波紋
スキルツリーとアメノミハシラは、根幹神器がすべてそろった状態で隣り合うという稀な事態になっていた。
まあそもそも、お互いの根幹神器がずっと一緒にいたので、今更ではある。
それでも二人は話し合っていた。
お互いの王があんまり自分たちに興味を持ってくれないので、少し寂しい思いをしているのかもしれない。
『改めまして……この度は私の信徒がご迷惑をおかけしました』
『信徒というよりも、大神官だがな。あとでちゃんと叱っておけ』
アメノミハシラはややキレ気味にスキルツリーを非難していた。
『人間の倫理観や年齢からすれば、楽をさせてやりたいという気持ちはわかる。だがその結果がコレでは笑えんぞ』
『悪気はなかったんですよ』
『そういう問題ではない。せめてちゃんと管理させろ』
どの神殿でも、大神官は世界の真実……というか樹々の真実を知っている。
実は自分たちが宗教施設じゃなくて行政施設や商業施設に近い存在であるということも含めて、色々と大っぴらにしにくいことも知っている。
その大神官がやらかした、というのがアメノミハシラからすれば腹立たしいのだ。
『久しぶりに人間が奉納に来たと思ったら、お前の神体、根幹神器を持ってきたんだぞ。その時の気持ちがわかるか!? それも四つに分けた分身全部のところにだぞ!?』
『私も困りましたよ~~どんな顔をして会えばいいのか、道中で悩んでいました。火山とか海溝に捨ててくれたんなら、さすがにこっちも動けたんですけどねえ』
『返り討ちにあった天罰ノ王から装備をはぎ取り、そうして捨てたという記録も残っているからな。ある意味種族族全体で学習していると言えなくもないが……それならそもそも、樹の法を破らんでほしいな』
『それが人間ですからね』
過食者たちはスキルツリーの決めたルールを破ってはいるが、アメノミハシラの決めたルールは守っていた。
だからこそアメノミハシラもルールを守って利益をくれてやったのだが、怒っていないわけではない。
そうした感情は、普段極力抑えているだけなのだ。
『奴らめ……我のことを体よく利用したのだぞ!? 盗品というだけならまだしも、自分たちにとって何の価値もない、使えないものを納めてきたのだぞ!? それも持ち主に奪い返されないために、我に奉納したのだぞ!? 奉納すること自体が目的なのだぞ!?』
『その割には利益に配慮をしたではありませんか』
『我のメンツもある! それに樹に人格があることは知られない方がいいからな』
先の過食者は『なんで神がいるのに世界を管理してくれねえんだよ』とか『自分が損する時だけ本気になるんじゃねえよ』とか言っていた。
同じように考えている人間は多くいるだろう。
一方でそう考えていない人間もたくさんいる。
もっと言うと、実際に樹が管理したとして彼らが幸せになれるかという問題も生じる。
樹々も人間との上手な付き合い方を模索しており、その結果がこれである。
まあまあうまくいっている、という判断であった。
『正直に申し上げて、私は今代の大神官を特に咎める気がないのですよ。彼女はもうすでに、他の大神官たちから詰められていますから。この上私まで咎めたらどうなるか』
『どうなっても仕方ない気がするがな。とはいえ他の樹も今回のことは手を貸す気だったのだろう?』
『他の樹というか、ユグドラシルとツウテンチュウだけですね。カバラもライフツリーもチェインも我関せずですよ』
『お前のとこの大神官が迷惑をかけてるんだが? なんでそんなに他人事?』
『それを言うのなら、貴方が奉納品を受け取って、枝葉を使用できるように与えたからでは?』
『だからそれは我のルール上仕方ないことだからだ。巻き込まれた以上はなんとかするつもりだったとも』
ただでさえ強く数も多い過食者が、百もの枝葉神器を得てしまった。
過食者に対して特効を持っている天罰ノ王と言えども容易に勝てる相手ではない。
スキルツリーの大神殿が要するレアクラスをかき集めても勝てるか怪しい。
勝っても多大な犠牲が出るだろう。
アメノミハシラも自分が利用されている状況なので、ルールの範囲内で何とかしたいとは思っていたのだ。
『とはいえ、王の選出になるとは思っていなかった』
『私の根幹神器を返して終わりにしてもよかったのでは。そうでなければ枝葉神器を渡していることを伝えて『一回だけ力を貸してやる』というのもありでしょうに』
『あれだけ奮戦した人間に対してその程度で済ませるなど、それこそルールにも信義にも反する。とはいえ枝葉は全部過食者どもにくれてやったからな。もう己を差し出すしかなかった……』
アメノミハシラは自分の王がどれだけ危険なのか把握しているので、大神官たちが慌てていることも理解できる。
しかしそれはそれとして、自分の代理人、王をそこまで心配していなかった。
『スキルツリー、お前から見て我の王はどうだ?』
『あなたと同じ所感ですよ。彼の欲求はすでに満たされている。暴走するとは思えませんね』
『そうだな……奴なら我の代理人として、余計なことをしようとはせんだろう』
『というよりも、その力があることを知ろうともしないのでは?』
『……これだから浅知恵は』
自分の力を悪用してほしいわけではないのだが、興味を持たれないことには傷つくアメノミハシラであった。
※
パライソという大都市に根を下ろす、トップパーティー『グリズリー』。
キャラクターメイクを完成させた十人で構成される中型パーティーであるが、現在彼らのもとには高難易度の依頼が届いている。
彼らでも達成困難な任務である。
もちろん今までの彼らは、それを乗り越えてきた。だからこそのトップパーティーである。
