レベル上げ
今まで三柱の神を倒してきたチエとヒロシであったが、この順番にたいして意味はない。
だが四柱目の神、オオミカヅチだけは最後だと決まっていた。
決めていたではなく決まっていたである。
この神のおわすところは乱薙颱と呼ばれる風と雷の危険地帯なのだが、基本的に空に浮かんでいるのだ。
台風のように動いているのだが、これは一定のルートを回っている。
数年に一度とても高い山に接するため、その時期を狙って登山する以外に入るすべはない。
よって最後に回す……というか今の時期に訪れることになっていた。
その山の名はドゥーダイ山。
ふもとには大きな宿場町があり、大きな神殿もある。
観光地でもあるため、長期滞在にも向いている場所であった。
そのようなふもとの町に入ったヒロシとチエであるが、神殿に向かうさなかでヒロシが提案をする。
「なあ相棒。乱薙颱が近づいてくるのは三か月後って話だよな。その一週間ぐらい前には登山しないとだめだが、それまでは余裕があるってわけだ」
「そうですね」
「それまで基本、お互いに自由行動ってことにしないか?」
周囲には観光客や観光施設が多く並んでいる。
なんともにぎやかな町の中で、ヒロシはある意味当然の提案をした。
「え!?」
「……そんなに驚くことか?」
「え、いや、自由行動って……別行動ってことですよね!?」
「そりゃそうだろ、お互いに、なんだから」
「それはどういう、意味です、か?」
汗をかきながら大いに慌てているチエ。
よくない妄想が駆け巡っていると思われる。
「正直俺から言った方がいいと思ったんだが……」
「何を思っているんですか!?」
「ぜんぶ言った方がいいか?」
「ぜひ!」
「ほら、お前ももう立派なレディーだろ? もうすぐ成人だろ? お前にだって俺に言えないアレコレがあるだろ」
ヒロシの言葉に、チエは羞恥で赤くなった。
「ここはお前が特に深堀せず『そうですね、別行動しましょうか』とか言うかと思ったんだが……余計な気遣いだったか?」
「いえ! よく考えたらそうですね! お気遣いありがとうございます!」
正直に言えば、ここで休む、遊ぶつもりだった。
ヒロシと一緒にいろんなところを回って、最後の古代神との闘いに備えるつもりだった。
古代神との闘いは心が削られる。
彼女はそれを驚異的な精神力で乗り越えてきたが、無傷とはいかない。
四回だけでいいとか、一年ぐらい間が開くとか、一緒に乗り越える仲間がいるからとかで何とかしてきたのだ。
戦う後のご褒美を想像することも大事だが、戦う前に思いっきり気を緩めることも大事だ。
彼女はそれを学んでいた。
ヒロシもそれがわかっているのだろう。
チエの遊びに付き合ってくれていた。
だがそれも、チエが子供だと思っていたからだ。
もう彼女は大人になる。大人の女性には特有の難しさがある。
ーーーなんじゃないかなあ、とヒロシは慮ったのだ。
よくわかなんないけど、踏み込まないままにしたうえで距離を作るべきではないか。
濁しつつも自分からそう提案した方がいい。
と、いう気遣いだった。
正直に言ってうれしくもあった。
彼の自分への扱いが変わった。
今までもデリケートな扱いだったが、大人の女性として扱ってくれている。
半分恥ずかしいが、半分はやっぱりうれしいのだ。
「そ、それじゃあ、私はその、神殿の人と、大人の女性としていろいろ相談してきますね!」
