真骨頂
勇者に選ばれたのは五歳の女の子である。
そのようなうわさが飛び交った時、過食者たちはおおいに喜んだ。
どう考えても十年は自分たちのもとへ来ない。
十年の間、自分たちはやりたい放題できる。
彼らの多くはそのように考えていた。
明日のことどころか、今日のことしか考えられない者たちである。
十年後など永遠に来ないかのように考えていた。
過食者の周囲にいる闇社会の人間も同じように考えていた。
だが五年も経過すると話が変わってきた。
今まで自分たちに協力的だった裏社会の住人が距離を取り始めた。
過食者にならないかと勧誘しても乗るものが減った。
スキルを奪われる者たちすら、自分たちのことを軽く見てきた。
お前たちの命運はもうすぐ尽きる。
おかしな話だった。
十年後なんて永遠に訪れないと思っていたのに、刻一刻と近づいてくる。
その一刻が輝かしい日々であるのならまだ納得できるが、実体としてはひどいものだ。
強いからこそ奪われないし、狩りで負けることはない。
だが儲けは足元を見られるし、表を迂闊に歩くこともできない。
これ以上奪われないためにスキルを奪ったのに、奪われないための努力をし続ける羽目になっている。
おかしい、こんなはずじゃなかった。
悪いことをして破滅が確定しているのだから、せめてそれまでの日々は楽しく素晴らしいものであるべきじゃないのか。
理不尽だ、こんなことはあってはいけない。
そう思うからこそ彼らは四年前に大胆な行動に打って出た。
勇者の装備を奪い、各地に奉納し、勇者の手が届かないようにしたのだ。
これで彼らの動きは再び活発になったのだが……それもチエが装備を集めだしたことで一気に悪化する。
※
勇者の剣、兜、鎧、盾を持つチエはあまりにも頼もしい。
目の前に布陣している六人を相手に、一歩も引くことはなかった。
一方でこの場にいる過食者六人も戦闘態勢に入る。
「固定結界(極)! 個人結界(極)!」
「全能力支援(極)! 攻撃支援(極)! 防御支援(極)!」
まず動いたのは後衛のうち二人だった。
結界師と支援師であったらしく、複数の補助を展開する。
後衛三人を囲う形で四角いバリアが建築され、六人全員にオーラの鎧のようなバリアが包み込む。
さらに六人全員に基礎能力のバフとダメージ計算時のバフが盛られた。
残る後列の一人は何もしていないので、おそらく治癒師だと思われる。
「分かっちゃいたが……無茶苦茶だな」
王道の補助が展開されただけだというのに、ヒロシはもうあきれていた。
この世界のアクティブスキルは、スキルポイントを振ることで……。
弱→中→強→極
と強化されていく。
効果が強くなり消費MPが多くなっていくのは当然だが、詠唱時間やクールタイムもまた伸びてしまう。
魔法系のアクティブスキルが極に至ろうものなら発動まで五分かかる。どれだけ強力でも戦闘中に使用できるレベルではなくなってしまうのだ。
よって極まったアクティブスキルを戦闘中に使用するには、MP最大値上昇だけではなく詠唱時間短縮やクールタイム短縮のパッシブスキルを習得する必要がある。
それだけスキルポイントを振ると、他のスキルを極めるのは難しい。
つまり複数のアクティブスキルを極めたうえで同時に発動できるのは過食者だけであった。
「アクティブスキル……強攻撃(極)!」
補助を受けた前衛の一人が、巨大な剣を振りかぶってチエに突っ込んだ。
その速度はヒロシの眼で追える速さではない。
この前衛は攻撃士であった。
戦士や防御士と共通のフィジカル系が強化されるパッシブスキルだけではなく、通常よりも強力な攻撃を出せるアクティブスキル強攻撃を会得できる。
もちろん攻撃力を上げるパッシブスキルも充実している。
