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ポーンの衝動

万博で少女の絵を見て以来、ポーンはあの絵の事が何故か頭から離れずにいた。

 仕事をこなし、帰宅する変わり映えの無い毎日。カンカンカンと錆びた階段を上がり、ギィと鈍い音を引きずりながら劣化した鉄製の扉を開ける。

「ただいま」

 ポーンの小さな呟きに静寂が無音という挨拶を返した。材料の鼠や魚に群がる小虫を払いのけ、洗っておいた容器に石油の材料を仕込んでいく。

 かつて人類も石油を生成しようと試みたらしいが、実用化には至らなかったらしい。それも人類滅亡の1つの要因とされているが、真実は分からない。

 材料の仕込みを終え、ポーンは黒ずんだ布で手の土を拭うと、パソコンを立ち上げる。検索エンジンの履歴には『絵画 販売』『絵画 描く AI』と残っている。ポーンは再びあの絵を見たくて、仕事以外の時間は殆ど捜索に使っていた。

「君は、どうして笑うんだ……」

 無数の風船、少し色の付いた、ただの薄いゴムに何故喜ぶのか。人間とは、感情とはただ不可解で、だからこそ頭から離れない。遠ざかっていく少女を追う様に、ポーンはただパソコンの画面をスクロールし続けた。

 一体何時間そうしていただろう、流れていく検索ページよ中の1つが目に留まる。

『KING』、下に書かれた説明書きにAIが営む絵画販売の店だとある。それをクリックすると、夥しい数の画像データが画面を埋め尽くした。全て油絵で描かれた絵画。少女が犬と戯れる絵、少女がブランコに乗って遊んでいる絵、その絵に描かれた少女は、あの風船の少女と同じだった。

 ポーンはすぐさま検索アプリを地図アプリに変え、『KING』を検索する。該当地は1つしかなく、それはリニアでも片道4時間はかかる距離。現実の厳しさに、ポーンはパソコンの前で項垂れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ポーン!3日も有給取るそうじゃないか、何か良い事でもしに行くのか?」

 翌日、上司に有給の申し出をしたポーン。入社してから1度も使った事が無かったものに周囲は驚き、戸惑いからか上司も2つ返事での了承だった。

 それから持ち場に戻ってすぐ、何処から噂を聞きつけたのかルークが肩を組み上記の疑問を投げかけてくる。

「……彼女に会いに行くんだ」

 ポーンの言葉にルークは目を丸くし、次の瞬間にはポーンの肩を掴み顔を覗き込んだ。

「……彼女って誰だよ……」

 覗き込んでくるルークの表情に抑揚は無く、AIらしい無機質な顔つきと声だった。珍しいルークの態度にポーンは少し首を傾げながらも質問に答える。

「万博で見たんだ、AIに描かれた彼女を。僕は彼女に会いに行く。僕は分からない、何故自分に自発的な衝動が生まれるのか……」

「ポーン……」

「でも、彼女に会えば……彼女を描いたあのAIとまた話すことが出来れば、何か答えが分かるかもしれないんだ……」

 ポーンの話を聞き終えると、ルークは数秒間を置き、ポンポンと掴んでいたポーンの肩を軽く叩いた。

「俺も行く。出発はいつだ?待ち合わせしようぜポーン!」

「……君には関係ないだろ、ルーク」

 怪訝にルークを見るポーン、そんなポーンの様子に気づいているのかいないのか、ルークはポーンの燃料メーターをカンカンと指の背で叩く。

「なーに、没頭するとガソリン切れにも気づかない研究者様のお目付け役だ。連れて行って損は無いと思うぜ?」

 指摘された燃料メーターを見ると、既に赤色ランプが点灯していた。ポーンは深い溜息を吐いてルークを見る。

「……明日の朝10時、C7駅だ」

「オッケー!じゃあまた明日なポーン!」

 再びポン、と肩を叩くとルークは自身の有給を獲得する為、ポーンの研究室を後にした。

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