だが今の彼らは引退間際であった。
体力はまだ十分あるが、精神的な強さに陰りがある。
上り詰めたからこそハングリー精神が維持できなくなっていた。
その精神状態では、この任務を全うできるか怪しい。
そんな弱気になっているのだから、本来は受けたくない。
だが依頼が来ているというということは、誰かがものすごく困っているということだ。
できれば受けたいが、死にたいわけでもない。
引退後の貯蓄も過剰なぐらいたまっているので、受けなくても彼らの人生に支障はないのだ。
なにか一つでも、モチベーションがあれば。
そう思っているところに、一報が届く。
グリズリーのリーダーが、うれしそうに笑いながらメンバーに伝えていた。
「お前ら、よく聞け! あの兄ちゃんがいよいよ過食者どもと戦うんだとよ! 四柱の古代神たちを従えて、勇者と肩を並べてぶっ殺すんだと! すげえよなあ……いったいどんだけ出世したんだか!」
グリズリーはヒロシと縁があった。
彼がまだ駆け出しで、ただの無謀なソロヒーラーだった時に、仲間にならないかと誘ったことがあった。
彼が嫌がったので一緒に旅をしたことはなかったが、それでも印象に残っていた。
そして彼がソロヒーラーとしてネームドになったことを聞いたときは、大いに驚いたものだ。
憐れんですらいた相手が大出世した。これは負けていられないと奮起できたのだ。
「こりゃあ負けてられねえぞ! 古代神の調伏や過食者退治に比べれば、俺たちへの依頼なんて屁みたいなもんだ。怖くて逃げだしたなんてあいつに知られてみろ、とんでもなく大笑いされるだろうぜ!」
「それはさすがに……私もイヤねえ。悔しいねえ、悔しいねえ。想像するだけで嫌になるねえ」
グリズリーの中で一番の若手……といってももうすぐ30になるベテラン。
ヒロシと同郷の異世界人、スハラ・クレマ。
彼女はことさらに対抗心を燃やしていた。
「アイツがここに来たらきっとこう言うに違いない。『あの時俺にこう言ったよな、一人だと危ないぞって。さすが危機管理がしっかりしてるなあ。できそうな依頼でも断るんだからなあ。その点俺は無理な依頼でも受けちまう。まあ達成しちゃうんだけどなあ』とかね。想像するだけでイライラするねえ」
イライラする、という言葉とは対照的に笑っていた。
ワクワクする、勇気が湧いてくるという顔だった。
全員がやる気になったところで、グリズリーは最後の依頼に挑戦する。
彼らにとってもつらく過酷な仕事であったが、それでも彼らは完全にやり遂げたという。
※
過食者の被害者たちの耳にも、勇者の装備がそろったことは伝わっていく。
彼らの境遇は様々だ。
仲間であると偽って入り込まれ、強奪された者もいる。
神殿に襲撃を仕掛けられ、強引に奪われた者もいる。
強引に危険地帯を連れまわされ、奉納品を稼いだという判定を作り、根こそぎ可能性を奪われた者もいる。
明日食べる飯もない者が、その可能性を自ら差し出すというケースもないではなかった。
だが奪われた方法に限らず言えることは、長く待たされている者ほど憤り、短かったものは歓喜していたということ。
神の法を犯した者たちが裁かれる日が近づいてくる。
彼らはその日を待っていた。
今回は短かったので、少し裏設定の公開。
Q なんで勇者(正式名称天罰ノ王)を常時用意してないの?
代替わりとかをさせれば抑止力になるじゃん。
すぐに対応できるじゃん。
A 勇者が暴走するから。
チエがいい子なので勘違いしがちだが、ランダムに選ぶ関係上、他の王と同じく暴走する可能性がある。
特性とか特効以前にあほほど強いので、止められるのは他の王だけ。
他の王はめったに現れないので事実上止められない。
泥縄だとわかっていても、過食者が現れるたびに出す方がハズレを引く可能性を下げられるし、ハズレを引いたとしてもたいていは過食者を倒したら気分がよくなって満足するので危険度が下がる。
要するに過食者よりも勇者の方が危険性が高いから。
Q 鈴木他称戦士隊は何してんの?
A 今作では出ません。別の巨木信仰シリーズで一本書く予定です。
Q 他の王の能力を教えて。
A では二つほど。
例1 心理の樹カバラの代理人、啓蒙ノ王。根幹神器はセフィロトとクリフォトの二つ。
能力は精神操作。
この王は特殊ケースで、二つの事態に対応している。
一つは人類が一丸となって乗り越えなければならない危機が迫った時、人類全体をまとめる。
もう一つは逆に人類全体が思考統制されている時、個々人の個性を目覚めさせる。
混乱と支配を好き放題に調整できるため、アメノミハシラの代理人の次に危険な能力とされている。
ちなみに信徒の名称はタロッティスト。
治癒師や支援師が多い。
それぞれのアクティブスキルに特殊な要素を追加できる。
例2 文明の樹ツウテンチュウの代理人、木工ノ王。根幹神器はフソウ、ジャクボク、ケンボクの三つ。
能力は神樹加工。
他の樹を加工したのはこの能力。
枝葉神器も根幹神器もこの能力がないと作れない。
(あくまでもこの世界の技術では)
神器作成が必要なときに選出され、神器を作る使命を帯びる。(まんまだね)
この王に限り戦闘能力はない。(他の王は戦闘能力、基本能力は同じ。特殊能力だけ違う)
ちなみに信徒の名称はクラフター。
基本的にスキルビルダーはとらない。
作中人物だとヒロシの武器防具を作っていたビーチが該当する。
細かく言うと、
ヒロシが使っていたような高価な薬を作るのはフソウクラフター。
武器防具を作るのがジャクボククラフター。
特殊な建築物を作るのがケンボククラフター。