攻撃時速度向上だとか攻撃時攻撃力上昇だとか攻撃時防御力上昇だとか……それらを全部習得した場合の攻撃時全能力上昇というセットボーナスも備えている。
ほかにもアクティブスキルの再使用を早めるクールタイム短縮や、一定時間攻撃しないことで次の攻撃の威力を高める力溜めなどがある。
もちろん目の前の攻撃士は、それらすべてを習得している。
その攻撃力は、通常の攻撃全振りアタッカーをはるかに超えている。
そのうえ過食者の支援師からのバフも盛られている。
装備が最高級であることもあって、その攻撃力は通常をはるかに超えていた。
「無駄です」
チエはそれを盾で受けていた。
もちろん一切アクティブスキルを使わず、素で受けただけである。
なんなら踏ん張ってすらいない。
すさまじい威力であろう大剣の一撃を、彼女の盾はあっさりと受け止めていた。
それどころか攻撃士をはじき返すほどである。
通常ならありえない話だが、その場の誰もが生唾を飲むだけであった。
「普段より強いな……これが勇者の真骨頂ってわけだ」
「ええ、当然です」
モンスターと戦うときも、古代神と戦うときも、さすがにここまでは強くない。
では相手が弱いのかというとそうでもない。
「私は、勇者は過食者を討つためにスキルツリー……の神が遣わしたクラス。過食者を含めて、スキルビルダーに対しては特効効果を与えられています」
ドラゴンキラーがドラゴンに対して特効をもち、ダメージ計算時に特別な乗算が発生するように、勇者の装備はスキルホルダーに対して特効効果が発生する。
古代神相手にも有効な力が、さらに跳ね上がるのだ。
「勇者に選ばれた当時の年齢だったり、何百人、何千人も相手にすればさすがに不覚を取ることもあるでしょうが、六人相手なら負けようがありませんね」
「そんなことはわかっていたさ」
ヒロシとチエは、過食者の不可解な態度を不審がる。
今まさにはじかれた攻撃士すらも不敵に笑いながら起き上がってくる。
「そこの防御士は防御力の理想値に達しているが、君が切りかかれば一撃で即死するだろう。本来仲間の盾になる防御士がそれでは、連携が連携として成立しない」
この場にいる六人の過食者は、おそらくガチパーティーと呼ぶに値する。
だがそのガチパーティーの連携とは、つまり『防御士が相手の攻撃に一回は耐えられる』ことが前提になっている。
それが不成立なら、戦闘になることもなく一気に瓦解するだろう。
「当然ですよ。勇者の攻撃力は、理想値の防御士を瞬殺できるように設定されているんですから」
「……試してみるといい」
リーダーの言葉にこたえる形で、冷や汗をかきながらも笑う防御士が前に出た。
不気味である。
ヒロシとしては『カウンター系の能力があるかもしれないから気をつけろ!』とか言いたくなるが、仮にあったとして対策があるかと言われると存在しないわけで。
「では……!」
チエは得体のしれない悪い予感を振り切って、巨大な剣をふるう。
大きな盾を構える過食者の防御士は、腰を落としてそれを受け止めようとした。
「アクティブスキル、全力防御(極)!」
彼が発動させたアクティブスキルは、瞬間的に防御力が向上するものだけだ。
だが過食者であるため、常時物理防御向上や防御時防御力上昇なども獲得しているのだろう。
もちろん最高ランクのバリアやバフも盛られている。
だがそれを一撃で倒せるだけの攻撃力を持っているのが勇者のはずだった。
(防具のセットボーナスや薬のバフなんかでどうにかなるレベルじゃない。このまま当てれば問題なく倒せるはず……)
攻撃しながらも注視していたチエは、しっかりと『ありえないもの』を見た。
「こい、カグツチ」
『こうみょう!』
「な……!?」
ヒロシが調伏し従えたオオカグツチに似た火の玉が現れ、防御士の盾や鎧を光と炎に包む。
