再契約
ドゥーダイ山のふもとの町では、現在チエとヒロシが滞在している。
二人は付近の超上級者向けとされる危険地帯に踏み込み、スキルツリーへの奉納と古代神の熟練度を上げる訓練をしていた。
以前は保険のために同行者を募ることもあったが、現在は二人だけで行動している。
危ないので同行を申し出る者もいたが、現在はまったく存在していない。
無理もないだろう。
超危険地帯に踏み込むチエとヒロシこそが、この世で最も危険な存在と化していた。
超上級者向けとされる危険地帯に踏み込めば、トップパーティーであってもレアクラスであっても、巻き添えで死ぬ。
まさしく世界を滅ぼす様相と化していた。
※
ふもとの町では、現在高所に人だかりができている。
多くの人々が、怖いもの見たさで見物をしているのだ。
はるか遠方にあるはずの、超上級者向けの危険地帯。
そこで立ち上がっている三柱の神の姿を見ていたのだ。
オオカグツチ、オオワダツミ、オオハニヤス。
古代神が並び立ち、己の足元や自分の顔に群がるモンスターを張り倒している。
あまりにも圧倒的な光景に、拝んでしまう者まで出るほどだ。
見ている分には問題などない。
だが足元まで近づけば、三重のローカルルールによって一気に持っていかれる。
攻撃の範囲も威力も高いため、余波でバリアが持っていかれかねない。
それを誰もが知っているため、超上級者向けエリアに向かうどころか、そもそも町を出ようともしない。
むしろ出向いても何もないだろう。
オオカグツチの力によって、周辺一帯のモンスターが挑発によって引き寄せられ、事実上せん滅されている状態なのだから。
こうした戦いが一か月ほど続いている。
そして見ている者たちは、ある瞬間を待っていた。
その時が、ついに訪れた。
四柱目の神。オオミカヅチが立ち上がったのである。
同時に巨大な光の柱も立ち上った。
ヒロシはついに四柱の神をすべて、完全に顕現できる状態へもっていった。
チエは奉納を終えて、勇者の装備を完成させた。
つまり……いつでも過食者を討てる状態にしたのである。
※
超上級者向けとされる危険地帯にて。
オオミカヅチの召喚強度を4までもっていったヒロシは、すべての神を納めていた。
現在の彼の装備は、召喚用のメイスだけである。
古代神の維持コストとしてMPを消費するため、もはや軽消費型の防具すら身に着けられない。
とはいえそれを補って余りあるほど、古代神たちは強かった。
オオカグツチの第一形態のような手加減形態でも十分強いが、真の姿になってしまえば過剰戦力。それが四体そろえば負ける要素がない。
まさに無人の野を行くがごとし。
オオミカヅチの使用による熟練度稼ぎもお膳立てしてもらえるので問題なかった。
また倒したモンスターをチエの奉納品として知恵の樹の護符にささげていった。
スキルツリーのシステム上、自分で倒していなくても奉納品にはできるので問題ではない。(というかそうでないと攻撃役以外が奉納できない。さすがに現場にいないと奉納品にはできない)
そうして彼女はコンプリートボーナスを達成していた。
そのような状態になって、ヒロシは妙な雰囲気になっていた。
チエはそれを見て『いよいよか』と息をのんでいた。
「なあ、チエ」
しっかりとチエを見据えてヒロシは話しかけた。
あまりの真摯さであった。なまじわかっていたからこそ、チエの胸は高鳴っていた。
「ひゃい! ねんでしょうきゃ!?」
「……何をそんなに慌ててるんだ?」
「ほ、ほら……その……アレ、ですよ」
チエはヒロシの後をつけていたため、彼がこの後何を言うのか知っている。
しかしそれを言うと、無断で追跡していたということになるので、知らないふりをしなければならなかった。
それに知っていない、という体にした方がロマンチックだとも考えていた。
「……私たちの関係って、私が勇者の護符を取り戻した時点で終わってましたよね」
「関係って言い方はともかく、まあそうだな」
「私たちが今一緒に行動しているのって……その、特にちゃんとした理由がないんですよね。だからその……もしかしたら、私の奉納が済んだから別れようって話になるかなって……」
悲しい話をしているチエだが顔がニヤニヤしていた。
ヒロシもその顔を見て笑うほどである。
「なるほど、さすが俺の相棒だ。俺の気持ちなんてお見通しってわけだ」
「な、にゃんのきょとですか!?」
「だがここはちゃんと言葉にした方がいいよな」
「ぜひ!」
目を輝かせながら食いついてくるチエに苦笑しつつ、ヒロシは考えていたことを伝え始めた。
「お前の言う通り、俺たちの約束は済んだ。俺は別れて、お前は本当の仲間と合流するべきなんだろう」
