過食者
「『かみさま』は神官に愚痴を言いました。最近供物が少ないんだけど、どうやったら増えると思う? 神官は答えました。供物に返礼品をつけたらみんなが捧げてくるのでは、と」
「『かみさま』は神託を下しました。私に供物を捧げれば知恵と技術を与えよう、と。多くの人が供物をささげるようになりました」
「神官たちは供物を受け取り『かみさま』に捧げ、『かみさま』から信者へ【知恵と技術】を授けます」
「悪い神官が【知恵と技術】を自分のものにしてしまいます」
「『かみさま』の元に供物が届かなくなりました。悪い神官が横領するので、人々は奉納を止めてしまったのです」
「ほにゃららら、うにゅにゅにゅにゅ、まままままま」
「あああああ~~~いい~~うう~~ええ~~おお~~」
「こうして人々の元に知恵と技術が届き、奉納が再開したのでした。めでたしめでたし」
とある街のど真ん中に、宗教施設と思われる小さな家があった。
外観はテントのようで、入り口も一つと非常にシンプルである。
中に入れば、より一層のシンプルさに驚くだろう。
床はなく、壁が湾曲してそのまま天井になっており、柱さえない。
目立つものは一つ。中央にホーリーシンボルらしき金色の柱が立っている。
飾り気のない、貧相な木のオブジェモドキ。
そのような柱の前で、一人の神官と二人の武装した男が立っている。
「今日は筋力強化のスキルを強化してもらいに来ました!」
「それではスキルツリーに捧げる供物をどうぞ」
「はい、こちらになります」
武装しているうちの片方の男が、神々しい雰囲気を持つ供物……輝く巨大な鉱石を神官の前に差し出した。
神官はずっしりと重たいそれを何とか受け取ると、スキルツリーと呼ばれた木を前に恭しく頭を下げながら差し出した。
すると鉱石は自ら光を発し、そのまま分解されてスキルツリーの中に吸い込まれていった。
奇妙なことに、スキルツリーは成長を始めた。
枝が生え、葉が生え、花が咲く。
特筆すべきは花だろうか。木の四分の一ほどに花が咲いており、非常に偏っている。
そして……新しく実が生った。
それを神官がもぎ取ると新しく花が咲く。
順序が完全に逆だが、誰もそれへ文句を言わない。
「さあどうぞ」
「ありがとうございます!」
期から生えた実を男が食べる。
すると彼の体に新しくスキルが刻まれた。
それだけではない。
スキルツリーに既に咲いていた花がまばゆく輝き、新しく大きい実が生ったのだ。
「身体能力を強化するパッシブスキルをすべて獲得したことによって、セットボーナス『身体能力強化』が発生しましたね」
「や、やった……器用さ強化とか俊敏性強化とか、そんなに役に立たないのも地道にとっていてよかった! これで一気に強くなれますね!」
「ええ、これは貴方の努力の証明です。どうぞお受け取りください」
先程の実よりも巨大で強い力を発する実だった。
それを男は受け取り、食べようとする。
その時であった。
今まで何もしていなかったもう一人の男が、武器をもって神官と実を食べようとした男を襲ったのである。
「よし、予定通りだな」
「な……!?」
「なぜこんなことを!」
完全に不意を突かれたため二人は血を流しながら倒れる。
襲撃した男は目をくれることもなく『大きな実』を口に運んで食べた。
あまりにあっさりと、努力の成果は不可逆的に奪われたのだ。
「こうするためだ」
「お……俺の、俺のセットボーナスだぞ!? なんでことしてくれたんだ! 俺がそれを手に入れるために、どれだけ苦労したか知ってるだろ?!」
「知ってるさ。一緒に冒険したからな」
「だったらなんで!」
「最初からこうするつもりだったからだよ」
苦楽を共にした相棒を裏切った男は、悪びれることもない。
「モンスターを襲って危険部位を奪うのと一緒なら、人間を襲った方が効率がいい。それを実行しただけだ」
「ぜ、全然違うだろうが……!」
「どっちも命がけだろ?」
過食者に堕した男は去っていく。
神官は静かに神へ謝罪をした。
「おお、スキルツリーよ……愚かなる、知恵の無い我らをお許しください」
彼は過去の事例から、これから先の未来を想像した。
この男は己の手法を広め、仲間を増やし、一大勢力を形成するだろう。
より多くの人々から努力の成果を奪い、その力で無法を謳歌するのだ。
それを止めるために、神は『勇者』を選出するだろう。
どこかの誰か……これからクラスを授かる者の中から選ばれる。
選ばれる誰かが壮健な成人ならまだいい。
だがこの世界では、スキルツリーからクラスを授かるのは大抵幼児期だ。
神がそう決めたからではない、人間が勝手に早くから働かせようとしているだけだ。
また、大人の都合で子供が犠牲になる。