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真昼に満ちる宵闇

「死の王は……エンデはどうしている」

 リーシュと二人きりの部屋の中、至上の君は気のないそぶりで尋ねてきた。

 蒼天がよく似合う全天の長は、明るい金の瞳を中庭に向けている。それでいてその目は落ち着きなく揺れていて、実は少し緊張しているのだと知れた。

 遠い昔も今も、喧嘩別れのようになっている兄弟神のことが、本当は気になって仕方がないようだ。いつも配下に囲まれている彼が、今日に限っては一人でふらりと現れたのも、偶然ではないのかもしれない。


「静かに過ごしておられます。迷える魂と、荒ぶる魂を導いて……静かとはいっても、お忙しくされています」

「久しぶりに冥府を訪れたが、殺風景なものだな。草花どころか、飾り気一つない。あれが冥府の王の居城とはな」

 そして苦々しげに、「あそこまでしなくとも良かろうに」と恨み言を言う。

「あのように拒絶するほど、私が許せぬというのか……執念深い男だ」

 

 過去にあった二人の、いや三人の確執について、詳しいところまで知っているわけではない。それでも、至上の君は間違っていると思った。

 根拠はないが、確信がある。

「怒ってなどおられません。強くてお優しい方だからこそ、孤独を選ばれたんです」

 至上の君はふてくされた少年のように頬杖をついたまま、明るい金の瞳でじっとリーシュを見据えた。

「なぜそう思う」

「出会ったときからずっと、あの方は私に何も望まれません。なによりも心を守ってくださいました。心に叶うことだけをすれば良いと。そんなことを言っていただいたのは初めてでした」

「…………」

「毎日死を与えることを、想像されたことはありますか。あの方のもとにやってくるのは、苦しみ、恨み、悲しみにくれる魂ばかりです。

 あの方は、私の怪我を癒せないことを恥じておられました。命を終わらせることしかできないことに、倦んでおられた。そんな虚しさを、誰かへの怒りや恨みのために耐えてこられたとは思えません。

 誰かの心を守るためだからこそ、あの方はあの暗い、命の兆しのない場所を選ばれたんです。私はそう思います」


 すらすらと言葉が出てきたことに、自分でも驚いた。

 毎日、共に過ごした思い出をなぞってばかりいたせいで、積もりすぎた想いが堰をきったかのようだった。

「お前は、あやつのことを」

 何かを言いかけた至上の君は、ふいに言葉を飲み込み、慎重に言い直した。

「……誰よりも理解しているのかもしれないな」

「理解なんて……ただ、感謝しているだけです」

 言葉などなくとも、そのまなざしから、指先から、些細な気遣いから、多くを受け取ってきた。

 その逆に、リーシュがうまく言えなかった気持ちも、死の王は汲み取ってくれていた気がする。


「昔から口数が少なく、何もかも飲み込む男だったが。そなたには分かるのだな、口にも顔にも出さぬあれの真意が」

 それはもうほとんど魔法か奇跡のような力だぞ、と至上の君は苦笑いする。

 そしてふと神妙な面持ちになると、リーシュを捜しに冥府を訪れた時の態度を謝った。そなたに謝っても仕方のないことだが、と眉を下げる様子は、至上の君とあれど、ただの不器用な青年のように思われた。



 癒し手ソワンが結婚する日、天地のあちらこちらから神々や妖精が集まってきた。彼女に世話になったことのある者は多く、至上の君さえ、異例にも天宮を会場に貸し出したほどだ。

 リーシュもまた人の形をとり、白銀の髪に合う美しいドレスを用意してもらった。淡い水色のとろりとした布地は、揺れると銀にも虹色にも光る。黄昏の君の、趣向を凝らした魔法だ。

