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人形屋敷、鮮血の恐怖

 とある街の名士にして豪商、ヌカーイ。

 彼には娘がいた。キャラクターメイクを完成させるほどのスキルビルダーであり、ネームドビルダーパーティー『レオン』のメンバーであった。


 だが超危険地帯……『超上級者向け』とされる、ネームドパーティーでも安全が保障されない地帯で石化に特化したモンスターと相打ちし、一時はパーティーそのものが未帰還となってしまう。

 もはや絶望的かと思われていた時に、ヌカーイはスモモ・ヒロシへ救出を依頼した。

 本来なら彼が単独で突入し帰還することは不可能に等しいと思われていたが、彼は超危険地帯の奥地で石化していたレオンのもとにたどり着き石化を治療。その後全員で帰還したのだ。


 そこで終われば単なる(・・・)武勇伝(・・・)だったのだが、感謝を述べたヌカーイへヒロシは暴力を行使した。


 誰もが驚いている中で、彼は叫んだ。


 こいつらを救助するために、俺はネズミのようにモンスターから逃げ回った! こいつらを救助した後は、こいつらに保護されながら帰る羽目になった! 屈辱だった! こんな仕事を受けるんじゃなかった!


 なんとも理不尽で偏屈な話だった。彼は報酬も受け取らず帰っていったという。

 女嫌いで知られるスモモ・ヒロシの、もっとも有名なエピソードの一つといえるだろう。

 

