表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生の目的  作者: 月路です
33/51

運命を切り開く生き方=蛇の眼と鷹の眼=

 国立科学博物館内で生物進化の様子が展示されていた。

挿絵(By みてみん)


 先生が生徒らに説明していた。

 「生物は、自分の特徴を子孫に受け継いでいく仕組みを備えているけれども、受け継ぐときに特徴が変ることがあります。特徴が大きく変る『突然変異』も、ときどき起こります。そして、生物の種類が増え多様化すると言われています。多様化しても、環境が変れば繁殖し難くなる種類の生物は絶滅して、種類が減ることもあります。

 種類の増減を40億年間繰り返しながら今に至って、地球上で生きている生物の中に、私達も含まれています。」

 生徒Aが質問した。

 「『生存競争』というのは、種類の増減を『サバイバルゲーム』に例えた表現のような気がするんですが、違うのでしょうか?」

 先生

 「まぁ、そんなところでしょうね。」

 生徒B

 「僕らは、全員、生き残った勝者の子孫なのかな?」

 生徒C

 「そうだとすれば、ここまで繋いでくれたバトンを私たちの代で終わらせたら申し訳ないような気持になる。」

 生徒D

 「究極の先祖バクテリアに義理立てする気無いし、刹那的に生きたい。未来の子孫にも興味無い。」

 生徒E

 「いいじゃないの~♬ 今が良けりゃ~♪」

挿絵(By みてみん)


 通りすがりの女

 「刹那的に生きたいんだったら、何の為に学校行ってるの?」


 通りすがりの男

 「『滅びの美学』って奴か?恰好悪い!」

 市営住宅集会所へ講演会を聞きに行った。


 演題は「運命を切り開く生き方」。内容の要点は次の通りだった。


 僥倖(ぎょうこう)(思わぬ幸運)に喜んだり、奇禍(きか)(思わぬ災難)にあって(なげ)き悲しむ人々が居る。

 こういう人々は、得てして、縁起をかついだり、「幸運不運」や「(くじ)に強い弱い」「巡り合わせが良い悪い」などというコトバを口に出す。

 しかし、情報収集力や分析力・判断力を持つ人々からすれば、僥倖(ぎょうこう)でも奇禍(きか)でもなく予測できるような場合が多い。[運頼みの(人生を他人任せにする無責任な)生き方]を止め、自分自身の予測能力を高める努力をし続けなければならない。[他人]の中でも[神仏]は特に邪悪な存在、御布施や読経料、祈祷料などを騙しとるための幻惑(めくらまし)にすぎない。

挿絵(By みてみん)


 2021年2月頃に、笑福亭鶴瓶がインスタグラムにアップして話題になった画像は、十数年前からSNSなどで拡散された合成写真だった。

 この投稿について、ネットで「信じちゃうあたり純粋で可愛い…鶴瓶だけが20年前に取り残されてる…これ昔回ってきた!いまだに出回ってるの…懐かしすぎる…」と面白がる声が聞かれた。

 報道関係者は、「若い頃からSNSに触れきた世代と違って、高齢層が回すチェーンメールは『不幸の手紙』のような古典的なもの」と評している。

挿絵(By みてみん)


 [運命を切り開く生き方」をしている人々が居る。

 マイクロソフト社のピーター・スキルマンは、[創造性]に関する実験をした。

 スキルマンが考案したゲーム「マシュマロ・チャレンジ」は、各チームが一定の材料(スパゲティ,マスキングテープ,ひも,マシュマロ)を使って決められた時間内に作る塔の高さを競うもの。

 このゲームを、数年間約千人(エンジニア、MBA課程学生、CEO、幼稚園児など)を対象に実施した結果、幼稚園児チームが最も高く、MBA課程学生が最も(ひく)かった。失敗を怖れず、唯々がむしゃらに試行錯誤を繰り返すチームが、塔作りのコツを会得して優勝したのだ。

〔参考URL〕

https://president.jp/articles/-/24594


 様々なスポーツの試合で「無敗の王者」は居ない。大横綱 谷風 は、63連勝でストップしたし、双葉山は、69連勝後の取組で安藝ノ海に負けた。野球で、ヒット打たれず失点しない投手は居ないし、凡退(ぼんたい)しない打者も居ない。

 実社会で成功した人々も、(ほとん)どが失敗や挫折を経験している。失敗を怖れない勇気と挫折を乗り越える強靭さを持つよう努力すれば、[運命を切り開く生き方]ができるようになる。

挿絵(By みてみん)