「……先日に過食者が現れていなかったら、そうしていたと思います」
「ああ。俺もアレがなかったらそこまででしゃばる気は無かった。だが……ぶっちゃけた話、あんな過食者が百人ぐらいいて、しかも普通の過食者が千人ぐらいいたら……勝てないとは言わないが分が悪い」
「はい」
チエの知るレアクラスたちは、枝葉神器を持ったうえで鍛錬を怠っていなかった。
能力値が高いことと無関係に対人戦闘能力も高かった。
強さにおぼれた敵が相手に、むざむざ負けることはないだろう。
だが勇者である自分と一緒に戦うのなら、相手も本気で殺しに来る。
そうなったとき、多くの犠牲者が出ることは避けられない。
「お前はずっと言ってたよな。ジュラムって人に剣術を習ったって」
「はい。ジュラムさんは他の魔剣士さんと剣術で戦って、一番になったすごい人なんです。だからその、とても尊敬してます」
「ガイアって子にはいろいろ共感できるって言ってたよな。勉強も教えてもらったって言ってたよな」
「はい。ガイアさんは私と同じような境遇の人で、礼儀作法とかも一生懸命勉強した人なんです。私も大変だったんですけど、付き合ってくださいました」
「ティアってやつは、お前を狩りとかに誘ってくれたんだよな? 料理も習ったとか」
「はい! ヤギや鹿を解体できるようになったのはティアさんのおかげです!」
「クエスチってやつとはまあ、縁を切った方がいいと思うんだが……」
「そこがいいんじゃないですか!」
「そこがだめだと思うんだが……」
改めて思う。
彼女ら四人は、チエのために命懸けで戦うのだろう。
というよりも、実際に一度死にかけている。
勇者の装備が保管されているダンジョンに挑むとはそういうことだ。
実際に死にかけたことからも明らかである。
だからこそ、過食者が枝葉神器を得たと知っても、全員がついてくるだろう。
四天王だけではなく、他のレアクラスも参戦するはずだ。
なまじ、無謀ではない、というのもあるだろう。
他の過食者相手には優位に戦えるだろうし、枝葉神器を持っている者が相手でも時間稼ぎぐらいはできるはずだ。
戦力が足りないのならトップパーティーを呼ぶぐらいはするだろう。
全員が参戦しないとしても、それなりの数が参戦してくれれば戦力になる。
もはや戦争だ。
だがそれぐらいする価値はある。
「……お前の仲間は、きっと、死ぬとわかっても戦うことを望むだろう」
「はい」
「俺やお前が主人公なら……いや、それは種類によるかもしれないが、とにかくそれでも連れて行くってのはアリかもな」
「でも私は嫌です」
「だろうな……まったくワガママな勇者様だよ」
主人公ならどうするか。
主人公の仲間ならどうするか。
考え方はいろいろあるが、ヒロシとチエが選ぶ道は一つだけ。
否、もう選んだあとだ。
「昔言ったことをもう一度言うぜ。俺はお前の気持ちがよくわかる。だから協力してきたんだ」
「はいっ!」
「ここで投げ出したら協力にならないよなあ?」
「はいっ!」
ヒロシはチエに近づき、約束の握手を求めた。
「もう少しだけ約束を延長しよう。ソロヒーラーとしてじゃなく、絶対に行動不能にならないアイテム係でもない。勇者チエの相棒として、過食者どもと戦わせてくれ」
「……正直! その言葉を待ってました! 言ってくれなかったらすねて戦うのをやめていましたよ!」
「まあぶっちゃけ、それを言うタイミングがおかしい気もするけどな! 俺だったら古代神と一回戦ったタイミングで言うぜ」
「ですよね~~! ははははは!」
「ははははは!」
二人は固く握手を交わした。
もう五年近く一緒に戦ってきた二人は、改めて約束を交わす。
「俺とお前だけで、過食者どもをやっちまおう」
「はい! あとで怒られるかもしれませんけど、それでもやっちゃいましょう!」
「……で? 具体的にはどうするんだ」
勇者が過食者を討つための存在である、ということはヒロシも知っていた。
現在の彼女がその境地に達していることも把握している。
だが具体的にどうするかまでは把握していない。
「この前みたいに過食者が近づくと作動するブザーで虱潰しにするのか?」
「そんなことやってたら私がおばあちゃんになっちゃうじゃないですか」
「そうだな……もしもそうなら、過食者もお前から逃げればいいだけだもんな」
過食者が獣並みにバカだったとしても、自分たちが犯罪者だという自覚があったら、近くでブザーが鳴ったら逃げるだろう。
町中とかに逃げられたらチエは迂闊に戦えないので実質詰みである。
「今の私はスキルツリーの正式な代理人! 王様なのです!」
「へ~」
「……あ、今のは適当に言っただけなので、気にしないでくださいね!」
