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自己完結対状態異常特化耐久素殴り治癒師

 タニマ街という、盆地に収まっている街があった。


 中ぐらいの規模の街ではあるが決して裕福ではなく、しかし人々は飢えることもなく助け合い生活していた。


 その暮らしを破ったのは一体のサキュバスであった。


 ただのサキュバスではない、最高位のサキュバスである。


 2mを越える人間離れした長身の女怪は、広範囲に精神的状態異常魅了を散布した。

 町一つ呑み込むほどの、超強力な能力である。


 それをもって、彼女はタニマ街を完全に占拠していた。


 この街にいたすべての人間は彼女の支配下にある。


 彼女が死ねと命令をすれば誰もが死に、殺せと命じれば親兄弟すらも殺すだろう。

 それも絶頂を覚えるほどに恍惚をしながら。


 街の中心の広場に座した彼女は『成果』にうっとりとしていた。

 自分に魅了されている者たちが、自分の周囲にたくさんいる。

 サキュバスにとって最高の快楽だった。


 このまま人々を餓死させる。

 そして次のところに行く。


 恐るべき怪物の悍ましき娯楽。


 人々は絶望するどころか、快楽に浸りながら全滅する……かに見えた。


 街の遠くで戦闘音のようなものが聞こえて来た。


 おそらく町の外から侵入者、つまりサキュバスを倒すための戦士が来たのだろう。


 彼女は笑った。


 彼女の魅了はあくまでも魅了するだけだが、命令を与えておくことはできる。

 街の外から人が来たら殺せ、という命令を出しておいた。


 街の住民を救うために来た戦士が、町の住民と戦わなければならない。

 それを想うと彼女は面白くて仕方なかった。


 戦闘音が近づいてくる。一体どれだけの人と戦いながらここへ来たのだろう。

 さぞ怒っている、義憤に燃えているに違いない。

 自分の悪行に怒るものを魅了する、それはそれで味がある。


 そのように笑っていた彼女の鼻に、花の匂いが達した。

 わずかな香だったが、それに彼女が気付くと同時に広場にいた他の人々も倒れていく。


 寝るな、食うなと命じられていた人々が意識を失っているということは……。


「ぶふぅううう……いたいた。お前らみたいな魅了が得意な奴は、大抵町のど真ん中にいる。探すのが楽で助かるぜ」


 全身甲冑、盾、メイス。

 なんとも仰々しい『戦士』は、軽口を叩きながら彼女の前に立った。

 怒りも憤りもなく、むしろサキュバス同様に笑っていた。


 思い通りにいかなくて残念だったな、そのような性悪の笑みであった。


「んでもって、案の定、街の奴に俺を襲うよう命令しただろ? 下らねえ。わかってりゃあいくらでもやりようはある」


 まさしくサキュバスの手口。

 あえて自分の手札を晒す、優越の愚行。

 強者の振舞であった。


「この香袋は広範囲にばらまく眠り薬だ。ある意味じゃお前と一緒だな、俺の傍によると人が寝るようになっている。お前にはあんまり効いてないようだが問題ねえ。これで寝たところを殴り殺すなんて面白くねえしな」