本来なら障子紙のように粉砕されるはずだった防御士の体を保護し、勇者の剣を受け止めていた。
「痺れたぜ……だが耐えられた!」
「……そんな馬鹿な」
ありえないものを見た顔をしているチエは、驚きのあまり戦闘中であるにもかかわらず棒立ちしている。
それがおかしくてたまらないのか、過食者のリーダーは心配そうに声をかけた。
「何が不思議なのかね? 我らは勇者の兜をオオカグツチに奉納したのだぞ? 利益を得て当然だろう」
同時に力を誇示する。
この場に六人いる過食者全員が、カグツチという名の火の玉を従えていた。
神は奉納品を断れず、相応の利益を与えなければならない。
それがこの火の玉たち……オオカグツチの分身ともいうべきものならば納得できる。
勇者の装備に相応として、分身一つではなく六つ……否、何十も与えていても不思議ではない。
それはオオワダツミ、オオハニヤス、オオミカヅチのところでも同様だろう。
「そしてこの力はスキルツリー由来ではないため、特効効果は作用しない! 単純に無効化できるわけではないだろうが、対抗手段にはなる」
「それはそうでしょうが……ありえない!」
チエもそこまでは想定していた。
だが過食者が使えるとは思っていなかったのだ。
「す、スキルツリーよ! どういうことですか!? 過食者は他の神からの利益を使えないはずでは!?」
焦ったチエは己の剣へ問いかけた。
その意味を知るものは、この場の人間に一人もいない。
『その通りです』
この場の面々は神を知っている。
過食者ですらオオカグツチに出会っている。
だからこそ剣から聞こえてきた声が、神の声であるとわかる。
勇者の剣から聞こえてくる声は、スキルツリーの神にほかなるまい。
あまりにも唐突に『神の声』を聴くことになり、ヒロシも過食者も身動きが取れなくなっていた。
言いたいことがたくさんあったはずなのだが、唐突すぎて動けなくなっている。
『そもそも人間には許容量があります。私のスキルをすべて受け取る、ということはできません。だからこそまず……一度目の習得上限を設けました』
「その枠に合わせてクラスが作られた、ということも聞いています。ですから、だからこそ……」
『ええ。過食者が己のクラスのスキルをすべて習得しても、許容上限に達しているというだけで死ぬことはありません。その代わり、他の神からの利益を受け取ることができなくなりますがね』
「ではなぜ!? 彼らは古代神から利益を受けています!」
『そこは我らが答えよう』
ヒロシの周囲に浮いていたオオカグツチが、神の威厳のある声をもって説明を引き継いだ。
『スキルツリーの神体に相当する利益となれば、我らの枝葉をすべてくれてやるぐらいでなければ釣り合わん。だがスキルツリーが語ったように人間には許容量がある。そこの過食者どもは許容量をすべて埋めている。ゆえに我らの利益を受けることはできん。使えぬ利益を送るなど沽券にかかわる』
「専門用語が混じってるけど、大体わかる。けどよ……だから、なんで使えるんだよ」
オオカグツチに対しては軽口を聞けるヒロシである。
迂遠になっている話をまとめてほしかった。
『我らは少しばかり調整をした。枝葉どもは過食者どもに従っているだけで、なにがしかの契約を結んでいるわけではない』
「……スキルを追加したとかじゃなくて、ペットをくれてやったようなもんってことか」
『おおむね合っている』
ヒロシと古代神たちは調伏契約を結んでいる。
彼の意のままに動き、彼のMPを消費して活動することになっている。
『契約を結んでいない以上、契約者の力を消費して戦うということはない。だからこそ魔力を持たぬ前衛職でも枝葉の力を疑似的に行使できるのだ』