 涙の宝石箱から選び抜いた大粒のオパールも、贈り物として用意している。ソワンがひそかに目を奪われているのを、ちゃんと気づいていたのだ。


 悲嘆の神鳥を呼ぶのは不吉ではないのかと冗談交じりに言う人がいることは知っていた。異論もない。

 しかしソワンにはいつも優しくしてもらっていたから、たまには泣くのをやめて、彼女のために歌い、祝福を贈りたかった。

 おまえの歌は物悲しいといつも至上の君が言うから、何か明るい歌を歌わなきゃ。

 と考えてはみたものの、唇からこぼれるのは寂しげな歌ばかり。気が付くとまたエンデのことを思い浮かべている自分に気づき、歌は途切れた。


 冥府を離れて、数年が経った。心の穴は広がるばかりだ。

 自分はこのまま喜びを忘れて、悲しい歌しか歌えなくなるのだろうか。それでも恩寵の神鳥と言えるだろうか。

 最近はそんなことばかり、考えている。


 一縷の望みをかけて、死の王は結婚式に来るのかとソワンに尋ねてみたことがあった。

 ソワンは申し訳なさそうに首を振った。

「あのお方は、冥府を離れたことがありません。至上の君の結婚式にも、おいでにはなりませんでした。一応知らせは送りましたが……」

 それでも今日は、一日中その姿を探さずにはいられないのだろうと思った。影を見れば目で追い、あの深い声が聞こえないかと耳をすます。

 本当に自分は、どうしようもない。今日はソワンのための日なのに。


 首を振って、立ち上がった。

 式典会場へと、のろのろと足を勧める。翼で飛べばすぐの距離だが、人の身体は重く、不自由だ。

 それでもまだ時間は十分あるはず……などと考えていた時のこと。

 何者かに口元をふさがれ、手足が動かなくなった。

 拘束魔法だ。

 遠い悪夢がよみがえり、リーシュは目の前が暗くなった。からだの震えが止まらなくなり、歯の音ががちがちと鳴り出す。

 数百年前の結婚式の日に、リーシュは半妖に奪われた。

 そして今日、また同じ歴史を繰り返すのだろうか。


 リーシュを拘束した何者かは、すさまじい速さで天を駆け抜けた。風よりも速く、蝶よりも軽やかに、雲を超え海を渡る。とてもではないが、目も開けていられない。

 天馬を軽く凌駕する速さで盗人が降り立ったのは、どこか暗く殺風景な洞窟の入口だった。

 遠く水音がし、奥底かひんやりと冷たい空気と風音が忍び込んでくる。なぜだか不安な気持ちになる場所だ。


 その片隅に、全身を黒い毒に覆われた男が、浅い息をついて横たわっていた。

 その色の意味を思い出し、思わず息を飲んだ。

 天上で、罰として与えられる毒がある。大罪人を知らしめるため、毒を浴びると全身がはっきりと黒くなるのだと、いつか正義の女神が教えてくれた。

 黒い毒は最大で百年もの間罪人を蝕み、通常の治癒魔法では癒すことができない。昼も夜も全身が痛み、眠ることもかなわないのだという。

 つまり目の前にいるのは、大罪人だ。

 状況は大変分かりやすい。連れてこられた理由も。

 神鳥の羽ばたきが起こす風ならば、黒い毒さえ癒すかもしれないと考えたのだろう。


「逃げようとしても無駄だ。お前の影は私の掌中にある」

 念を押しながら、リーシュを連れ去った男は、拘束を解いた。するとリーシュの足は勝手に動いて、黒い男の前でぴたりと止まった。

 まるで操り人形のようで、気持ちが悪い。自分が自分でなくなったみたいだ。

 言動からして、彼は影妖精だろう。影を操り、縛ってくるから逃げられない。不意を打つことも難しい相手だ。


 そのまま凍り付いたように突っ立っていると、黒い男は酷薄な笑みを浮かべた。

「ただでは祝福を与える気にならないようだぞ」

「なるほど。さすが至上の君のペットはお高いな」

 背後にいる影妖精の声が近づいたと思うと、リーシュの首筋に激しい痛みが走った。次いで背中と太ももに。

 致命傷にはなりえない傷だ。だがもし鳥の姿だったなら、彼らのお望み通り、飛び上がって羽ばたいたことだろう。

 罪人はリーシュの目の前にいる。その羽ばたきを受ければ、黒い毒は癒えたかもしれない。


 意地でも鳥の姿にはなるまいと、歯を食いしばる。

 そこまでして我慢する必要はあるのか、と脳裏で誰かがささやく。

 このまま素直に癒しを与えれば済む話ではないのか。元々神鳥は全ての生き物に祝福を与える存在なのだから、誰に責められるわけでもない。

 だが一方で、思い通りになりたくない自分もいる。当たり前のように持ち運ばれ、脅され、望みを叶えさせられるだけの自分が苦しい。心のない道具のように扱われることが。

 

