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戦う意味

 異世界から転移してきた者たちは、勇者なる存在がいると聞けば『じゃあ魔王もいるの!?』と聞く。


 本当にまったくもってよくわからないのだが、彼らの世界に勇者は存在しないのに、勇者とは魔王を倒す存在であるという認識がある。


 この世界において勇者とは、過食者を掃討する存在である。


 チエの旅も、そのためのものであった。


 逆に言えば、過食者たちにとって勇者は邪魔な存在である。

 だからこそ勇者の装備は奪われ、古代神へ奉納することで封じたのだ。


 であれば現在順調に集めていることは、彼らにとって脅威であろう。

 なぜそれを妨害しないのか。



 勇者の剣、兜、盾、鎧。

 護符を除く装備を得たチエは、見た目がフル装備であった。

 その歩く姿はどこか誇らしげである。

 彼女の後ろを歩くヒロシは、どこか不思議そうな顔をしていた。


「どうしましたか、ヒロシさん」

「ん……いや、なに。今まで俺たちも結構な危険地帯を歩いてきただろう? その時に俺がお前を治したのも一度や二度じゃない。だが勇者の鎧を装備すればそういうこともなくなって安心だと思ったんだ」


 今までチエが着ていた服も非常に強力な防具であったのだが、絶対無敵というほどではない。一般の強力なモンスターからの攻撃を防ぎきることはできず、彼女の体にダメージを通してしまっていた。


 だが今はほぼ無敵と言っていいだろう。

 今の彼女はほぼ無敵、古代神を相手にしない限り傷一つ負うことはあるまい。


「そ、そうですか……ざ、残念だな~~」

「ちょっとうれしそうだな。やっぱりケガなんてしない方がいい」

「それもそうなんですけど……あの、言いにくいんですけど……やっぱりちょっと恥ずかしいじゃないですか。飲み薬とかはともかく、塗り薬を患部に直接塗ってもらうのって……なかなか慣れないんですよ」

「それもそうだな」

(軽く流された……確かに普通の感想なんだけども。慣れないのはそうなんだけども、残念にも思ってるんですけど)

「今だから言うけどな、少し前のお前は簡単に俺へ触ってきただろ? アレに慣れるのは、ほら、よくねえんだ。お前ももうすぐ大人なんだし、そう思うのがよいと思うぜ」

(ん……普通に気を使われるのって、これはこれでいいなあ)

「……少し気が抜けるかもしれないけどよ、そろそろ聞いてもいいと思うから聞くぜ」


 ヒロシは今までよりも踏み込んだ質問をした。


「あと一柱の神を倒して、そのあと過食者どもをぶっ倒して……それでお前はお役御免だろ? そのあとのこととかよ、考えてるのかなってな」

「勇者としての役目を終えた後、ですか?」

「ああ。ぶっちゃけな、俺自身もこの後のことを考えてるんだよ。また状態異常特化型モンスターを狩るってのも考えたんだが……今更感が強くてなあ。前も人形相手に戦ったけどダレたしな」


 自分の悩みも打ち明けつつ、将来について話をしていた。


「やっぱりあれか? 神殿で面倒を見てもらうことになってるのか?」

「あ、はい……何不自由なく生活をさせてもらうって言われてます。今までもそうだったんですけどね……」

「そうか……」


 ヒロシが主導的に質問をしてしまうので、チエは実質答えているだけだった。

 彼女自身、そこまで将来を憂いていないのだろう。

 だが明るい未来を疑うわけでもないのに、ヒロシは少し沈んでいた。


「俺もスキルツリーの神官さんには世話になったんだ。だからそのなんだ、大神殿の大神官様ってのもいい人なんだろうし、お前の仲間もいい人なんだろう。本当に何不自由ない生活ができるんだろうが……」