「……そっちの方がよかったぜ」
『何を言う、この浅知恵が!』
「うるせえよ。それより……」
理路整然とした情報を聞いて、チエは緊張していた。
「枝葉神器……つまりレアクラス相当の実力が追加されているということに……!」
「その通りだ」
過食者のリーダーが戦闘を再開する。
手に持った両手剣をカグツチで燃え上がらせ、一歩一歩チエへ近づいていく。
チエは立ったまま反応しない。
「私は攻撃的万能職破壊者だ。攻撃士に魔法攻撃が追加されたようなものだと思えばいい。もちろん攻撃的なパッシブスキルは攻撃士に比べて控えめだし、魔法攻撃のアクティブスキルも専門家には大きく劣る。だが……破壊者にはあるのだよ……コンプリートボーナスがね」
すべてのクラスにコンプリートボーナスがあるわけではない。
むしろコンプリートボーナスがないクラスの方が優秀とまで言われる。
コンプリートボーナスは確かに超強力だが、見合わぬほどスキルポイントの負担が大きいからだ。
ほかのスキルが使えないのなら意味が薄れてしまう、とも言われている。
だが過食者なら話は違う。
「パッシブスキル、永久機関。MP最大値上昇、消費MP減少、クールタイム減少、詠唱時間短縮。それらをすべて極めた者は……あらゆる行動でMPを消費することがなくなり、アクティブスキルを際限なく使用できるようになる」
フィジカル、マジカル両方の基本能力を向上させるパッシブスキル。
強力なアクティブスキル。
それらを得たうえで、コンプリートボーナスを活用できる。
それが過食者の脅威。
今はそれに古代神の力すら付与されていた。
「私はその力で、君を死ぬまで殴り続ける。死ぬまでというのは誇張ではない。私は君を殺せるし、君は死ぬ」
その表情に憎悪も怨恨もない。残念そうですらある。
「君はさっきの交渉をしているときにこう考えるべきだった。勝算をもって自分の前にいるはずだ、とね。だからこそ……先ほどの要求を聞くべきだった。いや、これは未練だな。私が同じ立場なら、憂いなく幸せな生活ができることを諦められまい」
自分と同じで飢えの苦しみを知る少女を殺すことが残念だが、自分が幸せになるためには仕方ない。
彼はあったことがないクエスチという者の論理にのっとって剣を振り下ろそうとした。
「アクティブスキル……物魔撃(極)!」
『ひうち!』
盾で受けることができず、兜に直撃する。
もちろん一撃で倒せるとは思っていない、何度も何度もたたき続けなければなるまい。
そのように考えていた彼の耳に、少女の声が届く。
「スキルツリー、開放」
彼女の装備が、すべて輝きを放つ。
一瞬で、過食者にすら見えない速さで彼女の剣が動いた。
撃ち込まれた剣を、勇者の剣で切り払ったのである。
勝利を確信していた過食者たちは、あまりのことに呆然としている。
しかしチエは残酷に現実を伝える。
「もう一度言いますが、私は過食者が百人いようが千人いようが一方的に殺すための存在ですよ。如何に古代神から利益を得ているとはいえ、貴方たちが百倍も二百倍も強くなっているわけじゃないでしょうに。なぜ勝てると思ったのですか?」
勇者にスキルビルダーへの特効能力があるのは事実だが、それが通じない古代神を彼女はすでに三柱も倒している。
つまり特効倍率が非常に高いのではなく、素の出力が異常に高いうえで特効を持っているということ。
仮に彼らが十倍強くなったところで、六人程度では勝てるはずもない。
スモモ・ヒロシが四年ほど前に、彼女へ抱いた感情を過食者たちも抱く。
なんだ、この理不尽な強さは、と。
自分たちは強くなったはずなのに、なぜ目の前の小娘一人に嫉妬し、羨望している?
こんなのはおかしい、自分たちの努力はいったい何だったのだ!?
