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土の神

 パライソという大きな街がある。

 エデンからは遠く離れた場所にあるが、負けず劣らずの大きな街であった。


 この街にも大きなスキルギルド……スキルビルダーのためのギルドが存在している。

 大型ギルドであるため、田舎のように十人ほどの従業員で回しているということはない。

 常に何十人もの職員が働いている。


 依頼者と報酬について相談したり、定期的に仕事を回してくれるお得意先の相手をする『営業』。

 スキルビルダーへの報酬、ギルド職員への報酬、提携先への報酬、依頼者から受けた報酬を確かめる『会計』。

 来客をいったん受け入れる『受付』。

 施設を掃除する『清掃員』。


 それら組織に必須の部署がある一方で、スキルギルド特有の部署も存在している。


 一つはギルドヒーラー。

 ギルド内に常駐しているヒーラー。危険地帯での運用を度外視しているため、詠唱短縮や射程距離増大などを会得していないが、欠損レベルの肉体的損傷や重度の状態異常を回復させることができる後方支援要員。

 もちろん無料ではないが、利用しているパーティーは多い。


 もう一つはギルドバッファー。

 ギルドヒーラー同様に、詠唱短縮や射程距離増大、効果範囲拡大を極めていない一方で、長時間持続するバフを付与することができる支援師(バッファー)


 いずれも田舎のギルドには一人もおらず、少し大きい街のギルドに一人いるかいないかという程度。

 このパライソのギルドには五人いる……というのだから規模もわかるだろう。


 彼らは実戦を度外視した専門家である。とはいえ……ギルドヒーラーは仕事が終わった夕方ごろ、ギルドバッファーは仕事が始まる早朝に忙しくなる。

 それ以外の時間は基本的に暇であるため、事務仕事の手伝いをしていた。


 そうして、ギルドバッファーもギルドヒーラーも本職が暇な時間に、一組のパーティーが現れた。

 誰もが憔悴した顔をしており、また武装を一切解除しているため、パッと見た限りでは一般人と見分けがつかない。

 しかし彼らが受付でパーティーの証明書を出したので、少し不審に思いながらも、ギルドバッファーを務める若い女性は応じていた。


「フォクス様ですね? この度はどのようなご用件でしょうか」

「……全員引退することにした。退会手続きをしたい」

「そうですか……えええ!?」


 退会することにした、という言葉を聞いて彼女は大きな声を出してしまった。

 人が少ないギルドで彼女に視線が集まる。

 なんだなんだと、彼女を助けるべく上司が現れた。

 とはいっても本職の受付ではない、ギルドバッファーとしての上司である。


「いったいどうしたの? 何かわからないことでもあった?」

「あ、主任! このフォクスというパーティーが、退会したいとおっしゃっていまして……」

「退会手続きの書類はたしかここにあったわよ。ほら! それじゃあ書き方を教えてあげないとね!」


 サシス・ショウミ。

 異世界から訪れギルドで雇用されている彼女は、自信満々に指導を始めていた。

 しかし受付をしていた女性は、そういう問題じゃないと抵抗する。


「フォクスと言えば、この街のパーティーの中でも屈指の実力者ですよ! まだまだ若くて現役で、これからも多くの仕事をこなしていくはずの人たちですよ!? そんな人たちが退会するっていうのなら、引き止めないとまずいのでは!?」

「え~? この顔をしている人たちが、他の人からアレコレ言われて引退をやめると思う? 私はこの仕事をやって長いけど、引き止められたことなんて一度もないよ?」

「それは……そうかもしれませんけど」


 フォクスのメンバーは確かに全員若い。

 しかしその表情は明らかに憔悴しており、老け込んでいた。

 やる気がないというよりも生気がない。

 引退するというのは本気に見える。


「事情をお聞かせ願えませんか?」

「そういうプライバシーに踏み込むの、よくないと思うよ?」

(それはそれで正論ですけど、黙っていてください主任!)


