M06.気分はようやくチュートリアル
翌朝。
案の定、筋肉痛になりました。やったぜ。
ベットから起き上がれないとか、そこまで酷くはないけれど、全身が微妙にキシキシと痛む。軽くストレッチをして無理やり身体に命令をきかせて……よし。うむ、チートの反動がこの程度で済むなら激安もいいところだろう。
備え付けのデジタル時計、カレンダー表記をみればもうすぐクリスマスか。この世界にそういうイベントがあるのかは知らないが、空調が完璧なおかげで十二月半ばにしては快適な朝のひとときだ。
「おはよう、最上くん。夕べはよく眠れたかい」
「所長、おはようございます。ええ、人生で一番快適だったと思います。下手なアパートなんか比べ物にならないくらいに」
「それはよかった。あと、私のことはできれば役職ではなく名前で呼んでくれると嬉しいかな。もちろん外向きにはちゃんと所長として振る舞うけれどね」
「……あー、アレですか? あくまで現場の人間としてありたいとか、そういう」
「ご明察。そもそも所長の役目だってジャンケンで負けた結果押し付けられたものだからねぇ~」
「わかりました。それじゃあ改めまして、今日からよろしくお願いします。如月さん」
「うん、よろしく。ではさっさく朝食といこうじゃないか。これは自慢だが、ウチの社員食堂はちょっとしたファミレスには負けないくらい美味しいよ」
◇◇◇
白いご飯に半身のアジの干物、そこに出汁入りの厚焼き玉子。こんなごちそう、前世でもそうそう口にしたことないぞ? いや、単純に一人暮らしで食事の準備を手抜きしてたってだけなんだけどさ。疲れると炊飯器のスイッチを押すのですら億劫になるのだ。
そんなステキな朝食のあとに行われたのは俺もよく知るような健康診断とスポーツテストのようなもの。それなく平均的な数値について聞き出して、控え目に様子を見つつ無難に終わらせる。ここで下手にチートを使ってはいけないのだ。一時の優越感と引き換えに己の首を絞めるなど愚かよ。クックック。
あとはデータが揃うまでは待機……などということはなく、貴重なテストパイロットということでさっそくフレームに搭乗することになりました。エンジニアたちの行動力パネェ。でも正直なところワクワクしてたからね、そこは俺も二つ返事で引き受けちゃうよね。
◇◇◇
と、いうことで。
目の前に佇みますは如月ラボ製のエーテル・フレーム“参式・霞”さん。ひと言でこの子を現すならばサイバーサムライ、いやサイバーニンジャ? 近未来を舞台にしたアクションゲームとかに出てきそうな雰囲気。ワタシ、キライじゃないわ!
さっそく装着してみると……うん、なんか聞こえる。フレームの意思というかなんか……え、なにこれ。ヤークト・フントのときはなかったよ? なんかヤンチャでボーイッシュな女の子っぽいイメージか流れ込んでくる気がする。うわ、怖ッ。
あ、ゴメンゴメンそんなことないです全然平気ダヨー! だから拗ねないで俺が悪かったからッ! ……ふぅ。向こうの意識だか感情が伝わってくるように、俺の感情とかもフレームに伝わってるみたいだな。
んー。コレが普通なのか、それとも感応の加護のおかげなのか。どうしよう。下手に確認して騒ぎになるのは困る。変人扱いされるのは構わないが、スゲェヤツ認定は非常に困る。俺にはまだまだチュートリアルが必要なんだ! よ!
よし、とりあえず黙って様子見しよう。それがいい。すまない参式霞、俺たちがコミュニケーションとれるのはラボの人たちには内緒にしておいてくれ。あとで心を込めて装甲磨いてあげるから! オッケー? 取引成立? アリガトナス!
〈〈メインシステム、訓練モードを起動します〉〉
「……システムボイス、女の子の声なんですね」
『ええ、如月ラボ製のOSは基本的に全部女性AIよ。ちなみにその声を提供してくれたのは酒保でバイトしてる大学生の女の子よ。ほら、ひとりロリっ子が混ざってたでしょ?』
ロリっ子てアンタ。いやたしかに売店にひとり中学生みたいな女の子がいるな~とは思ってたけどさ。このオペ子さん、ノリが軽いなぁ。あ、もしかして俺が緊張しないようにわざと? なるほど、これが如月ラボの流儀か。ならば俺もなるべく堅苦しくならないよう気をつけよう。
さて。
とりあえずオペ子さん(名前は速見さんといっていた)の指示に従いつつ、参式霞の好みに合わせて攻め気で動く。どうやら霞は好戦的なフレームらしい。
あと、フレームの意思とOSは関係ないようだ。OSからはなにも感じない。まぁ、ふたり分もイメージ流れ込んできたら俺が混乱しちゃうからね。仕方ないね!
