第二の人生はロボット妻と
役所を定年退職し、これからのんびり第二の人生をという矢先、とつぜん妻に先立たれてしまった。
それからの三年。
オレはひとり淋しく過ごしてきた。
そして今日、一カ月ほど考え抜いた末、ついに新たな妻を迎えることを決断した。
子供がいないこともある。
毎日の家事に疲れていたこともある。
だがそれ以上に、これからの長い老後のことを考えると何とも心細く、先々のことがひどく不安に思えていたのだ。
ただし相手はロボット。
ロボット妻であれば煩わしい手続きもなく、とりあえず金さえ出せば容易に自分のものとなる。それに感情のある生身の女性では、長年連れ添った妻を裏切るようで申しわけないと思った。
翌日。
オレはロボットショップに出向き、さっそくロボット妻の購入契約を交わした。
金は退職金がそのまま残っている。オレは惜しむことなく金を積み、パンフレットにある最上級のものにした。
このランクになると、注文者の個々の希望に沿って工場で一体ずつ製造されるらしく、ロボット妻が完成して家に届くのは一カ月ほど先になるという。
この日は仕様の注文票を渡され、一週間以内にそれに記入して店に提出するよう言われた。
オレは家に帰ると注文票を手に、神妙な顔をして仏壇の前に座った。まずもって亡き妻に報告し、新妻を迎えるお許しをもらうことにしたのだ。
「すまん」
声に出し、頭を下げて遺影の妻に謝る。
『気にしないで、あなたの人生よ』
亡き妻はそう言ってくれた気がした。
涙が出そうになる。
――おまえさえ生きていてくれたら……。
元気な頃の妻の笑顔が思い出された。
それからは妻との思い出にひたりながら、ひたすら注文票に記入していった。
仕様は選択方式だから記入は簡単だった。ただし選択項目は多岐で百以上あり、顔、体型、声、性格、行動パターンなど、細部にわたってひとつひとつ選んでいく。
年齢は妻より十歳若くした。
さらにこの際せっかくだから、オレ好みの容姿になるようにした。
一カ月後が楽しみである。
念のため注文票を読み返してみるに、見かけはまったく違うだろうが、性格や行動パターンなどは亡き妻に似ているところが多いのではと思った。三年たった今でも、オレは亡き妻のことが忘れられないのである。
――まあ、いいか。
考え、悩みだしたらキリがない。
オレは適当に切り上げ、その日のうちに、記入した注文票をロボットショップに持っていった。
一カ月後。
ロボット妻が我が家にやってきた。想像していた以上に美人で、しかもスマートで上品そうで、死んだ妻とはまったく雰囲気が違う。
それだけじゃない。
動きも表情も人間そのものだった。
いや、何とも素晴らしい。
オレは大いに満足した。
これで面倒な家事から解放され、これからの老後も安心である。
大金をはたいただけのことはあった。
翌朝のこと。
――うん?
食卓に朝食が用意されていない。
リビングに行くと、ロボット妻がソファーで寝そべり、大口をあけてテレビを観ていた。
――こんなはずでは……。
オレはロボット妻に問いかけた。
「おい、朝メシは?」
「夕べの残りが冷蔵庫にあるんで、テキトーに出して食べてちょうだい」
美しくはあるが、不愛想な顔を面倒くさそうにオレに向けると、ロボット妻はなんともつれない返事をよこしてきた。
昼飯はロボット妻が作ってくれたカップラーメンを食べた。
その後。
ロボット妻は昼ドラを観て泣き、午後のワイドショーのときはケタケタと声を上げて笑っていた。
夕方。
「買い物に行ってくるわね」
ロボット妻がやっと重い腰をあげた。
尻をポリポリとかきながら玄関を出ていく。
夕食はコンビニの弁当だった。
性格や行動パターンが生前の妻とそっくりである。いや、まったく同じであった。
一カ月が過ぎた。
ロボット妻は化粧に服装にと、維持費にかなりの金がかかることがわかった。しかも、何でもやたらと手を抜くクセがあり、面倒くさいことはすべてオレに任せようとする。
この一カ月。
オレはずっと後悔していた。
あのとき、妻との思い出にひたりながら注文票を記入したことを……。