「どうしたんですか?」

「アレだけ苦労して、そのあと犯罪者と戦って、それでようやく『何不自由ない生活』ができるだけってのは……安いのか高いのかわからねえな」


 ヒロシは異世界から転移してきた分、視野が広い。

 貧富の差というものを体感している。


 実感がこもった言葉だからこそ、チエもそれを苦笑いしながら共感していた。


「頑張っても手に入れられねえ奴もいれば、生まれながらに持っている奴もいる。だからまあ、ちょっと複雑だぜ」

「……正直に言いますね。私もそう思ってます。でも神殿の人には内緒ですよ」

「わかってるわかってるって」


 チエの言葉を聞いて、ヒロシは後悔を深めた。


(そう考えると、昔の俺は贅沢だったんだなあ……)


 故郷に対して思いをはせるヒロシであったが、その感慨に浸る時間がいきなり破られた。


 チエの持っている勇者の装備一式が、けたたましいアラートを発したのである。


「な、なんだ!? めざましか!?」

「……過食者が近づいてきたみたいです!」

「そんなことわかる機能があるのかよ! だったらなんで盗まれたんだ!?」

「私が持っていないと働かない機能なんですよ! それより……来ます!」


 過食者が近づいてくる。


 敵の狙いは明らかだ。


 勇者の装備がそろいきる前に殺すつもりだろう。


 友好的に事が進むはずもない。


「……一応言うぞ、俺にあんまり期待をするな」


 ヒロシは三柱の古代神を召喚し、己の周囲にローカルルールを布令する。

 以前のヒロシからすれば爆発的なパワーアップではあるのだが、過食者を相手にできるほどではない。


 所詮は一芸特化。万全の敵に太刀打ちできるはずもないのだ。


「問題ありません。私一人で十分ですから……!」


 一方でチエは、勇気を見せなかった。

 それこそすでに克服済みと言わんばかりに自信を顕わにしている。


 姿を見せれば殺す、という雰囲気を醸し出している。

 実に頼もしい。 今までの旅の中で一番頼もしかった。


「剣呑な雰囲気だな、勇者とその相棒……まあ無理もないか」


 現れたのは、たったの六人だった。


 全員が輝かしいほどのフル装備……それこそヒロシが身につけているものと変わらない、民間で手に入る最高級の者を身に着けている。


 装備からするに前衛二人、後衛三人、万能職一人という雰囲気である。


 そして話をしているのは、先頭を歩く万能職の男だった。


 見た目の年齢はヒロシと変わらない。

 一般的なスキルビルダーならばベテランと言える年齢だろう。


 そのような男が、どこか親しげな雰囲気で近づいてくる。


「いきなり現れた身ではあるが、まずは話がしたい。いったんは手を止めてくれ」


 これにはチエも戦闘意欲を失って、ついついヒロシを見てしまった。


「どうしましょう」

「話をしたいみたいだし……聞いてやろうぜ」


 警戒を解かないようにしつつも、チエとヒロシは相手の出方を待つ形になった。


「ふぅ……噂は本当みたいだな。どうやら君たちは本当に……過食者についてなんとも思っていないらしい。もしも憎んでいるのなら、私たちが近づいた時点で問答無用で襲い掛かってくるだろうからな」


 万能職であろう男はつらつらと話し始める。


「お察しの通りだ、話がしたい」


 困惑するヒロシやチエをよそに、代表らしき男はしゃべり続けた。


「私はね、過食者の中では古株だ。勇者の装備を奪う作戦には参加しなかったが、奪った装備を古代神へ奉納する仕事は請け負った。あの時は『勝った』って気分だったよ……無駄だったようだが」


 勇者の装備を勇者より強い神にささげてしまうという作戦は失敗に終わった。

 それでも彼は割り切っているようだった。


「その時の苦労についてはまあ、私としてはもういいんだ。なんの利益(りやく)もなかったわけではないしな」

「神殿内では、あのあと大騒動になったんですけどね……」

「大騒動か……それで何人か首でも切られたのか? 物理的な意味で?」

「そこまでは……」

「そうだろうな、そんなものだ。正しく生きているものは、失敗しても許容される」


 警戒だったしゃべり口が一気に重く、湿り始めた。

 彼は胸の内を明かそうとしているのだろう。


「あまり私事を語りたくはないので、割愛させてもらうが……私情は漏れるのでそこは勘弁してくれ」


 彼が話を始めようとすると、彼の後ろにいる仲間たち……ヒロシとそう年の変わらない者たちも沈んでいった。

 沈んでいると言っても、落ち着いているとは言えない。むしろ激情があふれそうになっている。


「他者のスキルの実を奪えば、神が勇者を遣わす。咎人は裁かれ、スキルの実は持ち主のもとへ戻るという。これは神話ではなく歴史書に書かれた記述だが……まあ真実だろう。私自身も古代神の御姿を拝見したし、神の実在を疑ってはいないしね」


