M05.冒険者登録の代わりに
「困りますね一葉さん。一応ここは国の管理する軍港なんですよ? 出入りの人数が合わないってのは問題になるんでぇ――ハックシャンとぉ。おやおや困った。うっかりハンコを押してしまった」
「あら、それは大変ねぇ。でも書類が整ったんですもの、彼は私が連れ出しても問題ないわよね?」
「ですなぁ。書類が問題ない以上、自分のような末端は手続きに則って動くだけです」
「……どこから突っ込めばいいんだコレ」
「少年、君が何者かは知らないがな? 一葉さんと付き合っていくなら、この程度でイチイチ驚いていたんでは保たないぞ。ただまぁ、こういうお遊びが許されるのは海軍だけだと思ってくれ。陸や空の連中は……現場のヤツらは気のいいヤツらなんだが、上がな」
俺の日本での身元引き受け人である斎藤一葉女史に関する不穏な評価、いや考えようによっては頼もしいのかもしれないが。ともかく、そんな話と軍人さんたちの複雑な内情の一部を同時に耳にすることになるとは。
別に堅苦しい扱いを望んでいるワケではない。潜水艦のクルーのみなさんも、艦長さんをはじめ近所の面倒見のいいお兄さんって感じですごしやすかったからな。もしくは、子どもひとり暴れても簡単に押さえつけられるって自信の現れなのかもだけど。
「それで、私はこれからどうなるんですか?」
「そうねぇ、とりあえず自分のことを私って言うの止めてみない? 丁寧なのは良いけれど、天山くんの見た目だと違和感のほうがスゴいわよ。これからは適度な年相応さも意識してほしいわね」
「……わかりました。まぁ、俺もそのほうが楽ではありますけど」
「そうそう。それでよろしい。で、これからなんだけど、天山くんは私の贔屓にしている企業でしばらく生活してもらうことになるわ。その間に君が日本で生きるために必要な手続きを終わらせておくから」
「企業、ですか?」
「如月ラボって言うの。最近のフレームの流行、重装甲高火力に真っ向から反発するようなステキな企業よ。私の紅結も如月ラボでカスタムしてもらったフレームなの」
己の信じる道を突き進む技術者集団、如月ラボ。理由はわからないが悪寒で背中がゾワゾワするような……。いや、コレはきっとアレだろう。期待と不安が入り交じって予測のつかない――不安を感じてる時点でアウトだよ。
もっとも、俺を受け入れてくれるだろうという時点でまともではないのだろう。自分で言うのもなんだけど、果てしないほど怪しい人間だし。そして、そんな前提条件がある以上ほかに選択肢は無いと考えるしかない。
うむ。改めて考えると最初に出会った異世界日本人が一葉さん、いや一葉ちゃんだったのも幸運だな。女神からもらった加護の力は感応の加護ということだったけど、女神本人は幸運の女神なのかもしれない。生活が落ち着いたらお祈りの時間とか設けるようにしてみようか?
◇◇◇
一葉ちゃんの運転でユラユラ揺られること数時間。すっかり朝日が昇ったが、その間の景色が俺のよく知る日本とほとんど同じでスッゴく安心した。あと、転移して早々トラブルまみれで気がつかなかったが季節は年末の冬でした。冷静になったとたん急に寒いと感じるのが我ながら単純だね。
それと、この世界では都道府県の概念がないようだ。ざっくりと東西南北中央首都と、エリアで管理されている。なんというか、この世界の日本人にとっては当たり前のことなのだろうけど、俺の感覚だとかなりディストピア感がある。
そして、ディストピア感を後押しする事実。日本に限らず、この世界では国家や政府よりもフレーム開発企業の力のほうが大きいとのこと。表向きはともかくとして。
うん、なんだろうねこの既視感は。かつて愛したロボットアクションゲームもそんな世界観だったんだよね。国家を解体するような戦争が始まってないだけマシだと思うしかないのかな? そして、そんな世界でイレギュラー呼ばわりされるのか俺は。そんな主人公ムーヴは全力でお断りしてーでごぜーますよ。
そうそう、タンカー下層で発見した危険物に関する情報は一葉ちゃんに渡してある。信用できるかどうかとは別に、コチラの手札としての役割を期待してだ。俺はこういう情報を集める手段が、あるいは能力があるのだぞ、と。まぁ――ほとんどハッタリなんだけど。
最上天山には利用価値がある、あるいは目を離すのは危険であると思ってもらえばそれでいい。別に一葉ちゃんを騙して悪いがとかする予定はないけれど、この先生きのこるためには利用しなければならない。
もちろん、渡した情報を悪用するような素振りを感じたら……そのときまでには、感応の加護の力を使いこなせるようになっておく必要があるな。もしくは見て見ぬふりするか。いや、自分の命と天秤にかけるなら、そらそうよ?
◇◇◇
「おぉ……いかにも研究所、って感じの研究所ですね」
「首都エリアから少し遠いのだけが困るけれど。まぁ、エリアから外れるだけで土地代や諸々の税金が安くなるから、そのぶんを開発に注ぎ込めるのは利点かもしれないわね。それじゃ、ついてきて?」
中の雰囲気もイメージ通りの研究所だった。イメージ通り過ぎてもしかしたらなにかの拍子にウィルスが漏洩して生物災害的なモノが発生したらどうしようとか余計なことを考えてしまった。魔法っぽい要素がある世界でのバイオなクリーチャーとか悪夢でしかない。船で戦ったモンスター? アレはグロ要素がなかったらノーカウントだよ、ノーカウント!