 さて。そのヌカーイの娘が今どこで何をしているのか。レオンはどうなったのか。

 レオンは解散し、ヌカーイの娘は実家に帰ったのであった。



 豪商ヌカーイの娘、セラード。

 現役時代は防御に秀でた前衛職防御士(ディフェンダー)として、パーティーを守る役目を担っていた。

 現在の彼女は実家である豪邸の、深窓の令嬢となっていた。


 ヌカーイは引退した娘に所帯を持ってもらおうとお見合いの話を四方八方に依頼していたのだが、どこからもいい返事は来ていない。

 この世界の、この地方の、彼らと同じ経済レベルの家からすれば当然のことかもしれなかった。


「セラード、父を許してくれ。お前の縁談はまだ決まっていないのだ」

「お父様、そんなに気になさらないでください。私は平気ですから」


 ヌカーイは謝っているが、セラードはまったく気にしていないかった。


 これは強がりでも何でもない。

 彼女は実家とは無関係な個人の資産を所有している。

 装備を全部売り払ったこともあって、一生遊んで暮らすに不足がないほどだ。


 食うに困るどころではない。

 彼女は現在の生活水準を死ぬまで維持できるだけの余裕がある。


 これで人生を悲観するほど、現在の彼女は贅沢ではない。


「私が心配なんだ。その、なんだ……お前がまた、冒険に行くとか言い出しそうでな」


 ヌカーイは彼女がスキルビルダーとして身を立てることを応援していた。

 彼が用意できる範囲で最高の指導者をつけ、最高の装備も渡していた。

 もちろんそのお礼として彼女は実家に大金を入れていたのだが……。


 それでも、彼女の最後の冒険……未帰還の連絡を受けたときは肝を冷やしたのだ。

 もはや彼は娘を危険地帯に送ることができない。


「確かにレオンは解散した。装備も売ってしまった。だが得たスキルが失われたわけではない。お前がその気になれば、その身一つで飛び出すかもしれないと思うとな……」

「その心配は無用です。私はもう、冒険に出ることはありませんから」


 彼女自身の視点からすればありえないことを心配していたので、父を安心させようと胸の内を明かす。


「聞いたところによると、お父様は私が未帰還と知って『娘が助けを求めているはずだ、絶対に助けてくれ』とおっしゃっていたとか」

「ああ……そのなんだ、みっともないことをしたと思っているよ。それに、勇敢なお前はそんなことを考えていなかっただろうさ」


 恥ずかしそうに照れ笑いをする父へ、娘は真顔で返事をした。


「石化していた時、私は『助けてお父様』と泣いていたのですよ」

「お前が、か?」

「はい。石化していたので涙は流れませんでしたけどね」


 ダメージは恐ろしい、状態異常も恐ろしい。

 モンスターからの攻撃はどれも恐怖に値する。


 だがあえてもっとも恐るべきものを挙げろと言われれば『幻想的状態異常』と答えるものがほとんどだ。


 実際に幻想的状態異常に陥って、なんとか救出されたスキルビルダーの多くが引退しているというデータもある。

 もちろんこれは、幻想的状態異常がむしろ安全なケースだからではないか、という話もある。

 なにせほかの状態異常ならば引退するとか以前にその場で死ぬからだ。


 彼女が生還したこともその証左といえなくもない。

 いえなくもないのだが、それは見方の問題である。


「身動き一つとれず、意識がしっかりしている。すぐに死ぬことなく、生き続けてしまう。その恐ろしさを、私は初めて知りました」


 戦闘中に幻想的に状態異常に陥ったとしても、仲間がいれば治してもらえる。

 彼女は何度もその体験をしてきた。


 だが仲間全員が石化し、長期間救助されなかったことは初めてであった。


「私はもう……怖くて冒険ができません」

「そうか」


 安心していいのかわからないが、娘の本心を聞くことができて……娘が本心を打ち明けてくれたことでヌカーイは少し安心していた。

 言葉にできる程度には、彼女も気持ちの整理ができているのだろう。


「だからこそ、あらためて、ヒロシさんには感謝しているのです。あの時、町へ帰る時も彼を積極的にかばっていました。それが彼にとって屈辱だったのでしょうが……」

「もういい、もういいんだ」


 当時を思い出してセラードは震えていた。

 ヌカーイは優しく抱きしめて、彼女の不安を和らげる。


 そのうえで思うのだ。


(勇者の相棒……か。最高の装備をしている勇者自身もまた、その真価を知ることはないのだろう)




 風のある夜だった。

 空に浮かぶ雲はまばらだが、星明りを遮っては通り過ぎることを繰り返している。


 灯のない夜だったが、舞台のようにライトが照らされているかのような夜だった。


「仕事でもないのに状態異常特化型と戦う羽目になるとはな……縁ってやつかね。俺も運がないがお前も運がない」


 多くの人形が見守るなか、人形型モンスター……リスクドールともいうべきモンスターとスモモ・ヒロシは対峙していた。


 すでにリスクドールはボロボロである。着ている服は汚れ、焦げている。人形のような体もひび割れていた。

 一方でヒロシも無傷ではない。服は土で汚れ、自分の出血で赤く染まっている。


(なんなのコイツ……)


 リスクドールは狡猾な怪異だった。

 捕食目的ではなく快楽目的での狩猟だったからこそ、非効率的な合理性を得てきた。

 狩りやすい場所を陣地とせず、かかった獲物も無理ならばあきらめる。

 確実に狩れると踏んだ時だけ襲ってきた。


 そのように憶病で慎重な彼女は、想定外の事態に混乱を隠せない。


 自分は常に舞台の上の怪物だった。

 一方的に襲い、一方的に蹂躙する化け物だった。

 

 今晩の演目もまた、人形のモンスターが主役のホラーだったはずではないか。

 なぜ攻撃される、なぜ騙されない。


 まるで主役が途中で切り替わったかのようではないか。


(落ち着きましょう。私は弱いけど、こいつだってそんなに強いはずがない)


 彼女は勇気を取り戻すために、相手の情報を集める。


 自分の風で簡単に吹き飛んだ。

 仲間はいない。

 装備もない。

 薬などでバフもしていない。


 なにより出血もしている。


 人形にならないだけが取り柄の弱者ではないか。


(そうよ、コイツは確かに人形にならない。でもそれだけ……おそらく相当強力な状態異常防御のパッシブスキルをもっているはず。そっちにスキルポイントを振りすぎて、ほかのことは大したことができないはず)


 彼女はすでに得た情報の中からロジックの積み木を組み立て、勝利という全体像を構築した。


(そうよ……こいつは弱い! もしもこいつが強いなら、私の風で吹き飛ばないし、傷も負わないし、私をとっくに殺せているはず! そうなっていないってことは、攻撃力も防御力も低いってことじゃないの! だから……)

