幸せになることこそ復讐です!
私はマリア。元貴族だが今では立派な魔女だ。そんな私は今、元婚約者を奴隷商人に売りつけられそうになっていて内心修羅場となっている。
そもそもこうなったのには色々な経緯がある。
私は元々、とある魔法使いの貴族の家系の娘だった。そして有り難いことに、成長するにつれ魔力は増すばかり。その魔力量の多さのため、魔力至上主義の国王陛下の王命で王太子殿下の婚約者に選ばれた。
「よろしくお願いします、王太子殿下!」
「…ふん」
私は王太子殿下を愛していていなかったが、愛そうと努力した。一方で王太子殿下は私を嫌っていた。魔力を持っている私に、コンプレックスがあったらしい。王太子殿下は魔力至上主義の王家において落ちこぼれと呼ばれるほど魔力がなくて、だからこそ私がその婚約者に充てがわれたのだ。
「お前が俺の婚約者なんて、俺は認めない。魔力しか取り柄のないお前を絶対に認めない」
「王太子殿下、私は王太子殿下と仲良くなりたくて…」
「黙れ!擦り寄ってくるな!」
そんな王太子殿下は、自分と同じ魔力を持たない体質の平民の女の子と恋に落ちた。
出会いは、王太子殿下のお忍びでの城下町の見学だとか。
「愛してる…」
「私もです、アレックス様…」
王太子殿下と彼女は同じ魔力無しというコンプレックスを抱えていたからこそなのだろう、どんどん関係を深めていったらしい。
そして王太子殿下と彼女は公の場で、私を告発した。私が彼女に嫉妬をして、彼女を虐げたと。私は否定したが、残念ながら証拠は何もない。何もしていないという証明は、虐げられたという偽証をするより何倍も難しい。
平民を虐げた私は王太子殿下の婚約者に相応しくないと、その場で婚約破棄を告げられる。
「どうして…王太子殿下、どうして私をここまで貶めるのですか…うっ…ぐすっ…うう…」
「お前を貴族籍から排除して、国外追放処分にする!」
「アレックス様、素敵!」
そして私は国外追放処分とされた。
幸い家族には責任は及ばなかった。特に可愛がってもらった思い出もない冷めた家族関係だったが、育ててもらった恩はある。彼らに何事もなくてよかった。
「お父様、お母様、お兄様。最後までご迷惑をおかけしました」
「…こちらの心配はするな、達者でな」
「今までありがとうございました!」
家族に頭を下げて、別れを告げた。
私は家族と別れの挨拶をした後、自分の私財を全て現金化してから国を去った。私を国外に連れ出す兵士達が、平民を虐げたとはいえ貴族籍剥奪の上国外追放までするのは可哀想だと気を利かせて時間をくれたのだ。
「可哀想なお姫さん。どうか生き延びるんだぞ」
「親切な兵士様、この度は本当にありがとうございました」
「いいってことよ!」
「あと私、平民を虐げたりしてないです。冤罪だったんです」
「え、マジで?」
「マジで」
私は隣国との国境付近に捨て置かれたが、その後すぐに辻馬車に乗って遠くの国に向かった。誰も私を知らない場所に行きたい気分だったのだ。
幸い私財を全て現金化したのでお金はある、金銭的な問題はなかった。
そして私は強大な魔力を持つので、自己防衛もバッチリだ。野盗に襲われても返り討ちにする自信があったので、女の一人旅とはいえ身の安全も問題なかった。
たどり着いた祖国から遠い国で、私は寂れた田舎町を住処に選んだ。
その田舎町には空き地も多く、広い土地を私は買った。
そして買った土地に、魔力を駆使して頑丈な屋敷を建てた。
一瞬で頑丈で立派なお屋敷が建った上、綺麗な庭まで完備させたので田舎町の人々はなんだなんだとびっくりしている。
この国では、魔術はあまり一般的ではないらしい。
「これは魔術よ」
「魔術?あんた魔女なのか?」