「検算されていない勝算など……浅知恵に過ぎない」
ここで彼女は勇者の剣を大きく振りかぶった。
共に冒険してきたヒロシが何度も見てきた大規模攻撃である。
彼女の前に立つ過食者たちもそれを予感していた。
「アクティブスキル、全力防御(極)!」
「アクティブスキル、瞬間防御結界(極)!」
『こうみょう』
防御士が前に出て盾になり、結界師は自らの前に巨大な盾を生み出す。
また彼らを含めた全員に憑くカグツチが過食者を保護した。
果たしてそれは、勇者の攻撃を防げるのか。
チエが剣をふるうことによって、それが確認されることになる。
大破壊である。
純粋な暴力が前方に吹き荒れた。
後ろにいたヒロシをして衝撃波で転びそうになるほどだ。
前方にいる過食者が無事で済むはずがない。
そう思っていたが……なんとも言い難い結果であった。
まず、防御士は立っていた。
装備がボロボロで血を流しているが立っている。
HP回復スキルを極めているからか、見ている間に体調が戻りつつあった。
後方にいた治癒師も同様である。
多重バリアやバフによって辛くも命を拾っており、やはりHP回復によって復帰しつつあった。
「はやくヒールをしてくれ!」
「わ、わかってます! もう少し待ってください!」
「馬鹿を言うな! 相手がもう一回攻撃してきたら俺たちは終わりだぞ!」
二人は周囲の仲間を見ていた。
自分たち以外の四人が倒れて起き上がれていない。
やはり装備はボロボロで出血している。
早く治さなければ死んでしまうだろう。
「悔しいが、勝ち目がない! 全員を治療次第、逃げるしかない! 急げ!」
防御士は体で感じていた。
強敵と出会い、最初から全力で戦って、相手の攻撃を受けて「あ、これだめだ」と悟った状態だった。
チエの語ったように六人で勝てる相手ではなかった。
「逃げるしかない? あいにくですが、それは不可能ですね」
倒れていた過食者たちの体が震えだした。
痙攣どころか地面から浮かぶほどにもがき、陸に上がった魚のように跳ねている。
「うぐ、おが……っ!?」
彼らの体から、見慣れたものが出てくる。
スキルツリーから出てくるスキルの実であった。
それらは熟するように大きくなると、大空に向かってカッ飛んでいく。
それらを見上げる過食者の二人は、伝説を目の当たりにして震えていた。
「なぜ勇者が過食者を討つことを人々が望んでいるのか。それは私が過食者を討てば、スキルの実を持ち主へ返還できるからです」
勇者が持つスキルビルダーへの特効効果とは、単純に攻撃力や防御力が上がるだけではない。
勇者の剣で切られた過食者は、今まで食ってきたすべてのスキルが排出される。
彼女にしかできない、勇者だけの特権である。
「これは幻想的状態異常、封印に近いものなので、完全耐性をもつ防御士と治癒師には意味がありませんが……その場合は殺してから解放することになります」
無慈悲な勇者が前進してくる。
治癒師はとっさに、全員へ治癒を施していた。
「アクティブスキル、治癒(極)! 状態異常治癒!」
全員の傷が速やかに治療されたが、スキルが戻ってくることはない。
完全回復を遂げた過食者たちは、得ていた力の喪失に戸惑っていた。
「そんな……こんな……」
いっそ何もわからぬままに死んでいた方がよかったかもしれない。
そう思うほどに、彼らの顔は絶望に染まっていた。
彼ら自身がいままでやってきたことが、そのまま自分に帰ってきている。
それを見て、まだ奪われていない防御士も治癒師も震えていた。
自分もこうなるのか、と。
「どうやら今の一撃でカグツチの枝葉も倒れたようですね。少なくともしばらくは復活しないでしょう。そのうえ防具もボロボロ……もう一度攻撃すれば倒せますね」
チエはもう剣を振りかぶっていた。
枝葉を得た過食者であっても、二回攻撃すれば倒せるという勝算を得たのだ。
「参考になりました。ありがとうございます」
六人の過食者たちは、今更理解した。
逃れられないから破滅なのだ、と。
