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猫を被る  作者: unknown K
2/5

第2話 変わったね

「朝か……」


心なしか目覚めが良いような気がする。いつもは目覚ましを3回鳴らさなければ起きないのに、今日は目覚ましがなくても起きることができた


それは期待によるものなのだろうか。


「うーん」


私は大きく伸びをして枕元に置いた猫のお面を見る。


「やっぱり信じられないよね……」


改めて考えると、昨日のことはにわかには信じ難いし、もしかしたら夢を現実のことと勘違いしていただけかもしれない。でも、このお面が昨日のことは実際に起きた事であったと雄弁に物語っている。


「これがあれば私は……」


私は皆と上手く関わることができる。皆から嫌われずに済む。ひとりぼっちにならなくて済む。


今の心は新しい玩具を買って貰った子供と同じだ。


朝の準備を終えた私は、溢れんばかりの期待を胸に玄関から飛び出した。


……


キーンコーンカーンコーン


4時間目の終了を知らせるチャイムが鳴る。果たして今日の成果は……


「全然ダメだ……」


はぁとため息をついて机に寄りかかる。結局いつもと変わっていない。というか一日で周りの反応が変わるという考えが甘いのか。私はささくれた気持ちで机の上に置いていたお面を付け直す。視界が狭くなるので、授業中は外して置いたのだ。


「でも、誰にも見えないんだよな……これ」


猫のお面をつけながら歩くという、側から見れば気狂いとしか思えない行動をしても、誰も突っ込もうとしないのが何よりの証拠だ。


ただ、最初はいくらクロに“このお面は誰にも見えない”と説明されても、私は簡単に信じることができなかった。自分には問題なく見えるお面が他の人には見えないというのが直感的に理解できない。


お面をつけながら話しても誰もそのお面に気づかない。自分が見えているものが他の人に見えないということに今でも強烈な違和感を感じる。


「それにしても会話合わなかったな……」


こればっかりは仕方のない事だが話題が合わないと話に入ることができない。それに、もう私は仲間はずれにされているのかも知れない。私はモヤモヤした気持ちで今日の苦い朝を振り返る。


……


今日の朝、私は”いつメン“の3人でいつも通り話をしていた。


「でさぁ、昨日行った遊園地だけどさぁ……」

「マジでヤバかったよね!ジェットコースター凄かった!」


「これ、遊園地で買ったキーホルダー?」


いつもなら見ればわかるような事は口にしないが、お面が勝手に口を開かせた。この場ではそう言ったほうが良いのだろうか。


「そう、これはお土産屋さんで買ったの!」

「お土産屋さんでめっちゃ並んだよね〜」


「このキーホルダー可愛いね。センスあるよ」


またお面が反応した。個人的には“可愛くないキーホルダーだなぁ“と突っ込みたかったけど。


「で、さっきの話の続きなんだけどさぁお化け屋敷マジで怖くなかった?」

「ね、怖かった。怖すぎて悲鳴あげちゃったよ」

「でも、洋子ちゃん勇気あるよ、暗い中堂々と進んでたし」

「そんな事ないよ〜」



「……」


ダメだ。会話に入るべきタイミングがない。というか私抜きで話そうとしているようにも感じられる。そもそも遊園地に行こうなんて私は一言も言われてない。私はこの”いつメン“の一人なのに。もしかしたら私はもう、“ギリギリゾーン”ですら無くなったのかもしれない。


「あ、そういえば恵美、誘わなくてごめんね?」

「まぁ、恵美ちゃんは日曜日に塾があるもんね」

「仕方ないよね」


嘘ばっかり、と私は思う。絵里も日曜に塾があるはずだ。それでも絵里は誘って貰った。私は仲間はずれにされているのだ。


「また今度機会があればね」

「そうだね」


「う、うん……」


私はふと横を向く。教室では一人の女の子がポツンと席に座って本を読んでいた。


「穂花……」


私は誰にも聞こえない程小さな声で彼女の名前を呟く。彼女の寂しそうな姿がいたたまれなくなり、私は穂花から目を逸らす。


私たちのグループは元々5人だったのだ。そのうち、二人がグループから消えた。その中の一人が穂花だった。穂花は少し捻くれている私から見ても、優しくて大人しい子でクラスの皆とも仲が良かった。洋子とは小学校時代からの親友だったらしい。


