枝分け
夜は明け朝もやで里は霞んで見えない。
標高の高いこのあたりの靄は強い。
そんな早朝に、昨夜泊めてもらったヒイラギの祭壇からミコトは大きな枝を持ってこっそり出てくる。
さすがに、誰も里の者は見当たらない。
ミコトはその枝をかつぎながら、里の出口の方に歩き出した。
「だいぶ縮んだな・・・」
よく見るとミコトの肩の上に小さく縮んだヒイラギがちょこんと乗っている。
珍しそうにヒイラギは自分の体を吟味した。
「まあ、本体が小さくなりましたからね。 しかしヒイラギさん・・・本当に変わってますよね。どうしてそこまで人のためにするんですか?
まぁ私は”あいのこ”ですから人の世界でもいろいろありますが・・・あなたは木や草・・・自然の側の者でしょう? 人の集落がどうあろうと本当は関心など持たないはずですけど・・・・」
ヒイラギはミコトの肩の上に揺られながら朝焼けで赤みがかった空の雲を眺めた。
「人は・・・面白い。」
ミコトは大きなアクビを一つした。
「獣の癖に、草木を育て、土地を開拓し家を作り住む。私らは何十年もかけてゆっくりと根を張るというのに、一年もしないうちにそこいらを自分の住みやすいように変えることが出来る。・・・器用だ・・・・きっと遠い将来、この世界は完全に人間が制御する世の中になっていくのだろうと本当に思う。そうなれば私のように自分や一帯を守るために生まれる精霊などはもう現れる必要もなくなるだろうと思う位にな・・・・・
だが・・・そんなに器用なくせに・・・”つがい”いになるのには実に不器用で好きな相手になかなか想いを告白できず無駄に時間と気持ちを費やすのだ・・・
まったく・・・・面白い・・・・」
ヒイラギは微笑んだ。
「昨日、見たとおりあの辺りでは私は”一本柊”でな。 実も付けられず仲間も作れない私にとって、人は唯一の楽しみだった・・・ただそれだけだ・・・・」
そう言うとヒイラギは言葉を切った。
なんと言葉をかけてよいのかわからずミコトも黙っていた。
だが、その時だった。里の出口の崖の付近の草むらから、里に人々が何人も出てくる。
ヒイラギは慌ててミコトの懐に隠れる。
「こいつだ!! こいつがヒイラギ様を連れ去った奴だ!! あの枝にヒイラギ様が付いているんだ!! ヒイラギ様を帰せ!! 」
中央の子供が憎そうにミコトを睨み付けた。
きっと昨日のミコトとヒイラギの会話を聞いていたのだ・・・
ミコトは後ずさりをした・・・村人は詰め寄ってくる・・・・
パッと踵をかえしミコトは全速力で走った。だがすぐ後ろの来た方向から里の人間が群がってミコトを取り囲んだ・・・・
ミコトの額からは冷や汗がしたたり落ちる。
こうなればもうどうしようもない・・・・
ヒザを付きその抱えた大きな枝を里の者たちの足元に置いた。
「い・・・・命だけはお助けを・・・・・」
ミコトがそう言うと、一人の人間が怒り心頭ながらも声を低めて言った。
「二度と我らの里に近づくな!」
ミコトは作り笑いをしてゆっくりを会釈をした、そして立ち上がると、崖のつり橋の方に向かって走った。
「す・・・すみませんでしたー」
里の者は大事そうにその枝を抱きミコトに振り向くものなど誰もいなかった。
ミコトは一気につり橋を渡るとまだ走りながら横目でちらっと崖の向こうの村人達を見た。
「すごい・・・・時間も場所もぴったりだ・・・・本当にあなたの予言は当たりますね・・・」
ミコトの懐から小さくて短い枝と、ヒイラギが覗いていた。ヒイラギもまた、崖の向こうの人々を見ていた。
もう誰も追ってこない。
「言っただろ・・・予言ではない。 予想だ・・・・最後の予想だ・・・・」
もはや里の外であり、草木がしげる獣道をミコトはこの辺りで一番高い山に向かって歩みを進めた。