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あまり人の入らないその山は荒れ放題で登るのが大変だった。

ミコトは少しでも植物を傷つかないよう歩いた。しかしどうしても踏んでしまうような草や花にいちいち謝って進んだ。


「お前、そんな草花とまで話せるのか・・・」


感心したようにヒイラギがミコトの顔を肩から見た。


「そうか・・・木の言葉と草の言葉は違いますからね・・・ヒイラギさんには”この方”達の言葉はわからないんですね。とても彼らは強くて

いつもいろんな事を教えてもらってます。」

「こんな草にか?」

「たしかに短命に見えますよね雑草って。でも、根はしっかりと生きていてヒイラギさんよりもすごく年上の草も結構いらっしゃるんですよ。

ここをもう少し登れば見晴らしのいい小さい丘があるらしいです。そこに落ち着くのはどうですか?」

「・・・ああ・・・」


ミコトの言われるがまま、は返事をした。落ち着く場所など、どうでもよかった。

後ろを振り返ると里が生い茂った木の間から見えた。

ヒイラギは里に見入る。

涙がたまっていく。


(わたしの里は・・・・あんなに小さかったのか・・・・)


溢れて涙は頬をつたった。

ヒイラギは生まれて何百年も経っているというのに初めて泣いた。


丘にたどり着く頃にはすっかり辺りは夕焼けになっていた。

空は赤い。


「どうですか? 土壌も悪くなさそうですし、ここから少しだけど里も見下ろせますよ」


ミコトは土を手ででこねてみると、口に入れて味を見ていった。


「うむ・・・」


持っていた小刀で土を掘り、程よい範囲を耕し根をつけやすいよう柔らかく仕上げ、懐に隠していた小さな枝を地面に挿した。

倒れないよう、丁寧に添え木を作った。


「ミコト・・・・」


作業の途中でヒイラギがミコトに呟いた。

ミコトがふと振り向くとヒイラギは里をぼんやりと眺めながら言った。


「ありがとう」



挿し木作業は完全に日が落ちきる前に終わった。

ミコトは疲れて地面に寝そべっていた。

ヒイラギはポツンと挿し木された小さな柊の枝の横に座り、沈みかけの太陽を見ていた。


「では・・・私は行きます。 あまり一緒にいて私の毒がヒイラギさんにうつったら大変ですから。 たまには顔を出しますよ」

「ああ。」


ヒイラギは微笑んで答えた。

ミコトは荷物を風呂敷の中に詰め立ち上がった。


「そう・・・一つ聞いてもいいですか? さっき「最後の予想」って言ってましたけど・・・もう出来ないんですか?予想・・・」


ミコトの質問にヒイラギは自分の本体である小枝をさすった。


「ああ。 私にはもう大きく広く張った根も、経験を積んだ幹も、遠くまで見渡せる枝も無い。 ただの挿し木の苗だからな。」

「・・・そうですか・・・」


ミコトはヒイラギに大きく一礼をした。


「それでは・・・行きます。 また・・・」

「ああ・・・またな・・・」


ヒイラギは立ち上がりミコトを見送った。


夜はすぐに来た。

ヒイラギの新しい住処は、本当に静かな土地だった。

どこか遠くでフクロウがホーホーと鳴いている。月は出ているようだが茂る木々の影で微かな光もない。

真っ暗な山の中でヒイラギはヒザを抱き顔を腕に抱いていた。

まわりは、木が沢山あった。だが、皆、野生のものが多くあまり言葉を発するものはいなかった。


一人の夜など、何度もあった。精霊としての意識が生まれたときは、あの土地もこの山の中と変わらない荒地だった。

人間はいつのまにか現れ家族を作り、集落になり、里になり・・・・いつも間にか、精霊を見えるものが現れ、子供の頃から見える者は大人になっても見えるようになり

やがて誰もが自分を見えるようになっていった。

誰もが、ヒイラギが人間じゃないことぐらい知っていた。

いつの間にか自分自身が人間とそっくりの形に変わっていった。


孤独など、いずれ慣れる。

それが自分のような木の精霊にとって当たり前なのだ。


だが、胸が凍りつきそうに寒い。 こんなに寂しいということがつらいとは思わなかった。