今年の秋までは。


穂花は何も悪くなかった。強いて問題点を挙げるなら、穂花が可愛かった事だ。九月のとある日曜日に、穂花がサッカー部の湊くんとデートしているところをクラスメイトに発見されてしまったのだ。瞬く間にその情報はクラスの皆に共有され、当然洋子もその事を知る事になった。


運が悪い事に、洋子は湊くんのことが好きだったのだ。洋子は穂花と絶縁した。

そして、穂花はグループから仲間はずれにされた。更に運の悪い事に、湊くんが好きな女子は沢山いたのだ。多くの女子の恨みを買い、穂花はクラスの皆からも仲間はずれにされるようになった。


この日から洋子達は穂花に話しかけなくなった。今までクラスの中心にいた穂花は消えてしまった。でも、クラスは元から穂花など居なかったように回り始める。


次は、私の番かも知れない。


……


そんな朝の回想に浸りながら手を洗っていると、絵里と洋子が話しかけてきた。最初は、最近のアニメやドラマなどの他愛のない話をした。だけど洋子は不機嫌そうに口をつぐんだままだ。


「ねぇ、洋子。どうしてさっきから黙っているの?嫌なことでもあったの?」


絵里が心配そうにし、洋子ははぁとわざとらしいため息を吐いてから口を開いた。


「湊くん、転校しちゃうんだって……」

「本当に?どうして?」

「親の転勤だって。隣町に引っ越すらしいよ」

「そっか……でも、洋子って湊くんのこと好きだったよね?」

「……」


突然の沈黙。洋子の無言の圧力(プレッシャー)に気押されて絵里はたじろぎ、失言を後悔したのか、洋子をフォローしようとする。


「で、でも……これで会えなくなるって決まったわけじゃないし……まだ告白したりするチャンスは」


「全部、穂花のせい……」


小さな声で洋子がボソッと呟く。まるで大きな恨みと嫉妬を乗せたような、いつもの陽気な声とは打って変わった、ドスの効いた声。


私はその自分勝手で支離滅裂な思考に驚愕した。


湊くんが引っ越す理由は親の転勤。そして、湊くんと仲良くできなかった事は洋子の責任。そこに穂花の入る余地はない。それを責任転嫁して人を責めるなんて言語道断だ。


(穂花のせいって……穂花は何も悪くないでしょ!)


危なかった。いつもならそう叫んでいたかも知れない。でも、今の私は魔法のお面をつけている。


「そうだよ、穂花が湊くんと付き合っていたからだよ。穂花が洋子から湊くんを引き離したんだよ!」


私の口は私の心の声とは真逆で、甘い言葉を洋子に囁いた。


「そうだよ、全部穂花が悪いんだよ」


絵里も私に合わせて穂花を責める。あまりに支離滅裂で、あまりにメチャクチャだ。でも、そう口にした時点で私も同罪なのかも知れないけど。


「本当に……マジでムカつく……」

「昔から穂花って調子に乗ってたよね」


私の口は止まらない。


「穂花と友達になったのが間違いだったんだ、それだからアイツは自分がクラスの中心人物だって勘違いして良い気になって!」

「わかる、穂花ってなんか浮かれたよね。調子乗ってるって感じ」


止まらない。


「だいたい穂花って昔から何か読めなかったし。どうせ裏で猫を被って湊くんを誑かしてたんだよ!!」

「そうだよ、何か人を騙してそうな顔してるし」


止まらない。


私は絵里を置き去りにして、洋子に合いの手を入れる。

何て酷い会話。

被害者ぶっている洋子はただ、好きな子を手に入れられなかった悔しさを八つ当たりしているだけだ。そして、私と絵里はそれにハイ、ウン、ワカルヨ、ソウダヨネとロボットのように合いの手を入れるだけ。


「あー、マジでムカつく……」


興奮して捲し立てたせいか、洋子ははぁはぁと荒い息をつく。そして、少し間を置き、唐突に口を開いた。


「あのさ、恵美」

「何?」

「いつもの恵美なら全然話に乗ってくれないと思ってた」

「うん……」


だけど、と洋子は続ける。


「今日は恵美と話してて嫌な気持ちにならなかった。少し変わった?恵美」


(やった!!)


