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猫を被る  作者: unknown K
3/5

第3話 "変わったね"

「えー、この式にx=4を代入する事でy=3√3とわかるので……」


今は数学の授業の時間。私はノートを広げながらもおじいちゃん先生の小難しい数学の授業を聞き流していた。数学の授業は退屈だ。計算なんて、算数さえできれば無問題だと思う。数学を勉強する意味なんて感じられない。ペン回しにも飽きたので、私は退屈凌ぎにここ最近を振り返る。


相変わらず変わらない日々。一応クロの言った通り“警戒”してみても、その人が身の回りにいるような気配もない。洋子が悪口を言って、私がその相手をする。それは変わらない。ただ、一つ変わった事があるとすれば、湊くんが昨日引っ越したことだ。


お別れ会の帰り、もう湊くんと会えなくなる事への不満と穂花への恨み言を、ぶつぶつ呟く洋子を慰めながらも、“本当に可哀想なのは穂花だよ”と思っていた。彼氏が急に転校する挙句、お別れ会にすら出席できないのは誰よりも可哀想だろう。


「はあぁ」


私はこめかみを軽く押さえる。少し頭が痛い。ここ最近しばらく頭痛が続いている気がする。


「ねぇ、恵美って最近疲れてない?」


親やクラスメイトにそう言われるようになった。クロから貰ったお面さえあれば、洋子たちと上手く関われるようになって、ストレスもなくなるだろうと思っていた。でも、洋子たちと上手く関われるようになっても、ストレスは全くなくならない。


(でも、前よりはマシだよ……そう、マシだよ)


そうだ。前よりはマシであるはずだ。仲間はずれにはならないのだ。


仲間はずれは怖い。誰とも関われないのは怖い。もう転校した花田ちゃんも、穂花も仲間はずれになった子は寂しそうな、浮かない顔をしていた。私はそうなりたくない。そう、仲間はずれは怖い。


でも、そうやって言い聞かせてるだけじゃ……


「ねぇ、恵美ちゃん。鉛筆貸してくれる?筆箱が見つからなくて……」


私の思考を遮るように、隣の席の穂花が困った様子で私に話しかける。穂花はキョロキョロとなくなった筆箱を探していた。“洋子だ”、私はそう直感し洋子の席を見る。予想通り、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて洋子は筆箱をヒラヒラと振っていた。


私の心で怒りの炎が燃え上がる。


“おかしいよ。こんなのただのイジメだよ!” 私の心はそう吠える。こんなのおかしい。正しくない。でも……


“今、私は洋子に見られている。ここで鉛筆を貸したら、折角積み上げた洋子への信頼が崩れちゃうかもしれない”


“信頼が崩れるのは一瞬。そうしたら、仲間はずれになるかもしれない……”


“仲間はずれは怖いよ……”


仲間はずれは、やっぱり嫌だ。


「ごめん、穂花。貸せない」


「そっか……」


穂花は悲しそうな目で私を見つめる。穂花が私をそんな目で見るのは鉛筆を貸してくれなかったからじゃない。何故なら……


「でも、前は貸してくれたよね……」


「……」


私は沈黙する。きっと、穂花は気づいているのだ。私の態度が変わった事に。お面を貰う以前、私は仲間はずれの穂花が可哀想だからとよく話しかけていた。もしかしたら、その事も洋子が私をよく思わなかった一因なのかもしれない。


そう思った私は、穂花と関わるのをやめた。廊下ですれ違う時、列に並ぶ時、授業中の会話は最小限に。必要以上に優しくしない。そういった態度に勘のいい穂花はもう気づいているのだろう。


「恵美……」


「……」


「変わったね」


そう言った後、穂花は前を向いて私に話しかけるのをやめた。


“変わったね”


その言葉が、唇の動きが、私を見つめた時の眼が、全て私の心に引っかかる。“変わったね” その言葉は、洋子が言った言葉と全く同じだった。だけど、その言葉に込められた意味は全く違うものだとわかった。


授業が終わり、私は気を紛らわせる為に、会話に夢中になろうとした。


それでも


“変わったね” その言葉は私の中でこだまみたいに、何度も何度も反響した。


……


「でさぁ、あの時の穂花ときたら……」

「本当にみっともなかったよね!」

「ほんと、わざわざ筆箱盗んだ甲斐があったな〜」


帰り道、私はいつも通り洋子達と話しながら歩く。


「ねぇ、恵美。体調悪いの?さっきからずっと黙ってるけど……」


「心配しないで、絵里。ちょっと考え事してただけ」


さっきから私は何も話せていない。話そうとする気力が湧かないのだ。私は何気なく歩道の横を見る。


そこには花が咲いていた。でも、とても美しいとは言えない花。小さいが、ラフレシアのように毒毒しく派手な色合いをしていた。


(不思議な花……)


私はその花をよく見ようと近づいた。その瞬間、


「うわっ!!」


花が突然ピカッと光り、私は思わず目を瞑る。


(何が起きたの……)


目を開けた時、私は路地裏にいた。

何が起きたのか理解できない。一秒前まで、私は歩道を歩いていた。でも、今は路地裏にいる。


「え、何?何が起きたの!」

「ワープ?さっきまで違う場所にいたのに!」


明らかに動揺した声が聞こえ、振り向くと洋子たち二人もこの路地裏に飛ばされていた。


きっとこれは転移だ。いわゆるワープ。一瞬わからなかったが、この路地裏は私がクロにお面を貰った路地裏だ。決して不思議な世界に飛ばされたわけでも、海外に飛ばされたわけでもない。でも、一体どうして……