 ここでサキュバスの脳に、わずかな疑念が走った。


 自分の魅了範囲内にいるにもかかわらず、魅了されていない。

 それはまだわかる。


 だがそれほど強力な眠り薬なら、まず自分が被害を受けるのではないか。

 なぜこの男は寝ていない。


 精神的状態異常である魅了対策をしたうえで、肉体的状態異常である睡眠にも耐性を得ているということになる。

 なかなか想像しにくいことだ。


 また一人できているというのもおかしい。

 スカウト系が潜伏しているのだろうか。


 彼女は多くの疑問を持っていたが、まず片付けるべく攻撃を開始した。


 暗黒の魔力を掌に集め、巨大な砲弾として発射する。


「ん、おお……!」


 戦士は金属製の盾でそれを受け止める。

 重厚な見た目に反することなく、それはしっかりと受け止められていた。


 だが衝撃ゆえに体の芯に攻撃が響く。

 全身甲冑の戦士は大いに笑った。


「いいね、いいね! そうそう、たまにはこういうのがイイんだ。状態異常特化型だからって、本当にそれしかしてこない奴が相手だと面白くない」


 サキュバスは眉をひそめた。

 今の魔法攻撃には、並みの魅了耐性をぶち抜くほどの魅了、異常攻撃力があった。

 バリアで遮断したり回避したのならともかく、受け止めたのなら魅了されているはずなのだ。


 強耐性を持っているのか、と疑念が走る。

 ありえない話ではない。

 全身の装備に魅了耐性をもたせて、セットボーナスで強耐性を獲得しているのかもしれない。

 相手がサキュバスだとわかっているのなら、強耐性を準備するのはむしろ自然だ。


 ならば、と。

 サキュバスは闇のオーラを発しながら急接近する。

 強耐性すらぶち抜く、高威力の魅了を伴う素手の物理攻撃。


 細腕に見合わぬ強力な打撃が、甲冑の胸板に直撃する。


「がふっ……イイな!」


 メイスによる返す一撃がサキュバスの脳天に直撃する。

 強烈な打撃でめまいがするが、それ以上に混乱していた。


 おかしい。

 世の中には『好きな相手を攻撃したい』という性癖の持ち主がいるが、魅了にそんなことは関係ない。

 魅了を受けたのなら陶酔状態に至り、自分の命令に反する行動をとれなくなるはずだ。


 平然と反撃するなどありえない。


 まさか効いていないのか。

 そのような考えは、彼の足元に滴る血で否定された。


「そうそう、反撃しろよ。無駄な抵抗をしろよ! そうじゃないと面白くない! さあ、続行しようぜ! 俺が勝つ戦闘をな!」


 盾で身を守りながら、メイスで攻撃する。

 とんでもなく普通の戦闘を仕掛けてくる戦士に、サキュバスは困惑を隠せない。


 こちらの攻撃は当たっている。鎧越しにダメージが通っている。血が出ていることからも明らかだ。

 なのに魅了されていないのはどういうことだ。

 自分の魔法攻撃や物理攻撃には魅了が伴うはずなのに、まったく作用していない。


 そんなバカな話があってたまるか。

 最高位のサキュバスは、最高位のサキュバスゆえのプライドがあった。

 自分に魅了できない人間などいていいわけがない。


 魔力攻撃、物理攻撃を続行する。

 自分に魅了されろと叫びながら殴り、闇を打ち込む。

 どれだけメイスで反撃されても、自棄になって戦闘を続けていた。


「ははははは!」


 冷静とは言えない心理状態ではあったが、それでも戦闘の中で糸口のようなものが見つかった。


 まず彼女の攻撃手段は三つ。


 広範囲常時発動型、弱めの魅了攻撃。

 中威力の魅了効果が乗った、中威力の闇属性の魔法攻撃。

 大威力の魅了効果が乗った、弱威力の物理攻撃。


 つまり純粋なダメージで言えば魔法攻撃の方が物理攻撃よりも強いのだが、物理攻撃の方が効いている。

 魔法では盾にも鎧にも傷が残らないが、物理攻撃ならへしゃげるし、肉体にもダメージが入っているのか血が出ている。


 よって、このまま物理攻撃で殴り続ければまず装備が砕ける。

 そう思っていたのだが……。


「おいおいおい! サキュバスなのにガチンコかよ! 人は見た目に寄らねえなあ!」


 おかしかった。

 長時間の戦闘によって戦士は出血し続けている。

 広場は既に彼の血で染まっていた。


 どう考えても人間一人分の出血量ではない。

 それに中身が元気すぎる。


 このままでは死ぬとか、そういう恐怖がないのか。

 もはやおぞましさすら感じる。


 サキュバスに効くよう加工されているはずのメイスによるダメージも痛いが、それ以上に精神が削られる。


 このまま戦って勝てるのか、という疑念が脳をよぎった。


 だがそれでも、中身が露出すれば、鎧や兜を壊せばセットボーナスが崩れる。

 そうなれば耐性が下がり自分の魅了が通る。

 そのはずだ。


 彼女は不安と戦いながらもプライドを守るために接近戦を続ける。


