7.今度こそ港町に向かう
文字間違い指摘ありがとうございます。
5日目。
現実世界に行かなかったせいか体が楽だ。
うすうす気が付いていたけど、異なる世界の移動って体に結構負担になるのかもしれない。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」お互い挨拶をかわす。
馬車の皆さんは昨日のショックから立ち直っているようだ。
妊婦さんの顔色もいい。
おじいさんは昨日無理をしたせいで歩き方がぎこちない。
「皆を助けてくれたお礼です」といってユーリはおじいさんの腰に手を当てて治りますようにと祈った。
昨日と同じくほんのり柔らかく光る。
「おおーこれは楽になった。ありがたいことじゃ。だがお嬢さん本当にお気をつけなされよ」
「はい。ここの皆さんにはばれてしまいましたが、もうこの力は使いません」
ギルド職員が気を利かせて朝食のサンドイッチを大量に持ってきてくれた。
たくさんあるのでお昼として持って行っても大丈夫なのだそうだ。
一口食べてみたらやっぱり薄味だった。
この世界の人は生野菜を食べない。
衛生の問題なのでそこはあきらめたが、味だけは改変したい。
こっそりもってきた塩麴を入れてみた。
「おいしぃ!」叫んだ。
周りがびっくりして私の持っている塩麴を見る。
自慢げに皆のサンドイッチにも少しずつ入れてあげたら好評だった。
昨日と同じ御者ヘッグさんが迎えに来た。
そしてなんと!
ソルトさんが馬にまたがって現れた。護衛を引き受けてくれるという。
「いやーみなさんありがとうございました。
おかげさまでたいした事なくてすみました。ほらこのとおり普通に歩けます」
「そんなわけない!寝てろよ!」全員でツッコミをいれた。
「本当なんです。ほれほれ」足をのばしたり曲げたりしている。
本当に治ってると皆が気が付き、自然と視線が私のほうに。
何かやらかしちゃいましたかね?
急いで王都を出たほうがいいとのことで私たちの馬車は出発した。
なぜだろう?
◇
そのころ治療院では大騒ぎになっていた。
狼にかまれた患者が一晩で治っていたことに。
これはもうこの王都に未知の『癒し手』が存在してるということ。
神殿も王国もその報告を聞いて一斉に動き出すはずだ。
ソルトも根掘り葉掘り聞かれたが、「仕事があるから後でいいですかね?」といって逃げてきたのだ。
まずい。まずすぎるぞ。
彼女の存在がばれたら俺は恩人を売ることになる。
それだけは人間としてやっちゃだめだろ。
◇
馬車は順調にガタゴト進む。
昨日と違って皆とよく話すようになった。
元騎士のヤンおじいさん。元気な孫のパオ君。
腰の治療に王都に来ていて帰るとこだったそうだ。
細身でまつ毛の長いシュデクさんと妊婦のサンドラ奥様。
王都で芸人をやってるそうだ。
安定期に入ったので実家に戻るとこだそう。
「ヤンさんそれにしても見事な腕前でしたね」ソルトさんが馬で馬車に近寄ってほめる。
「もうわしは引退した身だから大したことはできんよ」と、わらっている。
「私も騎士にあこがれて来年試験を受けようと思ってるんです。時間があったら見てもらえませんか?」
「いいとも。わしもまだまだ役にたつことができそうだ。腰もよくなったしな」
ちらっとこちらを見る。
それも一時的でしばらくしたらまたぶり返すのか。
しばらく痛みがおさえられているのならいいのかな。
馬が水を飲むため少し休憩。
「うまみのなかにやさしい甘みもありますね。うまっ」
塩麴入りサンドイッチをソルトさんにもあげたら大喜びだ。
「俺こう見えても塩にはうるさいんです」というので、塩談義で盛り上がった。
岩塩派のみなさん。私は海の塩派。
王都といってもこの辺りは魚がほとんどない。
よく食べられてる肉料理は岩塩が合うから仕方ないか。
お米と魚には海塩のほうが合うんだからねっ。
馬を急がせたせいなのか早めに次の村に到着した。
「おつかれさま。ありがとうね」と馬の首をなでなでしてみる。
馬への挨拶は、異世界でも同じなんだね。
(もっと時間があれば馬車の構造を調べたい)などと余計なことを考える。
ここで今夜は休憩してまた明日も馬車の旅だ。クッションがあるから多少楽だけどやはりきつい。
お風呂入りたいなぁ。
宿屋でお湯をもらおうかと思ったら、なんと!ここには共同浴場があるとのこと。
早速サンドラ奥様と一緒に入りに行く。
妊婦さんは清潔が大事よね!