「風魔法で攻撃していれば勝てるはず、か? どのみちそれしか取り柄がないはずだろうに、無駄に考えるやつだ」


 考えている場合ではないとばかりにヒロシが接近する。

 まったく容赦なく、ボールでも蹴るようにリスクドールを蹴り飛ばした。


「ぐぅぉ!?」

「まだだぞ、まだだぞ」


 ヒロシの動きは『ひどいもの』だった。

 あきらかに格闘技経験がなく、しかも人知を超えた力や速度があるわけではない。


 肉体労働者、あるいは筋トレが趣味の男が、暴力をふるっているようにしか見えない。


 だがそこには殺意がある。

 何度も何度も、容赦なく徹底的に、死ぬまで殴り続けようとしている。


 この容赦のなさは、素人からは程遠いものだ。

 暴力をふるった自分に呆然としているとか、殴った相手が苦しんでいるところを見て悲しむとか、そうしたノイズで行動が変化しない。


「こ、こ、このおおおお!」


 リスクドールもなされるがままではない。

 風魔法を放ち、ヒロシの体に傷を刻む。

 深く広く体を切り裂き、多くの出血が発生した。

 夜の庭が赤く染まっていく。


「ぐ……おおおおおお!」


 痛みで苦悶し、それでも歯を食いしばって反撃する。

 殴る蹴る叩きつける。

 ヒロシは果敢に攻撃し続けていた。


「あ、あはははは! このまま殺してやるわ!」


 その果敢さを見てリスクドールは笑った。

 不安はぬぐわれた。

 人形にはできないが、このまま風を浴びせていれば勝てる。


 相手は出血しているし、演技ではない苦悶がにじんでいる。

 このままお互いに攻撃しあえば、相手が先に死ぬ。


 いやむしろ、自分は殴り続けなければならない。

 もしかしたら、しょっぱくても回復系のアクティブスキルを持っているかもしれない。威力が低くとも、攻撃的なアクティブスキルを温存しているかもしれない。

 アクティブスキルを使う隙を与えないためにも、自分は攻撃し続けなければならない。


 血みどろの泥仕合だった。

 二人がやっていることをRPGに落とし込めば、互いに通常攻撃を繰り返しているだけ。

 一対一、ターゲットを変えることもなく決定ボタンを押し続けるだけの作業。


 格闘ゲーム、アクションゲームとしても同じようなものだ。

 立ち回りも何もなく、互いに攻撃しあっているだけ。


 だが現実では、血まみれになりながら反撃する男と、殴られながら反撃するリスクドールの死闘だった。


 観戦する人形たちからすれば、そう見えていた。

 どっちが勝つのかわからないように見えた。


 しかしまったくもって、そんなことはなかった。


 リスクドールのMPが尽き、風の魔法が打ち止めとなった。


「あ……」

「詰んだな、とは言わねえよ。お前はもうとっくに詰んでたんだからな」


 そよ風すら出せなくなったリスクドールに鉄拳が入る。

 力が抜けて吹き飛んだ彼女は、壊れた目で彼を見る。


 先ほどよりも血まみれで、全身が赤く染まっていた。

 周辺の庭にも多くの血がまき散らされている。


「あんたこそ……その出血なら、もうすぐ死ぬでしょ! 早く死になさいよ!」

「いいや、全然元気だね」

「やせ我慢を……!?」


 ここでリスクドールは、その明晰な頭脳で『情報』を得た。

 周囲にまき散らされた血が、明らかに人間一人分ではないということだ。

 致死量とかそういう問題ではない、人間一人の体積よりも多くの血が流れていたのだ。


 これが血のりでも何でもないということは、この男は回復しながら戦っていたということ。

 もちろんアクティブスキルが発動していたわけではない。


 また、ヒロシは大量の傷を負っているにもかかわらず、すべての傷で出血が止まっている。


 ここから導き出される答えは……。


「HP自動回復のパッシブスキル!?」

「ご名答」

「ば……ばかじゃないの?」


 リスクドールは恐怖よりも先にあきれていた。

 非合理すぎるスキルビルドを目の当たりにして、本当に相手の知性が心配になっていた。


「HP自動回復のスキルなんて、HP最大値上昇とか防御力上昇を取った後に取るもんでしょ? HPや防御力が初期値のままならほとんど意味がないじゃない」

「よく言われるよ。俺自身もそう思う。だけどな……それを言われるタイミングは何時もおかしいんだ。それを指摘する奴は、自分が詰んだことを悟ってから俺をバカにするんだよなあ」


 逆にヒロシがあきれていた。

 それこそ何度も体験した、勝利までのプロセスなのだろう。


「勝てるんだから、何の問題もないビルドじゃねえか」


 リスクドールの心に恐怖がよみがえった。


(私の風魔法の威力よりも、コイツの回復量のほうが多い……! 最初から勝ち目なんてなかったってこと!?)