 耐えれば耐えるほど、傷は増えた。しかし羽ばたけなくならないように、腕だけには傷をつけられない。

「弱らせすぎるなよ」

 毒に横たわる罪人が声をかけた。

「分かっている。加減はしているさ」

 最初は半妖もそう言っていた……と、思い出す。リーシュがうまく泣けなかった時、半妖はいくつもの浅い傷を刻みつけた。痛みに慣れていなかったリーシュは悲鳴をあげ、涙をこぼした。

 ほらな、ちゃんと加減してやっている、と半妖はなぜか得意げだった。しかしリーシュが痛みに慣れ、浅い傷では泣かなくなると、その拷問は激しさを増し、いずれ気絶させるのさえ厭わなくなっていった。

 どうせまた、同じことが起きるだろう。


「なぜ従わない。ここで羽ばたいたとて、お前の主人は怒るまい」

 血まみれになっても人の姿を保ったままのリーシュに、影妖精は焦れた。

「お前は鳥にさえなればいい。翼を動かすのは私がやろう。お前は操られただけだ。何の落ち度もない。これ以上苦しむこともない。そうだろう?」

 まさに新しい傷をつけながら、影妖精は優しげな声で言う。馬鹿なお前に分かりやすく教えてやるとでも言うように。


 だが、そんな血なまぐさい膠着状態はそう長くは続かなかった。

 ふいに洞窟が明るく照らされたかと思うと、複数の天馬のいななきと共に、高らかな声が響き渡った。

「動くな! 天軍である。至上の君の神鳥を奪いし者、十年の責め苦は避けられぬことと思え!」

 どこか聞き覚えのある声と共に、軍装の天使たちが駆けこんできた。

 影妖精は洞窟の奥へ逃げかけて、やめた。毒に侵された仲間を置いて逃げるほど、卑劣ではなかったようだ。

 天軍を指揮しているのは、いつか冥府で見かけたスフェルだ。きびきびとした采配に、数十の配下たちが無駄のない動きで従っている。

 

 思いのほか早い救出に、ほっと息をついた。結婚式で天宮の警備も強化されていたのが、効を奏したのかもしれない。

 黒い毒に侵された罪人と、傷ついたリーシュを見ると、スフェルはいよいよ厳しい表情になり、「まだ罪を増やすとは愚かな」とつぶやいた。これであの罪人は、さらに長い間、黒い毒に苦しむことになるだろう。