「大人の女性はそういう事情を天下の往来で大声で説明しないと思うぜ」
「天下の往来でその話を始めたのはヒロシさんですよね!?」
「……それも、そうだったな」
ヒロシはここでわざとらしく、左後方に首を向けた。
すでに通り過ぎたそこには『ギルド』があった。
その目は戦士の眼をしていた。
※
神殿に迎えられたチエは、用意された部屋で寝転がるとじたばたしていた。
私生活の段階が進んだとかではないが、自分への態度が明確に変わったことがうれしかった。
彼女自身、大人の女性のアレコレなんて正直わからないのだが、大人の女性として見られていることがうれしかった。
「やっぱりヒロシさんは優しいなあ、うぷぷ」
ーーーあくまでも一般的にだが。
女性が『この人ならいい』という気持ちを持ったとしても、『いつでも』『どんな状況でもいい』というわけではない。
なんなら、触られるのだって、その前段階があってほしい。
そのあたりを勘違いしていると『これってオッケーってこと?』と考えて、結果として悲惨なことになる。
野生動物ですらそのあたりの機微を間違えれば引っかかれるし噛みつかれるのだ。
人間ならもっとひどいことになる。
逆に言えば、自分が距離感を探っているときに、相手も距離感を探ってくれるのはうれしいものだ。
大事にされているという実感で胸が温まる。
「……まあ、単純に年齢が成人に近づいているから、ってのはわからないでもないんだけどね」
ちょっと冷静になって自嘲するチエ。
声に出すと少しクールダウンできる。
なんだかんだ言って五年近く一緒に旅をしていたのだ。
ヒロシの人となり、自分への気持ちというのもわかっている。
わかっているがそれはそれとしてうれしい、という気持ちにもウソはつけない。
「それに、私から目をそらすっていうのは、私の心配をしているとき以外の気持ちってことも……?」
クールダウンしたチエは、ヒロシが自分以外の何かを見ていたことを思い出した。
さすがに何を見ていたかまではわからないが、明らかに何かへ注目していた。
「ヒロシさんはいろんなところを旅していたっていうし……もしかして、誰かに会う?」
少し前にチエとヒロシはリスクドールという人形化を操るモンスターに襲われた。
幸いヒロシが一晩中殴って倒してくれたのだが、結果的にフォクスなるパーティーを助けることになった。
あの時の彼らはヒロシに感謝の言葉を伝え続けていたし、英雄として尊敬し崇拝していた。
自分も一晩人形になっていたので気持ちはわかる。彼らは五日間も拘束されていたので、自分以上に感謝の気持ちが強いのだろうと想像できる。
彼は各地で凶悪なモンスターの相手をしており、都度人から感謝されている。
だからこそのネームド、有名人である。
もしも彼が以前にここへ訪れていたとして、そこで誰かを助けていたとして、その誰かと会っていたのなら……。
「何があっても不思議じゃない……!」
以前のヒロシなら何も起きないだろう。
だが今のヒロシはとてもやさしい。
相手の気持ちを考える余裕がある。
以前の感謝を伝えたいと言って『お食事でもいかがですか』と誘われれば乗るだろうし、そこでかつての自分を恥じつつ配慮の行き届いた会話をしようものなら……。
ぜひ私の娘の婿に!
大好きです! 私の旦那様になって!!
