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風の神

 およそ三か月の充電を終えて、二人はドゥーダイ山にアタックをかけた。

 空の雲に突き刺さるほど高い山であり、勾配もかなり高い。だがそれでも二人は登っていく。

 スキルツリーの恩恵を受けている二人からすれば、常人でも登れる山などただの坂道に等しい。


 足取りは軽いが、心持は重い。

 これまで戦ってきた三柱の神と互角の存在が待ち受けているのだから、気楽に歩けるわけがない。


 しかし二人とも希望があった。

 あと一回で終わる。

 これを越えればもうつらいことはほとんどない。


 戦いが好きなわけではなく、殺すことが好きなわけではない。

 大切な人がいて、大切な自分がいるからこそ今日まで戦ってきた。


 ゴールが見えているからこそ、二人は登っている。


(勇者の装備がそろえばセットボーナスやコンプリートボーナスが発生する……私はもっと強くなれる。それでも百人のレアクラス過食者には勝ち目が薄いけど)

(俺が四柱の古代神を同時召喚して戦わせられるのなら……さすがに負けやしないだろう)


 当初の予定通りに最後の古代神を倒しさえすればすべての問題が解決する。

 過食者の脅威は理解したが、それでも神の助力(直接攻撃)があれば勝算は十分にある。


 ここを越えさえすればあとはウイニングラン。

 三度の困難の恐怖が心にのしかかるが、あと一度でいいという気持ちで踏ん張る。


 ある意味で最終決戦の覚悟で挑む、ドゥーダイ山の頂上。


 そこにはゆったりと動く『ダンジョン』が接近していた。


「あれが最後の神のおわすところか……毎度思うが、神様のおわすところってのは、ずいぶんとこう……ロマンチックだな」

「……ここはそうですかね? 確かに雄大だとは思いますが、ロマンチックではない気がします」

「そうかい? 俺はロマンを感じるな。スペースロマンって感じだが」


 オオミカヅチのおわす神所、乱薙颱(らんなたい)

 上空に浮かび、一定のルートを回遊することで知られる危険地帯。


 ヒロシもチエも、風と雷と聞いていたので乗れる雲のようなものを想像していた。


 しかし実際には『惑星の環』を思い出させる『円環の砂地』が、ゆっくりと回転しながら移動している。

 勇気を出して踏み出し体重を駆ければ、わずかに足が沈むだけで立っていられる。


 ヒロシが足元を注意深く観察してみると、砂鉄のように砂同士がくっつきあっている。

 磁場の形で安定しているのか、少し動かしてもやがて元に戻る。


 そしてもっと観察すると、砂の一粒ずつがほのかに光っていた。

 電気や磁力によるものなのか、それとも砂自体が夜光塗料のように光るのか。


 改めて周囲を見れば、宇宙のように円環や銀河が様々な角度で浮かび、ゆったりと回遊している。


 風と雷のローカルルールが支配する土地。

 風は大気の動きであり、雷は電子の動きである。

 どちらも静止することはなく、動そのもの。

 それらが明確に存在感を示しているのに、この場所はあくまでも静謐であった。


「ここで戦うのか……いろんな意味で不安になるな」

「落ちたらさすがに助かりませんね」

「長引いたらあの山に戻れなくなるしな」


『緊張感があるのかないのかわからない会話だな』


 緩やかな神所だったが、荒れ狂う動が出現した。

 風と雷が絡み合い、柱となって降臨する。


 風と雷だけで構築され、シルエットすらも流動し続けている。


 古代神オオミカヅチ。


 恐るべき威厳をもって現れた神を、二人は見上げている。


『さて……一応確認しよう。貴様らの目的はスキルツリーの神体だな?』

「はい! 過食者に奪われた後、貴方に奉納された勇者の護符を取り戻しにまいりました!」

『そして我と調伏契約を結ぶことも、今は目的ということだな』

「オオカグツチたちと通信でもしていたのか? まあそうだ」

『通信……ユグドラシルでもあるまいに』


 何もわかっていないな、コイツ。

 風の神はため息をついた。

 それは大風になり二人を大きく動かしていた。


『まあいい。アメノミハシラの力を渇望していても困るところだ。その無関心も美徳と受け止めよう。それではほかの三柱同様に……お前たちに王の資格があるかを確かめさせてもらう!』