 このまますんなり退会させたら、それこそギルドの偉い人に怒られてしまいそうである。

 若きギルドバッファーは自己判断で事情を聴こうとした。


 ここでフォクスの面々は、じろっとサシス・ショウミを見た。

 彼女はきょとんとしている。

 何が何だかわからないので黙って見つめ返していた。


 そうしてしばらくしたあとで、フォクスのメンバーが事情を話した。


「実は先日……モンスターにだまし討ちを受けた。幻想的状態異常、人形化で五日ほど拘束されていたんだ」

「それは……大変でしたね」

「ああ、大変だった」


 幻想的状態異常に長期間陥り、そこから復帰した者はたいてい引退する。

 よほど食うに困っているような雑魚ならともかく、装備を整理すればつつましく余生を過ごせるものならそうすることが多い。

 彼らもその例に漏れないのだろう。


「俺たちは今まで長期間状態異常に陥ったことがなかった。だから、引退した奴らが理解できなかった。でも今は……気持ちがわかる。俺たちはもう冒険できない」


 本当にまったく状態異常対策をしないものは、たいていすぐ死ぬ。

 ちゃんと対策をしているものだけが生き残り大成し、キャラクターメイクを達成する。

 だがそれでも状態異常を完全に克服できるわけではないため、事故によって『体感』する。

 先人が状態異常への対策を怠るなと注意していた理由を理解したときにはもう、心がぽっきり折れるのだ。


「結構悩んで話し合ったが、全員続けていくのは無理だと思った。装備も全部処分した。俺たちは……引退する」

「そうですか……。しかし、よく帰還できましたね。長期間の状態異常に陥れば、多くの場合未帰還になるのですが」

「だから、そういうプライベートに踏み込むのは良くないって! 相手を怒らせて、文句を言われちゃうかもよ! 注意しなさいね! えっへん!」

(それはそうですけども、聞かないと上司へ説明できないじゃないですか!)


「アンタの同郷に救われたんだ」


 ショウミの指摘通り、フォクスはあまり事情を話したくなかった。

 なんなら無理に退会を進める気だった。

 だが皮肉にもショウミがいた結果、彼らは話をする気になっていた。


「俺たちがモンスターの罠にかかったあと、たまたま同じ罠に勇者様と……その相棒のスモモ・ヒロシがひっかかった。勇者様も無防備なところを突かれて人形にされちまったが……あのスモモ・ヒロシがそのモンスターを殴り殺してくれた。おかげで助かったんだ……運がよかっただけだ」


 絞り出すように『運が良かっただけだ』と口にする。

 全員の生気がさらに失われ、鳥肌が立ち、老け込んだように見えた。


 運が悪かったら、あるいはごく普通の運しかなかったら自分たちはあのまま館に閉じ込められていた。

 その事実をかみしめている。


 しかし若いギルドバッファーはいまいち共鳴できなかった。

 大げさではあるまいか、と首をひねりそうになっている。


(あの、主任……この人たちって、とんでもなく強いモンスターを狩れる実力者なんですよね? 多くの苦難を乗り越えてきたんですよね? 大けがとかもしてきたんですよね? それなら今回だって……)

(だから辞たいって言ってるなら辞めさせてあげないとダメだって)

(……話が伝わってない)


 若きギルドバッファーはショウミにあきれていた。

 実力者をむざむざ引退させることの影響を危惧しているのだ。

 それはそれで間違っていないようだが、無神経で無責任でもあった。


 しかしそれを、フォクスの面々は笑わない。

 彼らもあの館で人形になるまでは同じ気持ちだった。

 結局誰かの痛みなんてものは、同じ体験をしなければわからないものなのだ。


 このあと結局フォクスは引退する。

 若きギルドバッファーはこの後でショウミの振る舞いへの不信感をギルドの責任者へ報告するのだが……。


『命を懸けて戦ってきた奴らが引退すると言ったんだぞ! お前ごときに引き止める資格があるのか!?』


 逆に怒られたことは言うまでもない。



 チエとスモモ・ヒロシは旅を続けていた。

 静謐にして美しき砂漠を踏破し、ついに土の神の待つ大地に到達した。


 一言でいえば、ダイナミックであった。


 風に浸食されたのか、そこは大地が大いにえぐられている。

 地層がケーキのように露出し、年輪よりもはるかに膨大な歳月を顕わにしている。


 自然の塔が見える、自然の壁が見える、自然の堀が見える。


 それは神のおわす城、臼供城(うすくすく)