 しばらくの沈黙。

 彼は己の中の言葉を選別していた。

 声に出したいことをなんとかこらえている。


「あえて言うが……他人からスキルを奪うことは、そこまで悪いことかね?」


 なんとも盗人らしい開き直りだったが、その表情は真剣そのものだった。


「貧乏な父が必死に貯めた金が奪われた時、妹のためのパンが奪われた時……母が殺された時! 神は何もしてくれなかったのに! なぜだろうな! 他人からスキルを奪った時だけ、神は本気を出すのだろうな!」


 理不尽な社会に彼は怒っていた。


「金を奪う者、物を盗む者、人を殺す者は勇者に狙われることなく、のうのうと生きていけるのだろう。疑わしきは罰せずだとか時効だとか、国境を越えたとか、実は合法でしただとかな!」


 盗人にも三分の理。

 彼とて落ちたくて過食者に、犯罪者になったわけではない。

 外部の悪が彼をそこまで追い詰めたのだ。


「分かっているさ、そいつらだって死んでいるかもしれない。病気になって苦しんだかもしれないし、モンスターに食われているかもしれない。だが『かもしれない』だ。私たち過食者のように勇者という確実な破滅が約束されているわけではない」


 この世には多くの悪しき行為がある。

 それを行うものは間違いなく悪人であるが、全員が裁かれることはない。

 むしろ逃れるものの方が多い。


 この世に神はいる。だが悪を未然に防いではくれない。それどころかなされた悪を裁いてもくれない。


 そのくせ彼自身の犯した罪には破滅をもたらす。


 わかっていたことではあったが、この上なく理不尽だ。


「私が過食者になって、もうすぐ十年だ。ほんの一年ほどで圧倒的な力を手に入れたが……そのあとは破滅しないために最善を尽くす日々だった。はっきり言って、幸せからは程遠い人生だった」


 スモモ・ヒロシに救われたスキルビルダーたちは、装備を売り払って引退生活をしているという。

 彼らは心的外傷を受けたが、それでも社会で豊かな余生を送ることができる。

 いずれ心の傷も癒えていくだろうし、そうでなくとも人生のどん底に落ちることはない。


「このまま、私だけがどん底のままの人生を送るなど認められん!」

「それで私を殺すのですか?」

「……それは可能らしいな。歴史を紐解けば、過食者が勇者を返り討ちにした例がいくつかはあったそうだ。大神殿の者たちもそれを知っているからこそ、勇者四天王なんてものを作っていたのだろう」

 

 勇者が本当に無敵なら、チエはここまで苦労していない。

 本当に勇者が無敵なら……五歳の時に勇者として認められた時、勇者の剣を持って出向いて皆殺しにしてことが終わっていただろう。

 勇者は過食者を討つための存在だが、負けないわけではないのだ。


「だが、私としてはわざわざそんなことをしたくない。君の素性を調べた身としてはな」


 過食者の中には『勇者の家族を人質にしよう』という考えを持つ者もいた。

 しかしチエに身寄りはいなかった。

 それを残念に思う者がいる一方で、哀れに思う者もいる。


「君が勇者としての責務を放置してどこかへ行くのなら、私も私の仲間も何もしないだろう。君は君で、どこか好きな場所で好きに生きればいい。それでお互い幸せな人生を送れる」


 勝手に思える理屈だったが、先ほどまでの言葉を想うと真心にも思える。


「悪いことをしているなどと、気に病むことはない。どうせ世界のほとんどの悪人は放置されているのだから……少し増えても何の問題もない。それとも、君には私たちと戦わねばならない理由があるのかね?」