「……ありえる」
チエは自分のことを普通の女の子だと思っている。
少なくとも自分の嗜好が一般人とかけ離れているとは思わない。
再三言うが、以前のヒロシならともかく、今のヒロシはたいていの女子が惚れても不思議ではないだろう。
本人の稼ぎがいいことや社会的地位が高いことも含めて、理想の男性と言ってもいいのではなかろうか。
「理想は言いすぎだとしても、模範的ではあるのかもしれない……それに……」
彼の仕事はここで終わる。
過食者以外では唯一完全耐性を持ち、それゆえに絶対に行動不能にならないアイテム係として古代神と戦う旅に同行してくれた。
次の神と戦えば彼の役目は終わる。
本番である過食者の戦いに、彼は参加できない。
契約としても、実力としてもだ。
現在の彼は三柱の古代神を調伏し、以前とは比較にならないほど強くなっているが、それでも結界師を大勢抱えている過食者の軍勢にはほぼ無力だ。
「旅、終わっちゃうんだよね」
楽しい旅だった。
楽しいだけではない、苦しく、辛く、重く、痛い旅だった。
それでも彼女にとっては青春だった。
彼にとってもそうだったのだろう。
だが彼の旅は自分より先に終わる。
彼が話していたように、次を考える段階に入っている。
彼がここで家庭をもって骨を埋めるのなら、それはそれできっと……。
「~~~……ぬぬぬんむむむ!」
彼のためになるかもしれないが、自分が嫌だった。
卑しい気持ちであることはわかるが、そんな幸せは願えない。
怒りではなく沈む。
彼女は枕に顔を押し付けて、様々なものを漏らしていた。
「うぇっ、うぇっうぇつ……」
※
街に到着した次の日のことである。
昨日話した通り、ヒロシとチエは別行動をすることになった。
ヒロシは町に繰り出し……チエはそのあとを追跡していた。
なお、そのチエのそのさらに後ろには神殿直属のスカウト系レアクラス龍猟師が数人並んでいる。
「あの……私一人で大丈夫なんですけど……」
「何をおっしゃいます! 貴方はここが楽園か何かだと勘違いなさっているのでは!?」
「聞いたところでは、無思慮にモンスターの巣に踏み込んで、装備を全部外しているところを狙われたとか……ちゃんと警戒してください」
「ここであなたに死なれれば、ティアに顔向けできません」
素人丸出しの追跡を行うチエと、玄人として護衛をしている龍猟師たちのちぐはぐな感じは、逆に要人護衛と言えなくもない。
「それとも、追跡調査を我らだけにしますか?」
「私も行きます」
実にワガママな勇者であった。
龍猟師たちは逆に安心している。
これぐらい人間味があった方が旗印としては信用できる。
ともかく、ヒロシは装備をすべて神殿に置いて、町の中を歩いていた。
観光目的ではないことが、その迷いのない足の動きでわかる。
彼は明確に目的地へ向かっていた。その足取りには明確に真剣さがある。
そして着いたのは町のギルドであった。
「……なんでしょうか? 仕事でも入ったんですかね?」
「いえ、そんな話は聞いていません。彼の獲物が現れたのなら、私たちの耳にも入っているはずですから」
ヒロシの仕事相手は稀だ。
彼自身も言っていたが、頻繁に現れるのなら『完全耐性』はもっとポピュラーになっている。
稀だからこそニッチな需要が発生しているし、発生すれば大騒ぎにもなる。
そして……まあぶっちゃけ、金がある街の近くで起きれば、大金を払ってムリヤリ一流パーティーに押し付ける。
レアクラスの組織が対応することもあるだろう。
そんなことできる街ばっかりでもないし、いざとなったら一流パーティーもガチ逃げするので、彼の仕事はゆっくりと確実に溜まっていく。
つまり彼が必要になれば大騒ぎになる。そうなっていないということはそういうことだ。
「中に入っていきましたけど……私たちも入りますか?」
「神殿とギルドの関係は複雑なので、我らが並んではいると問題になりかねませんよ? というか目立つので追跡が失敗します」
「でもギルドの中でよからぬことが起きている可能性も……」
「ないですよ。職場を何だと思っているんですか」