 極論だが、ヒロシが無防備に寝たままだったとして、リスクドールが魔法攻撃を浴びせ続けたとしても勝てない。

 自分の攻撃を全弾ヒットさせても勝てない。つまりTASでも勝てない。

 ある意味でRPG的な敗因である。どうあっても勝ち目のない対戦であったと彼女は思い知ったのだ。


「言っただろ、装備がなくても勝てるってな。あとは死ぬまで殴ってお終いだ……いや、俺も殴るしかないんだけどな」


 自分を一撃で倒すことができる攻撃型との闘い、とは全く違う。

 自分がどう攻撃しても倒せない耐久型との闘い。


 リスクドールは、詰んでいた盤面で駒を進ませ続け、王手になってようやく敗北を悟った雑魚に過ぎなかった。


 近づいてくる殺意に対して、彼女はついに背を向ける。

 壊れそうな手足を必死で動かして、ヒロシから逃げようと走り出す。

 まさに這う這うの体で屋敷の庭の、鉄柵の門を開けようとした。


 門は軋む音を立てながら開いた。

 彼女はそこから逃げようとして……出られなかった。

 ヒロシが何かをしたのではない、彼女自身の特性によるものである。


「お前地縛霊のたぐいだろ? 逃げられるわけねえじゃん」

「いや……いや、いや! 出して、出して、出して!」


 見えない壁に阻まれている、見えない鎖でつながれている。

 涙を流しながら逃れようとするリスクドールの脳内では、今まで弄んでいた被害者たちの末路が浮かんでいた。


 人形になっていく体を引きずって逃げていく姿を自分が再演している、というデジャブを感じつつ、それどころではないと頭を振る。


「捕まえた」

「いや、いや、いやああああ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「……こういうの、聞き飽きてるんだ。うっとうしいだけだから黙ってろよ、な?」


 今更だが、リスクドールに体力回復のスキルはない。

 殴っていればそのうち死ぬ。


「助けて、助けて、助けて……助けてぇええええええええええ!」


 無防備な相手を無力化することに特化した狡知なるモンスターは、無力よりもわずかに強いだけの微力な戦士の暴力にさらされるのであった。



 一晩の悪夢であった。

 真夜中から始まった戦いは、夜明けまで続いた。


 一切容赦なく殴り続けたヒロシは、太陽が昇ると同時にリスクドールを撃破していた。


 囚われていた人形の魂が解放される。

 多くの人形たちが音を立てて崩れ昇天していく。


 勇者やフォクスは元の体を取り戻し、ただ朝焼けに向かって立つ男に見とれていた。


 英雄(ネームド)が立っている。


 刃に切られたものが刃より強い体を持つものに憧れるように。

 魔法に屈したものが魔法に屈さぬ者に憧れるように。


 人形になっていた者たちは人形にならぬものに幻想を見た。


 狡知を打ち砕く虚仮。


 信念も憎悪もなく、ただ勢いにまかせて磨き上げて到達した……。


 自己完結対状態異常特化耐久素殴り型治癒師(ヒーラー)


 狂気のソロ殴りヒーラー。


 (スモモ)(ヒロシ)

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― 新着の感想 ―
こんなんを見せられとったりしたなら、脳も灼けるし、どんな傲慢でも赦すわ、そら。
始まりが劣等感、途中が狂気のスキルビルドでも、完成したものは美しいですね…
もう冒険ができないほど怖い思いをしたから引退した。そりゃ怖いわ!ヒロシに嫌われてでも守ったところに好感が湧く。そりゃ怖い思いから助けてくれたんだから恨むわけないか。 自分が何をしても勝てない相手。バカ…
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