 大自然の猛威、嵐。

 高度な技術で建造された家屋で暮らす者には理解しにくいが、嵐は人類が克服しきれていない猛威である。


 災害のど真ん中、最も影響の強い空中で、中心に向かって戦いを挑むのだから正気ではない。


 怖気づきそうになる体を、すでに三回乗り越えたこと、この一回だけでいいのだと言い聞かせて向き合う。


 しかし動き出した大自然は止まらない。

 人間の事情など知ったことかと攻撃を続ける。



らいじんふうじん(雷迅風迅)!』



 ジェットエンジンに吹かれているのか、という猛風で身動きが取れなくなる。

 戦うとか以前に、前が見ていられない、瞼が開けられない。

 ヒロシは盾を前にかざして風を受け止めようとするが、それは逆効果だ。

 さながら暴風雨の中で傘を広げたようなもの。空気抵抗が強くなりより一層押し出されそうになった。


「ん!?」


 そのさなかも雷が迫る。

 風の中を泳ぐ龍のように、身動きが取れなくなったヒロシへ雷が食いついてくる。


「ぐぎゃあああ!」


 軽消費型防具に換装したのが裏目に出た。

 普段よりも防御力が下がっていたため、通常以上にダメージをもらった。


「がふっ……相棒!?」


 急速に体が再生していく中で、ヒロシは違和感を覚えた。

 今までなら今の一撃はチエが防いでくれるはずだった。

 なぜそうなっていない?


 決まっている、もう動けなくなっているのだ。


「相棒、相棒!?」


 風が強いといっても雨が混じっているわけではない。

 ヒロシは何とか周囲を見渡し、地面を転がっていくチエを見つけた。


 完全に脱力しており、身動きが取れていない。

 風の中を走ってチエに寄ったヒロシは、回復薬を飲ませようとする。


「待ってろ、今すぐ……」

『こちらは待たんぞ! かみなりおろし(雷颪)!』

 

 外側で吹いていた風が真上からに切り替わる。

 そしてその風を追い越しながら雷が落下してきた。


「くそっ!」


 とっさにヒロシはチエの上に覆いかぶさる。

 全身を対雷風魔法対策に振った装甲に、まず雷が直撃した。

 次いで風が押しつぶしてくる。


「ん……ぎぎぎ……!」


 HP自動回復があってよかった。

 ヒロシは内心で自分のスキルビルドに感謝していた。


 まったく身動きが取れない状況である。習得していたとしても、アクティブスキルが使えたとは思えない。

 何もしなくてもHPが回復するパッシブスキルがなければ、今頃自分もチエも詰んでいた。


「薬を……!」

『やらせんと言っている! あれあらし(荒嵐)!』

「やるって言ってるんだよ! こい、オオカグツチ、オオワダツミ、オオハニヤス!」



 召喚(サモン)開始(スタート)


 名称 オオカグツチ オオワダツミ オオハニヤス

 属性 火、光 水、氷 土、金

 位階 ハイエンド

 種族 古代神

 依代 重消費型メイス

 強度 3

 効果 火、光 水、氷 土、金属性の魔法使用可能。

    精神的、肉体的、幻想的状態異常付与

    ローカルルール、龍涎蝋、霊錨角、臼供城布令


 召喚(サモン)完了(エンド)


ひうち(日打)!』

うずまき(渦巻)!』

どそう(土壮)!』


 ヒロシのメイスに三柱の神が魔法を付与する。

 向かってくる風と雷の塊を迎え撃つべく、渾身の力でメイスをふるった。


『浅知恵が!』


 オオミカヅチの声が、鮮明に脳に届いた。


 メイスを振っていた腕が、脱臼したかのような痛みを受けた。

 思わずその方向を見ると、痛みのもとになる腕が喪失している。

 あまりにも負荷がかかったため、メイスを持っていた腕が肩からちぎれて飛んで行ったのだ。


 無慈悲にも、そのメイスは円環の砂地から出て、そのまま落下していく。

 おそらく山のどこかにでも落ちるのだろう。


「な……」

『容赦はせんぞ! じかい(磁界)!』


 オオハニヤスのシルエットが変形する。

 腕のようなものが形成され、握りこぶしが構成された。

 それが、片腕のとれたヒロシと、倒れて動けないチエに迫っていた。


『広。アンタはまた女叩きなんかして。そんなことをしている暇があったら勉強しなさい』

『そうだぞ、広。確かにお父さんはお母さんより稼ぎが少ないけど、それはお父さんが男だからじゃない。お母さんの方が頭がいいからだぞ。勉強すればお前だってお母さんより稼げるさ』