周囲の研究員からの好奇心十割の視線にさらされながら、案内された先の扉のプレートには“所長室”の文字が。いきなり偉い人のところに連れてこられるとは。それだけ一葉ちゃんの如月ラボでの立場は強いということだろうか?
で、所長室の中で対面したのは……優男、は褒め言葉ではないな。知的で穏やかなイケメンと言っておこう。少なくとも感応の加護は悪意を感じ取ってはいない、気がする。
「初めまして、最上くん。簡単な話は一葉さんから聞いているよ。私が如月ラボの名目上のトップ、如月良人だ。テストパイロットを引き受けてくれたこと、感謝するよ」
「テストパイロット、ですか?」
「うん――うん? ちょっと、一葉さん?」
「……ゴメンなさい。駆け引きでもイタズラでもなんでもなく、本気で伝えるのを忘れていたわ。天山くん、貴方の日本での身分証明に関するアレコレが終わるまで、しばらく如月ラボで奏従士として働いてもらうわ。高機動戦闘を想定したフレームを研究しているから、きっと天山くんも気に入ってくれると思うの」
「それは……そりゃあ、俺としてもタダ飯を食うのは気が引けますし、働くのはいっこうに構いませんけど……いや、でも、その、如月さんはどれくらい事情を知って引き受けてくれたんですか?」
「そうだねぇ、一葉さんとの馴れ初めが戦場だという話は聞いているよ。たぶん日本人の子どもで、しかしこの国に戸籍が存在しないことも。それで、色んな意味で危険だから監視が必要だともね」
ほとんど全部? その上で俺をテストパイロットにすると仰るのか。いやいや、ちょっとそれは冒険心が強すぎやしませんかね? 都合よく話が転がるのはありがたいが、さすがにここまでだと逆に警戒したくなるだろ。
……と、考えていることが態度に出ていたのだろう。如月所長がこの如月ラボの事情を苦笑い混じりで話してくれた。
「その、恥ずかしい話だけれど、如月ラボはまだまだ若い企業でね。ほかの大企業からは生意気に思われて、というか……まぁ疎まれているワケでね。フリーの奏従士との契約もあまり――いや、正直に言っちゃおうか。露骨に邪魔をされてしまうんだよ」
「それこそ、天山くんのようなワケありの人物でも欲しいと思うくらいには。どう? 単純な善意よりも、こうした取引のほうが安心できるんじゃないかしら。なにかあれば貴方も大企業から睨まれるけれど……不利益があるほうが納得できるでしょう? 貴方のようなタイプは」
「否定はしませんが……短い時間を過ごしただけで、よくそこまでわかるものですね」
「これでも教育者ですもの。それに言うでしょ? 亀の甲より年の功って。それで、どうかしら? 私が貴方に提示できる条件ではこれが精一杯よ。ちなみに私が得られるメリットは、将来的に危険な敵が産まれる可能性を潰せること、よ。私の教え子が貴方と本気の戦争をする未来は避けたいのよね」
俺の拙い目論見は成功していたらしい。ほかに選択肢なんてない以上、どうかしらと聞かれてもコチラは断ることはできない。それでも、都合の悪い部分をしっかり説明してくれるのはなかなか嬉しい。
しかし、まさかテストパイロットとは。エーテル・フレームとやらは軍隊でも採用されるほどの兵器なのに、俺のような正体不明のワケありに与えるのはリスクが高いと思うんだけど。まぁ、外部から簡単に制御できるくらいの措置はとるだろうし、まさか女神からチートもらってるとは普通考えないだろうからな。
うん、そう考えるとやっぱ好都合だよなぁ。なに、ナニカサレルようなレベルの人体実験が始まりそうなら本気で抵抗すれば大丈夫だろう。たぶん。大丈夫だといいなぁ……。
◇◇◇
契約完了、とりあえず俺が使っていたフレーム、ヤークト・フント(改)をラボで引き取ってもらうことに。もちろん大量に格納した武器もそのままにだ。それを受け取った現場の人たちは資材ゲットだぜヒャッハーッ! とばかりに喜んでいる。それでいいのか。
……いや、それでいい世界なんだろう。俺の知っている日本じゃないんだから。これはアレだ、よく転生系の作品とかでみかける前世の倫理に惑わされてる系のキャラクター状態。周囲にしてみればお前はなにを言ってるんだのパターンなんだ、きっと。
うむ。気持ち、切り替えていこう。ここは異世界パラレルワールド、世紀末上等の日本なのだ。トゲ付き肩パットはないけれど、もっと物騒な装備が普通に流通してるんだもの。……やっぱりディストピアじゃないか(呆れ)
さて、これから如月ラボのアルバイト生活? が始まるワケなんだが……とりあえず今日は大人しく身体を休めるように、とのこと。夜通し眠らずでここに来たことを一葉ちゃんが説明していてくれたらしい。
うん、ありがたく眠っておこう。単純に疲れたってのもあるけれど、加護の力の反動とかあるかもしれないし。便利な力にはだいたいマイナス要素がつきものだからな。それに、慣れない動きをしたから筋肉痛とかも心配だし。
明日から本格的に異世界ライフの始まりか。しかも研究所スタート。……寝てる間に改造とかされませんように。