地元の奥様方に「ここはお野菜がおいしくて王都に出荷してるのよ。」ときいて食事がすごく楽しみだ。
すっかり旅行気分である。
日本で有名な鍋のようだった。お野菜たっぷり。見たことないぷりっぷりの大きなキノコ。
毛虫のようにむしゃむしゃ食べつくす。味噌のような味わいのスープが美味しい。
私の食べっぷりに周りが驚く。
「ほんと幸せそうに食うな」
「いやほんと、うらやましい」
「つられて食べちゃうわ」
「お嬢さんいい食べっぷりね」笑われつつおかわりもいただく。
お野菜だから太らないもん。大丈夫だもん。
男性陣も驚いて見守られる中、おかわりしまくった。
満足だ。
◇
6日目。
曇り空。初めて異世界に来た時も曇っていたなぁと思いながら朝食をいただく。
蒸した卵や野菜がでてくる。素朴で美味しい。
皆同じ顔ぶれでちょっとしたツアー気分だ。
朝っぱらからソルトさんとヤンおじいさんは剣の練習していた。
ごくろうさまです。私たちの安全を今日もおねがいしますね。
和気あいあいと朝食をいただいたあとはまた馬車へ乗り込む。
ソルトさんからお礼の代わりにと、沢山ビスケットをいただいた。
ス、スイーーーーツ!!!!
この世界のスイーツははじめてだっ!
香りを確認、色や形もじっくりながめる。すごくおいしそう。
皆さんで分けていただく。
「ソルトさんいい人だ」と言ったら
「ユーリさんは騙されそうだなぁ」と返された。
そんなことないよ。お菓子を見て怒る人はいないだけよ。
ここからは大きな麻袋を持ったおじさんが乗ってきた。
隣街まで行くそうだ。
さすがにこのおじさんには魔法がばれないようにしないとだよね。
ガタゴト、ガタゴト。
パオ君がのど乾いたと言い出す。
麻袋のおじさんが麻袋からミカンを取り出して差し出す。
「皆さんもいかがですかな?」馬車の揺れによろめきつつミカンを差し出した。
日本と同じミカンがあるんだーと思いながら見ていたら、なんだか気になる。
おかしい。私の食欲センサーが反応しない。
パオ君も食べずにおじさんを見ている。
「さあどうぞ。遠慮なさらずに。食べにくいかもしれませんが」
「ありがとう。でも僕あんまり眠りたくないんだけど」パオ君が言い出す。
袋のオヤジはギョッとしてパオ君をみた。
私ははっとしてミカンをみる。そうかなんか違和感があるなって思ったんだ。
ヤンさんがニッコリして言い出す。
「わしの孫はいくらか鑑定の資質があるようでしてな。パオどういうことか教えてあげなさい」
「ミカンの上から魔法がかかってるんだ。ちょっと眠くなるだけだけどね」
「長旅ですし少し昼寝したほうが疲れがとれるかと思いやして」と焦ったようにいいだす袋のオヤジ。
「それはそうかもしれませんが、皆さんと楽しくお話してますのでいりませんわ」とサンドラ奥様。
「おや?そうでしたか。余計な気を回し過ぎましたな」と袋のオヤジ。
この袋のオヤジなんだかおかしいぞという目で皆が見ている。
しばらく無言になった。
ガタゴト、ガタゴト。
元騎士のヤンさんが護衛のソルトさんを手招きしてる。
前方に何かの気配がするようだ。
「みなさんは静かに伏せていてくださいね」そう言い残してソルトさんは馬で先に駆けていく。
茂みから2人が現れて馬を止めようとするが、ソルトさんが先に彼らを「邪魔だ!」といいつつ馬で突っ込んだので二人はあわてて転んでしまった。
馬車はその間を通り抜けた。
伏せていたので顔をあげると、袋のオヤジはヤンさんにつかまっていた。
袋からナイフをだし、パオ君を人質にして馬車を止めようとしたみたいだ。
「ほぉ。おあつらえむきに袋の中に縄があるな」
「いや頼む。見逃してくれ。俺だって頼まれただけなんだよ」
「バカたれ!」シュデクさんはそういいつつ袋野郎を縄でグルグル巻きにする。
「残りの二人は逃がしていいのですか?」と私が聞いてみたが、馬車に乗りきらないからこのまま進むという。
なぜか全員一致みたいだ。皆さん仲がいいですね。
夕方やっと次の街に到着。街とはいっても王都からの宿場町のような雰囲気がある。
ここで袋オヤジを突き出してほっとする。ギルドに説明して残り2人の捕縛も依頼したようだ。
あんな王都のそばで強盗やるなんてバカなんだろうな。
ただ最近セルベス国の王様が管理体制を変更したせいで治安が悪化してるのは事実らしい。
悪化するように変更するってさすがイモの王だよね。
エリスさん逃げて正解だね!
◇
そのころ王都では新しい聖女様か逃げた聖女様かわからないが、追手がだされることになった。
仕事に向かったはずのソルトが一向に戻ってこないせいで情報がないのだ。
ギルドにも「ソルトは王都にすぐ来るように」と指示が出される。
このときにはまだ護衛ソルトの元には王家からの命令は届いていなかった。
ギルド会員の中のソルトという名前は平凡すぎて大勢いたせいだ。
セルベス国の王様、クロー・イ・セルベスは苛立ちながら臣下にどなる。
「聖女が見つかったら即刻、縄で縛ってでも連れ戻してこい」と、まるで物のような扱いである。
「まったく、そんなことまでわしの指示を仰ぐとは役に立たんな。とはいえ聖女が逃げるのはまずい」
ここセルベス国は他国に『癒し手』である聖女を派遣して優位を保っている国なのであった。
その聖女に逃げられてしまうと大損害になる。
「まだそのへんにいるはずだ」そう思っていたために少しだけ捜索が後手にまわることになる。
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