「ええ、遠くの国の元貴族の魔女よ」
「はぁ、そりゃあすげぇや」
「そうでしょう?…うん、屋敷は広くて頑丈。見た目も最高ね」
私は自分で作った屋敷の出来栄えにご満悦。
そしてそのままのノリで野次馬たちにこの田舎町の情報を聞き出した。
「ねえ、この町の特色なんかを教えてくれない?私はこれからここに住むのだし」
「ああ、そういうことなら…この町はみんな農業を営む傍ら伝統工芸も作って生活してるよ」
「伝統工芸?どんな?」
「色々あるよ、家具だったり食器だったり服だったり。うちの町は元々色濃い特色のある民族の末裔の住む地域だったのさ」
「なるほど…じゃあ、全部買うわ」
「は?マジ?」
「マジよ、魔女だけにね」
この田舎町の人々は伝統工芸の職人さんが多いと聞いたので、即座に伝統工芸の家具や食器や服を彼らから買い上げて生活必需品を揃えたところ「貴女は女神か!?」と喜ばれた。
たださすがに派手にお金を使いすぎたので、私財は残り少なくなってしまったが…まあ、いいだろう。
とりあえず衣食住のうち衣と住は確保したので、次は食。
私財が残り少なくなってしまったのでどうしようかと悩んだが、良いことを思いついた。
「そうねぇ。野次馬の皆様!魔術の真髄をお見せしましょうか!見てみたいでしょう」
まだ残っていた…どころかどんどん増える野次馬たちに声をかけた。
彼らは次は私がなにをやらかすのかとワクワクしている。
…話は変わるが、この国は数年前まで戦争があったそうだ。
今は戦争に勝って平和だが、この田舎町の人々にも被害が出たらしい。
この田舎町の人々は、みんなどこかに怪我をしていたり身体に欠損があった。
そんな彼らに、魔力を駆使して治癒魔術を掛ける。
「あれだけ濃かった痣が消えた…!ありがとう!」
「火傷の跡がなくなった…魔女様、ありがとうございます!」
「片目が戻った…ありがとうございます、ありがとうございます!」
「足が生えたー!ありがとう、奇跡みたい!」
「息が苦しくない…魔女様はすごいですのぉ。ありがとうございます」
色々な怪我や欠損が治った人々からの感謝は凄まじく、お金の代わりに保存の効く食料を貰った。
これで当分の衣食住は確保である。
ついでだからと、食料orお金をくれればどんな怪我でも治癒する魔女が町に住み着いたと宣伝しておいてくれと頼んだ。
みんな喜んでと頷いてくれた。
「魔女様おはよー!」
「おはよう、皆」
「今日もお仕事頑張ってね!」
「もちろん」
私のことはすぐに近隣に広まり、スラムから出てきたような浮浪者達や、お金を持たない孤児、老い先の短い老人たちや貴族や裕福な商人まで色々な人が頼ってきた。
「はい、治癒魔術ー」
「わっ…本当に治った!」
「見て!腕が戻ったわ!」
「鼻血が止まった!」
「麻痺してた足が動く!ありがとうございます、ありがとうございます!」
お金のない孤児達や老人達には労働力を対価としていただいた。具体的に言うと、その日の分の洗濯やお掃除、食器洗いや料理、庭の手入れなどをお願いしていた。それも一日分で解放する。
お金持ちからはお金をもらった。今では散々散財した私財を取り戻すどころか、倍以上に稼いでいる。
貧乏でもお金持ちでもない普通の人からは保存食なんかを貢いでもらっている。
衣食住も貯金もこれで完璧だ。
「魔女様、お洗濯終わったよー!」
「ありがとう」
「乾いたら回収してアイロンがけしますね」
「お願いね」
労働力を対価とするお金のない人たちには、仕事の終わりにお金も渡す。
お金持ちになれたからね、ノブレスオブリージュというやつだ。
それに文句を言う人はもちろんいない。
「しかし、我々貴族の分の負担額は多いですなぁ」
「あら、ダメだったかしら?」