「神鳥どの、失礼を」

 罪人たちを部下に任せると、スフェルはリーシュを横抱きに抱え、天馬を駆けさせた。

 真っ白な軍装が、血に汚れてしまうのが申し訳なかった。緊張が解けて、思い出したように傷が痛みだす。

「すぐに天宮へお連れします。花嫁も指揮を中断して心配しておられますよ」

「それは……申し訳ないわ」

「何を申されます。全てはお守りできなかった我らの咎です」

 スフェルは当然ながら、リーシュに冥府で顔を見られていることなど知らない。

 だから、言おうとした言葉を飲み込んだ。

 ずっと自分のために戦ってくれてありがとう、そのために命を落としかけてごめんなさいと、言いたかったのだが。



 花嫁姿のソワンが涙ながらに術をかけると、リーシュの傷はまたたく間に癒えた。

「このようなことになるなんて」

 顔を覆う彼女を、夫が抱きしめなだめている。

 結婚式が台無しになり、色々な意味で泣きたいはずだ。それでも決してリーシュを責めないソワンに、ますますいたたまれない。

 これでは天上にもたらした祝福よりも、災厄の方が多いのではと思えてしまう。

「多くの出入りがあれば、邪な者も紛れ込みやすい。二度も同じ轍を踏むとはな」

 アルヒとシャレムは神鳥の護衛の人数を増やす相談をしている。いらぬ手間をかけさせていると感じ、リーシュの心はますます重くなった。


 恩寵の神鳥の二度目の誘拐事件は、思いがけず長く尾を引くこととなる。話題になりすぎたことで、かえって人々の関心を引いてしまったのだ。

 より安全な隠れ家を提供すると竜族が申し出たかと思うと、それほど素晴らしい神鳥であれば、友好の証に譲ってくれないかという、面の皮の厚い魔族も現れた。病に苦しむ民のために一年貸してほしいやら、災害に遭った領土復興のために、宝石を分けてほしいといった要求もあったらしい。

 始めはその全てを一蹴していた至上の君だったが、中には切実に救いを求める声もあり、対応に苦慮するようになっていった。

 一部を助け、一部を助けないなら、差別にあたる。しかし全てを無視すれば、至上の君は配下のことなど興味がないとか、富を独占していると言われかねない。


「そなたという存在は、永遠の命題のようなものだな」

 至上の君は笑ってそう言ったが、じきに笑ってもいられない事態となった。

 死に至る呪いを受けた寵姫を助けたいという巨人族の王が、神鳥を貸し出さぬなら力づくも厭わぬと、武装した使者団を送り込んできたのだ。優に五百人を超える大部隊を天軍は侵略軍とみなし、そこから本格的な戦争に発展したのだった。


「本能みたいなものなんだよ。人も神も魔族も巨人も、争う理由をいつも探してる。誰が偉いとか、正しいとか、全部白黒つけるのが秩序だって思ってる」

 戦況を有利に運ぶため呼び出された千里眼の女神ヴェリタは、はっきりとうんざりしていた。今日中に読みたい古文書があったのに、と。

「はた迷惑だよね、こちとら、ただ本さえ読めれば幸せなのに。一度白黒つけたところで、永遠に白が白いわけでもないのにさ……」

 とめどなく文句を繰り出しながら、徐々に表情を曇らせたヴェリタは、おもむろにリーシュの耳に口を寄せ、ささやいた。

「ここだけの話、あんまり良くない未来が見えたんだ。この宮殿も戦場になるかもしれない。至上の君には、あんたを移動させるよう頼んだんだけどさ……モタモタしてると、間に合わないかもしれない。だから……」

 わざわざ後ろの護衛たちに聞かせまいとしたのは、賢い彼女に何か秘策があったのだろう。

 しかし、その秘策を耳にすることは、結果としてなかった。

 巨人族の攻撃は、想像をはるかに超えて迅速果断だったのだ。


 ヴェリタが策を口にしようとした瞬間。天から巨大な槍が降ってきて、宮殿の中庭に突き刺さり、衝撃で窓という窓が砕け散った。ヴン、と空気の圧する音がする。

「逃げて! 早く!」

 ヴェリタの叫び声に我に返る。

 そうだ、逃げなくては。神鳥に戦闘能力は一切備わっていない。敵の狙いはわからないが、この場は護衛たちに任せるべきだ。


 慌てて鳥の姿になり、割れた窓から飛び出した。

 しかしそれこそが、巨人族の狙いだったのだ。

 外に出てみると、空が暗くなり、二人の巨人がこちらを見下ろしていた。

 おびき寄せられたのだ、と気が付いた瞬間、巨大な手がこちらに向かってきた。

 ほぼ同時に高き空からは天馬のいななきが近づき、おびただしい数の弓が二人の巨人に放たれた。あまりに小さな小鳥の存在に、まだ気づいていなかったに違いない。巨人の背に覆い隠されて、天宮がどうなっているかも見えていなかっただろう。


 だから、全ては不運の結果であったとしか言えない。

 天からの流れ矢が小鳥に命中したことも、矢を防ぐために振り上げられた巨人の腕に吹き飛ばされたことも。


「止まれ!!!!!!!!!!!!」

 至上の君と黄昏の君が別隊を引き連れて駆けつけ、天軍を制止して小鳥を拾い上げたときにはもう、小鳥は息をしているようには見えなかった。小さな翼は無残にひしゃげ、血を流している。