 もう十五年近くも会っていない両親との、たわいもない会話が脳裏をよぎった。


 家族(・・)の会話を思い出し、死の間際に懐郷の念に浸りかけ……。

 家族がいない娘のために戦っていることを連鎖的に思い出す。


「浸ってんじゃねえよ! 俺ぇえええええ!」


 残った腕でチエを抱えると、全力で走る。

 軽消費型にしていたのが効いたのか、何とか二人で攻撃の範囲から逃げることができていた。


「浸ってる場合じゃねえだろうが、俺! 家族のことを考えてる場合か、俺!」


 再びの拳を、見もせずに走って逃げる。

 それはまさしく悪あがき。災害から逃れようとする人間の醜態。

 生きようともがく強い意思からくる行動力。


「この子の役に立てよ……! オオカグツチ、オオワダツミ、オオハニヤス!」


 絶叫に呼応するように、落下し続けていたメイスが鳴動し、落下以上のスピードでヒロシのもとへ飛んでくる。

 ちぎれていたヒロシの腕はそのメイスをつかんだままであり、自然とヒロシ自身のもとへ戻ってきた。


「よおし……!」


こうみょう(硬明)!』

ひょうけつ(氷結)!』

どかん(土棺)!』


 ヒロシを中心とするローカルルールの内側で三重の防御結界が展開される。


 ヒロシは残った腕で薬を取り出すとチエに飲ませた。


 ようやく、ようやく一回目の回復であった。


「チエ! 大丈夫か!」

「は、はい……何とか……ヒロシさん、その腕は!?」

「気にすんな、くっつければ治る……」

「薬を自分に使ってください!」

「そんな余裕があるわけ……」


『余裕など与えん! かみなりおろし(雷颪)!』


 安心などさせないとばかりに、降り注ぐ雷と吹き降ろす風。

 三重の防御結界はあっさりとぶち抜かれ、内側にいるヒロシとチエを叩きのめした。


「んがっ……!?」


 崩壊し消滅する結界の中で、ヒロシはチエが一瞬で行動不能になる姿を見た。


 今までは状態異常を受けてもそれなりには行動できた。

 だが今はほんの一瞬で無力化されている。

 こんなことがあり得るのか?


「……魔法の効果を状態異常にふっているのか!?」

『少し違うな。まず状態異常に特化させた魔法でスキルツリーの王を行動不能にしている。そのあと通常の威力に特化させた魔法を当てているだけだ』

「プレイヤーみたいな真似しやがる!」


 チエは現在、鎧と盾と兜を装備している。

 それぞれが状態異常に強い耐性を持っているのだが、もちろん物理的にも魔法的にも強い防御力がある。


 仮にオオミカヅチが普通に戦っていれば、彼女は善戦するどころか圧倒していただろう。


 だがチエに残った唯一の穴、数値的状態異常で行動不能にしてしまえばあとはどうとでもなる。

 ヒロシが薬で回復させないように立ち回りつつ、使用されたらもう一度数値的状態異常で行動不能にすればいい。


 普通に戦えば勝てない相手を、一方的にハメ殺しにする。

 まさにRPGプレイヤーであろう。


 いやそもそも、状態異常とはそういうものだ。


(チエはいつものように、薬で数値的状態異常への耐性を上げている! それをぶち抜き一瞬で行動不能にするほどの異常攻撃力と、三重バリアをぶち抜くほどの魔法攻撃力が両立している……当然だ、相手は神! やる気になりゃあこれぐらいできるだろうよ!)


 腕がちぎれたまま、ヒロシは何とか立ち上がる。


 改めて大いなる神の姿を見上げた。

 その顔は苦渋にゆがんでいる。


『勝てると思ってきたことは、まあ当然だ。負けてもいいという覚悟で臨まれても困るのでな。だが三柱を調伏したからと言って、最後はもう楽だ、と思われるのは癪だ。殺しにかからせてもらう』


 神が人間を試している。

 この程度で死ぬのなら王の資格はない。死ぬべきだ。

 残酷で厳格な試練を課している。


「殺しにかかるってのが言葉だけじゃないってのが、また……ひどいもんだ」


 どうするべきだ、という問いを己に投げる。

 帰ってくる言葉は何もない。


「ぐぅの音も出ねえけどよ……」


 今日までの日々でやってきたすべてが、この神に通じない。

 なんとか勝算を絞り出そうとしても、乾いたぞうきんほどに何も出ない。


「死ぬかよ」


 だが決意は揺るがない。

 自分が死ねばチエも死ぬ。

 家族を知らない少女が、家族を知らないまま死ぬ。


 だから死なないと誓った。今までのあいまいな覚悟を形にした。

 彼は勝算を失い希望を失い、それでも生きる意志だけで立っている。


 数値的状態異常によって極限まで身体能力をそぎ落とされた勇者。

 それを守るのは、何があっても行動不能にならないアイテム係。


 彼が立っている限り、未来はまだ存在している。


 外にも他にも希望がないとき、彼自身こそが希望になる。


 それはまさしく、王の姿というほかない。



 この戦いの結果如何では二組の根幹神器がそろい、二人の王が誕生するだろう。

 だが相応に試練のハードルは高い。


 乗り越えられるかは二人次第だった。

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― 新着の感想 ―
広が家族を想起して、家族のいないチエを守る一連の流れが大好き。何があっても行動不能にならないアイテム係が未来を存在させている。 裏ボスオオミカヅチは弱点を突いてきた!ガチじゃないですかヤダー!
これは、神のルールが衝突している状態に人間が巻き込まれているという不条理。 過食者がやったのは、スキルツリーの神とその他の神のルールに齟齬があるのを利用して、その間を上手く立ち回った事だが。 その結果…
格下が格上を相手にすると言う事、耐性に穴が有る状態で戦うっつうより、「意思」ある存在を相手にすると言うのは、本来こう言うもんよね。
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