 高い魔法防御を誇る高級な武装が破壊されていく。

 サキュバスの肉体がそぎ落とされていく。


 苛烈な戦闘は尚も続行し、サキュバスが大ダメージを負ったその時であった。


「あ?」


 遂に戦士の兜が砕けた。

 さらに鎧も限界を迎え、崩壊する。

 残ったのは盾とメイスだけであった。


「ちっ……やるねえ」


 ここでサキュバスは更に更に混乱した。


 中身の男は、全身が血まみれだった。

 血糊でしたとかそういう小細工があったわけではなく、ごく普通にダメージを受けていたのだ。

 そのうえで疲れている様子も、戦闘不能になっている様子もない。


 鎧や兜が壊れるまで戦ったのに、中身に異常がないのである。


 そのうえ、未だに魅了されていない。

 一体何が起きているのか、彼女の中で理屈が通らなかった。


「んん~~……俺、大ピンチだなぁ」


 顔が見えればなお下劣に、男はサキュバスを嘲った。


「もう気付いていると思うが、俺の装備は闇属性の魔法攻撃に対して耐性を持っていて、セットボーナスで強耐性を獲得していた。それが外れた以上、さっきみたいに魔法攻撃を防ぐのは難しい。だが……お前もう限界だろ? いくら物理耐性がないからって、金属製の装備を素手でぶっ壊すのは大変だったはずだ。どんどん弱っていったしな……頑張ったが、そこまでだ」


 図星だった。

 ダメージを受け続ければ、万全の攻撃ができるわけもない。

 鎧さえ壊せば勝てると信じて戦っていたので、もう完全に限界である。


 一方で戦士は未だに元気なままだった。

 彼も真っ向から殴り合っていたが、それでも戦闘能力はまったく落ちていない。


 大量に出血しているし、骨だって折れているべきだろう。

 長時間戦っているのだから疲れてしかるべきだ。


 そうだ、それもおかしい。

 よく考えれば、なぜ自分は今まで死ななかった?

 前衛職によって殴り続けられればもう死んでいるはずだ。

 メイスがサキュバスに特効効果を持つ加工をされていることを加味すれば、殴り合いが続くほど自分が持ちこたえられたのは変である。


 何から何まで整合性がない。

 なぜ、なぜ、なぜ。


「俺は、治癒師(ヒーラー)だ」


 その疑問に男は応える。

 一貫して強者、見下している振る舞いだ。


「俺はパッシブスキル特化型の、ヒールが使えないヒーラーだ。HPとMPが常に自己回復しつづけ、さらにあらゆる状態異常に対して無敵を誇る完全耐性のパッシブスキルを獲得した自己完結対状態異常特化耐久素殴り治癒師(ヒーラー)だ」


 負ける要素が一切ないと言わんばかりに、未だに健在なメイスをサキュバスに向けている。


「万能職でも前衛職でもないんで物理戦闘能力は低い。このメイスは万能職向けの重魔力消費型の武器だから、筋力不足も少しは補えるがそれでも弱い。だからお前を殺すにも難儀していたが……」


 癒し要素のない治癒師は、絶対の勝利を確信して迫っていた。


「攻撃力が低かったとしても、ダメージレースで勝ってりゃ問題はねえんだよ」


 サキュバスはここでようやく状況を理解して絶望した。


 今の自分はダメージを受けすぎた。戦闘能力は十分の一以下に減っている。

 それに対して目の前の男は鎧と兜が喪失しているだけで、本体の攻撃力と盾の防御力は失われていない。

 このまま殴り合えば絶対に負ける。


 ぞっとして、衝動のままに、彼女は背を向けて逃げ出した。


「は、はははは! 今度はレースか! いいね、いいね! 第二形態に突入ってか! 飽きさせない工夫がてんこ盛りだぁ!」


 狂気のソロ殴りヒーラーは大笑いして追跡を開始した。

 魅了され眠らされた街の人々を置き去りにして、狩る者と狩られる者は生死をかけたレースを開始する。


「俺はもうお前にぞっこんだ! 絶対にぃ……逃がさないゾォ!」


 サキュバスは涙を流しながら逃げ出す。

 弱った体では上手く走れない。

 這う這うの体で逃げ続けるが、ヒーラーは疲れ知らずに走り続ける。



 二人の血痕は三つ先の山の先まで続き、谷間で墜落してようやく終わったという。

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― 新着の感想 ―
こういう状態異常に特化した相手を確実に狩れるの凄いな。闇属性魔法と物理攻撃も装備で補って最終的に勝つのエゲツない…… それはそれとしてボロボロになっても蹂躙できるから嘲るほど楽しいの、少し共感できる。…
あまりにも自分に特効な敵に相対したサキュバスで笑いました
「道理を突き詰めたら地獄にしかならない」の御大に前日譚を書かせたら、ハッピーエンドが約束されてるから好きに書いて良いんすね?と振り切れて、ヒャッハーして某ゼロを書き上げた流れを思い出した。
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