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ある男の後悔

作者: あるまじろう

 昔祖母の家に行った時に神隠しにあったことがある。もう三十年以上も前の話である。当時そのころは十歳であった。

 子供からみたらそこそこのお兄さんで、でも大人からみたらまだまだ小学生のガキ、十歳の時にいた俺の立ち位置はそんなところだった。

 祖母の家の裏手には森があり、その先に神社があった。祖母がその山を管理していたわけではなく、離れた三軒先にある富岡さんという名前の人が管理をしていた。富岡さんは自身が所有する山についてかなり管理が甘く、俺や近所の子どもたちのたまり場となっていた。  

その富岡さんが管理していた小さな神社も子どもたちの格好の遊び場となっていた。

 山の中にはしばらく山道が続いた後、突如として人工的な石階段が現れ、その先を行くと神社の鳥居がありその数十メートル先にそれなりに大きな社が建っていた。

 ある日のことであった、いつものように近所の友達とかけっこをして遊んでいたらなにかに足が引っ掛かり大きく躓いた。

 長ズボンを履いていたから傷は浅かったが、痛みで頭がじんわりと温かくなったのは覚えている。足元を見るとそこには古い錆びた鈴がついたストラップが転がっていた。こんな小さなストラップに躓いたのかと忌々しく思いながらも拾って眺めると、錆に模様があることに気が付いた。当時はなんの模様だか分からなかったが、今思い返すと幾何学模様という言葉が近いように感じる。

 興味を持って、その鈴をポケットにしまった。それがきっかけだったのであろう。その日友達との帰り鳥居をくぐる瞬間に気付いた。自分が鳥居から先に出られないことに気付いたのである。

 友達は不思議そうにこちらを見ている。

「どうしたんだ?」とか「なにしてるんだ?」とか掛け声をかけたが、俺の反応を見て本当に鳥居から先に出られないことに気付くと友達は慌てた様子で親たちを呼びに行った。

 結局その後友達が親を連れてくることはなく、それから先しばらくは誰も神社に来なかった。太陽が沈んでいき、真っ暗闇なったことにその時初めて孤独という感情が芽生えた。

「こんにちは、あなたが運命の人なのですね。」

 孤独の中一人神社で体を丸めていると声がかかった。振り向くとそこには自分の親くらいの年のように見える女性が一人立っていた。綺麗な大人ではあったが、どことなく人間ではないような獣の匂いが鼻をついた。

「私とあなたは赤い糸で結ばれました。これは運命なのです。」

 そうして近寄る女性に対して俺は一目散に神社の外に出ようと駆けだした。が、鳥居から先へは出られなかった。

「助けてくれ」

 俺は一人、暗い神社の中で叫んだ。涙が溢れてきた。どんなに美しい女性であろうとその体から漂う獣臭の違和感が耐えられなかったのである。

「今は怖いかもしれません。でも共に過ごしましょう。時間はたくさんあります。」

 女性は鳥居から先に出られなくなった俺に近寄りそっと触れようとした。俺はその手を払いのけた。

「嫌だ。帰りたい。」

 俺はその女性に対しておびえるようにしながら答えた。

「どうしてですか、こちらに行きましょう。せめて一晩泊まってはいただけませんか?」

 女性の声音は優しかった。けれどそれでも俺は拒んだのである。

「あちらの世は怖いことばかりです。こちらにいればずっと遊んで暮らせます。今はまだなれないでしょうが、楽しいこともありますよ。森の声を聴きましょう。風の歌を共に歌いましょう。」

 女性は空を掴むように暗闇の中で手を伸ばした。

「嫌だ、そんなことよりも僕はゲームがしたい、友達と遊びたい。そんなの楽しくない。」

 その時の俺はなんとつまらない答えをしたのだろう。その後女性と押し問答が繰り広げられたが、結局女性の方が根を折れた。

「それならばその鈴を置いていきなさい。」

 女性の言葉を聞くなり俺はポケットから鈴を取り出し神社に投げ捨てて、駆け出した。鳥居の外は明るかった。

 気が付くと一週間の時間が過ぎていた。

 これが俺の体験した神隠しの一連の騒動である。

 

 それからしばらくして今日、祖母の家に見舞いを兼ねて久しぶりに尋ねた。祖母はすでに寝たきりの状態になっていた。手の施しようのないほどの重症だったため、祖母の意思で自分の家で死を選んだのである。

 祖母の家には母が数週間前から介護をしており、顔には一目見ただけで分かるような疲れが浮かんでいた。以前は小さなことにも笑う母であったが笑顔も消えていた。

 そんな母を見るのが辛くなって俺は久しぶりにあの山に散歩に出かけた。神隠し以来なるべく近づかないようにはしていたがその時は気まぐれだったのだ。

 結局あの時の謎は分からないままであり当時小さな田舎では小新聞に載るくらいの話題にはなったが、今となってはあやふやな思い出である。

 山道を登ると突然、小雨が降り始めてきた。上を見上げると太陽がしっかりと空に浮かんでいる。狐の嫁入りであった。

 遠くから祭囃子が聞こえて来た、誘われるようにして俺は山を駆け足で登って行った。石階段の向こうでは白無垢を着た人物と黒い袴姿の人物が見えた。

 石階段を上がるとその姿ははっきりと見えてきた。

「あらお久しぶりですね。」

 白無垢を着た人物が後ろを振り向き、俺に向かっていった。あの時の女性だった。あの時と変わらず、とても美しかった。

 女性は俺に笑いかけるとまた後ろを振り向いた。神社からは二人以外誰もいなかったが祭囃子の音だけが聞こえた。

 俺は後を追うように、鳥居をくぐった。

 瞬間、音は消え、残ったのは昔から見慣れた社と広場だけであった。

 あの時鈴を捨てなければ、そんな思いが沸き上がる。



神社に残ったのは四十を過ぎて独身の幸せの欠片もない男ただ一人であった。


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