今なら、自分の力でこの小さな本体である挿し木したばかりの枝を抜ける。

そうすれば、短い時間でこの寂しさは消えるだろう・・・・


そんな時だった。

近くでガサッと音がした。

獣の足音だろうか・・・・

ヒイラギは顔をあげ、音の方向を見た。


そこには見慣れた子供が松明たいまつを持って立っていた。

里のイナという少女だ・・・・


「・・・・イナ・・・・?」

「・・・・いた・・・・」


イナは大きな声で叫んだ。


「居たぞー!!」


すると何処からともなく数人の声が集まってくる。


「居たって?」

「ヒイラギ様が見つかった?」


ぞろぞろと里の者たちが集まってきた。

一晩中、自分を探していたのだ。

何十人という人間がヒイラギを囲んだ。


「ど・・・・どうしてここが・・・・」


ヒイラギは驚きをかくせなかった。


「あの旅人が、こっそりヒイラギ様の蔵の中で酒とか米とか物色していたの! だからとっ捕まえて問いただしたの」


イナは小さいヒイラギに顔を近づけてニッカリと笑った。

ヒイラギはあわせた視線をそらした。

そして、その小さい体で皆に聞こえるように言った。


「帰りなさい。」


皆に背を向けて座り込んだ。頑としてここを動かないという意志なのか体中に力が入った。


「私にはもう、お前達を守ってやれるような力は無い。 予言など出来ないのだ。これからは自分達の力で里を守っていきなさい」


沈黙が山の中に漂う。たいまつが炎でパチッと弾けた。

イナがゆっくりとヒイラギに更に近づいた。


「そんなの関係ない・・・・私らヒイラギ様に会いに来たんだ・・・」


ヒイラギの体から力が抜ける瞳が勝手に開いた。


「爺ちゃんも婆ちゃんも母ちゃん父ちゃんも、兄ちゃんもユキもミツも私も・・・みんなヒイラギ様に遊んでもらって育ったんだ・・・・

ヒイラギ様は私らの大切な”お人”なのに・・・・突然居なくなるなんてヒドイよ・・・・」


イナは泣いていた。 里の者もみな、しくしくと泣いていた。


「里は父ちゃんやお爺たちが責任をもって守っていくって言ってます・・・だから・・・・」


イナがヒイラギを抱き寄せ抱いた。


「これからも一緒じゃなきゃ嫌です」


ヒイラギはイナの腕の中で振り返り抱き返していた。

この枝で挿し木しこの先、どれ程の時を生きられるか、ヒイラギ自身にもわからなかった。

しかし、もうヒイラギは迷わなかった。

居られるだけ、この里の者達と一緒に居よう。

大好きな人間たちと・・・・

そして、いつか命が終わったとき、いずれ生まれ変わることが出来たなら・・・

一度でいい、人間になりたい・・・・

そう思った。


暗く寒い山の中でいくつもの松明たいまつの灯りがうつろいでいた。



「あ」


ミコトは来たとき通った原っぱに居た。


「墓が立ってる・・・」


誰かが戦で死んだ者達を葬り、瑣末ながらも木の枝や石で墓を作ってあったのだ。

いくつもいくつも・・・・


かたわらに咲く花にミコトは顔を向けた。


「ああ、この間はどうも・・・え?」


花はまた微かに揺れた。


「ああ・・・でもね・・・」


ミコトは晴れ渡った空に目をやった。


「人も・・・満更でもないですよ・・・・」


上空の雲は早く動き、陽は生き物にあたたかな光をふりそそぐ。

緑なるものはじっと生き物を見て、生き物は今日もただただ同じ事を繰り返す。


私たちは生きている。

このお話はミコトという男の旅の物語。

ただ、生きるということテーマに沢山のエピソードがストックしてあります。

いずれ、続編も書いて行こうと思っていますので、また読みきてくださることを

心からお待ちしております。

また、ご意見、ご感想などありましたら是非お寄せくだい。

次回作へのモチベーションと共に反映をさせて頂きたく思っておりまする。


                              かよきき

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