彼らが幸せだったかどうかと関係なく、犯罪を行ったことへの報いが訪れるのだと。
二度目の攻撃が、六人を飲み込んだ。
すべての装備を取り戻すことなく、それでもなお圧倒的な強さでせん滅していた。
消し飛んだ残骸の中で、スキルの実が芽生える。
おそらく防御士と治癒師のスキルが、死後に解放されたのだろう。
先ほど同様に天へと帰っていく。
一方でチエは、膝をついていた。
「あの人たちが、あと百人ぐらいいる……ほかにも過食者が大勢いる……!」
枝葉を得た過食者は、単体で見ても勇者の真の仲間よりも強い。フル装備の勇者にもそれなりには戦えるだろう。
負ける可能性がある。勝てるとしても多くの犠牲が出てしまう。
「神殿のみなさんと協力しても……勝っても……みんな、死んじゃう……」
六人相手の検算を終えたチエは、そこから算出される『千人を相手にした場合のこと』を想像して打ちひしがれていた。
「……そうだな、お前の懸念は正しい。お前にはどうにもできないことだ」
一貫している『彼女の幸せ』を想い、ヒロシは静かに想った。
「お前の仲間は……俺が死なせない」
断固たる決意をもって、ヒロシはメイスを握りしめていた。
スキルツリーによるスキルの習得について。
最初の習得上限
人間には許容量があり、一定以上の利益を受け取るとパンクして死ぬ。
そのため『最初のスキル習得上限』が定められた。
これは生物的な限界であり、神側もどうにもできない。
すべての神がこれを採用していた。
クラスの設定について
最初は人間の自主性に任せており、どのスキルを習得しても人間の自由だった。
自由度が高すぎると『僕の考えたさいきょーのスキルビルド』になることがしばしばであり、結局クラスを設定することになった。
役割ごとに必要なスキルを『最初のスキル習得上限』の枠の範囲で詰め込んだ。
万能職が中途半端なのは枠に収まりきらないからであり、治癒師にそこまで必要ではないスキルがあるのは枠が余ったから。
クラスを神が決めることになった経緯
クラスが設定されてしばらくは人間側がどのクラスにするか決められていたのだが、クラスに偏りが生じ、結果としてパーティーがうまく回らないようになった。
全体のバランスをとるため、神がランダムで決めるようになった。
完全なランダムではなく、クラスの割合がある程度均一になるようにしている。
キャリアー系、スカウト系はちょっと少ない。
二度目の習得上限設定
スキルツリーの奉納システムが人間から受けが良すぎて、他の神々への奉納が滞った結果……。
さすがにどうよ、という話になってすべての神々が
『じゃあスキル上限設定を人間の許容量の半分に設定しよう』
『人間は二つの神の利益を受けられるってことで』
ということにした。
この結果、クラス内のスキルを半分しか習得できなくなった。
他の神の利益の例やそれの習得方法。
ライフツリーの猛獣呪紋。実績解除方式
カバラの因果の札。二面性の肯定。
ユグドラシルの銘命。一つの武器で複数のモンスター相手の勝ち抜き。
アメノミハシラの従属契約。奉納か実力の証明。
ツウテンチュウの工芸成就。自作の武具の奉納。
など。
レアクラスについて。
同種の役職は他の神にも存在している。
他の利益が「空手を習う」とか「柔道を習う」に対して、レアクラスは「トラック運転の免許を取る」とか「ジェット機の運転免許を取る」ぐらい違う。
逆説的に言って、トラックやジェット機がないと通常クラスより弱い。
今回の過食者はスキルツリーの通常クラスとアメノミハシラのレアクラスのハイブリットのようなものになっている。
勇者について
同種のものは他の神にもある。
一国の大統領になるとか大量破壊兵器のスイッチをもっているようなもの。
超強い上で特権を持っている。
勇者の場合は過食者を見つけること、特効効果、スキルビルダーからスキルの実を排出させること。
(スキルの排出自体は相手が過食者でなくとも可能。相手がバリアや完全耐性を持っていないのなら、攻撃する必要すらない)