星じゃねえか」


 古代神たちが猛攻によって削られて死ぬ、というときであった。


 四柱はそれぞれに爆発膨張し、より一層の重厚長大化を果たしていた。


 何が何やらわからない、という顔で、千人の過食者たちは『神』を仰ぎ見る。


 第一形態が倒されたので第二形態に移行した。ただそれだけである。


「……は?」


 神の本来の姿を知らない過食者たちは、並び立つ四柱の神を、それこそ見上げることしかできなかった。


『お前たちは強い。我らの真の姿を仰ぐことを許そう』

『重ねて言うが、お前たちならば我らに勝つことも不可能ではない』

『この姿になったとしても、強くなったというだけだ。今までと大して変わるわけではない』

『とはいえ勘違いはするな、楽に勝てるとは言っていないぞ』


「よく言うぜ。無感情を装って公平チックなことを言って希望を持たせて、絶望に叩き落したかったんだろ? 最初から本気を出さない理由なんてそれぐらいしか思いつかないぞ」


『お前の見方は悪意があるな』


 神々は否定をせずに、超越者として過食者を見下ろす。


 その根元で、召喚主……王であるヒロシは邪悪に笑っていた。


「なあ過食者ども。俺たちはお前らのせいで、この古代神を四回も相手にすることになったんだ。たった二人でだぜ? その苦労を……お前たちに味わわせてやるよ!」


 世界を滅ぼす力が、限定的に発動する。


 最も危険で最も自由度が高く、限りなく万能に近い力の片鱗が発揮される。


 最悪の王の力が、最悪の方向で、しかし最悪の犯罪者に振り下ろされる。


「オオカグツチ!」

こかつ(枯渇)はくねつ(白熱)びゃくや(白夜)!』


 一切遠慮のない、闇を塗りつぶす灼熱の大火炎。

 あらゆる精神的状態異常を引き起こす太陽が地表に現れた。


「オオワダツミ!」

むみょう(無明)かいしょう(海象)はんらん(氾濫)!』


 大地が海に替わる。

 あらゆる肉体的状態異常を引き起こす、過冷却の海が底なしに展開される。


「オオハニヤス!」

おうごん(黄金)さばく(砂漠)さんみゃく(山脈)!』


 超巨大な砂時計のごとく、空から砂金が土砂降りに降り注ぐ。

 金はそれ自体が結合力を持っているかのように山をなし、幻想的状態異常を秘めたまま飲み込もうとする。


「オオミカヅチ!」

ごうごう(轟合)らんざつ(嵐雑)かいてん(開天)!』


 風と雷が銀河の形を成して、穏やかに回転しながら飛び回る。

 近づくだけで数値的状態異常で行動不能になる大自然が地上を舐める。


 全力からは程遠いが、それでも地獄であることに変わりはない。


 過食者ゆえの強力なオーラバリアによって生存している過食者たちは、かろうじて海面に浮上し、地獄を見る。


 自分たちが準備していた以上の殺意がそこにあった。


「お前たちに俺たちの作戦を教えてやるよ。なに、少し考えればわかることだ」


 オオハニヤスの手の上に立つヒロシは、地獄のフルコースを説明する。


「チエはお前たちのバリアをたたき割る。たたき割られたら俺の古代神どもがお前たちを行動不能にする。そうしたらチエはお前たちからスキルの実を奪う。あとは状態異常の全乗せマシマシでぶっ殺す。チエ、俺、チエ、俺、の順番だな」


 チエもまた、オオハニヤスの手の上に立っていた。


 彼女は苛烈な表情のまま、一切の容赦を見せない。


「これに耐えられるのは完全耐性持ちの治癒師と防御士だけだ。そいつらだけ残っても意味ないだろ? だからまあそのなんだ……お互いを守りあって、この困難に打ち勝ってくれ。俺たちはそれをやったんだ、だから希望をもって抗ってくれ」


 作戦の説明を聞いて、過食者たちは悟った。

 この大仰な環境激変は、その実魔法攻撃力が低い。

 その代わり圧倒的な異常攻撃力があり、一瞬で行動不能に陥ってしまう。


 治癒師は行動不能にならないので状態異常を治せるだろう。しかしチエが攻撃を仕掛けてスキルの実を没収するのだから、一瞬で治療した後に結界師や防御よりの万能職補助者(サポーター)がバリアを張りなおさなければならないのだ。