(どう考えてもウソだが……ってことは、適当に言ったわけじゃないってことか? ま、どうでもいいか)
「ということで……ごほん! 勇者の真の力をお目にかけましょう!」
場の空気が、突如として変わった。
チエの持つすべての装備が光り輝き、何かが抜け出てくる。
「審判のラッパよ鳴り響け! 王剣神樹スキルツリー! 完 全 開 放!」
それは、黄金に輝く木で作られた金管楽器、ラッパであった。
神々しく輝くそれを、彼女は手に取り大きく息を吸い込む。
彼女が息を吐くと、音の代わりに光の帯が放出された。
「メジャールール、裁 き の 日布令!」
メジャールール。
その意味するところを脳が理解するより先に、ヒロシ自身の体の中にあるスキルの実が反応した。
まるで体の中のスキルの実が、自分の体を確かめているようである。
世界全体に対して発令されたルールに、己の中のスキルの実が反応しているのだ。
「このメジャールールは、この世界に存在するすべてのスキルの実に反応を促します! スキルの実は自分を食べているスキルビルダーを精査し、しかるべきものなのかどうなのかを鑑定します!」
「過食者なら他人の実を食べているんで強く反応するってことでいいか?」
「はい! その場合は……スキルの実そのものが目印になります! そしてこれはバリアだろうが何だろうが貫通して効果を及ぼします!」
「……マジか?」
「その代わりまったく攻撃力はありませんけどね!」
バリアというのはおよそ万能である。
この世界の常識として、バリアが健在である限り内側には何の影響も及ばない。
ローカルルールも物理攻撃も状態異常も魔法攻撃も、バリアを壊すことはあっても素通りすることはあり得ない。
その常識を覆すルールが全世界に布令されたのだ。
※
ドゥーダイ山のふもとにある超危険地帯を爆心地として、世界に光の帯が広がっていった。
その帯が通り過ぎていくと、スキルビルダーたちの体にわずかな反応が生じていく。
ほんの一瞬、スキルの実自体がスキルビルダーを調べて、一瞬で鎮静化する。
神の力を宿す者たちが、その力そのものに確認をされていくのだ。
ほとんどの者にはなんの意味もなかったが、過食者たちの体には激しい反応を示す。
彼らが他人から奪ったスキルの実そのものが鳴動し始めたのだ。
状態異常かと思っていたが、完全耐性を持っているはずの防御士や治癒師までもが同じ症状に陥っている。
古代神の枝葉をもってしても光の帯の影響を止めることはできない。
誰もかれもが混乱するが、何が起きているのかは悟っていた。
すなわち破滅の時が来たのである。
それも今、この瞬間であった。
※
ドゥーダイ山のふもとの危険地帯に立つチエは、己の発したルールが世界全体にいきわたったことを感じた。
緩んでいた空気をまとめて、真剣な表情に変わった。
「……これでいつでも、私はすべての過食者を召喚できます。ただし全員を一気にです」
過食者の召喚。
それが可能ならば、なるほど過食者を探す必要などない。
これで彼女はいつでも過食者を裁けるのだ。
「個別とかが無理なのは残念だが……今の俺たちなら問題ねえわな」
「ええ、今すぐ呼び出します。準備をしてください」
「おうっ!」
ヒロシはいったん納めていた古代神を呼び出す。
今しがた習得したばかりのオオミカヅチも含めて、四柱ともに召喚した。
それを見てから、チエは気分を整えるために深呼吸をする。
これから自分はすべてを終わらせるのだ。
これからやることは、決定的に仲間を軽んじる行為だ。
お前たちは弱いから私一人でやるという、彼女たちの人生の否定だ。
それでもいいと、彼女は思う。相棒が背を押してくれているが、それは関係ない。
彼女は自分の意思でそれを選択したのだ。
「来い……過食者!」
召喚開始
対象 過食者
位階 ハイ
種族 人間
触媒 知恵の実
召喚範囲 裁 き の 日範囲内
召喚完了
ラストバトルが始まる。
もう引き返すことはできない。
チエ
スキルツリーの代理人、天罰ノ王。
スキルツリーの根幹神器をすべて集める セットボーナス 発生
完全耐性、魔法強耐性、物理強耐性。
スキルツリーの根幹神器をすべて極める コンプリートボーナス 発生
メジャールール 裁きの日 獲得
スモモ・ヒロシ。
スキルビルダーにしてアメノミハシラの代理人。
アメノミハシラの根幹神器をすべてそろえる。 セットボーナス 達成
召喚強度4が解放
本体を召喚できる
アメノミハシラの根幹神器の熟練度をすべて極める。 コンプリートボーナス 未達成
オオミカヅチをマスターしていないため
召喚強度5が解放
メジャールール ●●●● 獲得
世界を滅ぼせるようになる