 土足で踏み入れば、臼で潰され供物に変えられる城。


 それを二人は望んでいた。


「神様のいらっしゃる場所って、どこも素敵ですね」

「ああ……」

「こう……雄大ってこういうんですね」

「ああ……」

「ヒロシさん、ちゃんと話を聞いてますか?」

「もちろん聞いているぜ」


 チエとヒロシは前を向いていたが、互いのことを気にしていた。


「なあ、チエ……言い出しにくかったとは思うんだよ。俺も今まで黙っていたのが悪いとは思うんだ。だけどな……今からでも戻れるだろ」


 ーーー人は、すべての苦しみを知れるわけではない。

 誰かが傷ついたとき、その痛みのすべてを知れるわけではない。


 そしてスモモ・ヒロシは状態異常の苦しみを知りえない。

 だがそれでもチエを想っていた。


「フォクスもそうだったが、俺が今まで助けてきた奴らは、たいてい引退してきた。それはまあ……幻想的状態異常がそれだけつらいってことなんだろう。想像できないわけじゃない。だからな、相棒……」


 ヒロシはチエを向いた視線の高さをあえて合わせようとせずに。


「今からでもお前の本当の仲間を呼ばないか?」


 痛みを共有することはできなくても想像することはできる。

 それが慮るということ。


 ヒロシは気づいていた。

 チエが今も勇気を振り絞っていると。

 強い恐怖に支配されながらも、懸命に立ち向かっていると。

 あまりにも痛ましい。


「……その答えはもう出ています。あの絶望的な不自由を、私は仲間に味わわせたくありません」

「それは、俺も……同じだ。きっとお前の仲間もそうだろうよ」

「だから、ワガママです」


 彼女はヒロシを見上げていた。

 抱きつかず、手を握らず、ただ見上げていた。


「それに、あなたが癒してくれる。私にはあなたという専属ヒーラーがいる。だから平気です」


 スモモ・ヒロシは状態異常を完全に克服している。


 だからこそ状態異常に対して恐怖がなく、勇気が必要ない。

 それは無知ではなく、むしろ逆に百戦錬磨からくるもの。


 改めて……彼こそ絶対に行動不能にならないアイテム係だ。


「あなたは、自分が死ぬかもとか、自分が石になるかもとか思わないでしょう?」

「そりゃなりようがないからな」

「だからです」


 勇者自身がそうであるように、勇者の四天王も、古代神が相手では状態異常になりうる。


 残酷な話だが、信頼できない。安心して同行させられない。


 彼らなら一緒にいて安心できると言い切れない。


 そして……彼らに傷ついてほしくない。


「あなたを信じています。あなただけが頼れるんです」

「……ワガママな女だ」

「そう、ワガママな女です! 女です!」

「それじゃあ……行くとするか!」



 この後二人は土の神オオハニヤスに挑み、勝利する。

 チエは勇者の鎧を奪還し、ヒロシはオオハニヤスを調伏した。


 残るは勇者の護符を持つオオミカヅチのみであった。


 旅は、終わりに向かう。

二人は


精神でつながり


肉体を確かめ合い


幻想を抱き


数値を深める



真実を知らぬままに

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― 新着の感想 ―
オオハニヤス戦、がっつり削られたな。 まぁ、結果も分かってるし、作品テーマとしても描写する必要はないんだろえけど。
オオハニヤスの詳細、こっちでも流されるのね。 相手を埴輪にするくらいしかわかってないね〜。
視点が大事で、相手の気持ちになって考えようっちゅうのが、変な角度で刺さっとるわ。
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