数値が深まる
その日のことである。
ヒロシはレベル上げを終えた後、ギルド専属パーティーと別れて神殿に戻った。
追跡していたチエは何事もなかったかのようにヒロシを迎える。
ちょっと意地悪な顔をして、ヒロシへ質問をするのだ。
「ヒロシさん! 今日はどこで何をしていたんですか?」
目をキラキラ……それこそ相手の弱みを見つけて、それへの反応を楽しむお年頃の女の子の顔をしていた。
「新しい装備の試着をしていたんだ。今までは重消費型の防具を着ていたけど、軽消費型に挑戦してみた」
「へ~~! そうなんですね。どうでしたか!?」
「重消費型と比べると脆い。思った以上に性能差があってびっくりしたな。だけど複数の古代神を召喚してもMP回復に余裕があったから……次はあっちで挑戦するのもありかもな」
ヒロシの説明は実に上手かった。
やっていることを説明しただけなので当然だが、何一つよどみというものがない。
だが実際に彼がやっていたところを見ていたものからすれば『肝心なことを隠している』ようにしか見えなかった。
それも、恰好をつけようとして、のことである。
実際、チエはその姿勢を眩しく見ていた。
こういう格好良さもあるのかと響くほどである。
なお彼女自身が勇者である模様。
「ただ、戦法を変える関係で慣らしが必要だと思う。しばらくはコレの練習をしたいね」
「そうですか、そうですか」
「で、そっちはどうだったんだ?」
「あ、え!?」
そして勇者チエは返事に窮した。
自分が今日何をしていたのか素直に答えるのは、今更無理である。
「龍猟師の皆さんと一緒に行動していました……」
ウソは言っていない。
どんな行動をしていたのか説明していないだけである。
素直に説明すると同行していた龍猟師たちの名誉にもかかわるので黙っているのが正しいと言えなくもないが、彼女が守りたいのは彼女自身だということも事実である。
「……スカウト系レア後衛だな。たしかお前の四天王の一人もそうだったか」
「はい! そのティアさんの話を聞いていたんですよ!」
話が上手い方向に転がってくれたので、チエはそっちに話を進ませることにした。
事情を知っているものからすると失笑ものの言い訳だったが、ヒロシはすっかり笑顔になっていた。
「そうか、それじゃあその話を聞かせてくれるか?」
「はい!」
チエにはよくわからないことだったのだが、ヒロシはチエの仲間の話をとても好んでいた。
なのでチエはヒロシに対して彼女らの話をすることが多い。
実際には、仲間のことを話す時のチエは笑顔になるので、それを見てヒロシが喜んでいるだけなのだが……それをチエが知ることはあるまい。
二人は神殿の食堂でテーブルを囲んでいた。
冒険中ではなかなか食べられない手の込んだ料理を食べつつ、彼女の真の仲間について話をしている。
仲間の最新情報を彼女が知ったのはこの神殿についてからのことなので、わざわざあえてウソを言う必要はない。
仲間のことでウソを言うなど勇者としてアウトではある。
なお彼女がここにいることがすでに仲間への裏切りでもある。
「ティアさんはいつものように、私に使うお薬の素材を調達するために頑張ってくれているみたいです」
「まいどだけどよ、俺からもお礼をいいたいもんだ。あれだけよく効く薬の素材なんて、そう簡単に手に入らないだろうに」
「そうなんですよね、本当に……ティアさんに関しては、実際に同行してもらうより迷惑をかけているかもしれません……」
あらゆる状態異常を治し、肉体のケガも全回復するという超強力な薬。
ヒロシはそれを使っているのだが、彼が薬を準備しているわけではない。
龍猟師のティアという女性が素材を集めてくれているのだという。
一般に想像するように、とんでもない危険地帯にしか素材がないため、命懸けで採取をしてきてくれているのだ。
そんな希少な薬をガンガン使わないと勝てないのだから、やはり古代神は強い。もっというとこの編成で挑むこと自体が完全に縛りプレイである。
「ガイアさんとジュラムさんはずっと試合とかをしていて、腕を磨いているそうです」
「いつお前から助けを求められてもいいようにってか?」
「はい……」
チエとヒロシは事情を把握しているし、何ならガイアとジュラムとやらもチエの内心をある程度把握しているだろう。
ヒロシもチエへ『仲間呼ぼうぜ』と提案したことがあるぐらいだ。
やっぱり今の旅を続けることも心苦しい。
「引き受けたときはいい気味だとしか思わなかったが、こうなってみると心苦しいもんだ」
「はい……」
「でもまあここまで来たからにはやり遂げようぜ」
「……はいっ!」
「で、最後の四天王はどこで何をしているのかわかったのか? なんか旅行に行っているとかなんとか……」