「でも……でも、クエスチさんから聞いたいかがわしい話では、職場で誰にもばれないように男女があられもない姿になるとかならないとか……」
「いかがわしい話を真に受けないでください」
彼女の仲間は本当に彼女の仲間なのだろうか。
龍猟師たちは今更ながら、彼女の周囲の人々が心配になっていた。
一方でチエはヒロシのことが心配である。
ヒロシのことが心配と言ってもヒロシの身の安全を気にしているわけではないので、心配というのも少し違うかもしれない。
しばらく待っていると、彼は普通に表から出てきた。
メイスを納めているものの、完全装備である。
これから狩にいくという体であり、他の何かには見えない。
「……あれ? あのヒロシさん……重消費防具じゃありませんね?」
「はい。あれは軽消費防具……攻撃を受けた時だけ魔力を消費する、燃費がいい一方で防御性能は低い万能職向けの防具です」
彼が普段来ている防具よりも『痩せている』という印象を受ける防具であった。
全体のシルエットを見ると貧相になっていることがすぐにわかる。
そのような新しい装いの彼の後ろに、ギルドのマークを背負うスキルビルダーが続いた。
ギルド専属パーティーであろうと思われる。
「昨日いきなり依頼して、今日から仕事ってのは悪いな」
「いえいえ、我らも仕事が空いていましたので。それにあなたからの依頼なら受けないギルドはありませんよ」
「ん~~……昔の俺さあ、かなり態度悪かっただろ? 悪いうわさがあったから、断られるかもと思ってたんだけど、なんか好意的だな」
「態度が悪いことなんてそんなに問題じゃありませんよ。あなたが率先して多くの塩漬け仕事を片付けてくれているので、助かっているギルドは多いんです。こう言っては何ですが、我々からすればあなたの方が勇者なんですから」
「勇者の相棒にそれを言うかねえ……」
「そう、それですよ。あなたが女性の勇者のアイテム係になっていると聞いて、みんな驚いていたんです。できればその話を聞かせてほしいですね」
「お、いいぞ。俺と相棒の話を聞かせてやろう。俺の相棒は、可愛いところもあるを通り越して可愛いところしかないからな」
十人ほどのギルド専属パーティーを従えて歩く彼は、やはり狩に向かうようにしか見えない。
しかし仕事と言うにはあまりにも緩かった。
一行は首をかしげながらも追跡を続行していた。
※
ヒロシを含めた一行は中級者向けエリアに到達した。
つまりぶっちゃけた話、ヒロシ個人としては適合しない危険地帯である。
仮に彼が一人で踏み込んでも、どのモンスターも倒せず、逃げまどうしかできない。
にもかかわらず、彼についてきたギルド専属パーティーは彼から距離を取り、自分たちだけをバリアで隔離した。
「固定結界(極)!」
パッシブスキルによって、硬度も持続時間も有効範囲も拡大しているバリア。
その内側で待機しているパーティーをよそに、ヒロシは手元からモンスターを呼び寄せる撒き餌をばらまいた。
芳醇な香りにつられて、多くの獣型モンスターが近づいてくる。
遠くからそれを見ているチエたちは、彼が何をしようとしているのか察し、息をのんだ。
「ヒロシさん……なんて無茶な……」
チエは今にも飛び出しそうになり、龍猟師たちはそれを止めていた。
「大丈夫です。ギルド専属パーティーがいますから、いざというときは……」
大丈夫、とは言えない。
龍猟師たちも正直に言えば止めたかった。
普通のモンスター相手に彼は無力である。
このレベル帯のモンスターからクリーンヒットをもらえば、武装ごと潰されて死にかねない。
どう考えてもミスマッチだ。
それでも彼は勇気をもってバリアの外に立っている。
「いくぞ、オオカグツチ、オオワダツミ」
召喚開始
名称 オオカグツチ オオワダツミ
位階 ハイエンド
種族 古代神
依代 重消費型メイス
強度 3
効果 炎、光、水、氷属性の魔法使用可能。
精神的、肉体的状態異常付与。
ローカルルール龍涎蝋、霊錨角布令
召喚完了
彼は周囲にローカルルールを展開する。
彼を中心に水と炎の危険地帯が生じたのだ。
幸いにもチエたちがいる場所まで届くことはないのだが、彼女の周囲にいる龍猟師たちは緊張している。
