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A06.リスク<エンジニア魂

「よし……よし、よぉ~し! 主任、書類そろいました! さぁさぁ、早く俺たちもアリーナに向かいましょう!」


「わかった、わかったよ! まったく、テストパイロットが来たくらいではしゃぎすぎだろうが。そもそも、だ。いくら一葉さんが連れてきたからって、まだ子どもだろう? それを……」


「あ、じゃあ主任は留守番をお願いしますね! 私たちもアリーナに見学に行きますから! さぁみんな、急いで行くわよ~ッ!」


「「おぉ~~ッ!!」」


「……。えぇ~いッ! オレがワルかったよ! そうだよ、オレも楽しみにしてたよッ! クソ、外線は全部留守番に切り替えちまえ! オラ、カギかけるから全員さっさと出ろッ!」


「「は~~い!」」



 念願の、専属の奏従士がやってきた。


 高い技術力を持ち、国内外で大勢のユーザーを獲得しながらも大企業の圧力に苦い思いをし続けてきた如月ラボのスタッフたちは、どこの部署の人間も浮き足立っていた。


 その経歴は不明の文字ばかりが並び、非常に……ひじょぉぉ~に怪しいことこの上ないのだが、国内である意味最高の顧客である斎藤一葉の紹介という保証がある。


 常識や理屈よりも面白そうかどうかを重視する危険人物であると同時に、なぜか学園都市の理事長としてのギリギリの倫理は持ち合わせているため、まぁ極端にヒドいことにはならないだろうという不思議な信頼があった。



 ちなみに、最上天山を拾ったのは戦場でだ、という情報もスタッフたちは知らされている。


 そのことについてはそれぞれに思うところはある。が、どんなお題目を――魔獣から人々を護るためという建前があろうとも、兵器の製造に携わることを選んだ人間たちである。その辺りの割り切りは手慣れたものだ。



 故に、天山への同情は誰も抱かない。


 故に、天山は対等な仲間として迎え入れることができる。



 とはいえ……結局のところ、さっそく参式霞を動かすと聞いてウキウキしている姿こそが、彼らの本音をハッキリと示しているのだろう。



 ◆◆◆



「……さすが、と評価していいいのかしら? いい動きよ、彼。きっと機動力を活かした戦闘のイメージが明確なのね。フレームとのリンクも抜群の安定感ね」


「本人の能力も高かったですからね。プロの奏従士の平均値に近い数値でしたから。学生レベルは軽く超えてましたし。いやはや、これは期待が高まっていましますよ」



 モニター越しに天山の操る参式霞の動きは、如月ラボのスタッフたちを満足させるには充分な動きであった。


 火力主義の戦い方と違い、速度を活かしたフレーム操作はまだまだ未熟な部分が多く、大企業の横槍に関係なくデータの収集には手間取っているのが現状だった。


 戦場で無能扱いされていて出番が――などということではなく、速度のあるフレームは物資の運搬などの後方支援を主な任務とする場合が多く、魔獣や()()()()と戦う機会がそもそも少ないのだ。


 ちなみに上層部と違い現場では機動性重視のフレームとその奏従士への評価はなかなか高い。最前線の兵隊たちは補給が滞りなく配給されるありがたみをしっかり理解しているのだ。



「――おっと、もう始まっていたようだね。うんうん、最上くんはしっかりと霞を使いこなしてくれているね」


「ふんッ、そりゃそうだろうよ。あんな調律士にケンカ売ってるようなふざけたフレーム使ってたんだ、俺たちの参式霞なんざ余裕で動かせるだろうよ」


「あ、所長にオヤジさん。最上くん、本当にいい腕してる――って、オヤジさん、ずいぶんと不機嫌ね? それに、ふざけたフレームって……」


「おぅ。俺も調律士やっててそれなりに長いがよ、ボウズの使ってたヤークト・フント……あれほどムチャクチャなフレームを見たのは初めてだぜ。……えぇいッ! 思い返すだけでハラワタ煮えくり返るわいッ!」



 イライラしながらも、周囲の疑問に答えるべくオヤジさん――如月ラボに所属する調律士のまとめ役である榊大護(さかき だいご)が説明を始める。


 曰く。


 天山が持ち込んだヤークト・フントは、火力と耐久を重視したフレームであるにもかかわらず、機動力を持たせるためにムリな改造が施されていた。


 各部パーツに刻まれた式陣(スコア)もデタラメに繋がっており、インストールされていたOSもまともに機能していないような状態であった。



「最初からそーゆーふうに作ったんじゃねぇ。完成したフレームをあとから強引に弄くり回してやがった。それも、言うなら……マシンマキシマム構造とでも言えばいいのか? 奏従士のことなんざ欠片も考えてねぇ」


「私も報告を聞いたときは驚いたけどね。例えば腕部パーツ、大型の火器を無理やり両手持ちできるようにしてあった。もちろん奏従士への配慮はされていなかったからね、反動は恐ろしいことになっていたハズだよ」


「全部が全部、そんなバカげた作りだったからな。動かすだけでも中の人間はボロボロになるぜ、ありゃあよ。それに比べりゃよ、霞なんざ余裕だろうよ……けッ!」



 奏従士の安全については論じるまでもなく最優先。普段からそうしたコンセプトで開発に勤しむ榊にとって、天山の使ってたヤークト・フントは到底許せるモノではなかった。


 そしてもちろん、そんな榊を慕い従う如月ラボの調律士たちも、話を聞いているうちに憤りのようなものを抱いていた。



「まぁ、最上くんの過去については置いておこう。少し不安もあるけれど、一葉さんが大丈夫と判断したのなら……あ~、まぁ、あの人も結構アレなところあるけれど、人を見る目はあるからね、うん」