「クエスチさんなんですが、各地の神殿で見学とかしていたそうです……私宛に手紙とかも届きました」
「なんかソイツだけ異質だな……お前に下世話な話をしたのもソイツなんだろ?」
「クエスチさんのことは悪く言わないでください! 大神官様が本気で異動させちゃうかもしれないんです!」
「本気で案じるなよ……ぷふ」
各地の神殿をめぐっていたというクエスチ。
チエの知っているクエスチならもっと不真面目な旅行をしているかもと思っていたのだ、思いのほかまじめな旅行だったので意外である。
「ところで……今更なんですけど、ヒロシさんがお世話になったっていう神殿の神官さんはどんな人だったんですか?」
「駆け出し時代に世話になった人のことか?」
ヒロシは聞き役になることが多かったので、世話になった神官についてはあんまり話さなかった。
自分も苦労していた時期があって、お世話になった人がいた、ということしかチエは知らない。
ヒロシはしばらく黙り、困った顔をしていた。
ここで、チエは、ん? となった。
自分の場合、大神官について特に困る顔になることはない。
なぜヒロシは困っているのだろうかと素直に疑問である。
「なんつうか、ロックな人だったよ」
「ロック?」
「あの人はスキルの振り分けとか装備の購入とか、そういうリソースについて悩む若者を見るのが大好きで、近くで見るために神官になったっていう変わり者なんだ」
スキルをどういう順番でとるか。最終的にどんな型にするのか。
装備を武器から買うのか、防具から買うのか。
仲間の強化はだれを優先するのか。
そういうリソース管理を見るのは楽しい。
悩んだり揉めたり、躊躇したり土壇場で変えてしまったり。
一喜一憂は見ていて気分がいい。
彼が世話になった神官はそういう人だったのだ。
罪を犯しているわけではないが、なかなかイイ性格をしている。
「俺がヒーラーだってわかって、ヒールを取らないヒーラーになって見せるって意気込んだ時……あの人、めちゃくちゃ喜んでさあ……」
「普通の神官さんなら止める話だって聞いてましたけど、普通の神官さんじゃなかったんですね」
「ああ。俺を家に招いて食事を奢ってくれたこともあったんだが、その時は『最近の若いのは計画性が高すぎて面白くない』『知恵の神の信徒なのに自分で考える頭がない』『その点君は自分で検証していてえらい!』『そのまま自分だけのビルドを貫いてくれ!』とか言ってくれた……正直追い込まれていた気がする」
最初のころにチエは『周囲の人が私に優しいのは、私が勇者として頑張っているからだ』とか『もしもさぼったら嫌われる』とか言っていた。
その点に関してもヒロシは同じだ。ソロヒーラーとしての道を進んでいなければ神官は「ああそうなんだ」という感じで飽きて、特別扱いをやめていただろう。
本人が直接言ったわけではないが、そうなるだろうとは思っていた。
その追い込みがあったからこそ、彼はコンコルド効果を維持できたのかもしれない。
「でも別に、ヒールを習得しないヒーラーになりなさい、って勧めてきたわけじゃないんですよね?」
「ああ。それに関しては俺自身が決めた。昔の俺は女嫌いだったからなあ……」
女嫌いだったからヒールの使えないヒーラーになったというのは無茶苦茶な話だが、彼の中では筋の通っていることだった。
これも軽くはチエも知っていることだ。
「確かにものすごい感じで女嫌いでしたね。その割にものすごい速さで私とも仲良くなりましたけど……」
今のヒロシしか知らないものからすれば、チエのために必死になっているヒロシを女嫌いとは思うまい。
しかしチエ本人は、ヒロシが女嫌いだった時のことをよく覚えている。
衝撃的なふるまいだったので、今でも強く印象に残っているのだ。
「今更ですけど、なんであんなに女嫌いだったんですか?」
「……」
不思議そうな質問に対してヒロシは即答できなかった。
彼の脳内では、先日の過食者の言葉や、それに対するチエの返答が反芻されていた。
なぜ自分は過食者になったのか、なぜ自分は過食者と戦うのか。
どちらも自分の戦う理由を恥じることなく言えていた。
翻って見るに、己はどうなのか。
なぜ戦うのか。
なぜヒールの使えないヒーラーになったのか。
なぜ女嫌いだったのか。
他人へ攻撃するほど女嫌いになったのか。
「思うに、俺は……」
スモモ・ヒロシ。
狂気のソロ殴りヒーラー。
ネームド。二つ名があり有名人。
彼の二つ名は狂気の、を冠している。
「正当な理由なんてないんだろうな」
お前は○○に親でも殺されたのか? という言葉がある。
ヒロシが状態異常特化型モンスターに親を殺されて、その仇を取るためとか同じ苦しみを味わわせたくないとか、そういう理由で戦っていれば狂気のソロ殴りヒーラーとは呼ばれなかっただろう。