今の装備で自分たちが踏み込めばろくなことにならない、と。
「こ、この程度で……どうにかなるの!?」
チエはそれでもヒロシを心配していた。
周辺一帯を制圧することに関してこの上ない能力ではあるのだが、一撃必殺だとか鎧袖一触とはいかない。
少なくとも、寄ってきている獣型モンスターならしばらくは持つだろう。
彼が古代神の力で直接攻撃をするとしても持久戦になってしまう。時間がたてばたつほど有利になるが、それまで持つとは思えない。
「……来い、オオハニヤス」
召喚開始
名称 オオハニヤス
位階 ハイエンド
種族 古代神
依代 重消費型メイス
強度 1
効果 土、金属性の魔法使用可能。
召喚完了
「お前のデビュー戦だ、気合を入れろよ」
『ふん、大きな口をたたくものだ……どそう!』
ヒロシのメイスに土属性の魔力が帯び始める。
彼はそれを確かめることもなく、周囲に集まってくる獣型モンスターへ近づいて行った。
火、光、水、氷。精神的、肉体的状態異常に襲われ、混乱し狂暴化しているモンスターたちは、近くに寄ってくるヒロシへ猛攻を仕掛ける。
「!」
無理だ、と判断して身をそらす。
辛くも回避に成功するが、他のモンスターたちも狂乱し殺到してくる。
いや違う。
もはや周囲のモンスターたちは、近くにいるモンスターすらも敵とみなして暴れまわっていた。
いっそ彼だけ狙われている方がいいのかもしれない。
そう思えるほどのカオスの中で、ヒロシは難を逃れながらメイスをふるっていた。
ノーダメージ縛りのチキンプレイ、と言えるのかもしれない。
モンスターの視点からすれば、状態異常をばらまきつつ逃げ回る卑怯者かもしれない。
しかし観戦している者たちは手に汗を握りながら彼の奮戦を見守っていた。
「ん!?」
背中を引き裂かれた。
装甲が歪み、血が噴き出る。
「ぐっ……!!」
痛みをこらえながらも周囲を見渡し、とにかく追撃を避ける。
都合よくよけ続けるなどありえない。
ダメージは蓄積し続けていく。
だがそれでもヒロシは避難せず、しかし致命傷を避け続けていた。
抑え込まれることはなく、連続して攻撃を受けることもない。
彼の装備はやがて壊れて地面に落ちていき、その戦闘能力は衰えていく。
だがそれ以上に周囲のモンスターが弱っていき、やがて彼だけが残っていた。
「……これがソロヒーラーか」
超危険地帯で未帰還になったトップパーティーレオンを救助する任務を彼は引き受け、なんとか達成したという。
そのあとの異常な行動が有名になっているが、やはり成し遂げたことの方がよほど異常だ。
ヒーラーがソロで、誰ともパーティーを組まずに、殴って倒して奉納品を集め続ける。
それはつまり、立ち回りがうまいということ。
超人的だとか達人的だとかではないからこそ、彼のしたたかさがよくわかる。
本来不必要な技能だが、それでも尊敬に値する実力者であることに疑いはなかった。
遠くで見ているチエも、心配しつつも驚いていた。
彼のこういう強さを見たのは初めてだったのである。
いや、古代神と戦うとき、自分が見ていないだけで、ずっとこうしていたのかもしれない。
それを想うと、彼のことを何も知らないのだと思い知る。
しかし新しい面を見て、感動している自分もいた。
「ふぅ……」
ヒロシはここで、自分の連れてきたパーティーを見た。
彼らは全員バリアの内側にいて、当然ながら無事である。
巻き込んでいたら申し訳ないのだが、それはそれとして残念な話である。
「やっぱり今のままだと、俺は過食者相手には無力だな」
ヒロシが広域展開しているローカルルールは確かに強力だが、これだけでは普通のスキルビルダーのバリアも破れない。過食者相手にはもっと無理だろう。
それを再確認して、ヒロシは頭をかいた。
「オオカグツチ、オオワダツミ、オオハニヤス。教えてくれ、この間の過食者のバリアをお前たちの力で破ることは可能か?」
『今の強度では不可能だな。長時間攻撃し続ければ壊せるかもしれないが、相手がバカでも棒立ちはすまいよ』