 問いただす姿勢であったが、ヒロシはチエを守ろうとしない。

 勇者チエはここでまったくひるまなかったからだ。


「……私も昔、同じことを考えました。世の中にはパンやお金を盗む人がいて、それを神様は何もせずに放置しているのに、なんでスキルを取る人だけ勇者が倒すんだろうって」


 自分はなぜ過食者と戦わねばならないのか。

 幼いころの彼女はすでにそれを疑問に思っていた。


「本当は大神官様に聞けばよかったんですけど、怖かったので……四天王の人に聞いてみたんです。まずジュラムさんに聞いてみました。そうしたら……」


『金は稼げばいい、パンは買えばいい。だが奪われたスキルは……培った力は奪われたら戻らない。それは許されざることだ。ボクは奴らを今すぐでもぶっ殺したいね』


「……正直、もにょもにょしました」


 ジュラムの言葉は正論だが、定職のある者の発想だ。

 生涯賃金とか年収とかを疑わない、恵まれた人々の正論だ。

 チエやその場の全員が納得しかねる理屈である。


「次にガイアさんに聞いてみました」


『勇者が過食者を討たなければならない理由ですね! それならこの本のこのページに書いてあります! 一緒に読んで勉強しましょうね!』


「……一生懸命勉強したんだろうなあ、としか思えませんでした」


 熱意は伝わるのだが、暗記した内容を示されても困ってしまう。

 やはり全員納得しかねていた。


「でもティアさんの話は分かりやすかったんです!」


『アタシが必死で獲物をしとめたとして、それを盗まれたとする。盗んだ奴は人間だろうが獣だろうがモンスターだろうが許さないね。どこまでも追いかけてぶっ殺してやるよ。そんで、もしも他の奴が殺して取り戻してくれたら感謝しちまうねえ。アンタの仕事はそういうことさ、自信を持ちな』


「なるほど、と思いました」


 今までとは違って、全員が納得してしまう理屈だった。


 過食者たち自身の価値観からも離れていない。

 自分の正当性を疑う、納得しかけてしまう話であった。


「でも少し気になったので、クエスチさんにも聞いてみました。さすが賢者さんですよね、すごくわかりやすかったです」


『おお~~チエちゅわん! どうしました? なになに、へ~~。難しいことを考えてますねえ』


『え、私? 私が勇者に選ばれたら、過食者をぶっ殺しちゃいますねえ』


『だって過食者を殺したら幸せになれるんでしょ? それなら殺しましょうよ』


「私は、心の底から納得しました」


 勇者チエはしっかりと剣を構えた。

 それはもはや警戒や威嚇ではなく戦闘態勢であった。


「貴方たちの行いがそこまでの悪ではないのなら、私が貴方たちを殺すこともそんなに悪ではありません。私は私が幸せになるために、貴方たちを殺します」


 彼女の結論を笑う者はいなかった。


 つまりこれは、貧民街で貧乏人たちが争っていることと変わらない。


 誰もが生きることに必死なだけだ。


「お前が我らを殺したのなら、後ろめたいことなく人生を謳歌できるな。それには命を懸ける価値もあるし、人を殺してでも得たいことだろう……じゃあしょうがないな」


 ここで過食者のリーダーは、説得をあきらめた。部下たちもまた納得して敵意を燃やした。


 憎悪も嫌悪も怨恨もない、容赦も慈悲も寛容もない、選択の余地もない。


 もう殺しあうしかない。


「勇者チエ……君は私が思うよりずっと大人だ。子供を諭すように説得してすまなかった。全力で殺しにかかる」


「どうぞ。私も情けはかけませんので」


「絶対に負けるはずがない……というところかな? こちらにもそれなりに備えはあるのだよ!」

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― 新着の感想 ―
単なる開き直ったクズとも言い切れんが、それでも、なんなんやこいつ等・・・?て、一瞬ポカンて為る敵やな。
それぞれが幸せになるために戦うわけなのですね…
>つまりこれは、貧民街で貧乏人たちが争っていることと変わらない。 >誰もが生きるのに必死なだけだ。 そこまでの悪ではないから、殺すこともそんなに悪ではない。幸せになるために殺す。納得しかない生存戦略や…
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