そういう理由がないにもかかわらず邪道ビルドを極めたからこそ狂気と呼ばれている。
女嫌いであることにも、大した理由なんてない。
母親や姉に虐待されていたとか、恋人に裏切られて借金を背負わされたとか。
そういう悲惨な過去があるわけではない。
それなのに攻撃的になるほど女が嫌いだった。
女のサポートをするとか、女に守られることを嫌っていたのか。
今までの人生で行ってきたすべてが申し訳なくなるほど、しょうもない理由だった。
「俺の故郷にはスキルツリーなんて便利なものはなかった。その代わり一部の女性が魔力を持って生まれていた」
「それってまさか……男の人は冷遇されて……女の子も私がされたみたいに、幼いころに魔力を検査して、その……異世界風に言うと厳選とかガチャとか……」
「そういうのは法律で禁止されてたよ。15歳だか16歳だかになるまでは検査できなかったはずだ」
「成人する年齢じゃないですか……いいところですね!」
「ああ、そうだな」
チエの心配はまっとうだった。
実際彼の故郷でもそれが起きうると懸念されて、わざわざ法律で決まったのだろう。
だがその法律が守られている程度には、故郷には余裕があったのだ。
それなのにヒロシは故郷を嫌っていた。
「……俺の家の隣に暮らしていた幼馴染が魔力を持っていて、しかもそれを検査を受けられないはずの幼いころから自覚していたんだ」
今でも思い出す。
幼いころの彼女を。
魔力がなければ使うことができない特殊な武器を起動させて自慢していた幼馴染の、楽しそうな笑顔を。
『ずるいよ、りんぽちゃん! 僕にも遊ばせてよ~~!』
『いいわよ、使ってみなさい! 動かせないけどね!』
『ん~~! ん~~!』
『ほらみなさい! あんたは男だから絶対使えないのよ!』
『りんぽちゃんのいじわる~~!』
自分の原点がそこにあることは認めよう。
しかし言葉にしてしまえば、あまりにもしょうもなくて……。
「うらやましかったなあ……」
本当にそれだけのこと。
言葉にすると陳腐すぎるため、脳内でロジックにすることを忌避していた真実。
「え、それだけなんですか? こう、その魔力で暴行を受けていたとか……」
「そういうのはなかった。俺はただうらやましかっただけだ。大した理由なんてなかったんだ」
ちゃんとした根拠がある嫌悪なら、ああも早くチエと打ち解けることはなかった。
そういう意味では納得だが、あそこまで周囲へ攻撃的になっていた理由が思いつかない。
「どれだけしょうもない動機だったしても動機だったことに変わりはない。駆け出しの苦しさと結びついちまって、一緒くたになっちまったんだろう」
自分が女のサポートをしたり、女から守られる立場になるということを受け入れれば、駆け出しのころの苦しさをまとめて否定することになってしまう。
実際にはそんなことなどないのに、一緒にしてしまった。
まさにこじらせてしまったのだ。
「でもな、お前の体の傷を観たら……そんなことにこだわっている自分がバカに思えたんだ。っていうかバカだって気づいたんだ」
「あの、その話、まだ続いているんですか? 私の体の傷って、そんなにトラウマものですか?」
「いや、普通にトラウマ! この間のオオハニヤス戦だって、石化したり砂になったり埴輪になったりで、見ているこっちが肝をつぶしたんだぞ! その前のオオワダツミ戦だって、毒を食らったり麻痺を食らったり、寄生されたりでひどいもんだったんだからな!? さらにその前の、最初のオオカグツチ戦なんて、もっともっと……えぐかった」
ふと視野を広げてみれば、たくさんの人が一生懸命頑張っている。
自分も頑張った。理由がしょぼくても頑張って、強くなったという事実に変わりはない。
そして強くなったからこそ、今目の前にいる少女を助けられる。
これでいいじゃないか、とヒロシは受け入れていた。
チエは全然よくなかった。
「ショックですね~~! 私のことをそういう目で見ていたなんてショックですね~! ずっとその目線だったなんて、今更ながら嫌ですねえ~!」
「悪い悪い」
「謝るんじゃなくて、私のことを違う目線で見てください!」
「いやあ、それはやばいだろ。成人間際ってのが逆に犯罪臭がする」
「んむう……ギリギリアウトってことですか」
「……異世界の言葉に詳しいな、お前」
「クエスチさんに習いました!」
「縁切った方がいいぞ、ソイツ」
ギリギリアウトってことは、もう少しでセーフってことですよね。
そこから先に踏み込むことは、チエにはできなかった。
顔を赤くしつつごまかすことしかできなかった。
だがもう少しで、聞く勇気が湧く。
違う。勇気を出そう、出さなきゃ。
そんな日が来ると信じていることが、今の彼女の頑張る理由の一つだった。