「お前たちのレベルを上げるには、何度も使って熟練度を上げるしかないんだよな?」
『オオハニヤスに関してはまだ上がる余地がある。だがオオカグツチとオオワダツミに関してはもう頭打ちだな』
「それじゃあれか? オオミカヅチってのを調伏して、レベルを上げ切って、同時に展開しても……バリアは破れないのか」
『いやそうでもない』
現在ヒロシは三柱の古代神を調伏し、三柱とも同時に展開することが可能である。
だが召喚強度は3が頭打ちであり、周囲にローカルルールを布令することぐらいしか特筆すべきものがない。
だが召喚強度を更に上げる方法はある。
『オオミカヅチを調伏すれば、お前はアメノミハシラから分かれた神体をすべて調伏したことになる。お前たち風に言えばセットボーナスが発生し、召喚強度の上限が解放される』
「召喚強度が上がると何ができるようになるんだ?」
『お前は我らの全力を引き出せるようになる』
説明を聞いて、チエだけがぞくりと震えた。
話を聞いているほかの者たちは実感がないが、彼女とヒロシだけは彼らの本気を見ている。
彼らの力を、一個人が意のままに扱える。
その事実だけを聞いて背筋が凍ったのだ。
『最終的にお前は世界を滅ぼす力を得るということだ』
「そうか、よかった」
がちゃりがちゃりと、ヒロシは自分が着ていた鎧を脱いでいく。
ひん曲がった装甲がヒロシの体に食い込んでおり、脱ぐときに多くの肉をえぐっていた。
多くの血があふれ続けている。
そしてあらわになった身体は、やはり美しかった。
「俺はまだ、相棒のために戦える」
彼の言葉はどこまでも真剣でまっすぐで、一切の他意を感じられない。
世界を滅ぼす力を得ようとしている彼に、誰も止めようと思えなかった。
この人はそんなことに力を使わないと信じられた。
顔が、声が、体がそれを伝えてくるのだ。
「スモモ・ヒロシさん。あなたは過食者とも戦うつもりですか?」
「ああ」
同行していたパーティーはバリアを解除して、彼のもとへ替えの鎧を差し出す。
再び装着していく彼は、迷うことなく返事をしていた。
「彼女には、レアクラスの仲間が大勢います。貴方がそこまでして強くなって、協力しないといけない理由は何ですか?」
素直に疑問だった。
止めたいわけではなく、ただ気になってしまった。
なぜここまで清らかに力を求められるのか。
「俺は、あの子の気持ちがよくわかる。あの子のワガママを支えてやりたいんだ」
チエも、チエに同行している龍猟師たちも静かに聞いていた。
「……あの子には大切な人がたくさんいる。俺もその中に入っている。でもあの子にとって、一緒に戦って、傷ついていい奴は俺だけだ。理屈じゃないんだ、差があるわけじゃないんだ。でもそうなってるんだ」
彼女だって自分が傷つくことをよしとしていない。死にたいわけじゃない。
でも仲間は死んでほしくないし、傷つけたくもない。
この旅で何度も聞いてきたことだ。
「だったら、俺が一緒に戦ってやりたい。本当に、心の底からそう思うんだ。そんな風に思う自分が大好きなんだ。そうなれたのはあの子のおかげで、だから感謝しているんだ」
「それ……勇者に伝えていますか?」
「言うわけないだろ? 言ったら俺に気を使って、ゆっくり英気を養えない。これから戦う最後の神も甘くないだろう……あの子は休まないとダメなんだ」
装備を身に着けたヒロシは、自分の血で汚れた顔をそのままに動き出す。
「俺は勇者の、あの子の相棒だ。だからウソをつくしワガママを通すのさ」
たった一人の少女のワガママのために、彼は血みどろの努力をして、古代神の力を使いこなそうとしている。
その姿は皮肉にも……。
「勇者だ……」
チエのすぐそばにいる龍猟師たちは、不適切な表現をしていた。
だがチエはそれを怒らない。
むしろ彼女こそ、ヒロシを勇者のように見ていたのだから。
セットボーナスが発生すると、召喚強度4が使用可能になり、本体を呼び出して戦わせることが可能になります。
ヒロシの場合はMP最大値上昇、MP回復、回復量増大を極めているため、四体同時に本体召喚しても問題なく戦闘させられます。
ちなみに召喚強度の最高値は5です。