 失敗を怖れないといっても、[思い込み]に(もと)づく失敗は、経験する必要が無いもの。列車番号や列車名が同じでも、行き先を確認しないと、逆方向に行くときがある。予定時刻に何処かに行くとき、ハプニングが起きないと決めてかかれば、遅刻するものだ。「節合わせ」せずに失敗する場合も多い。


 [運命を切り開く生き方]で特に重要なのは[現状認識]。

 現状認識できず高望みし続け、「不満→不幸→不満→不幸」のループに陥り、精神を病むのが[青い鳥症候群]。近年、人生相談や悩み相談で増えてるという。

挿絵(By みてみん)

 青い鳥症候群は、次のような症状を呈する。

・「この部活じゃ自分のやりたいことができない…この学校は自分にふさわしくない…もっと自分に合った仕事があるに違いない」などと考えて、次々と自分の所属場所を変えてしまう。変えた場所でも力を発揮できず悶々(もんもん)と時を過ごして鬱屈(うっくつ)(こじ)らせて行く。

・恋人がいるのに、合コンに参加したり出会い系の情報をチェックして、新しい出会いを求める。その結果、恋人に愛想を尽かされて、孤独に陥る。

 原因は、成長時の親子関係の(ひず)み。

 幼い頃から周囲に期待され、[向上心]を植えつけられても、強制された[向上努力]は自発的なものほどには効果を発揮しない。[向上心]が[努力]を伴わなければ、目標に到達できないのは自明。そのギャップが心を苦しめる。

 [ギャップ]に気付き、[向上心]を下げ、[向上努力]を上げて、差を縮める努力をするようになれば、症状は改善して行く。


挿絵(By みてみん)

 今から約1900年前に哲学者として有名になったエピクテトスは、ローマ帝国時代の小アジアに奴隷として生まれ、ローマで主人の許しを得てストア派の師に学び、自由の身になって後、ギリシャのニコポリスに移って学校を作り教育にあたった。

 エピクテトスは、奴隷の出自、慢性的な肢体不自由、国外追放の辛酸、塾講師としての不安定な収入、といった多くの困難を抱えながら、哲学を洗練させた。課題は、「地位や財産や権力とは無縁な、ごく平凡な市井の庶民が、いかにして真の自由を享受し、幸福な生活にあずかることができるのか。そのためにいかなる知恵が大切か」だった。

 エピクテトスは、言った。

 「記憶しておくがよい。君は演劇の俳優だ。劇作家が望んでいる通りに、短編であれば短く、長編であれば長い劇を演じる俳優だ。作家が君に物乞いの役を演じてもらいたければ、そんな端役でさえも君はごく自然に演じるように。足が悪い人でも、殿様でも、庶民でも同じこと。君の仕事は、与えられた役を立派に演じることだ。その役を誰に割り振るかは、また別の人の仕事だ。」

 他人を押しのけて自分から主役を願い出ることも、割り振られた役に不満を持つことも、正しくない。自分の置かれた状況をよくわきまえたうえで、自分に振られた役は何なのか、何を自分は望まれているのかを見抜くことが求められる。自分の境遇を無視して生きようとすれば、そこに必ず無理や歪みが生じる。一挙手一投足すべての動きが台本に記されているわけではない。人生=舞台という一定の制約の中で、自分の手で変えられるものは何か、受け入れるべきは何か、その境界を正しく見極めることが、自分らしく生き抜くということなのだ。