「いえいえ。治していただくための対価ですから。貧民たちを苦しめることなく、我々からのみ金を取るというのはまさしく聖人と言えるでしょう」
「わかってるじゃない」
いつしか私は、人が良い魔女と評判になった。そしてお金持ちだと噂になった。
正直、気分はいい。
「魔女様、ちょっとよろしいですかな?」
「また奴隷の押し売り?」
「さすがわかっていらっしゃる」
お金持ちだと噂になってから、奴隷商がやってくるようになった。
将来のための蓄えは充分ある。今の分の生活費ももちろんある。むしろ今や有り余るほどのお金がある。なので仕方なく、ノブレスオブリージュの一環として欠損奴隷を買うことにした。
「まいどありがとうございます!」
「はいはい」
連れてこられた欠損奴隷達を全員買って、奴隷商人が帰ると欠損を癒した。奴隷達は大いに喜んだ。そして私に跪き忠誠を誓う。
「マリア様、ありがとうございます!このご恩は一生をかけてお返しします!」
「いいのよ、ノブレスオブリージュってやつよ」
「だとしてもです!一生尽くします!」
「そ、そう…?なら、お願いね」
どうせ広い屋敷に一人なので、奴隷達一人一人に使用人用の部屋を与えた。遠慮しないようこちらで揃えたこの町の民族衣服を着用することを定め、買い与えた。
「こんな立派な部屋に服まで!ありがとうございます!」
「別にこのくらいいいわよ」
奴隷達のお仕事を洗濯やお掃除、食器洗いや料理、庭の手入れなどと定め、やらせる。彼らはすぐに覚えてくれた。
こうなると何も持たない孤児や老人達からの対価をどうするかという問題があるが…考えて、考えて、私のことをもっと宣伝してもらうのを対価にした。
そんな風に充実した生活を送っていた私が、後に耳にした私の元婚約者である王太子殿下のお話。
私の貴族籍の剥奪や国外追放処分は全部王太子殿下の独断で国王陛下の許しは得ていなかったらしい。
「このバカ息子め!お前は廃太子する!そして縁を切る!」
「そ、そんな!俺がなにをしたというのですか!」
「あれだけ素質がある魔女を国外に追放する阿呆がどこにいる!お前などよりあの令嬢の方がよほど価値があったのに!」
「そ、そんなっ…」
この件が決定的となり、王太子殿下…いや、アレックス様は王太子位を剥奪されたらしい。優秀で婚約者を大切にしている第二王子殿下が、新たに王太子となられたとか。アレックス様は生殖能力を奪われた上で勘当されたと聞いた。
「可哀想なアレックス様…」
アレックス様の恋人だった平民の彼女は彼女で、アレックス様を惑わせた罪で奴隷に落とされたと聞く。
「そうよね、そうなるわよね…可哀想な人」
同情はするが、してあげられることはない。
ドンマイ、としか言えない。
魔女として生きることに慣れ、裕福な生活を送るようになり、何年か経った。
奴隷達の奴隷印を治癒魔術で搔き消し、奴隷登録も抹消して、今は普通の使用人達として雇っている。まるで女神にでも仕えているかのように接してくれる使用人達には感謝している。
そんな私はまたも、奴隷商から欠損奴隷を売りつけられそうになっている。
そして、その奴隷の中に一人見たことがある人物がいた。
「見てください、この奴隷!スラム街で拾ったのですが、どうもなにかの感染症で片足を失くしたようですがね。見た目はとにかく綺麗なんです!欠損奴隷ですから安くしますよ」
「そう…そうね…」
それは紛れもなく、元婚約者のアレックス様だった。彼の方を見れば、必死に助けを求める瞳。…しょうがないなぁ。
「わかったわ。買います。他の欠損奴隷たちもね」
「まいどありがとうございます!」
奴隷登録を済ませ、奴隷印も確認してお金を払う。奴隷商人はルンルンで帰っていった。