コツ コツ


足跡が聞こえ、私は路地裏の奥を見る。


「穂花……」


そこに現れたのは、穂花だった。無言のまま私たちに近づく姿は、どこか不気味で私は何故か不吉な予感に襲われた。


「ねぇ?何であなたがここにいるわけ!ていうか何で私たちがここにいるの!」


「……」


洋子の金切り声を無視して、穂花は俯いたまま沈黙を貫く。いや、無視しているんじゃない。怒りに耐えているんだ。よく見ると、穂花の手はワナワナと震えていた。


「全部……」


穂花は掠れた小さな声で呟く。


「全部、全部!貴方達のせい!!」


怒りを乗せた大きな叫び声と共に、穂花は私たちに襲いかかる。


「待ってよ、穂花!」


私の叫びも虚しく、洋子のお腹に穂花の拳が吸い込まれる。拳が洋子に当たった瞬間、バチッと拳が黄色く光り、洋子は気絶して倒れた。


(もしかして、穂花がクロの言っていた“又吉から力を貰った者”?)


だとしたら、この転移や不思議な拳にも説明がつく。でもそんな事より、早くこの危機を脱しないと……


ビリッ


絵里の腕に穂花の拳が掠り、また拳が稲妻のように黄色く光る。ドサっと派手な音がして絵里も膝から倒れた。


「あれは……電気?」


黄色くビリビリと光っているのは電気なのだろうか。だとすると、穂花の手はスタンガンのように電気を帯びているという事になる。


絵里と洋子が気絶し、この場に残されたのは私と穂花だけ。


「ねぇ、穂花!話をしようよ!どうして急に私たちを襲うの!?」


「話をしようって……貴方達は私と話すのをあからさまに避けてたじゃない!何よ!今更話をしようって……」


穂花は叫び声をあげながら私に襲いかかる。私は拳が体に当たる瞬間を見極めて身体を捻り、即座に距離を置いた。


「何が目的なの!何をするつもりなの!」


「何をするつもりって……」


穂花は立ち止まって、低く呟く。


「“復讐”よ」


「復讐……」


「ねぇ、私がどれだけ苦しんできたかわかってる?わからないよね!友達も!話してくれる人も!湊くんも!みんな離れて、居なくなって!」


「……」


私は何も言えなくなる。わかったつもりになっていた。


「私が何をしたっていうの!私は何にも悪い事してないじゃない!なのに……どうして物を取られたり、陰口を言われたりするの!」


「……」


「私が付き合ってることがクラスにバレたから、皆よってたかって湊くんに嫌がらせをして……だから、その後、直ぐに別れた。でも、別れた後も湊くんは嫌がらせを受け続けて、そうして嫌がらせから逃げる為に転勤って嘘をついて引っ越しちゃって……」


「私はまだ、湊くんにお別れすら言えてない!」


絶句した。穂花は私が想像していたよりも、もっと酷い目に遭っていたた。なのに、私はわかった気になっていた。わかった気になって、同情した癖に、私は穂花を一緒に無視した。可哀想だ、こんなのおかしい、そう言っておきながら、私は穂花を見捨てた。


自分が善の方にいるって言い聞かせて、洋子達に嫌われちゃうからって、こうやって話してるのも私の意志じゃない、このお面のせいだって。そうやって言い訳して、私は洋子との関係が終わらないように、責任と現実から逃げてきた。結局、私は洋子たちと同罪なんだ。


怖いから。仲間はずれは怖いから。そう言って、穂花のいじめに加担していた。

        

穂花の叫びは悲痛だった。どこまでも悲しい叫びだった。


「私、ね。それでも恵美のことは好きだったの。素直すぎて、時に人を傷つけちゃう事もあったけど、凄い優しくて……そういう誰よりも素直で優しい恵美が好きだったの」


「……」


「でも、恵美は変わったよ」


「……」


「私、どうすればいいのよ!皆居なくなって!皆私に冷たくて!!」


「……」


何も、言えなかった。


「あぁぁぁ!!」


穂花は吠え、拳を再び握り締め、やるせない怒りの行き場を求めるかのように私に襲いかかる。


回避できなかった。回避する気力も湧いてこなかった。


身体に電撃が直撃し、身体がビリビリと痺れる。どさりと派手な音と共に私は地面に倒れる。


「うっ、うぅ……」


他の二人と違い、私は意識を失いはしなかった。だけど、身体を自由に動かせない。いわゆる麻痺状態だろうか。


「ごめん……穂花」


私は何とか口を動かす。湿ったコンクリートの嫌な匂いが肺いっぱいに広がる。


「……」


穂花は先程とは違いどこか悲しい目で、地面に倒れ込んだ私を見下ろしていた。


(あぁ、きっとこれが穂花の本心なんだろうな……)


きっと、どうしようもない哀しみとやるせなさを怒りで誤魔化しているのだろう。


「ねぇ、恵美……」


穂花が口を開いて、私に話しかけようとする。その口は、私に何かを伝えようとしていた。きっと、大事な何かを。


だが刹那、


「おっと、ガキが三人転がってらぁ」


路地裏の塀の上から凶暴で下品な声が聞こえ、穂花は顔をしかめて言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。



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