 その間、防御士がこの環境で守り切れるとは思わない。


 原理的に勝ち筋は残っているが、ほぼ不可能に思えた。


「オオカグツチ、オオワダツミ、オオハニヤス、オオミカヅチ! 貴方たちは、私たちの味方ではないのですか!? 敵だというのなら、なぜ力を授けてくださったのですか!?」

『我らがお前たちの敵になっていることは先ほども話したであろう。貴様らに力を授けたことも我らの法に従っただけ。今の状況も法に従っているだけだ』

「……!」


 超然とした答え。それは別に、弱者や脛に傷のあるものへの優しさではない。

 今更理解した彼らは、残酷な真実に打ちのめされた。


『ただ正確さを求めるというのなら追加しよう。貴様らならば我らに勝てるとは言ったが、我らと勇者を同時に相手をして勝てるとは言っていないぞ』


 正しい情報を聞いて、彼らは納得していた。

 確かにバリアは今も正常に機能している。

 このまま戦っても、古代神たちを倒せそうではある。


 だが勇者がいるとなれば絶望的と言わざるを得ない。


「ふぅ……人間ってのは、性根が変わるもんじゃないな」


 オオハニヤスの掌の上にたつヒロシは、残虐な顔をしていた。


「人形をいじめていた時は楽しくなかったから、俺も少しは変わったと思ったんだ。でも今は結構楽しいよ。性格は悪いままだ」

「私はヒロシさんのそういうところも格好いいと思います」

「言うねえ……くくく」


 かつてのヒロシは耐久型の戦い方をしていた。だが現在の戦い方は違う。

 もはやプレイヤーのそれではなく、負けイベントのボスである。


「……もうやめてくれ!」


 ここでついに過食者たちの心が折れ始めた。

 もとより正しく生きるリスクやコストを嫌った者たちである。

 勝機が失われた今、命乞いをするものが出ても不思議ではない。


「なあ! 勇者! あんたはもともと、俺たちと変わらない生まれだったんだろ!? 勇者になれたおかげで人生が大逆転したんだろ!? それは俺たち過食者のおかげだろ!?」


 涙目になりながら慈悲を乞う。


「せ、せめて! スキルの実を奪うだけにしてくれ! 完全耐性がない奴なら、殺さなくても奪えるんだろ!? 降参、降参するから! 殺さないでくれ!」


 同じような声が、大自然の猛威を越えてチエに届く。


 因果関係は正しい。

 過食者がいなければチエは勇者になれず、おそらく暗い人生を送っていただろう。

 であれば彼女が今幸せなのは、過食者のおかげなのだろうか。


「……貴方たちが私に何をしてくれたのですか?」


 風が吹けば桶屋が儲かるというが、桶屋は風に感謝をするだろうか。


「嘘つきな私が幸せなのは! 大神官様が優しくしてくださったから。ジュラムさんが親身になって鍛えてくださったから。ガイアさんが礼儀作法や勉強の面倒を見てくれたから。ティアさんが生きる楽しさを教えてくれたから。クエスチさんがいかがわしいことに誘ってくれたから! ヒロシさんがワガママに付き合ってくれたから! 貴方たちは何もしてくれていない!」


 彼女は真に感謝すべき人たちを知っている。

 だからこそ、同じように扱えと叫ぶ者に激怒する。


「むしろ、貴方たちのせいで私の大切な人は苦しんだ! 容赦する理由なんて何もない!」


 勇者の剣を掲げて、彼女はオオハニヤスの手から飛び降りた。


 ヒロシはそんな彼女の背中を、嬉しそうに見つめている。


「行け、相棒。勇者の仕事はこれで終わるんだ」


 チエの勇者の務めが終わるのならば、勇者の相棒としての戦いも終わる。

 二人は日常に戻る時が来たのだ。


 神のルール、レールの上を歩いてきた二人はようやく自分の足で進む道を決められるのだ。

ちなみに現時点でもチエとヒロシが戦えば、チエが完勝します。

というかヒロシが完全覚醒してもチエの方が勝ちます。

それぐらい現在の彼女は強いのです。

そして現在の過食者の群れでも、単独のチエや完成したヒロシに勝てます。

そんぐらいにはこいつらも強いです。ただ二人がかりだと絶望的です。




次回、最終回

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― 新着の感想 ―
千人の過食者の群れは強かった。けど勇者と相棒のタッグには勝てなかった。ただそれだけなんだ。 次回最終回か〜!毎日毎話面白かっただけに辛ぇ
悪党は最後の最後まで見苦しく在って、のたうち廻って苦しんで死んで欲しいよな、やっぱ。
クエスチさん、大事な場面で言及される部分がそこなのか… 笑いました
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