「アイオーン、分かるか、アイオーン」

 アルヒは、自ら付けた名で小鳥を呼んだ。

 反応がない。

「ソワンの元へ連れて行くわ。不死だから、死んではいないはず」

 黄昏の君が小さな体を引き受け、走り出した途端、ほとんど死んだようだった小鳥が、突然羽を動かした。まともに飛ぶこともできずに、ばたばたと不器用に落下してゆく。その途中で、人の姿に変じた。当然、人体の損傷も激しいままだ。


「落ち着いてアイオーン、怪我をしているのよ」

 黄昏の君が助け起こすより早く、小鳥は地に落ちていた矢に手を伸ばし、両の手で強く握りしめた。それは間違いなく、意図的な動きだった。

 矢の先端を内側に……己の心臓へと傾ける。

「だめよ、やめて!!!!!!!!!!!」

 黄昏の君の叫び声と同時に、小鳥は自分の胸を渾身の力で突き刺した。深く、深く、貫くように。

 それくらいしないと、冥府に行けない。不死の身で、生半可な傷ではたどり着けないことを知っている。


 もうたくさんだ。

 恩寵とは、祝福とは何だろう。自分はただ、天に争いをもたらしただけではないか。そんなことのために生きていて、何の意味があるだろう。


「エン……デ……さま」

 かぼそい声と共に、少女の傷だらけの身体が傾く。

 と、その身体は、どこからか表れ出でた漆黒の闇に柔らかく受け止められ、すっぽりと包み込まれた。まるで壊れ物をすくいあげるように。

「リーシュ」

 闇から出でる深い声。大気が鳴動するほどの、怒りの気配。

 いるはずのない神が、そこにいた。

 常昼の天宮に、宵闇が満ちる。息もできないほどの重い覇気。巨人も天軍も、誰一人として動けない。

 物言わぬ少女の身体を抱きしめ、冥府の支配者は立ち上がった。


 僅かでも身じろぎすれば、魂ごと消滅させられる。

 あまりの緊張と恐怖に、誰もが呼吸を忘れて身を硬くしていた。ある者は意識が遠ざかり、またある者は震える手から剣を落としてしまった。


「この天に、もはや祝福は必要なかろうな」

 それはもはや、嘆願でも交渉でもなかった。宣告であり、命令にも等しかった。

 これまで、これほどまでに激怒する兄弟を見たことのなかったアルヒは、言葉を失い立ち尽くした。まさに巨人族と戦闘の最中であることなど、この状況においては些末な問題だ。

 それほどまでに、ただ一人の、武器も持たない闇の君は、その場を圧倒していた。いかに同等の力を持ち、至上の君と呼ばれる立場であっても、今の闇の君に立ち向かうことは躊躇われる。

 アルヒは兄弟の怒りにたじろぎ、またうなだれた。

 恩寵の神鳥は、祝福を繁栄を歌う鳥。天宮には愛と喜びが満ち、何の憂いもなく栄えてゆくはずだった。

 しかし、この結果はどうだろう。


 答えは、一つ。始めからそうすべきだった。だが、認めたくなかった。

 冥府を離れてから泣き暮らす神鳥の心を、なぜ無視してきてしまったろう。そして、遠い昔分かたれたままの兄弟の心のことも。

 痛みを抱えて冥府に下って行ったこと、自分たちのために犠牲になったことに、見て見ぬふりをしてきた。強大であり心優しい兄弟と、かつては仲が良かったはずなのに。

 自分は何もかも間違ったのだ。


「冥府にこそ、祝福は必要だろう」

 金と黒の兄弟の視線は絡み合い、そして、離れた。

「では、もらい受ける」

 それきり礼の言葉も挨拶もなしに、闇の君は神鳥と共に姿を消した。

 途端、天宮に重く垂れこめていた闇は晴れ、息詰まるような威圧感も嘘のようになくなった。

 戦の原因たる神鳥を失い、巨人と天軍の間には何とも言えない空気が漂うこととなる。それから収束までにまた様々な騒動が起こるのだが、それはまた、別の話だ。

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