「…買ってくださってありがとうございます、ご主人様!これからよろしくお願いします!」
どうやらアレックス様は私が誰かわからないらしい。まあ、この数年で私は大分美しくなったから仕方がないか。
この町の民族衣装は、私の見た目に合っているらしく…それを身につける私は祖国にいた頃より輝いている。
だからわからなくとも仕方がない。
うん。
とりあえず他の欠損奴隷たちの欠損を治して、奴隷印を消した。
そして奴隷登録を抹消する手続きをした。
放置されたアレックス様は何故自分だけ放置されたのかわからないらしく首をかしげる。
「あの、ご主人様…俺は…?」
「お待たせしました、アレックス様。思い出せませんか?私はマリアです。あなたに捨てられた、マリアです」
「ま、マリア…?本当に…?こんなに君は、美しかったか…?」
信じられないものを見る目をするアレックス様。兎にも角にも、助けて差し上げなくては。
「アレックス様。とりあえず欠損を治しますね」
「あ、ああ」
彼の足の欠損を治し、奴隷印を消す。
彼の奴隷登録の抹消の手続きもした。
「これで貴方は自由の身ですよ」
「あ、ありがとう…!なんとお礼を言ったらいいか…」
「…お礼はいりません。助けはしました、困っていたから。でも、私は貴方を許さない。冤罪で私を貶めた貴方を」
「え、冤罪…君はまさか、彼女を虐げていなかったのか?」
「ええ、そうですよ。だから、目の前から早く消えてください」
「…っ!すまなかった!」
「謝らなくていいので、さっさと消えてください」
彼は何か言おうとして迷ったあと、結局何も言えずに屋敷を出て行った。
…彼はこれから、どうやって生きていくのだろう。
欠損を治して、奴隷印は消して、奴隷登録も抹消したけれど…まともに生きていけるのだろうか。
「よかったのか、マリア。アレ、憎い元婚約者なんだろう?」
「あら、グレイ。いいのよ、だって今は私は幸せだもの。幸せになることこそ復讐でしょう?」
「はは、たしかに。美しい君を見て、あの男惚けてたものな」
私の執事役をこなす元欠損奴隷のグレイは、昏く嗤う。
この男、結構良い性格してるのよね。
「だが、これで君も心の整理がついたんじゃないか?」
「え?」
「恋愛する気にならないと言っていたのは、彼のせいだったんだろう?これで一区切りついたし、そろそろ前に踏み出してもいい頃だろう」
「それは…まあ…」
さっきの嫌な笑い顔は何処へやら。
優しい表情で私を見つめるグレイ。
「ね、そろそろ…恋をしてみないかい?出来れば、私と」
「それは…えっと…」
「ゆっくりでもいいんだ、前に進もう」
そう言われてしまうと、なにも言えない。
確かに、私も過去のしがらみからいい加減卒業するべきだろう。
前に進む時だ。
目の前の男は、いい性格をしているが私には忠誠を誓ってくれている。
だから…仕方なく、私は頷いた。
「わかったわ。でも私は恋愛初心者だから、貴方がリードしてちょうだい」
「仰せのままに、我が君」
跪かれて、手の甲にキスをされる。
それがキザには見えず様になるのだから、見た目の良い男は狡い。
小さく音を立てた心臓。
さっそく目の前の男にトキメキを感じてしまう自分を恨みつつ、彼を見つめる。
彼はそんな私に微笑んだ。
「愛してるよ」
「…ありがとう。いつか〝私も〟と言えるように頑張るわ」
「うん、安心して。頑張らなくても、言わせてあげるから」
面倒な男に捕まったものだ。
積極的な復讐も良いけど、幸せになることこそ最大の復讐かもしれませんね。
今回の場合、アレックスはせっかく助けてもらったのにまた同じことを繰り返しそうです。
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