第22話
ここはアルシラの西側に位置する“ハルガート”
ここは一年中温暖な気候が続き,到る所に花が咲き乱れているためクランセイスの観光地として有名な街だ。
そのハルガートの街のほぼ中心点の花畑にその少年は居た。
花畑の中にポツンと立った針葉樹に体を預け,腕組みをしながら寝ているように目を閉じていた。
艶やかな銀に近い灰色の肩まで伸びた髪は,所々ぴょんぴょん外にはねている。
スラリと長い体は全身黒尽くめで,赤やピンクの花で彩られたこの花畑の中では随分と目立っていた。
その少年に興味を持ったのか,1人の小さな女の子がその少年に歩み寄る。
そしてそっと声を掛けた。
「お兄ちゃん,何してるですか?」
少女の可愛らしい言葉に,少年はゆっくりとその瞳を開いた。
鋭く切り込まれた切れ長の瞳の色は,まるで見る者の魂を抜いてしまいそうな程黒かった。
少年はゆっくりと少女のほうにその瞳を向ける。
大きなベージュピンクのキャスケットに髪の毛を全て入れ込んでおり髪色は伺えなかったが,丸く濡れた好奇心の翠の瞳はしっかりと少年に向けられていた。
背は少年の腰より少し上で,歳はまだ幼いと見える。
「…花の声を聞いているんだよ,お譲ちゃんも聞こえるかい?花の会話が。」
低くどこかぬくもりを感じさせる少年の言葉に少女は小首を傾げた。
「お花さん,お喋りしてるですか?」
「しているさ。花だけじゃない,俺が今よりかかっている樹も。」
少年がコツンと樹の幹を叩く。
「…チルには聞こえないです,お花さんの声も…」
少女ががっくりと目を伏せた。
そんな少女に少年はすっと右手を差し出す。
「これ,あげるよ。大事にしてね」
少年がふっと息を吹き込むと,少年の手の上で魔法のようにピンクの花が咲いた。
「すごいです!魔法ですか?チルにはそんな事できないです!!」
少女がはしゃぎながら少年の手から花を取った。
そしてキラキラと輝くその瞳で花をひとしきり眺めた後,少年に礼を言おうと顔を上げた。
「あれ…,行っちゃったですかぁ?」
さっきまで少年が居たはずの針葉樹の幹にはただ風が吹いているだけだった。
「…速いですね。」
少女はそれだけ呟くと,花をポケットの中に押し込み花畑の中心に駆けて行った。
その直後,少年が居た針葉樹の根元の花が茶色くしおれ,枯れていったことも知らずに…