私は心の中で大きな声で叫んだ。本当に微々たる変化のように感じられているのかも知れない。一度きりの会話でいきなり仲良くなるわけでもない。でも、少なくとも変化を認められたのだ。


(凄いよ、このお面!!)


私はクロに盛大な感謝をする。先程感じた罪悪感も初めて上手くコミュニケーションができた喜びにかき消されていた。


……


「どう?昨日買ったこのシャーペン」

「可愛いじゃん!センスあるね」

「そう?」

「そうだよ!」

……


「ねぇ、社会のサト先ってウザくない?」

「うざいよね、何か仕草一つ一つが高圧的っていう感じ」

「だよね〜」

……


「隣のクラスの結奈って何であんなにモテてるんだろう、あんな奴、ただあざといだけじゃん」

「それは男子の見る目がないだけだよ。結奈は男子に媚び売ってるからね、私は洋子の方が可愛いと思うよ」

「そんな事ないよ、私なんかより恵美の方が可愛いよ〜」

……


お世辞にも決して楽しいとはいえない会話。愚痴を聞くか、お世辞を言うかがほとんど。でも、ここ一ヶ月で洋子とうまく関われている気がする。前とは異なり、一緒に買い物に行こうと誘われることもあった。また、心なしか洋子だけでなく、クラスの皆と上手く関われている気がする。


洋子たちのSNSの投稿をチェックするのが面倒だが、そればっかりは仕方ない。会話がうまくできるようになっただけで大収穫なのだから。それに満足せずにタラタラと不満を言うのはあまりに贅沢者だろう。


(でも、何なんだろう。この満たされてない感じ……)


そんな事を考えながら、私は二階の自分の部屋に向かった。クロと会ってから一ヶ月。洋子たちとの関係は変わっても、塾の帰りが10時をすぎるのは前と違って変わらない。


「あ、クロ!何でここに……」


部屋に入ると奥の窓にクロがちょこんと座っていた。開いた窓から、部屋には夜風が入り込み、満月に照らされているクロがどこか神秘的に見えた。


「お面を上手く使えているか知りたいと思ってね。どうかな?友達と上手くやれてるかい?」


「うん、クロ。上手くやれてるよ。最近は洋子たちと上手く話せてるし、遊びに行ったりもするんだ」


「それは良かったね、ボクも作った甲斐があったよ。でも、実は他に話すべき事があるんだ」


いつもは飄々とした態度のクロが、らしくない真剣な態度をしている。


「それは?」


「それは忠告だよ」


「忠告……」


「そう、忠告。“猫パンチ”が集めた情報によると、この街の学生が別の化け猫から力をもらったらしいんだ」


「つまり、私みたいな子ってこと?」


「そうだね。でも、普通に力を貰っただけなら、わざわざここに来て忠告をしに来たりしないよ。厄介な事に、その力を貸した化け猫は“過激派”の又吉なんだ……」


「“過激派”の化け猫って……前にクロが言ってた人を襲う化け猫のこと?」


「その通り。又吉は有名な“過激派”さ。ここ60年ぐらい大人しくしていたのに、最近また暴れ出したんだ……」


「それで、どうしてその又吉はこの街の学生に力を貸したの?」


「きっと又吉はその子を利用しようとしているんだ。きっと又吉はその子の願いを叶えると嘘をついて、周りの人間に危害を加えようとしている」


「どうやって?」


「それはボクにもわからない。だから、“警戒”してほしいんだ。どうも恵美の学校の生徒である可能性が高いんだ。詳しいことがわかったらまた教えにくるよ。またね」


「ねぇ、待って……」


まだまだクロに聞きたいことが沢山あった。だが、私が口を開こうとした寸前に、クロは一瞬で消えてしまった。


「“警戒”か……」


一人残された部屋の中で、私はクロの言葉を反芻する。そう急に言われても、あまりピンとこない。この街に化け猫の力を持っている人がいるとして、私は何をするべきなのだろうか。“警戒”だけでは具体的に何をすれば良いのかわからない。第一、その人物が私を襲うと決まったわけでもない。


「まぁ、深く考えても仕方ないか」


私はクロの言葉をあまり気に留めずに寝床についた。

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