 弟子のアリアノスは、エピクテトスの言行を伝える書を書き残した。


・すべての過失は、矛盾を含んでいる。

・快楽を控えるのは賢者、快楽の奴隷になるのは愚者なり。

・幸福への道は、ただ一つしかない。意思の力で、どうにもならない物事は、悩まないことだ。

・自分がどうなりたいか、まず自分自身に問え。しかる後、しなければならないことをせよ。

・自分に欠けているものを、嘆くのではなく自分の手元にあるもので、大いに楽しむものこそ、賢者だ。

・逆境は、人の真価を証明する絶好の機会だ。

・先ず、自分に問え、次に、自分で行え。

・あなたのことを人が悪く言う。それが真実なら、直せば良い。それが虚偽ならば、笑えば良い。

・神は人間にひとつの舌と、ふたつの耳を与えた。しゃべることの2倍、多く聞けということだ。

・真の賢者は、無いもので嘆かず、有るもので愉しむ。

・与えられたものを受けよ、与えられたものを活かせ。

・順境に友人を見つけることは簡単だが、逆境に友人を見つけることは極めて難しい。

・幸福と自由は、私たちの支配下にあるものと、そうでないものを見極めることから始まる。

・無意識のうちに、他人の習慣、意見、価値観を模倣しようとしてないか、警戒すべきだ。

・何が起こるかよりも、どう対応するかが重要だ。

・哲学は、説明するよりも、体現する方が重要だ。

・自身の意見、願望、欲望は、自身がコントロールできる範囲にある。容姿や、どんな家に生まれるか、他人にどう思われるかは、コントロールできる範囲の外にある事柄だ。

・無知な人は不幸に遭うと、他人を責める傾向にある。自分を責めることは、成長の証かもしれないが、賢者は、他人はもちろん、自分も責めない。

・話すのは、必要なときだけ、簡潔に。

・喜びなく学んだものは、きれいさっぱり忘れる。

・哲学の本質は、自分の幸福が外部のものにできるだけ依存しないように、生きることにある。

・他人の賞賛を期待してはいけない。

・果実は、花が咲き、実が付いて熟すまで世話をしなければ、得られない。

・自身を模範に精進すれば、生き様が他者に役立つかもしれない。


不安の正体

 たとえば、健康状態、経済状態、他人の評価といったような事柄が気になって、かえって自分の力を発揮できないということがある。事柄の成り行きがはっきりと分からないということが、こころをざわつかせ、不安にする。自分のことを気にかければかけるほど不安は募っていく。

 そんな不安のほんとうの原因は、事柄そのものにあるのではなく、その事柄をなんとかしたいという私たちの「思惑」の中にある。ほんとうは自分の力が及ばない事柄まで影響下にあると思い違いをしているのだ。しかし、影響下にあるのは、身体や財産や評判などの外的な事情ではなく、私たちの意見や意欲だ。だから、私たちがまず第一に気遣うべきことは、影響下にあることとそうでないことをはっきりと区別することであり、「影響下にない」ものへの誤った愛着を断って、自分の考えや意志を正しく用いることだ。

 それは、自分以外のことに無関心になれというのではない。むしろ、自然や社会や他人といった事柄を正しく理解し、それらとのかかわりの中で人間として自然な本性に相応しく生きるために、自分の考えや意志を用いることをすすめているのだ。それこそが、真に自分を気にかけることだと説く。


奴隷化

 人は、自分が好きな相手や友人、尊敬する人物に気に入られたいという願いをひそかに抱いているものだ。化粧や服装でも、まずは「恥ずかしくないように」という身だしなみや礼儀から始まるが、さらに積極的に自分を美しく、かっこよく見せようと装い飾り立てるのも、すべて他人の視線を意識してのことだ。

 一方で、人を愛することは自分次第だが、人から愛されるのはそうはいかない。相思相愛なら申し分ないが、自分がいくら好きだからといって相手から同じように好かれるとは限らない。

 いろいろな場面で生じる、愛されたい、好かれたい、気に入られたい、という願いは総じて「承認の欲求」とでも言えようか。これは確かにごく自然な人間の欲求ではあるが、その願いが叶えられないとき、人は悲しんだり、諦めたり、挫折を味わいながら、嫌でも人生の冷厳な現実を思い知らされるのだ。

 そして、この欲求が強すぎるといささか問題が生じてくる。何としてでも気に入られたいと願うとき、人は奴隷化するのだ。いつの間にか自分の行動原理を他者に握られてしまう。目上の人に対して礼儀正しいのはよいけれど、会社の上司や学校の先生、有力者や権力者に対して、必要以上に卑屈になる人やへつらう人がいる。いつでも他人の顔色をうかがいながら振る舞う生活は、奴隷の最大の特徴だ。自分の感情や好悪を隠し、ひたすら主人の機嫌に応じて右往左往することになるから、どうしても面従腹背、二重人格、機会主義者、風見鶏…要するに個性を押し殺した人間になってしまう。

 それを脱するためには、 「自分自身に認められれば、それでよい」 と言い聞かせることだ。他人からの評判を気にするあまり自分を見失うことなく、真に自由な立場を保て と言っているのだ。

 仕事においてもプライベートにおいても、他者から誤解され、実態と評判とが食い違う場合もあるだろう。だが、あえてそうした誤解や過小評価に甘んじて、他人に「良く見せたい」という欲望に捕らわれないことが重要なのだ。


流行(はや)り唄を口遊(くちずさ)もう

挿絵(By みてみん)

ありのままの自分になるの♪

これでいいの自分を好きになって♬

これでいいの自分信じて♩

光あびながら歩きだそう♫

 昔、或る作家が、その知名度から政務次官に任命された経験を語った。

 曰く「自分は、作家として、地を這いながら獲物や天敵を捜す蛇の眼で、物事を見てきた。しかし、政務次官は、大空から地上を俯瞰する鷹の眼を要求される。慣れない仕事を熟さなければならない苦しみは想像を超えた」。

 得手を活かせる環境を求め、不得手を強いられる環境からは逃れる努力を為すべき…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