「ま、仮にボウズが道を踏み外しそうだってんなら、それを正してやるのも俺たち大人の仕事だろうよ。そういう意味でも俺はボウズを歓迎するつもりだ。とはいえ……なかなかヤバそうな事情を抱えてっかもしれんからな。不安だってんならムリに関わらんでも――」



「――いえ、僕は是非とも彼と仕事をしてみたい。見てください、とんでもないことが起きてますよ?」



「「――――ッ!?」」



 最上天山と参式霞のバイタルデータ、それをチェックしていたスタッフのひと言に皆が何事かとモニターを見て――そして言葉を失った。


 参式霞が蒼く輝いている。


 それも、各部パーツに刻まれた式陣(スコア)をなぞるように。


 装甲の表面を流動的に霊気が輝き、その輝きの強さに合わせるように霞の動きがどんどん洗練されたものになっていく。



「アレは……ハウリングが起きたのかッ!?」


「まさかッ! だって参式霞ですよ? 旧式の……だって、霊気の正帰還を起こすには相当繊細な加減が必要なハズですッ!」


「綺麗……モニターを確認しなくてもわかります。光がとっても安定しているわ……」



 ハウリング現象。


 奏従士とフレームの霊気の繋がりが高まると起こる現象であり、互いを循環する霊気の流れが高速化し、フレームの性能が限界まで開放された状態のことである。


 もっとも、開放された性能を充分に使いこなせるかは別の話になるのだが……それでも、同じフレームで、同程度の能力の奏従士が戦えば、必ずハウリング状態のフレームが勝つというデータもある。


 そこに例外はありえないと言われるほどハウリング現象は強力なのだが、そこに到るメカニズムはまだまだ謎が多い。


 ハウリングが起きやすい、かもしれない調律の仕方についての研究は沢山あるが、いまのところは奏従士の才能によるところが大きいとされている。


 そして、参式霞にはハウリングを起こすために必要とされていた()()式陣(スコア)は組み込まれていない。



「……ふむ。私の見たところ、アレは普通のハウリング現象とは違うかもしれない。装甲表面を流れる霊気の動きがあれほど穏やかなのは初めて見たよ。困ったなぁ……あんなモノを見せられたのでは――調律士としての血が騒いでしまうじゃないか!」



「あちゃ~、所長の目付きが変わっちゃったかぁ~」


「いや、あんなもん見たらどんな調律士だってああなるだろ」


「うんうん! これはアレだね、ほかのフレームも最上くん用にメンテしておかないとダメだね!」



「最上くんッ! トレーニングレベルを少し上げるよ! こんどは白いターゲットに触れないようにしながら、赤いターゲットだけを攻撃してくれッ!」


『了解ッ! ――って、如月さん? いつの間に来たんですか?』


「少し前に。それじゃ、準備はいいかい? できてなくても始めちゃうけどねぇ~。それ、ポチッとな!」



 いつの間にかオペレーター席に座っていた如月が上級者向けの訓練プログラムを起動する。


 大量の赤いダミーターゲットがフィールドに配置され、それらに隠れるように白い攻撃目標が配置された。


 おそらく他の企業ではまずやらないであろう、最高速度ではなくあくまで機動力を使った戦い方を要求するプログラムである。


 ダミーに触れてはいけないという制限から、射撃武器を使用しても簡単にはクリアできないプログラムなのだが……天山が手にしたのは近接武器である刀であった。


 まさかそんなもので? などと考えるスタッフはひとりもいない。むしろ、これだけ動きが制限されるような状況下でどれだけの動きを見せてくれるのかという期待に胸を膨らませているくらいである。


 そして。



「あぁ……これだよ、私が目指していたエーテル・フレームの動きは。一葉さんの動きを荒々しい濁流とするのなら、最上くんの動きはまるで清流のようだ」



 文字通り流れるような動きで、迷いなく、澱みなく、次々と容易くターゲットを斬り捨てる。


 如月ラボの調律士たちが望んでいた光景である。


 なので……何人かのスタッフが恍惚とした、傍目からはヤベェ奴認定されそうな顔をしているのも仕方のないことだろう。



「あれ? マイクがなにか音を……あ、最上くんってば、なんか歌ってるみたいですよ。日本語じゃないんでなんの歌かはわかりませんけどね~」


「まぁ、あれだけ動けるなら調子にのりたくなるのも――いや、これ、もしかしなくても最上くんの歌と霞のハウリング、共鳴してんじゃないか?」


「……ありえる、かもしれません。ちゃんとデータ化しないとわかりませんが、たしかにタイミングというかリズムというか、そんな感じがしますね」


「マジか。マジかぁ。もうもう最上くんたら! どうしてそんなにアタシたちの好奇心を刺激してくるかな~♪」



 ヤークト・フントに施されていた危険な改造について話され沈んでいた空気は、もはや誰も覚えていないのだろう。それくらいにはスタッフたちのテンションは盛り上がっている。


 結局のところ、彼らはどうしようもないくらいにエンジニアなのである。すでに最上天山の過去やらなにやらに対して、如月ラボのスタッフたちの関心は無に等しいのだ。


 皆の興味は、貴重な如月ラボのテストパイロットとして彼がもたらしてくれるであろう素晴らしいデータへの期待と、この規格外の奏従士にはどんなエーテル・フレームが似合うだろうかという二点に絞られてしまった。



 天山が最後のターゲットをハンドガンで撃ち抜いたのを確認すると、スタッフ――特に調律士たちは既存のフレームの改造プランを話し合うために蜘蛛の子を散らすように走りだした。


 そして彼らに混ざって出ていったテストデータの観測スタッフたち(如月所長含む)は、後日ひとり残されテストの後始末を全部押し付けられた速見の鉄拳を味わうことになった。

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