さてさて。
訓練用のドームの中で、次々とホログラムで表示されるターゲットを捕まえること三十分くらい。速見さんから霞に装備されている武器をロードするように言われた。いよいよ攻撃系の確認か。霞が昂っているけどできるなら最初はお手柔らかにお願いしたい。
しかしどうしようか。自分で思ってた以上によく動ける。さすがに前世のロボゲーのようにはいかないけれど、ヤークト・フントに比べれば天地ほどにも軽やかさに違いがある。これはひとまずチートを使わないで自力で試したほうがいいのかもしれない。
さすがにトレーニングでは命の危険はないだろうし。そりゃおふざけしながらは別として、真面目にやってる分には感応の加護でイメージ強化せんでも問題ないはず。そうでなくても霞と共同戦線だからな。彼女(?)に合わせるように動けば特に問題はないだろう。
と、いうワケで右手のスロットに装備されていた刀をロードして、スケートのようにフィールドを滑りながらターゲットを斬り捨てる。さすがに手応えが無いので、斬るというよりは通すという感覚だけど。
うん、自分で言うのもなんだが、悪くない動きだと思う。それに霞もご機嫌なのが伝わってくる。好みに合わせてくれるのが嬉しいというのもあるが、どうやらこうしてまともに奏従士に使われるのが久しぶりでテンション上がってるみたいだ。
訓練前に受けた説明では参式霞は旧型で、いまは捌式のプロトタイプを造ってる最中らしいからな。単純に考えて五世代前のフレームということになる。ちなみに一葉ちゃんの紅結のベースは陸式・桜花とのこと。漆式はどうしたんだろうか?
そんなワケで、訓練とはいえ、素人の奏従士とはいえ、自立起動用のプログラムではなく生身の人間と一緒に、というシチュエーションに感動してる……のだろう。たぶん。いや、あくまでイメージが伝わってくるだけで喋ってるワケじゃないからね。確証は無いんだよね。
まぁ、喜んでくれるならそれで――おや。ターゲットに数値が割り振られて……それに動くように。速見さんから1から順番に、なるべくスピーディーによろしくとオーダーが。いいじゃないですか、こういうゲーム性があると俺のモチベーションも上がるってもんだ。
あくまで主導となって動くのは、フレームを動かすのは俺。それでも霞の性能を妨げないようにイメージを重ね合わせながら。……ンフー、こりゃ気持ちいいわ~♪ ひとつ、歌でも歌いたい気分だ。
そうだな、前世の歌を……ドイツ語でいいか。そのまま日本語だとなんか恥ずかしいし、ラテン語とかもいいかなと思ったけどまだ俺の中にインストールできてないし。女神チートも万能じゃないからね。今度ヒマを見つけたら如月さんにラテン語の辞書でも持ってないか聞いてみよう。
霞に似合う歌。おてんば系だけどガサツではない。日本刀のような鋭くてキレイな彼女に似合う歌を。
……うん。
イイゾ~これ! 自然と動きも良くなっている気がする。というか霞とのシンクロ、ユニゾン? が高まっているようだ。視界が広がっていく感覚と、フレームに流れる霊気が強まっているのが伝わってくる。もちろん暴走とかそういう危険な雰囲気は無しで。
ふむ? ふと腕を見れば表面を青い、いや蒼い光が模様となってキラキラしている。これは……スゴく……中二病的です……。え、これは霞の趣味なんですか? 違う? 霊気が高まったら自然とこうなっちゃうの。ほー。つまりはエーテル・フレームの仕様ってことか。ならば良し!
『最上くんッ! トレーニングレベルを少し上げるよ! こんどは白いターゲットに触れないようにしながら、赤いターゲットだけを攻撃してくれッ!』
「了解ッ! ――って、如月さん? いつの間に来たんですか?」
『少し前に。それじゃ、準備はいいかい? できてなくても始めちゃうけどねぇ~。 それ、ポチッとな!』
返事を待たないなら聞くなよ……。いや、最初に了解してるんだから問題はないのか。しかし今度は立体的な配置になったな。さっきまでのターゲットはまるで案山子だったけど、今回はドローンみたいに前後左右上下に動いている。
ここは左手のスロットからハンドガンを……え、せっかくだから刀一本で挑戦してみたい? いやいや、一応武装を色々試さないとアカンでしょ。テストパイロットとして訓練してんだから、クライアントの要望に応えるのが優先だからね?
いや、まぁ、なるべく接近戦でターゲットを狙うくらいはするからさ。だから頼むから不機嫌にならんでくれよ霞さんや。うん、落ち着け霞。大丈夫、まだまだこれから何度でも一緒に戦う機会はあるはずだから。慌てない慌てない。
……ふぅ。気分はまるで恋人のケンカだな。恋人いたことないから実際どうなのか知らないけどなッ! チクショウ。しかし、これがいわゆる“無機物萌え”というヤツなんだろうか? 別に興奮はしないけれど、やっぱり意志疎通ができるとタダの道具には思えなくなる。
道具でないのなら……ここはやはり“相棒”とでも言うべきか? 奏従士とエーテル・フレームは対等な相棒だッ! ……うーん、なんかそういう熱血キャラは俺には向いてない気がする。熱量の足りてない現代の若者だったからな、俺。
ま、それでも相棒ってのはアリだろう。この世界で生きていくためにはフレームの存在は必要不可欠だろうし。一晩寝て冷静になったときは色々と早まったかな? とか少し不安になってたけれど、まぁ……結果オーライ、だな!
とかなんとか考えてるうちに~、ターゲット、ラストワン。ハンドガン、照準合わせ――ジャックポットッ! ……フッ、決まったぜ。
俺、ドヤァ。参式霞もドヤァ。
うん、たしかに一葉ちゃんが言っていた通りだな。如月ラボのフレームとは仲良くやっていけそうな気がする。